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雑誌目次

論文

精神医学26巻4号

1984年04月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科の診療報酬について

著者: 道下忠蔵

ページ範囲:P.344 - P.345

 国の経済が高度成長から安定成長へと大きく転換し,これまでの行政施策が経済的合理性という視点で見直しを迫られているなかで,14兆円を超えようとしている医療費に対してもその抑制が声高に論じられている昨今である。しかし,精神科医として診療を担当し,毎年大きな赤字を出している公立精神病院運営の現場にいると,現在の診療報酬体系が不合理に思えてならないので,精神科の診療報酬についての愚考を述べてみたい。
 これは泣き言になるかも知れないが,大体わが国の精神科医は今まで診療は熱心に行いながら,自分達の仕事に対する報酬のあり方についておおらかというか,無頓着過ぎたのではなかろうかと思う。かくいう私自身も大学病院の助手時代はもちろんのこと,30年代民間精神病院の院長をしておりながら経営については理事長や事務長によりかかり毎日の診療に追われて,その報酬や経営問題にまでは頭が回らなかった。皮肉なことに「親方日の丸」といわれる県立精神病院の院長となり,毎年県議会の決算委員会で赤字の理由等について答弁するようになってから,いまさらのように診療報酬体系の不合理ということ,特に精神科の診療における技術料評価の低さに気づかされた次第である。

展望

脳内ヒスタミン受容体と向精神薬

著者: 神庭重信 ,   伊藤斉

ページ範囲:P.346 - P.355

I.はじめに
 β-aminoethylimidazole(後にヒスタミンと命名される)は,古くから知られているオータコイドの1つであり,アセチルコリンと良く似た歴史をもっている28)。両者はともに先ず化学的興味から合成され,その後の研究で生理活性物質としての意義が解明された。この物質の生物学的作用の研究は主にDale一門によって精力的に押し進められ,著明な平滑筋収滑作用,アレルギー反応,局所炎症作用等の原因物質であることが次々とつきとめられた20,21)。1927年には,この物質が肺や肝に存在する生体内物質であることが明らかとなった4)。続いて,その物質が数々の器官に存在することが証明されると,ギリシヤ語の組織を意味するhitosをとりhistamineと命名された。その後,半世紀以上に亘る研究により,現在ではヒスタミンが,胃酸分泌調節作用17,18,60),心臓に対する変時並びに変力作用57,101),及び脳内神経伝達物質としての可能性85,87)などを含め,さらに数多くの生理作用を持つことが明らかにされている。ヒスタミンは細胞膜表面に存在するヒスタミン受容体と結合することにより,その機能を発揮する。ヒスタミン受容体が単一でない可能性が,Folkow(1948)32)やFurchgott(1955)33)らによって示唆され,ヒスタミンH1(Ash&Schild,1966)2)及びヒスタミンH2(Black et al,1972)8)受容体の2つのsubtypeに分類されることが提唱され,薬理学的並びに生化学的研究により広く一般に認められるに至っている。以前から知られていたヒスタミソ受容体(H1受容体)の阻害薬(いわゆる古典的抗ヒスタミン薬)の開発が1940年頃から盛んになり,その開発途上,三環系抗ヒスタミン薬,プロメタジンが誕生した。これが,のちに精神医学における薬物療法の歴史に画期的な飛躍をもたらしたクロルプロマジンの登場へとつながる。フランス人外科医が,クロルプロマジンの鎮静作用を外科手術に応用しようと試みた際,患者に興味ある行動変化の現われることを観察した。これがきっかけとなり,1952年にDelay & Denikerら23)によって精神分裂病に対する著明な治療効果が確められ,ここに精神薬理学の歴史が始まる。さらにより良いクロルプロマジン様抗分裂病薬物を開発する努力が続けられ,最初の三環系抗うつ薬であるイミプラミンの抗うつ効果が偶然発見されたことは周知のところである56)。一方,ヒスタミンH2受容体(以後,H2受容体と略す)の阻害薬の研究は,1970年代にSK & F社を中心に進められ,現在に至るまで次々と有効な薬物が開発され,胃腸潰瘍等の治療に多大な貢献をしている。しかしながら,中枢神経系におけるヒスタミンの役割は,脳の特殊な構造と研究の難しさからいまだ謎に包まれている。例えば,脳はヒスタミン受容体が同定された最後の臓器の1つである。この小論文では,脳内ヒスタミン及びその受容体の研究における最近の動向を,向精神薬との臨床的関連を中心に紹介してみたいと思う。

研究と報告

カプグラ症候群に関する考察

著者: 櫻井昭夫 ,   清水將之

ページ範囲:P.357 - P.365

 抄録 カプグラ症候群を中心症状として種々の治療に抵抗しながら3年間持続している36歳の1女性例を提示し,内外の既報告と対比させ検討を加えた。患者は漠然とした迫害念慮に悩む中で,先ず物体に,次いで人物に対するカプグラ症状を現わした。物体に対するカプグラ症状は本例において特徴的であり,これは患者の存在基盤が脅かされている状態の一表現と解せられ,人物に対する同症状と類似の機制で発現したものと考えられた。つまり本例におけるカプグラ妄想は直接前駆する迫害念慮による患者の被害的世界への防衛機制とも考えられ,人物に対する妄想を患者が現在の意味内容を改変しようとする来歴否認機制で理解し得た。またその際,先行する猜疑心が重要な布置となっていたことを認めた。
 最後に本症の発現頻度が稀であること,性差を有することから本症の症状形成にはさらに微妙な問題が含まれている可能怪を指摘した。

Pseudodementia—特に老年期のうつ病との関連について

著者: 柴山漠人 ,   丸井泰男 ,   吉田和義

ページ範囲:P.367 - P.374

 抄録 老年期のうつ病の際,稀に痴呆様症状がみられ,うつ状態の軽快とともに消褪するので,pseudodementia(Kiloh,1961)21)といわれる。しかし,臨床的には,痴呆との鑑別の困難な症例も多い。症例1は70歳の男性で,不眠,不穏,失禁で発症し,記銘力障害,脱抑制,見当識障害,計算力障害などが出現し,「老年痴呆」を疑われたが,抗うつ剤,炭酸リチウム投与により軽快した。症例2は67歳の女性で,心気症状で発症し,記憶障害,計算力障害,抽象能力の低下などが出現し,「老年性うつ病」又は「老年痴呆」が疑われ,抗うつ剤投与により軽快した。文献的には,pseudodementiaは老年期だけでなく,初老期にも多く,老化性変化のみでは説明しがたい。体質とか素因を考慮にいれる必要があろう。また,Ganser状態との区別も明確ではない。しかし,治療的ニヒリズムの打破という意味では,有益な概念である。

精神分裂病者の縦断的研究—WAISによる検討

著者: 青柳信子 ,   澤田幸展 ,   石川幹雄 ,   高柳英夫 ,   高畑直彦

ページ範囲:P.375 - P.381

 抄録 分裂病者の縦断的研究の一環としてWAIS知能診断検査を,分裂病者24名に10年ないし13年の間隔をおいて,前後2回実施した。第1回に比し,再検査時に「全検査IQ」,「言語性IQ」,「一般的知識」,「算数問題」,「符号問題」,「積木問題」,「絵画配列」,「組合せ問題」で有意に下降する症例の多いことが認められた。また,軽症群と重症群との関係では,「全検査IQ」,「言語性IQ」,「一般的理解」で後者に下降する症例の多いことが認められた。さらに,「類似問題」では評価点の相違により,独自な有意差を見出した。
 これらの結果から,長期にわたり病院との関係を持続している分裂病者の多くは歳月の経過の中で知的側面の低下を来すことが示された。しかしながらこの要因には,分裂病者の置かれた,特殊な環境,状況が浮きぼりにされ,分裂病者の本態的変化をとらえてゆくためには,今後さらに厳密な検討が必要であると考えられた。

Cotard症状群を呈した初老期うつ病の2例

著者: 奥山哲雄 ,   石川元 ,   今泉寿明 ,   藍澤鎮雄 ,   大原健士郎 ,   大西守

ページ範囲:P.383 - P.389

 抄録 近年ヨーロッパでも激減しているとされる14)否定妄想の2症例(46歳女性,52歳男性)を,初老期うつ病の妄想主題選択という視点から考察した。両症例はともにメランコリー親和型の病前性格を持っており,農村の都市化のなかで,かたくなに祖先の土地を守ろうとする価値観と,周囲との関係を円滑に保とうとする価値観の二重性が認められた。またその背後には山口ら19)のいわゆる地域文化摩擦が,彼ら自身の中に認められた。彼らの示した罪責感から否定妄想へと妄想主題が発展してゆく過程は,彼らのおかれた社会文化的背景と密接に関係していた。また治癒過程では彼らの価値感の変遷が認められ,より現代風に統合されていくのが観察された。

無欲状態(apathetic state)を呈した甲状腺機能亢進症の2若年例

著者: 松岡孝一 ,   小片富美子

ページ範囲:P.391 - P.398

 抄録 甲状腺機能亢進症ないしバセドウ病に伴う精神症状はよく知られている。また,その病象は原因の如何にかかわらず,過活動を中心としたある共通した特徴を持っていることも周知の事実である。しかし稀にではあるが,本来の病像とは逆の,すなわち能動性が減退し,感情の表出に乏しく,挙動も遅鈍で活気を欠き,だらしなく無関心な生活態度を示すといったapathetic stateを示すものが存在するという。著者は若年者で,この稀な臨床症状を呈し抗甲状腺剤で精神身体症状の消失した2症例を経験した。症例を検討すると思春期という心身の発達的過程の時期でありapathetic stateの発症に心因あるいは心的外傷体験が状況因子として密接に関連していることが推測された。そこで症例を報告するとともに本来の過活動性を示す甲状腺機能亢進症との相違を検討し,若干の考察を加えた。

精神分裂病者の血小板モノアミン酸化酵素活性—第1報 抗精神病薬の影響について

著者: 下河重雄 ,   賀来博光 ,   吉本静志 ,   高橋良

ページ範囲:P.399 - P.405

 分裂病での血小板MAO活性と総服薬量,罹病期間,服薬期間との関係を調べ,
 (1)男性で総服薬量の増加とともに,血小板MAO活性の低下の傾向が認められたが,女性には認められなかった。
 (2)罹病期間,服薬期間,1日平均服薬量と血小板MAO活性との問には,男女とも何ら相関は認められなかった。

抗けいれん剤過量長期投与中にみられた高アンモニア脳症—脳脊髄液中アンモニアと総たんぱくの増加

著者: 武井満

ページ範囲:P.407 - P.415

 抄録 抗けいれん剤が原因となって,脳症状態を示していたてんかん患者3例について報告した。これらの患者は抗けいれん剤服用開始後3年から10年の経過で,ねたきり化や知能の低下など精神身体的に次第に重症化してきており,検査上では血中と脳脊髄液中アンモニアの高値と脳脊髄液中総たんぱくの増加が明らかにされた。そして服用している抗けいれん剤を漸減することにより,脳波を含むこれらの検査上の異常と難治性の発作やねたきりなどの臨床症状に,著しい改善が認められた。
 これらの事実から,次第に重症化しつつあるてんかん患者は抗けいれん剤が原因となって,〈高アンモニア脳症〉の状態にあったと診断された。

Anorexia Nervosaの1剖検例—神経病理学的所見および生化学的分析

著者: 小林一成 ,   新井平伊 ,   池田研二 ,   小阪憲司 ,   福田芳郎 ,   飯塚礼二

ページ範囲:P.417 - P.423

 抄録 典型的なanorexia nervosaの1剖検例(19歳女性)を報告した。神経病理学的検索は右半球について行われ,光顕的には,大脳白質の広汎な線維性グリオーゼ,その他小脳歯状核門,小脳白質,オリーブ核にも同様のグリオーゼを認めた。この所見を栄養障害による軽度の慢性低酸素状態と結びつけて考察し,また低血糖の影響についても考察を加えた。左半球において行われた生化学的検索では.HVA量の低値,DA代謝の低下,5HT,5HIAA量の低値および5HT/5HIAAの視床下部における低値を認め,モノアミン代謝の障害が示唆された。anorexia nervosaにおいて,以上のような変化が起こりうることを考慮して,身体的管理を充分に行うことが重要であることを強調した。

短報

慢性アルコール症者にみられたCentral Pontine Myelinolysis(CPM)の1例

著者: 市川淳二 ,   小山司

ページ範囲:P.425 - P.427

I.はじめに
 Adamsら1)は1959年,橋底部に境界明瞭な左右対称性の脱髄病巣をもつ4例をCentral Pontine Myelinolysis(CPM)と名付けて報告した。以後,文献的には200例近くの報告がある。病因はいまだ不明であるが,最近ではアルコール症,栄養不良,電解質異常(とくに低Na血症),抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)などとの関連が指摘されている。また,その頻度も明らかではないが,アメリカでは剖検によって比較的高頻度(0.2514)〜4.77)%)に発見されている。その基礎疾患として,アルコール症の占める割合が高い(6010)〜77.69)%)のが特徴的である。しかし,わが国では松岡ら8),白木ら11)が1964年にCPMを相次いで報告して以来,現在までに文献上11例を数えるが,アルコール症の例は見当たらない。またEndoら3)の報告によると,連続1,000剖検例中636例の脳について検索し,そのうちの37例(5.8%)にCPMが発見されたが,アルコール症はわずかに1例に過ぎなかった。
 これまでCPMの臨床診断は困難で,すでに報告された症例の大多数は剖検によって病理学的に診断されたものである。しかも実験モデルは容易に得られず,有効な治療法もないとされてきた。しかし最近になって,聴覚誘発反応12)やCT2,9,13)を用いてCPMを生前に臨床的に診断することが可能となった。
 このたびわれわれは,臨床症状に乏しく,CTによってはじめて診断することのできたCPMの1例を経験したので報告する。なお,併せてCPMに関する最近の知見について考察した。

古典紹介

—Hans Kunz—精神病理学における人間学的考察方法—第1回

著者: 関忠盛 ,   宮本忠雄

ページ範囲:P.429 - P.443

 Bumkeの精神医学全書のなかで数年前に発表された分裂病に関する最後の要約的な叙述は,Gruhleの次のような文章でしめくくられている。「疾病の心理が現在おおむね入念に研究されているように思われるが,体質の側から新たな解明を得る見込みがあまりない以上,新しい身体的諸症状の発見がたぶん最も早く光を投ずることになるだろう原注1)」。当時,断念の表現でもあり同時におぼつかない期待の表現でもあったこの文章は,今日では来るべきものの鋭い予言であるような印象を与える。というのも身体学的諸研究は分裂病の「本質(Wesen)」にわれわれを一歩近づけたようにみえるからである原注2)。そして,分裂病問題のその時々の事情をみればいつも精神医学のその時点での状況全体を読み取ることが可能だった以上,精神病理学的研究方向が背景に押しやられているという推測はほとんど間違っていないだろう。私は思うのだが,こうした情勢の転換を遺憾だとするに足る理由は少しもない。精神病理学は以前から,本来の意味で「理論的(theoretisch)」な,すなわち認識のために努力する分野であって,それはほとんど「着手(anfangen)」されていなかった。精神病理学は精神医学の臨床と実践に大した本質的貢献をしてこなかったし,むしろ「自然科学的」医学への精神医学の帰属ということに関して絶えず「やましさ(schlechtes Gewissen)」を呼びさましてきた。ところで,現在,実践的な,しかも治療にとって重要な諸問題が支配権をにぎっているとき,それの正当性や必要性に対して誰も目を閉じていることはできないだろう。そのために精神病理学的関心がおとろえてしまうなどということは,ありそうもない。それは,驚き(Staunen)というあの内的態度によって担われて,ひそかに保持されるが,この態度こそ西欧の学問の最初から研究に推進力をあたえたものだった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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