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雑誌目次

論文

精神医学27巻3号

1985年03月発行

雑誌目次

巻頭言

残された健康部分に働きかける

著者: 黒田知篤

ページ範囲:P.254 - P.255

 精神科臨床の基礎は,治療者と被治療者の信頼関係の上に築かれているのだが,何としても患者の側だけでなしに治療者の側の成熟度に大きく関わってくる。つまり,治療者側の個人的な人間理解や人間観が陰に陽に影響する。カウンセリング面接の領域で,よく技術かアートかと論議される事柄は,精神科臨床においても,そのままあてはまる。臨床という対人的援助行為には,否応なしに役割遂行などの操作的概念だけでは整理しきれぬ個々の治療者の個人的ニュアンスが顔を出すことになる。そうして,その個人的ニュアンスを,その治療者が,如何に自分の専門的臨床行為の中でよく生かすことができているかということが,その臨床家の成熟度に関わるバロメータかも知れないと思う。
 永い歴史のある精神病院で,何十年の入院歴をもつ患者のカルテは,本人の病状だけではなしに,何回か交代した治療者の側の,それぞれの患者理解の深さをも同時に記録しているわけで,平板な記号のような症状名や形容詞の羅列から,短い文章だが的確にその面接の場での被治療者のたたずまいを伝えてくれる記載まで,それぞれ臨床家としての訓練の勘所を後輩に伝えてくれるといえる。

展望

パラフレニーとフランスの慢性妄想病群—第1回

著者: 濱田秀伯

ページ範囲:P.256 - P.265

I.はじめに
 パラフレニーは,Kraepelinが第8版の教科書12)に記載した語であるが,今日の臨床では稀にしか用いられない。語源的には,ギリシャ語のパラπαρα(かたわらの,本質をはずれた,という意味を表わす接頭語)とフレンψρηυ(横隔膜の語源で,心を表わす)をつなぎ合わせた合成語で,「精神が本来の機能をはずれた状態」を示す一方,語意,語惑的にはParanoiaとSchizophrenieの両方の特徴を合わせもつ中間的概念でもある。したがって,パラフレニーを研究することは,現在まで議論の多い精神分裂病(以下,分裂病と記す)の妄想型とパラノイアの範囲,境界づけの問題に,何らかの手掛りを与えてくれるかもしれない。本論文は,パラフレニーを軸に,この概念が生み出された背景とその後の変遷をたどりながら,あわせて,当時のヨーロッパ精神医学を支配していた2大潮流,ドイツとフランスの妄想研究の歴史的なかかわり合いを,素描することを目的に書かれたものである。

研究と報告

精神病者の幻聴現象の分析—多変量解析による試み I

著者: 林直樹

ページ範囲:P.267 - P.278

 抄録 著者は精神病患者58名に対して幻聴に関する半構成面接を行い,幻聴の様式,内容,幻聴に関連した症状などについて調査し,この調査資料の反応パタンに対して林の数量化理論第3類を施行した。その結果3つの軸が取り出された。これらは幻聴体験が患者の内界で思考的に(vs. 外界で知覚的に)生じるものであることを示す第1軸,そして患者の幻聴からの一方的被影響性(vs. 患者の幻聴体験への影響可能性)および幻聴体験の親近性(vs. 侵襲性)をそれぞれ反映すると思われる第2軸,第3軸である。そしてこの3つの軸を座標軸として描いた3次元散布図の分布から幻聴体験中の諸要素が,患者の外界に知覚的に体験される要素群,患者の内界にて親近的に体験される要素群,患者の内界の自我障害の要素群,およびその他,に分類できることを明らかにした。さらに第3軸の値で安永の分裂病症状理論のE-eB型とAf-F型の幻聴要素が分離されたことから,第3軸が患者の自我の主体としての機能の障害(自極の分裂病性障害)をも反映していると考えられること,そして幻聴現象の中にSchizophrenia Paranoid Distinction(Magaro)の観点に沿った幻聴要素の構成が見出されることなどを示した。

青年期分裂病の寛解過程にみられた退行現象について

著者: 井上洋一 ,   北村陽英

ページ範囲:P.279 - P.286

 抄録 本症例は分裂病急性期症状が短期間で消褪し,寛解過程に入って早期に復学したにもかかわらず,家人に対して幼児的な退行現象を示した青年期分裂病例である。興味あることには,その回復過程で異なった性格を与えられた2つのぬいぐるみが登場した。ぬいぐるみは対立する2つの心理の表現であると考えられた。本症例を検討した結果,1)本症例は笠原らの言う「外来分裂病」の概念に該当する。2)本症例の退行は従来言われている精神病後退行postpsychotic regressionとは異なっていた。3)分裂病寛解過程には休養と社会復帰の2つの課題があり,両者の対立から本症例の寛解過程における困難が生じた。4)ぬいぐるみはWinnicott, D. W. の言う移行対象と同じ働きをし,患者と両親との情緒交流を媒介した。5)分裂病寛解過程における患者の対象関係は未分化な段階から分化した段階へ移行する過程にあり,患者の対象関係のレベルに応じた対応が必要であった。

不安神経症者の性格特徴について

著者: 藍沢鎮雄 ,   星野良一 ,   竹内龍雄 ,   高橋徹 ,   丸山晋 ,   児玉和宏 ,   小島忠

ページ範囲:P.287 - P.293

 抄録 われわれは,「病前性格—発症状況—症状—経過—予後」という臨床的セットで,不安神経症の研究をすすめている。発症状況の報告に続き,今回は同一対象118例につき,臨床記述的立場から性格特性を中心に,うつ病者との比較および予後との関連を含めて調査し,次の結果を得た。①中核的な性格特性は,内省性,配慮性,従順・素直・温和,お人よしといった標識である。②小児的・退行的・依存的といった臨床的印象は,経過上の変化として自覚されている。③予後との関連では,①の中核的な性格特性が優位なグループは予後良好であり,一方,予後不良群はこれらの中核的性格特性が乏しく,かつ強力性の要素(勝気,短気.行動性,社交性など)が複合している特徴があった。④単極型うつ病の病前性格(メランコリー親和型または執着気質)ときわめて密接な共通性を認めた。

境界例の臨床症状と脳波異常

著者: 小沢道雄 ,   宮内勝 ,   安西信雄 ,   亀山知道 ,   浅井歳之 ,   池淵恵美 ,   増井寛治 ,   岡崎祐士

ページ範囲:P.295 - P.302

 抄録 東大病院精神神経科に通院中の患者のうち,DSM-IIIの分裂病型人格障害または境界性人格障害の診断基準を満たす46名の脳波記録を検討し,対象を脳波正常群(22名),脳波境界群(10名),脳波異常群(14名)に分けた。脳波異常群の脳波異常は,陽性棘波7名,徐波群発3名,側頭部棘波2名,鋭波1名,非突発性異常1名であった。脳波正常群と脳波異常群の症状を,両人格障害の診断基準のA項およびPerryらの症状リストを用いて比較した。その結果,脳波異常群は脳波正常群と比べ,「不適切な激しい怒り」,「他者を利用する」,「多くの人と関わる」,「他者に真の敬意を示さない」という症状の出現頻度が有意に高かった。また,脳波異常群11名に抗てんかん薬を投与し,有効1名,やや有効5名,無効3名,悪化2名であった。以上の結果から,脳波異常と関連するような神経生理学的要因が,境界例の病態や症状を修飾している可能性が示された。

てんかん患者の追跡眼球運動—側頭葉てんかん患者の注意・認知機能の検討を中心にして

著者: 亀山知道 ,   斎藤治 ,   増井寛治 ,   安西信雄 ,   丹羽真一 ,   土井永史

ページ範囲:P.303 - P.313

 抄録 てんかん患者,特に側頭葉てんかん患者の注意機能を検討する目的で,追跡眼球運動検査を行った。対象は側頭葉てんかん群(TLE群)37名,その他のてんかん群(NON-TLE群)37名,正常対照17名である。被験者に,0.5Hz視角20度で水平方向に単振動する光の点を一側の眼で追跡させ,水平方向の眼電位図を記録し衝動百分率(衝動成分の振幅の和の頂点間距離に対する比)を求めた。その結果,光点の形に注目させて追跡させた時,精神症状のあるてんかん患者の衝動百分率は精神症状のないてんかん患者より大きかった。TLE群の成績はNON-TLE群より悪かった。NON-TLE群では臨床発作型,発作頻度による衝動百分率の差はなかったが,TLE群では複雑部分発作の頻度の高い者の成績が悪かった。以上の結果から,TEL群では注意・認知機能の障害がより強く,精神症状発現の危険性の高いことが示唆された。さらに,抗てんかん薬の追跡眼球運動に及ぼす影響について考察した。

抗精神病薬投与中にみられた開眼困難—開眼失行およびMeige症候群との関連

著者: 大曲清 ,   緒方良 ,   森山成彬 ,   末次基洋 ,   山上敏子

ページ範囲:P.315 - P.322

 抄録 精神分裂病で抗精神病薬投与中に開眼困難を訴えた7例を報告し,臨床経過から,これらの症状は抗精神病薬の随伴症状として生じたものであると考えた。7症例のうち5例が女性で,抗精神病薬を比較的長期投与された若い成人女性に多い傾向がみられた。抗精神病薬の増量変更が発症の引き金になっており,多くは一過性で,薬の減量もしくは自然経過によって軽快消失した。この開眼困難について,開眼失行,Meige症候群および遅発性ジスキネジアとの関連で考察を加えた。開眼困難の背景に,抗精神病薬によって引き起こされた線条体における神経伝達物質異常の存在が示唆された。

47, XXX核型を伴った女子殺人犯の1例

著者: 風祭元 ,   南光進一郎 ,   中野明徳 ,   真藤洋子

ページ範囲:P.323 - P.331

 抄録 同棲中の67歳の男性を残虐な方法で殺害して起訴され,染色体検査の結果,47, XXX核型を有することが確認された19歳女子の精神鑑定所見の概要を報告した。
 本例は,常染色体異常を有する進行麻痺の母親の私生児として出生し,不良な家庭環境で生育,中学卒業後は頻回の転職,家出,売春などを反復し,本件犯行に至ったものである。染色体異常以外には身体的には正常,神経学的,内分泌学的にも異常を認めず,精神医学的には,境界線ないし軽度の精神遅滞を伴う反社会的人格障害antisocial personality disorderと診断した。
 性染色体異常症と知能障害,性格異常,行動異常,責任能力との関係等について考察を加えた。

女子分裂病者の夫に関する諸問題

著者: 山本裕

ページ範囲:P.333 - P.339

 抄録 精神障害者の配偶者が病者の病態や治療上に影響を及ぼすことは日常よく経験される。今回,主婦として結婚生活を継続中の女子分裂病者の夫について家庭や治療揚面における彼らの意識や問題点を調査し検討を加えた。対象は1回以上の入院歴をもつ30名の女子分裂病者の夫である。
 平均結婚期間は18.7年で結婚形態は見合い結婚のほうが多かった。3名の夫は結婚前より妻の病気を知っていた。精神科受診前に妻側の親類に相談することが多かった。半数の者は医師より病気を指摘されて納得できたとした。妻の状態の悪い時は大多数が主婦の代理をつとめ,育児や勤務時間のやりくりに苦慮していた。治療者側より夫の態度をみると妻や治療に対する対応から客観型,拒否型,消極型,動揺型の4型に分けられた。夫の性格,妻の病型や罹病期間,さらに夫婦の実家との関係の違いが関与しており,それぞれに応じた対処が必要と思われる。

Sultopride(MS-5024)の精神分裂病に対する臨床効果

著者: 森温理 ,   三浦貞則 ,   上島国利 ,   伊藤斉 ,   野口拓郎 ,   長谷川和夫 ,   金野滋

ページ範囲:P.341 - P.351

 抄録 精神分裂病165例にsultoprideを使用し,その臨床効果を検討した。
 使用量は150〜2,400mg/日(多くは300〜1,200mg/日)で,中等度改善以上を示したものは,1週目16.4%,2週目23.0%,4週目33.3%,8週目38.8%,12週目45.5%であった。症状別にみると,とくに言葉数の増加,幻覚および自我障害,多動,妄想などに対して効果が高く,本剤のもつ鎮静作用を示すものと思われた。
 副作用としては。錐体外路症状が比較的多くみられ,そのほか不安,不眠,便秘なども認められた。臨床検査値には,とくに重篤な変化はみられなかった。有用度では,かなり有用以上37.8%で本剤の使用価値は十分に認められた。
 以上の結果から,本剤は精神分裂病の治療薬として有用なものと思われる。

短報

Clenched fist syndromeを伴ったてんかん性精神障害の1例

著者: 小川亮 ,   田中勝也 ,   秋山一郎 ,   笠原洋勇 ,   森温理 ,   常岡みちる ,   長野哲 ,   遠藤洋一

ページ範囲:P.353 - P.355

I.はじめに
 精神障害において,心身症やヒステリー転換型のように特有な身体症状を伴うことはしばしばみられる。手指領域においては,書痙,振戦として症状化することがあることもよく知られている。
 一方,Simmonsら2)(1980)により初めて報告されたClenched fist syndrome(にぎりこぶし症候群)は,精神的転換現象の1症状として両側または片側の手指を堅く握りしめた状態を示すものであるが,非常に稀な身体症状とされている。
 今回われわれは,分裂病様の幻覚,妄想を伴ったてんかん性精神障害に,にぎりこぶし症候群を伴った症例を経験したので報告する。

Restless legs syndromeを呈したパーキンソン病患者のクロナゼパムによる治療

著者: 堀口淳 ,   稲見康司 ,   柿本泰男

ページ範囲:P.356 - P.358

I.緒言
 Restless legs syndromeは主に下肢に出現する異常感覚で,夜間入眠期に出現し,しばしば下肢筋群のミオクローヌスを伴い,両下肢の独特のむずがゆさのために睡眠障害を来すことが多い。Ekbom5)が命名したこのrestless legs syndromeの原因は今日なお不明である。われわれは特発性パーキンソン病患者の薬物療法中,restless legs syndromeが出現し,アマンタジンの服薬中止で一時的寛解を認めたが再燃し,クロナゼパムの投与が有効であった症例を経験したので報告する。

離人症を呈した低テストステロン血症の1例

著者: 切池信夫 ,   古塚大介 ,   泉屋洋一 ,   川北幸男

ページ範囲:P.359 - P.362

I.はじめに
 離人症とは「自己疎隔感,感情疎隔感,自己同一性喪失感,実行意識喪失感」などを主症状とし4,10),分裂病,うつ病,神経症,てんかん,脳器質性障害,薬物中毒などの他,一過性には健常人においても出現する非特異的症状であるとされている4)。その発症機序については精神分析理論に基づく心因論から,身体的基盤を重視する立場まであり,いまだ定説をみていない。しかし,間脳症,てんかん,薬物中毒,LSD,メスカリンその他の幻覚剤の服薬などによって離人症を生じることが観察されていることから,古くから離人症の身体基盤として間脳の機能異常が推定されている4)
 今回われわれは司法試験の受験勉強という長期間の心身にわたるストレス状況下で,離人症と性機能障害を呈し,検査の結果,間脳性低テストステロン血症が見出され,アミトリプチリンの投与によりこれらの症状が改善した症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

季肋部圧迫時抵抗・圧痛—正常対照者と抑うつ状態の患者との比較

著者: 金子善彦 ,   長崎達朗 ,   山田和夫

ページ範囲:P.363 - P.365

I.はじめに
 われわれは,これまでに,抑うつ状態の治療に,いくつかの漢方薬を用いてきた1,2)。漢方医学においては,腹診は,日常診療上欠かすことのできないものである。抑うつ状態の患者に腹診を行う機会を得,季肋部を圧迫した時の硬さや,痛がり具合について検討を重ねるうちに,漢方薬の効果や随伴症状と,この季肋部所見との間に,いくつかの興味ある知見を得たが2),これとは別に,正常者にも,これほどの硬さや痛さが有るのだろうかという疑問が生じてきた。そこで,正常対照者にも,同じ腹診を試み,抑うつ状態の患者との比較検討を行ったので報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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