展望
脳内ヒスタミン受容体と向精神薬
著者:
神庭重信
,
伊藤斉
ページ範囲:P.346 - P.355
I.はじめに
β-aminoethylimidazole(後にヒスタミンと命名される)は,古くから知られているオータコイドの1つであり,アセチルコリンと良く似た歴史をもっている28)。両者はともに先ず化学的興味から合成され,その後の研究で生理活性物質としての意義が解明された。この物質の生物学的作用の研究は主にDale一門によって精力的に押し進められ,著明な平滑筋収滑作用,アレルギー反応,局所炎症作用等の原因物質であることが次々とつきとめられた20,21)。1927年には,この物質が肺や肝に存在する生体内物質であることが明らかとなった4)。続いて,その物質が数々の器官に存在することが証明されると,ギリシヤ語の組織を意味するhitosをとりhistamineと命名された。その後,半世紀以上に亘る研究により,現在ではヒスタミンが,胃酸分泌調節作用17,18,60),心臓に対する変時並びに変力作用57,101),及び脳内神経伝達物質としての可能性85,87)などを含め,さらに数多くの生理作用を持つことが明らかにされている。ヒスタミンは細胞膜表面に存在するヒスタミン受容体と結合することにより,その機能を発揮する。ヒスタミン受容体が単一でない可能性が,Folkow(1948)32)やFurchgott(1955)33)らによって示唆され,ヒスタミンH1(Ash&Schild,1966)2)及びヒスタミンH2(Black et al,1972)8)受容体の2つのsubtypeに分類されることが提唱され,薬理学的並びに生化学的研究により広く一般に認められるに至っている。以前から知られていたヒスタミソ受容体(H1受容体)の阻害薬(いわゆる古典的抗ヒスタミン薬)の開発が1940年頃から盛んになり,その開発途上,三環系抗ヒスタミン薬,プロメタジンが誕生した。これが,のちに精神医学における薬物療法の歴史に画期的な飛躍をもたらしたクロルプロマジンの登場へとつながる。フランス人外科医が,クロルプロマジンの鎮静作用を外科手術に応用しようと試みた際,患者に興味ある行動変化の現われることを観察した。これがきっかけとなり,1952年にDelay & Denikerら23)によって精神分裂病に対する著明な治療効果が確められ,ここに精神薬理学の歴史が始まる。さらにより良いクロルプロマジン様抗分裂病薬物を開発する努力が続けられ,最初の三環系抗うつ薬であるイミプラミンの抗うつ効果が偶然発見されたことは周知のところである56)。一方,ヒスタミンH2受容体(以後,H2受容体と略す)の阻害薬の研究は,1970年代にSK & F社を中心に進められ,現在に至るまで次々と有効な薬物が開発され,胃腸潰瘍等の治療に多大な貢献をしている。しかしながら,中枢神経系におけるヒスタミンの役割は,脳の特殊な構造と研究の難しさからいまだ謎に包まれている。例えば,脳はヒスタミン受容体が同定された最後の臓器の1つである。この小論文では,脳内ヒスタミン及びその受容体の研究における最近の動向を,向精神薬との臨床的関連を中心に紹介してみたいと思う。