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雑誌目次

雑誌文献

精神医学26巻8号

1984年08月発行

雑誌目次

巻頭言

新生児精神医学について

著者: 花田雅憲

ページ範囲:P.790 - P.791

 タイトルを読まれた大部分の先生は,突飛というか,唐突な題だと思われるのではないかと推測する。正確には,すでに児童精神医学があり,その中に含まれてもよいわけであるが,実際には,児童精神医学で取り扱われる年齢は,自我が目ばえ,母子分離が問題となる2〜3歳前後からであり,乳児に関する問題も少く,ましてや新生児の問題はほとんどないといってよい。
 私がこのテーマに興味をもつにいたった理由の第一は,最近,精神医学が年代的に細分化され,児童精神医学,思春期精神医学,成人精神医学,初老期精神医学,老年精神医学と区別され,おのおのの年代での特徴をとりあげ,研究が進んできているが,偶然にも,二社から「新生児期の心理」と「赤ん坊のこころ」についての執筆依頼があったため,新生児について考える機会があったことによる。私的なことで恐縮だが,私の博士論文が「新生児の行動分析」であり,丁度,1960年頃からオランダのPrechtl, H. F. R.,アメリカのWorff,P. H. などにより,新生児の行動研究が行われ始め,これに加えてHarlow, H. F. がサルの赤ちゃんの行動研究を行い,母子関係のいくつかを報告したことに端を発して,新生児の行動を精神神経学的発達の基礎として見ていこうというのがねらいであった。それまでは,新生児は,ほとんどの時間,眠っており,空腹になると授乳をうけ,おむつがぬれたりして不快感が生じると泣いているという,受身的な時期であり,Piaget, J. によれば「反射行動的な存在」と考えられていた。実際に医学の分野でみても,産科医と小児科医との谷間に置かれ,長い間,特別に注目されなかったが,よく見ると,反射的な行動だけでなく,自発的な行動もかなり多くあることがわかってきた。当時の新生児の研究方法は,新生児を長時間,ただじっと観察し,認められた行動をチェックし,ポリグラフを用いて,意識レベル,呼吸の状態,筋トーヌスなどを分析し,新生児の示すいろいろな行動を意識水準と結びつけて,行動の意味づけを行った。この結果,生まれてすぐに,すでに「抱きつく行動」「自動歩行」「ものを握る」「眼でものを追う」「ほゝえむ」などの能力を有していることが確認され,しかも,これらの行動が一定の意識レベル(規則正しい睡眠状態,不規則な睡眠状態,開眼して動かない状態,開眼して動いている状態,泣いている状態)と関係があり,生後,日を追ってみていくと,行動と状態との結びつきが変ってくること(例えば,不規則な睡眠状態で出現していたほゝえみが,次第に開眼時にみられるようになるなど)がわかってきた。こうしたことから,新生児は生まれながらにして,母親との関係を作るための準備状態として必要な行動をもっており,成長するにしたがって,それが積極的に母親を認知し,母親に笑いかけ,母親に抱きつくものと推測していた。

展望

芸術療法の展望—表現精神病理・パトグラフィ領域とともに—第1回

著者: 徳田良仁

ページ範囲:P.792 - P.802

I.はじめに
 精神医療における芸術療法の適応水準はますます高まっている。このことは現在の日本芸術療法学会や関連の研究会における発表や雑誌に掲載された諸論文の内容をみるときに実感することである。
 ひとことで芸術療法といっても広義のものは別にして,それぞれ多くの手技が含まれている。いわく絵画療法,音楽療法,造形療法,陶芸療法,舞踊療法,心理劇,箱庭療法,創作詩歌療法,東洋芸道などなどその包含する領域は広い。各ジャンルにおいて研究者,実践者の理論的深化と治療構造論の充実はまことに目を見はる思いがする。ここに芸術療法の展望を試みるにあたって,この広汎な領域をすべてカバーすることは不可能であるが,10年前,岩井40)が本誌上で試みたものに重ねて,その後の展開発展のあとを紹介してみようと思う。われわれの領域はたんに芸術療法のみでなく,表現病理学,パトグラフィを含めた相互関連の学際的認識はまさに密接不可分のものであるので,その一端を紹介し,合わせて世界の動向と現状に触れてみようと思う。

研究と報告

生活療法の復権

著者: 臺弘

ページ範囲:P.803 - P.814

 抄録 生活療法は,その一部をなす作業療法を含めて,わが国の精神科医療に古い伝統をもつ治療活動である。にもかかわらず,近年不当におとしめられた時期があった。生活療法を真にあるべき姿に戻して,その理念と活動を復権する必要がある。生活経験の学習により,主体的な生活の獲得を図ろうとする生活療法は,精神療法,身体療法と並んでその意義を確立しなければならない。生活障害の観点は,生活療法の目標をリハビリテーションに一致させる。課題の段階的拡大,場面転換による役割稽古,社会的学習の3つの操作が生活療法の主軸であり,この間に障害の受容も果たされる。生活療法には,病院の内外を問わず,治療者集団による社会的支持システムが不可欠であるが,ここには組織対個人という矛盾的契機が外在し,また訓練対啓発という外見上背反的契機が内在している。これらを実践により克服することが,生活療法の課題である。

産褥精神病の症状理解に関する一考察

著者: 片岡憲章 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.815 - P.823

 抄録 出産後に多彩な精神病像を呈したいわゆる産褥精神病の4症例を報告し,その臨床的位置づけならびに精神病像の構造について検討を加えた。
 症例はいずれも出産数日後から不眠と感情不安定を示し,しばしば夫や家族に対して猜疑的となり,不穏,多動,錯乱,話のまとまりのなさなどさまざまな言動の異常を呈した。また,多くの場合,家人の育児に対する注意や,向精神薬の投与などを契機にして,急激に精神運動興奮を伴う幻覚妄想状態への移行がみられた。回復期には抑うつ軽躁状態を示すことがあったが,全く欠陥を残さずに治癒した。全経過は約2ないし8ヵ月であった。
 本報告例の病像および経過は多彩であるが,精神病像の背景に散乱性の思考障害や困惑によって特徴づけられる軽度の意識混濁の存在が確かめられ,従来よりAmentia病像として把握されてきたものに相当すると考えた。

分裂病にみられた多重人格の2症例

著者: 三田俊夫 ,   岡本康太郎 ,   酒井明夫 ,   江村州 ,   川上正輝 ,   生井和之 ,   中島国博 ,   切替辰哉

ページ範囲:P.825 - P.831

 (1)分裂病の経過中に自分を三人称で呼び,自己を他者として語り,声変りし,「僕」「私」がいる人格変換,いわゆる多重人格を示した2症例を経験した。
 (2)これら2症例の言語の表現形式は症候学的に舌語り,精神運動性幻聴,独語,音唱症および精神自動症に関連する現象であった。
 (3)多重人格が分裂病の経過に現われた理由として,この2症例は,分裂病の急性期に文化落差に直面し,そこに反応性要素が現れ,分裂病に必然な他律性Heteronomieから無律体験AnomErlebnis(自動性の現象)へと移行したためと考えられた。

多彩な症状を呈した悪性症候群Syndrome Malinの2例

著者: 中村清史 ,   佐野欽一 ,   松林直 ,   島田明範 ,   山口弘一 ,   金子宏明 ,   溝口正美 ,   緒方明 ,   櫻井俊介

ページ範囲:P.833 - P.840

 抄録 向精神薬投与後急速に悪性症候群syndrome malinを発症した2例を報告した。
 症例1はhaloperidol 10mg静注に引き続き,高熱,昏迷,無動,筋硬直・振戦などの錐体外路症状,発汗・唾液分泌過多などの自律神経症状に加えて,助産婦手位・下肢のけいれんなどテタニー症状を示し,さらに特有な姿勢を保ち頸筋の強剛・圧迫による上腕神経叢症候群を認め,左上肢の弛緩性麻痺Duchenne-Erb型の麻痺を来している。本例では両側の手指や足指の変形,拘縮,足指の尖足位一足底への伸展などの固縮を認めている。症例2はfluphenazine enanthate 25mg筋注後に上記の症状を認め,全身の筋緊張亢進(筋硬直)および上肢に粗大なWilson病にみられるはばたき振戦flapping tremorが認められた。両症例ともCPKやLDHの異常値を示し,さらにそれぞれのisoenzymeの異常がみられ,CPKのisoenzyme分析で,骨格筋に由来するMM型,LDHの分画でLDH5の上昇が認められている。
 最近,悪性症候群syndrome malinの原因として間脳や中脳などの自律神経系の中枢や錐体外系路へのtoxicな障害だとする説以外に,骨格,筋など末梢への作用も関与しているという報告11〜14)が散見されるが,われわれの症例でも,それを示唆する所見が認められている。本論文では従来の報告で稀であるテタニー発作とそのメカニズム,頸筋の筋硬直による上腕神経叢症候群やhaloperidol静注などの問題について検討を行った。

精神分裂病の社会適応に対するDay Hospitalの治療的役割—治療効果とその持続

著者: 浅井歳之 ,   小沢道雄 ,   土井永史 ,   池淵恵美 ,   増井寛治 ,   太田敏男 ,   亀山知道 ,   安西信雄 ,   宮内勝

ページ範囲:P.841 - P.849

 抄録 東大病院精神神経科Day Hospital(DH)に通院した82名(男45名,女37名)の分裂病圏患者を対象として,DH終了後2年間の社会適応を追跡調査し,その結果と患者の社会適応に関連すると考えられるDH通院開始以前の諸要因,およびDHでの諸要因との関連を検討した。さらに,DH通院開始以前の諸要因とDHでの諸要因との関連も検討した。その結果,DH終了後の社会適応と有意に関連する要因は,性別,学歴,職歴の有無,病前社会適応,発病後DH通院開始時までの社会適応,DHでの集団適応,DH終了形態であった。これらの要因の中でDH終了後の社会適応との関連が最も強い要因はDH終了形態であった。DH終了形態と上記のDH通院開始以前の諸要因との間には有意な関連はなかった。以上のことは,DHを経た分裂病患者の社会適応は,DH通院開始以前の要因によって決定づけられたものでなく,治療によって変えうるものであり,DHが有効であることを示唆している。

ハンチントン舞踏病親子例におけるポジトロンCTイメージグ

著者: 児玉和宏 ,   宍戸文男 ,   井上敞 ,   山中正雄 ,   馬場章 ,   田町誓一 ,   山崎統四郎 ,   池平博夫 ,   舘野之男 ,   吉田勝哉 ,   志津雄一郎 ,   石郷岡寛 ,   佐藤甫夫 ,   佐藤壱三

ページ範囲:P.851 - P.859

 抄録 ポジトロソCTにより,脳の三次元的な局所循環・代謝の測定が可能になり,既に,多くの脳神経疾患,精神疾患に臨床利用されている。我々は,ハンチントン舞踏病の親子例を対象に,C15O215O218FDGを使用したポジトロンCTイメージングを行った。その結果は,本疾患においては,大脳皮質の広汎な萎縮が成立する以前に線条体の萎縮が起こること,大脳皮質の萎縮は左右半球それぞれの皮質において不均一に進行することなどを示唆するものであった。本疾患,痴呆および精神分裂病における生化学的・薬理学的研究,ポジトロソCT所見に関する文献的考察を行った。ポジトロンCTによる神経伝達物質受容体描出に適した標識ligandの開発とポジトロンCT装置の性能の向上によって,ドーパミン受容体の描出が可能となった。したがって,今後,ハチントン舞踏病におげるドーパミン受容体の役割について新しい知見が得られる可能性を指摘した。

遅発性ジスキネジアの発症要因について—ロボトミーによる影響を中心に

著者: 安田素次 ,   小山司 ,   木村直樹 ,   本間均 ,   石坂直己

ページ範囲:P.861 - P.866

 抄録 平均年齢55歳の男性で向精神薬を約17年間服薬してきた精神分裂病者34名を対象に,遅発性ジスキネジア(TD)の検討を行なった。そのうちロボトミーの既往のある患者は21例,ない患者は13例である。全体として加齢とともにTDが増加する傾向を認めたが,40〜60歳においては危険率5%の有意水準でロボトミーの既往のある群にTD発現率が高かった。向精神薬の影響については,総服薬量よりも評価時1日服薬量が既往1日平均服薬量より少ない症例にTDが有意に多く出現した。またその際にもロボトミー既往群に有病率が高い傾向がうかがわれた。一方,TDの範囲については,顔面部にとどまらず四肢のジスキネジアの合併を来す例がロボトミー既往群に多く,特に上肢のジスキネジアが有意に多かった。しかも後者の出現が加齢および向精神薬の服薬状況と直接に関連のないことが注目された。これらの所見から遅発性ジスキネジアの発現機制について考察を加えた。

遅発性ジスキネジア及びその近縁疾患に対するClonidineの治療効果

著者: 西川正 ,   古賀五之 ,   内田又功 ,   田中正敏

ページ範囲:P.867 - P.872

 抄録 Tardive dyskinesia及びその近縁疾患(spontaneous dyskinesia,levodopa induced dyskinesia,tardive dystonia)を有する28症例にclonidinc 0.15〜0.45mg(1日用量)を投与し,最長3年11カ月間治療効果を観察した。clonidineはこれらの症候群に抑制効果を示し,全症例では75%の有効率を示した。また長期間持続する重症例を含め50%の症例で,これらの症状の完全消失をみた。併用抗精神病薬としてはthioridazine,levomepromaznie,sulpirideが有用であり,ドーパミン作動薬であるbromocriptineの併用で,dyskinesiaが完全消失する症例も認めた。以上の知見より,これらの症候群にはドーパミン受容体の過感受性のみならずノルアドレナリン系ニューロンの作動機構の異常も関与するものと推察された。またtardive dyskinesiaに対するclonidine治療の経験より,この疾患の予防と治療法についても言及した。

短報

アルコール依存症に伴ううつ状態を左右する因子について—Palo Alto Veterans Administration病院における治療プロゲラムに関与して

著者: 光定道子

ページ範囲:P.873 - P.877

I.緒言
 アルコール依存症患者の中には著明なうつ症状を呈する患者がしばしばみられる1〜3)。依存症状治療直後のアルコール依存症者がうつ状態を呈する頻度は3%から98%と報告によりばらつきがみられる4,5)。このデータのばらつきは各々の研究における患者集団の違いやうつ状態の診断基準の相違又は使用した精神症状評価尺度の相違を反映していると考えられる。アルコール依存症者におけるうつ状態の評価の困難さについては最近改めて論じられている6)
 うつ状態の原因が何によるかにかかわらず7〜10)短期アルコール依存症治療プログラムにおいてほとんどのアルコール依存症者のうつ状態は自然に改善する11)。しかし退院時もそれらの患者のうちの何名かは依然としてかなり重篤なうつ状態を示している13,14)。頑固なうつ状態は治療の妨げとなるだけでなく,何回も入退院を繰り返すことの原因の一つとなりうる。

右側頭葉に発作波焦点をもつ側頭葉てんかん患者のBenton視覚記銘検査成績の特徴

著者: 増井寛治 ,   丹羽真一 ,   安西信雄 ,   亀山知道 ,   斎藤治

ページ範囲:P.879 - P.881

I.はじめに
 われわれは,てんかん性発作波焦点の存在が発作間歇時に正常な脳機能に及ぼす影響に関心をもち,特に側頭葉てんかん(TLE)患者が記憶機能障害を訴えることが多いという臨床的観察に基づいて,TLE患者を対象として,てんかん性発作波焦点存在側と記憶機能障害の特徴との関係―つまり,焦点側の違いにより,言語性と非言語性記憶機能の障害に差異があるか否かを神経心理学的検査を用いて研究した。その結果,発作波焦点が左側頭葉に存在する群(左焦点群)では言語性記憶機能の障害が右焦点群より相対的に強く,また右焦点群では非言語性記憶機能の障害が左焦点群よりも強いことを明らかにした1)
 われわれはこれまでの研究で非言語性記憶機能を検討する検査法にBenton視覚記名検査を用いている。先に報告したBenton視覚記銘検査の結果1)をさらに図版の右半分の誤謬数(右誤謬数)および左半分の誤謬数(左誤謬数)と発作波焦点側との関係について検討した。
 その結果,右焦点群で右誤謬数が左誤謬数よりも有意に多く,単に記憶機能障害だけでなく,記憶すべき刺激図版を探索するいわば注意機能障害も反映されていることを示す知見を得たので,先の報告に正常対照群を追加して報告する。

アルデヒド脱水素酵素の個体差と飲酒習慣およびアルコール症との関連

著者: 大森哲郎 ,   原田勝二 ,   日比望 ,   村田忠良 ,   山下格

ページ範囲:P.883 - P.885

I.はじめに
 アルコールに対する生体反応には個人差が大きく,小量の飲酒でも顔面の紅潮するflushingを来す人と,多量に飲酒してもその傾向を示さない人がいる。このようなアルコール感受性の差異は,アルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase:ALDH)の個体差によるところが大きいことが指摘されている4)
 周知のようにアルコールは生体内で主にアルコール脱水素酵素(alcohol dehydrogenase:ADH)の作用によってアセトアルデヒドになり,次いでアルデヒド脱水素酵素(ALDH)により酢酸へと代謝され,最終的には水と2酸化炭素に分解される。そのうち飲酒時の酩酊状態に関与するのはアルコールそのものとアセトアルデヒドであり,特にnushingや心悸亢進などの徴候は専ら後者の作用によることが知られている7)。またアセトアルデヒドの血中濃度を規定しているのは主としてALDHの活性である。このALDHには2つのisozymeがあり,日本人の約4割は,アセトァルデヒドと親和性の高いALDH-I(low km AL-DH isozyme,km=3μM)を遺伝的に欠いている。これを持たない個体ではALDH-II(high km ALDH isozyme,km=30μM)が代謝に与るが,ALDH-IIはアセトアルデヒドとの親和性が低いため,その濃度がある程度以上高くならないと効率よく作用しない。したがってALDH-Iを保有する個体に比べて飲酒時にアセトアルデヒドが血中に蓄積され,その直接的あるいはモノアミンなどを介する間接的な作用のために,flushingその他の中毒症状が発現すると考えられる6)
 われわれは臨床的にALDH-Iの表現型(活性の保有または欠損)を検討し,flushingとの相関を再確認するとともに,飲酒習慣およびアルコール症との関連について興味深い結果を得たので報告する。

古典紹介

—Marie, P.—「失語症の問題に関する再吟味」—第1論文:左第3前頭回は言語機能に何ら特別の役割を果たしていない—第2回

著者: 岡部春枝 ,   大橋博司

ページ範囲:P.887 - P.896

VII
 今や我々は,臨床的な観点からWernicke失語,Broca失語,アナルトリーがどのようなものであるかを知ったのであるから,この研究の真の目的,これら様々な症候群の局在について述べよう。
 アナルトリーについては何の困難もない。その病巣をレンズ核とその周辺領域に局在させることに皆意見が一致している。レンズ核自身のこともあり(図2),前部で内包膝のこともあり,外包のこともある。注目されるべき事実とは,アナルトリーが左半球の病巣のみで起こるものではなく,レンズ核領域のレベルで,右半球の病巣のときにも同様にみられることである。これが失語症との主たる相違であって,失語症はもっぱら左半球に関係するものなのである。もうひとつ注目すべき事実とは,一側半球の病巣による場合,アナルトリーは自然治癒傾向を表わすことがあり,少なくともかなりの回復がみられる。おそらくそれは健常側半球の代償によるものであろう。これに反して失語症では,少し程度がひどくなると回復傾向が全くみられない。失語症ではこのような代償は問題外である。アナルトリーがレンズ核の病巣,それも両側のレンズ核の病巣による場合,アナルトリーは存続し,したがってしばしぼ仮性球麻痺の症状と一致する。アナルトリーに関する限り,次の事実を強調する必要がある。つまり,ここでは厳密に構音運動の障害にとどまらず,言語の表出に一致協力している非常に複雑なすべてのメカニズムの調節障害までも含むのである。これらのメカニズムは,リヨン医学会での報告(Semainc Médicale,1894,p. 496参照)でP. Raugé氏によってすでにたいへん詳しく分析されている。言葉の機械的な構成は,少なくとも3っの基本的な働きから成っている。1°呼気流の産生,これは中枢神経によって,その強さ,速さ,リズムを正確に調整されている。2°この気流を声帯レベルで振動させ,音を発し,抑揚をつけること。3°音になったこの気流から母音や音節を構成すること,つまり,いわゆる構音によって言葉を産生すること。アナルトリーでは,しばしばこれら様々なメカニズムのすべてに同時に障害がみられるのであって,一般に間違って言われているように,構音のみが障害されているのではない。すでにBrissaudはその講義で,仮性球麻痺における抑揚,その他の障害を強調している。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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