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雑誌目次

論文

精神医学26巻3号

1984年03月発行

雑誌目次

巻頭言

医学教育と学生の間

著者: 柴田洋子

ページ範囲:P.236 - P.237

 1978年の9月,わが大学医学部において,教授会をあげての2日間にわたる「医学教育ワークショップ」が行なわれた。外来の講師としては,東京工大の坂元昂教授(テーマ「授業計画法」),筑波大の堀原一教授(テーマ「教育評価」)の2人であった。前段の「授業計画」においては,「現代の教育工学」の立場から,教育の大筋として次の3点が冒頭に掲げられた。
 1.夾雑物で見えなくなっているものを見えるようにすること。
 2.Expertはすでに自身が一定方向に形作られているので白紙の状態(すなわち学生)の視点がわからない。その点をふりかえる必要がある。
 3.教材提示の手順によって学生の理解度が異なるので,その点を再考する必要がある。
 その他細かい点をここに述べるつもりはないが,すべて合理的な論旨の展開であった。しかしながら,聴き終ってから何故かじわじわと私には不安が起こり,「教育工学」なるものの発展の背景について質問した。回答は3つのポイントであった――①大学生が増えたので学力下位の者の一斉の向上をはからなければならない,②生涯教育のニードにこたえるためである,③教師の不足を補う方法の考案をぜまられているのである――。それもまたもっともなことである。しかしなお私の中に不安は残った。あらゆる科学や技術の発展は人類に福祉をもたらしているものの,他方においていわゆる公害をもたらしている。ここで強調されている「教育工学」が,果して学生の心にひずみをもたらす「教育公害」を生じないであろうか。

展望

心身症概念の再検討

著者: 諏訪望

ページ範囲:P.238 - P.249

I.はじめに
 心身医学および心身症に関しては,わが国でもいくつかの総合的な論述19,23,51)があり,筆者自身もすでにしばしばこの問題に論及45〜50)した。ところで,心身医学の本来の在り方についての認識はおおむね一致しているとしても,心身症の概念については,まだ必ずしも統一された見解が得らていないために,ときには臨床の場で混乱を来し,また一般的には「心身症」という疾患名が濫用されているというのが実情である。このような現実に当面して,改めて「心身症」とはなにかという基本的な問題をかえりみ,その意味を探索しようとするのが本稿の目的である。

研究と報告

精神分裂病のCTスキャンによる研究—多施設共同研究

著者: 高橋良 ,   佐藤時治郎 ,   大熊輝雄 ,   能代永 ,   島薗安雄 ,   稲葉穣 ,   加藤伸勝 ,   堺俊明 ,   西村健 ,   大月三郎 ,   稲永和豊 ,   藤井薫 ,   穐山明正

ページ範囲:P.251 - P.264

 抄録 多施設共同研究により国際的に信頼性のある採用基準を用いて,同質の中核型精神分裂病280例を選定し,精神症状と臨床的,社会的背景因子及び脳CT所見の評価を行なう統制的研究を行なった結果,視察法により釣合い対照群に比較し分裂病群では有意に高率(55.0%)のCT所見の異常がみられた。脳部位では第三脳室を中心に脳室系全般と大脳縦裂,前頭葉,側頭葉,シルビウス裂の皮質系,特に左半球にCT異常がみられた。脳室拡大は年齢,罹病期間,薬物服用量とは相関せず,発病当初から存在することが推測された。皮質萎縮もこれらの経年的変化や薬物服用のみに帰することはできなかった。CT所見は車に非生産的症状と関係がみられ,特に左半球の異常と精神症状の間に著明な関係が認められた。線分法による計測結果では第三脳室の拡大のみが分裂病群に有意に高率に認められた。以上からCT所見による分裂病の亜型分類の可能性が示唆された。

単極性躁病の3例—その発病状況について

著者: 植木啓文 ,   曽根啓一 ,   高橋隆夫 ,   武田憲明 ,   竹内巧治

ページ範囲:P.265 - P.271

 抄録 単極性躁病はその数が少ないためか,精神病理学的研究の対象にほとんどなっていない。本論文では,単極性でかつ頻回に反復した比較的めずらしい躁病の3例について,その発病状況,病前性格を精神病理学的に考察した。
 「気分基調が高く,理想が高く,ややもすれば現実遊離の理想燥を揚げて,そこへ己を駆り立ててゆく」という性格特徴により,彼らの基本的在り方はすでに病理性を,つまり慢性葛藤ないし緊張状態を内に有していた。その上に負荷状況を自ら作り出すことにより躁病が誘発されていく。その際,彼らには,対人,対社会よりも,対物質世界が優位に立っているようにみえるが,しかし結果的には,彼らは対物質世界を通してどこまでも対人,対社会的に優位に立とうとしているようであった。
 こうした研究の集積は,これまで十分であるとはいえず,躁病の病前性格論,病因論,類型論,さらに治療論に資する所が大きいと思われた。

“大都市”と“一地方都市”の妄想(幻覚)の内容についての比較

著者: 高橋隆夫 ,   馬場謙一

ページ範囲:P.273 - P.281

 抄録 東京都23区の分裂病患者の妄想を,一地方のそれと比較し,以下のような結果を得た。
 1)“肉親”が加害者である場合が多く,“男女間の葛藤”という内容も目立った。
 2)“近隣者”その他の加害者はanonymな傾向にあった。また,“職場内の加害者”が多く,“学校内のそれ”は稀であった。
 3)“組織がかかわってくる”場合は男性に,“身近かな人間がかかわる”例は女性に多くみられた。後者では,“盗聴器が使用されている”と訴えるものが多かった。
 4)“介在する手段”としては“テレビ”が非常に多く,また地方例の“毒”に代って,“手術”,“検査”などが目立った。
 5)“生命,行動,考えなどが侵される”という場合が多く,また男性に“性の同一性が脅かされる”という例が存していた。
 6)“誇大妄想”,“馮依妄想”は減少かつ稀薄化していた。また,“天皇家に関する血統妄想”は1例もみられなかった。

Alcoholismにおける各種診断基準の臨床的適用—NCA,RDC,アルコール中毒診断会議,DSM-IIIによる診断基準を比較して

著者: 鈴木康夫 ,   杉田知己 ,   鈴木節夫 ,   大原健士郎 ,   服部進也

ページ範囲:P.283 - P.289

 抄録 浜松医大精神神経科および服部病院で経験した3例のalcohelicsに対し,NCAによる診断基準,RDC,アルコール中毒診断会議による診断基準,DSM-IIIの4つの診断基準を適用し,これらの診断基準の比較を行った。この結果,RDCはWHOのalcohol-related disabilityの概念に近い診断基準であることがわかった。NCAによる診断基準は内科的な身体障害には優れたスクリーニングの方法であり,また診断基準ではあったが,急性アルコール中毒は除外されている点で疑問が残った。アルコール中毒診断会議による診断基準は下位分類があり使用が容易である点で優れていたが,身体依存のみ,あるいは精神依存のみのalcoholismの扱いの点,および重複診断の点で今後の検討が待たれる。DSM-IIIはアルコールてんかんが除外されている点で問題はあるが,Axis I〜Vを採用し,かつ重複診断を認めている点で使用が容易で今後の発展性のある診断基準であると考えられた。

無動機症状群(amotivational syndrome)を呈した長期マリファナ重症使用患者の1症例

著者: 渡辺登 ,   諸治隆嗣 ,   多田幸司

ページ範囲:P.291 - P.296

 抄録 長期間大量のマリファナを喫煙し,無動機症状群と呼ばれている特異な精神症状を呈した1症例を経験したので報告する。本症例はSoueifのいうマリファナ重症使用患者であったといえる。長期間大量のマリファナ喫煙をしていた頃より,積極性の欠如や無関心,感情の平板化,言語能力の低下などの症状が出現し,喫煙中止後徐々に軽減してきた。この病像と経過は長期間大量のマリファナ使用者の16%にみられる無動機症状群ときわめて一致しており,本症例の精神症状は無動機症状群と考えられた。無動機症状群は類似した精神症状を呈する精神分裂病や器質性脳症状群と鑑別する必要があるが,本症例では対人接触が比較的円滑であること,知的能力が良く保たれ,神経学的に異常がなかったことから,本症例の精神症状はこれらの疾患によるものではないといえる。従来の報告を基に,無動機症状群の発現にはマリファナによる大脳辺縁系の機能低下が関与していると想定した。

成人ヒスチジン血症の1例—生化学的所見および言語能力の検討

著者: 武者盛宏 ,   石川達 ,   石井厚

ページ範囲:P.297 - P.302

 抄録 ヒスチジン血症は,臨床的にも生化学的にも変異の大きい代謝異常として知られている。
 我々は重度の精神薄弱をもった22歳のヒスチジン血症例について報告した。生化学的にはclassical histidinemiaであった。患者は小さい頃より,構音障害はないが極めてゆっくりとした話し方をし,言語の理解はよい人であった。言語能力検査(ITPA)で,知能年齢(5歳0カ月)をはるかにしのぐ視覚性受容能力(9歳10カ月)を示し,一方,言語表現能力は3歳10カ月と低かった。このプロフィールは,単に知能障害のほかに,言語表現能力面での障害があると考えられた。
 本代謝異常は発見当初から言語障害との関係で注目されてきたが,十分な検討がなされないままになっている。最近,ガラクトース血症で類似の報告があり,今後,精神発達遅滞の成因との関連で,この方面からの追求が必要であることを考察した。

精神症状を呈したオウム病の1例

著者: 加藤健 ,   徐慶一郎 ,   前原勝矢

ページ範囲:P.303 - P.307

 抄録 患者は33歳主婦,セキセイインコ購入後,家族内感染がみられ,頭痛,発熱,乾性の咳等の感冒様症状と嘔吐と下痢をもって発症。約1週間の後,意識の変動に伴い,精神運動興奮,妄想幻覚状態を示した。胸部X線写真にhomogenousな陰影,血清抗体価の異常高値(1024×)を認めオウム病と診断され,後にセキセイインコよりクラジアの分離にも成功した。テトラサイクリンは著効を示し,経過は良好で全経過は21日間。精神症状は症状精神病のそれと考えられたが,オウム病による疾患特異性の可能性も残された。従来オウム病は稀な疾患と考えられていたが,近年増加の傾向にあり,公衆衛生の問題になりつつある。特に本症例は身体症状に加え激しい精神症状を示し,初期には内因性精神病に近似している。このことは内科ばかりでなく精神科領域においても今後接触のあることを意味しており重要な症例と考えた。

短報

タバコ喫煙によって誘発された失神発作

著者: 河北英詮 ,   鈴木守

ページ範囲:P.309 - P.312

 56歳の男性,17歳より失神発作が発現。16歳より喫煙,47歳より喫煙により失神発作が誘発された。発作はタバコの中のnicotineにより誘発された。
 本症例は頭部CTスキャンにより著明なび漫性脳萎縮,知能低下および自律神経障害が認められた。21年前の気脳写による軽度脳室拡大および知能低下の増強が示された。喫煙誘発時の脳波はび漫性徐波の一過性出現であった。
 nicotineによる失神発作誘発機序は,自律神経系の変性による,所謂denervation hypersensitivityによりcatecholamineに対する過敏性のため,少量のnicotineにより脳循環障害を来し,失神発作が発現したものと考察した。
 なお本症例の失神発作は,極めててんかん脱力発作に類似していたとは言え,漫然とてんかんの診断のもとに治療がなされたことを深く反省している次第である。

精神科疾患におけるDexamethasone抑制試験—うつ病を中心として

著者: 島悟 ,   鹿野達男 ,   須貝佑一 ,   北村俊則 ,   浅井昌弘 ,   伊藤斎 ,   加野象次郎

ページ範囲:P.313 - P.316

I.はじめに
 最近の神経内分泌学的研究で最も大きな成果の1つは,Dexamethasone抑制試験(DST)によるうつ病診断であり,とりわけ1981年のCarrollらによる報告1)以来注目され,多数の追試が行なわれている。
 しかしながらDSTの検査方法,および診断基準はなお確立したものではなく,Dexamethasoneの投与量,採血時間,血清cortisolの測定法,異常値の基準は一定していない。またうつ病以外にも,精神分裂病2,3),強迫性障害4),アルコール症5),痴呆6,7)のなどの疾患においても,かなり高率にDST異常が出現するとの報告もあり,今後に検討を要する問題が数多く残されている。
 ところで本邦では,精神疾患を対象としたDSTの報告は僅かしかない8〜10)。今回われわれは,うつ病を主体とする精神疾患を対象としてDSTを施行したので,その成績を報告する。

古典紹介

—Freund, C. S.—視覚失語と精神盲について—第2回

著者: 相馬芳明 ,   杉下守弘

ページ範囲:P.317 - P.328

 視覚失語は,大脳視覚伝導路の病巣によって生じ,その臨床的特徴は,具体的名詞を見出すことの高度障害と,同時に存在する大脳性視覚障害である。このような症状が成立するのは,視覚記憶心豫それ自体が障害されている場合か(この時には精神盲の徴候が存在する),あるいは少なくとも視覚中枢と言語中枢の連絡が障害されている場合に限られるはずである。
 失語症の文献を詳しく検討した結果,視覚失語は,臨床的にいまだ独立した病態として確立されていないことがわかった。

動き

「第7回世界精神医学会議」印象記(1)

著者: 森温理

ページ範囲:P.330 - P.331

 第7回世界精神医学会議(VII World Congress of Psychiatry)は7月11日から16日までオーストリアのウィーンで開かれた。会長はWPAの事務局長であるP. Bernerウィーン大学精神科教授。前回ハワイのホノルルで行われた大会から数えて6年ぶりのことである。プログラムによるとplenary lecture 10,sectionsymposium 56,free symposium 101,そのほかfree paper 2,000,演題数は合計3,000を超すという大きな会議で,これは前回ホノルルでのsymposium 29,free paper 1,100と比較してもはるかに大きな規模である。会期中,plenary lectureとposter presentation(800題)とは毎日午前ウィーン市公会堂で行われ,symposiumとfree paperとは午後ホフブルグ宮殿とウィーン大学とに分かれて行われた。ウィーン市はさして広くはないが,やはり3会場に分散しているのはやや不便であった。このような大きな会議なのでその印象を語ることは大変困難であるが,本誌編集部からの依頼で,その前半(11〜13日)について私の見たかぎりのことを報告したい。

「第7回世界精神医学会議」印象記(2)

著者: 中根允文 ,   桜井征彦

ページ範囲:P.332 - P.333

 精神医学の歴史において華やかな光彩を放つウィーンに,約5,000人の参加者を集めて世界精神医学会は開催された。しかし,ウィーンの夏は目中予想外に暑く,これまた予想以上に多くの演題をかかえ,会場は36カ所にも及び,およそその学会印象記を書くにはあまりにも広汎すぎて要約が不可能なほどである。学会の講演は,大きくplenary lecture,section symposia,free symposia,free paper,poster presentationおよびvideo sessionから成り,6日間の期間中実に3,500題にものぼる発表が予定された(うち,日本からの演題は約100題であった)。したがって,編集部の依頼により7月14日から16日までの後半についてのみを展望するにしても,当然その一部にしかふれることは出来ず,偏よった印象記にならざるをえないことを最初にお断りしておきたい。
 14日午前のplenary lectureは,まず神経症や人格障害の概念について6人の講師がこれにあたったが,Kernberg(USA)はborderline personality organizationを例にとってpersonality disorderの重症度分類などについて詳述する講演を行い,Vaillant(USA)は歴史的経過をもとにpersonality disorderの概念的モデルを4型あげて理解を深めようとした。次のplenary lectureは,入院・外来診療における新しい動向と題するものであり,Wing(UK),Henderson(Denmark),Freedman(USA)らが講演した。Wingは精神科的ケアの歴史的展開を明らかにし,HendersonはWHOのヨーロッパ全域に亘る精神衛生活動の現況を報告するとともに,地理的・人口動態的・社会経済的状態の違いが如何に精神保健システムの確立に影響を及ぼすかを明らかにした。Freedmanは,USAにおける州立病院入院患者数の激減と総合病院精神科受診者数の急増を最近の傾向としてとらえ,短期入院や早期退院・維持療法における向精神薬の有用性を強調した。しかし,Riode Janeiroのcostae SilvaやNigeriaのBinitieは,発展途上国における精神保健システムの確立の困難さを強調して対照的であった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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