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雑誌目次

雑誌文献

精神医学26巻6号

1984年06月発行

雑誌目次

巻頭言

学説とその伝承

著者: 諏訪望

ページ範囲:P.558 - P.559

 私の乏しい経験でも,先人が残した業績の真意を的確にとらえられなかったり,あるいは勝手に解釈したのではないかと反省させられることもなかったとはいえない。また古くから言い伝えられ,われわれの常識になっているような事柄について,その原典に当ってみると,若干の食い違いがあるのではないかと疑われることも必ずしも稀ではない。
 「精神病は脳病である」という命題は,Griesingerに由来するものとしてあまりにも有名であり,多くの成書に引用されている。しかもこの命題は,19世紀の後半に台頭し近代ドイツ精神医学の主流となった反ロマン主義,自然科学主義を象徴する標語として,いささかの抵抗もなく容認されている。ましてJaspersまでが,Griesingerおよびその流れを汲むMeynertとWernickeの学説を“Geisteskrankheiten sind Gehirnkrankheiten”という公式で表わされるものと規定しているので(Allgemeine Psychopathologie, 4. Aufl., S. 382),このような表現の仕方はいっそう権威づけられることになる。

展望

家族研究における2つの流れ—家族画テストと家族絵画療法(その2)

著者: 石川元

ページ範囲:P.560 - P.577

 VI.1970年代後半から今日に至る新しい動向
 1.臨床家による家族研究
 家族絵画療法を実践していた臨床家によって,地道な家族研究がなされていた。Greene(1977)は,異なった人種間において,父親の欠損が家族および集団絵画療法の過程にどう反映されるかを調べた。白人の子供では,絵自体の発達レベルは高かったが集団や家族内では最も抑うつ的で孤立していた。黒人の子供では発達レベルは低いが,絵は幸福感にあふれており,集団や家族内において,抑制を受けることはなかった。プエルトリコ人の子供は,両者の中間であった。
 Rubin(1979)は,分裂病の母親およびその子供(実験群)と分裂病ではない母親およびその子供(対照群)の絵(家族画テストを含む)を比較した。母子別々にそれぞれ2時間の集団ミーティングを設け,a)人間,b)自分,c)家族,d)自由画,e)自由選択メディア,で絵を描かせた。発達,情緒不安定,自己概念に関しては両群で差がなかったが,実験群の子供には,Goodenough-Harris発達指標の平均が低い,1回目の人物画と自己像の高さの差が大きい,という2点で有意差が認められた。

研究と報告

感情障害における血漿コルチゾールの概日リズムとデキサメサゾン抑制試験

著者: 高橋三郎 ,   花田耕一 ,   高橋清久

ページ範囲:P.579 - P.588

 抄録 対象患者の作為的選択による結果の偏りを防ぐため一精神科病棟へ一定期間の間入院した全患者を対象とし,検査への不同意,精神症状,合併症などによる検査実施不能14.4%を除く131名の種々の診断の患者の結果を得た。診断はDSM-Ⅲにより,感情障害は30.5%ある。1日3回採血による血漿コルチゾール概日リズムの異常は17.6%の患者にみられるが,うつ病には少なく,躁病,精神分裂性障害,器質性精神障害に多い。デキサメサゾン抑制試験の非抑制者はメランコリー型うつ病のほか,躁病,神経性無食欲症,痴呆,精神分裂性障害などにも高頻度にみられ,この試験のみでのメランコリー型うつ病に対する診断特異性は判定値6μg/dlで72.3%である。リズム正常,試験非抑制の組合せ判定では79.5%に上昇する。精神医学的診断によりうつ病患者33名を選んだ後には,特異性は85.7%となり,判定値を5μg/dl,2回以上越えるものとすれば特異性は100%となった。

DSM-IIIの分裂病性障害の診断基準とProdromal symptomsについて

著者: 太田保之 ,   荒木憲一 ,   中根允文 ,   高橋良

ページ範囲:P.589 - P.598

 抄録 叙述的診断基準によって定義分類されているICD-9に従って診断された93例の初診分裂病者をDSM-IIIによって再分類を試みた。その際に起こる諸問題に関しては別の論文で報告した。本論文では,DSM-IIIの分裂病性障害の診断基準のうち,本邦において再々問題点として指摘されてきた「疾患の持続期間-6カ月」という厳密な操作的基準に焦点を絞り,一定の基準で面接し収集した初診分裂病者の早期表出症状を分析し,DSM-IIIに定義されたProdromal symptomsが適切に把握されているか否かを検討した。その結果,DSM-IIIに定義されたProdromal symptomsは充分把えられていたにもかかわらず,93例のICD-9分裂病者のうち35%が,DSM-IIIの分裂病性障害の診断基準のうち,「疾患の持続期間」の項目だけを満足せず,DSM-IIIでは,分裂病性障害以外の診断にふりあてられていることがわかった。発病から精神科施設受診まで6カ月以上の期間が必要とするならば,分裂病性障害の診断においては,Prodromal symptomsの確認方法とProdromal phaseの期間評価法の確立が極めて重要な問題として浮びあがってくることを指摘し,併せてこれに文献的考察を加えた。

Clomipramine-LithiumあるいはMaprotiline療法によってけいれん発作を起こした躁うつ病の1症例

著者: 渡辺裕貴 ,   渡辺雅子 ,   亀井健二 ,   滝川守国 ,   松本啓

ページ範囲:P.599 - P.606

 抄録 26歳女性の内因性躁うつ病の1症例にclomipramineとLi2CO3の併用療法を行ったところ,その経過中に,血中Li濃度は低いにもかかわらず,強直間代性の全身けいれん発作を生じた。本症例は,けいれん性疾患の既往歴や家族歴を有さず,また過去の脳波検査でも異常を認めないことから,薬物性けいれんを疑い精査を行った。その結果,clomipramine単独投与によって,脳波異常及び全身けいれん発作が出現したが,Li2CO3単独投与では,けいれん発作のみならず,脳波異常も出現しなかったため,本症例のけいれん発作はclomipramineによる薬物性けいれんであろうと推定した。また本症例はmaprotilineによってミナクローヌス発作を生じた。いずれの発作も薬物中止により消失し,脳波も速やかに正常化した。これらの薬物のけいれん発作誘発機序に関する文献的考察を合わせて行い,報告した。

精神分裂病者の事象関連電位(Late Positive Component)—抗精神病薬服用中の慢性例について

著者: 松林実 ,   小椋力 ,   岸本朗 ,   小村文明 ,   挾間秀文

ページ範囲:P.607 - P.612

 抄録 精神分裂病者のうち陰性症状のみを示す13人の慢性患者(平均年齢は32.6歳,全例抗精神病葉服用中)を対象に事象関連電位P300を記録し,同時にベントン視覚記銘検査を実施した。P300の潜時は分裂病者の場合367.9±27.6msec(平均値と標準偏差)で,健常対照者の321.3±10.5msecに比較して長く有意差が認められた(P<0.05)。N1-P3振幅は分裂病者の場合18.6±7.4μVで,対照者の29.0±10.4μVに比べ小さくここでも有意差が見出された(p<0.05)。短期記憶検査の正確数は,健常者に比較して少なく,正確数とP300,潜時の間には負の相関が認められた(P<0.001)。以上の結果と,同一の方法で実施した精神遅滞者に関する研究成績と比較しながら精神分裂病の病態生理,P300の有用性などについて考察した。

精神遅滞者の頭部CT所見

著者: 三上昭廣 ,   渡辺博

ページ範囲:P.613 - P.618

 抄録 15歳から59歳の非特殊型精神遅滞者192例の頭部CT所見を,年齢層別に,対照群132例と比較した。その結果,精神遅滞者群における拡大症例出現率は各年代で対照群より明らかに高かった。しかし精神遅滞者群を病的症状群(自閉,幻覚妄想状態,周期性精神病状態,情緒不安定)と非病的症状群に分け比較すると,病的症状群の拡大症例出現率は各年代で対照群より明らかに高かったが,それに対し非病的症状群と対照群との間にはほとんど差を認めなかった。精神遅滞の程度と拡大との間には一定の関係を認めなかった。精神遅滞者にみられる拡大には一定の局在傾向はなく,脳の広い範囲にわたって拡大を認める症例(Grade IIの拡大症例)は極めて少なかった。一方拡大とは別に,各群について小脳室(側脳室指数が0.3未満)の出現頻度を検討すると非病的症状群成人例(20歳台,30歳台)の小脳室出現頻度は対照群より高かった。

心理テストによるKlinefelter症状群の知能と人格

著者: 佐郷透 ,   南光進一郎

ページ範囲:P.619 - P.626

 抄録 精神病院での系統的調査により発見された,16例のKlinefelter症状群に各種心理テストを施行し,得られた結果について文献的考察を加えた。
 知能テストの結果では,中等度・軽度遅滞に属する症例が多くみられた。従来本症状群は軽い知能障害を伴うと考えられていたが,文献的に検討すると,その多くは精神障害を伴う本症状群の分析で得られた結果であり,新生児集団には知能障害を認めないものも多かった。このことから知能障害は本症状群の特徴というよりは,得られた集団の性質に依る可能性が示唆された。サブテストでは,言語性IQは動作性IQより低く,従来の知見をうらづけた。これはもっぱら言語性のうち『単語問題』の得点が低いことによっていた。ロールシャッハ・テストでは,『内的空虚さ』や『情動の鈍化』が本症状群に共通した特徴であり,また『特定の外的刺激に対する過敏さ』,『口唇的依存欲求』,『暖昧な性的同一性』などの特性は,精神症状を呈する本症状群の特徴があり,精神障害となんらかの病因的関連をもつと考えられた。

IgE高値,高ミオグロビン血症,髄液中HVAの変動を伴ったSyndrome malinの1例

著者: 平井康夫

ページ範囲:P.627 - P.632

 抄録 高熱,錐体外路症状,自律神経症状などを呈し,syndrome malinと診断された1例について,以下のように検討と考察を加えた。
1)本例でみられた高ミオグロビン血症とCPKの高値は,rhabdomyolysisの存在を示唆すると考えられる。そこでrhabdomyolysisの生じる原因について考察した。
2)病態に関しては諸説があるが,最近IgE高値の症例が報告され,アレルギー機序との関連が示唆された。本例もIgE高値であり,特異抗体の検出が病態との関連を論じる上で重要である。
3)従来syndrome malin経過中には遷延した抗ドーパミン作用の存在する可能性が示唆されていたが,本例の髄液中HVA,5HIAAの推移や,他文献におけるプロラクチン値の推移からみて,その可能性は低いと推測した。
4)治療には,尿量のチェックと十分な補液が特に重要であると思われた。

眼科手術後に複合幻視を呈した1症例

著者: 鈴木節夫 ,   鈴木康夫 ,   杉田知己 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.635 - P.639

 抄録 眼科手術後に複合幻視と要素性幻視を訴える症例を経験した。症例は81歳女性で,両眼の緑内障,白内障の手術を受け,視力低下を来していた。術後10日ほどして特に誘因なく,「草むらに蛇が這っている」,「穴の中で火がボーボー燃えている」,「なにか色が見える」と訴えはじめた。このため,CT,脳血流シンチグラフィーEEG等の検査を施行したが,器質性病変は認められなかった。心理検査上,WAIS,対語記銘力テストでは知的機能の低下は認められなかった。しかし,ロールシャッハテストでは依存的,退行的であり,SCTでは相手をしてくれない家族への不満や依存欲求が表わされていた。このため家族調整を行い,毎日面会に来るよう指導し,依存欲求を満たしてやると,間もなく幻視は消失していった。これより,老人特有の心理により,視力低下による漠然とした視覚刺激を,複合幻視として家人に訴えていたのであろうと考えられた。

短報

幻覚妄想状態を呈したLennox-Gastaut症候群の1例

著者: 加藤秀明 ,   白河裕志

ページ範囲:P.641 - P.643

 2度の幻覚妄想状態のエピソードを呈したLennox-Gastaut症候群の1例(16歳,男性)を報告した。このエピソードはてんかん特性と交代性の傾向を示した点に興味があった。また側頭部棘波とそれに相応する発作をもっていたので,精神病状態発現に側頭葉が関与していると推定した。

断薬後少量の抗精神病薬により惹起された悪性症候群の1例

著者: 石原修 ,   斎藤信太郎

ページ範囲:P.645 - P.647

I.はじめに
 抗精神病薬の最も重篤な副作用の1つである悪性症候群syndrome malin(以下SM)は,1960年1)来多数報告されているが,最近,我々は,5日間の抗精神病薬断薬後,ハロペリドール0.75mg1回内服と,翌日制吐の目的で注射投与されたトレステン1A(チエチルペラジン6.5mg)という極めて少量の抗精神病薬によりSMを呈した精神分裂病の1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

塩酸Amantadineによりせん妄状態を呈した精神分裂病の1例

著者: 高橋幸男 ,   小笠原暹

ページ範囲:P.648 - P.650

I.はじめに
 抗精神病薬による副作用としての薬物性parkinsonismに対して各種の抗parkinson剤(以下抗パ剤と記す)が用いられるが,これらの抗パ剤にも副作用が少なくない。1969年にSchwabら6)によりparkinsonism治療薬として導入された塩酸amantadine(以下amantadineと記す)においても,特異な精神症状,とりわけ幻視の出現が多いのが注目されている。
 しかし,従来amantadineによる幻視に関する報告は,他科領域が多く,また精神科領域でも,精神病ないしその近縁の患者における報告は本邦では見当らない。今回我々は,精神分裂病患者で特異なせん妄状態を呈し,活発な幻視を認めた症例を経験したが,amantadincに起因すると思われたので簡単に報告しておきたい。

有機溶剤における“flashback”の問題点

著者: 河北英詮 ,   市川薫 ,   鈴木守

ページ範囲:P.651 - P.655

I.はじめに
 慢性薬剤中毒者の中に長期連用により,中枢神経系に永続的に反応性の変化が生じたことを示唆する臨床報告がなされ注目されている15,16,20)
 ここに呈示する症例1は,有機溶剤連用により当初多幸爽快感を生じたものが,やがて夢想症そして幻覚妄想など精神病像へと発呈,長期にわたる寛解のあと,再使用により初め成立するのに長期を要した精神病像が,短期間にまた2回の溶剤使用で再燃,さらに発熱疲憊により自然再燃として溶剤の使用がなくても,ほぼ同様の精神症状の発現が認められた。極めて示唆に富んだ症例といえる。
 ここに症例2と併せ報告し,有機溶剤においても,幻覚剤および覚醒剤中毒におけると同様,長期反復連用により脳に永続的な機能的変化が惹起され得る可能性について述べ,その上で有機溶剤によるflashback現象の問題点について触れたい。

顆粒球減少症を合併した甲状腺中毒症に対するリチウムの作用

著者: 前田潔 ,   白滝貞昭 ,   春田有二

ページ範囲:P.656 - P.657

I.はじめに
 炭酸リチウム(Li)はいまや躁うつ病の治療に不可欠の薬物となったが,それに限らず躁うつ病以外の精神疾患をはじめ神経病や内科疾患に至るまで使用されつつあり,その臨床応用は今後ますますひろがるいきおいにある4)。とりわけ甲状腺中毒症に対する効果や白血球増加作用が一般的承認を得つつある。
 われわれは最近,情動性興奮,気分の易変性を示した甲状腺中毒症の患者において,服用していた抗甲状腺剤によると思われる顆粒球減少症のため,抗甲状腺剤や抗精神病薬の投与を中断せざるを得ず,Liのみを投与して精神症状,甲状腺機能および血液障害の経過を観察した。これらに対するLiの効果を同時に観察し得た稀な症例と考え報告する。

古典紹介

—Marie, P.—「失語症の問題に関する再吟味」—第1論文:左第3前頭回は言語機能に何ら特別の役割を果たしていない—第1回

著者: 岡部春枝 ,   大橋博司

ページ範囲:P.659 - P.666

 10年前にBicêtrの病棟部長になって以来,わたしは目に触れるすべての失語症患者を体系的に,入念に検査し,その数は約100例に及んだ。また失語症の50例以上にのぼる剖検の機会に恵まれた。これらの数をあげるのは,ただわたしがいま軽々しく失語症の大問題を取り上げるのではないことを示すためである。この問題に関して,この長い研究期間中,わたしは自分から公表しようと思ったことは一度もない。さらに十分な資料に裏付けられるのを常に待っていたからである。
 検査に応じてくれた患者の最初の数人を診るとすぐに,わたしは事実と現在支配的な理論との不一致を強く感じた。その後この不一致は増大するいっぽうであった。わたしがここで論じたいのは,この不一致を明らかにすることである。

追悼

堀要先生を悼む

著者: 若林慎一郎

ページ範囲:P.669 - P.669

 「精神医学」誌をくってみると,第23巻12号(1981年)において,堀先生が名古屋大学精神科第3代教授「村松常雄先生を悼む」という文を書いておられる。
 今,ここに,第4代教授の堀要先生の追悼文を書かねばならないということは思いもよらぬことであった。
 それほど,堀先生はまだお若く,また,極めて頑健であられ,堀先生の死は,まさに,突然であった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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