ジャルゴン失語について—語新作ジャルゴン失語の5例
著者:
波多野和夫
,
浜中淑彦
,
大東祥孝
,
大橋博司
ページ範囲:P.701 - P.710
I.はじめに
ジャルゴン失語jargonaphasia(以下JAと略す)に相当する病像の最初の記載はJohann Gesner(1770)に遡るといわれている(Berlton, et al,1960)。神経心理学にジャルゴン(以下J)なる語が登場するのは1860年代の英語圏であり(Moutier,1908),同時にgibberish(Bastian,1869)なる語も用いられた。独語圏ではKauderwelsch(Wernicke,1874),choreatische Paraphasie,erbales Delirium,Wortgewirr(Kussmaul,1877)がJとほぼ同義に使用されたが,20世紀はじめ頃よりJの語が一般的に定着し始める(Wernicke,1906;Monakow,1905;Moutier,1908)。また英語圏では錯語paraphasiaという語が一般的になるまでJがその意味で用いられた形跡があり(Head,1926),仏語圏では音素性Jといえばしばしば伝導失語の病像を差す(Lhermitte, et al,1969)。
JAの組織的研究はAlajouanine(1952,1956)によって始まった。彼によれば,Jとは"言語の意味的価値の病態否認的解体"desintegration anosognosique des valeurs semantiques du langageと規定され,"発話に意味を与える質の消失"が主要な要素であると定義される。さらに彼はJAに未分化型undifferentiated,失意味型asemantic,錯語型paraphasicの3型を区別し,これらが縦断的にこの順に経過すると述べた。未分化型とに"言語学的に意味のない言語常同症に近い"が,"次々に変動する語音の間断することなき流れ"であるとされるが,Alajouanine自身に適切な症例の提示がなく,Brown(1979)はこれを音素性JAと同一であるとして語新作JAとは一線を画して理解せんとし,Kertesz(1982)もこの見解を継承してWernicke失語の亜型(type 5)としてその独立性を認めている。失意味型と錯語型の特徴は,それぞれ語新作と語性錯語または誤用語misused wordであり,現在の英語圏ではそれぞれ語新作JA neologistic jargonaphasia(Kertesz, et al,1970,以下NJA)と意味性JA semanticjargonaphasiaと呼ばれ,むしろこれらの名称のほうが一般的になった(Brown,1972,1977;Buckingham, et al,1976等)。
JAの亜型については,cohn et al(1958)の語音順型(=NJA),語順型,文順型の3型分類もある。