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雑誌目次

論文

精神医学27巻6号

1985年06月発行

雑誌目次

巻頭言

大学病院における精神医学教育

著者: 風祭元

ページ範囲:P.606 - P.607

 向精神薬を中心とした薬物療法,個人精神療法や集団精神療法,入院中の生活療法や作業療法などの社会復帰活動,病院や精神科診療所における外来活動など精神疾患に対する治療法はこの数十年の間に大きく進歩したといってよい。わが国の精神科医療は,さまざまな困難な問題を内包してはいるが,現在では大部分の精神科疾患は,精神科専門医の思い通りに治療をすすめることができれば通常の社会生活が可能な程度に治り得る病気になっている。それにもかかわらず,わが国の全病床数のおよそ4分の1が精神科疾患の入院患者で占められて半永久的な入院を余儀なくされ,精神障害者による自殺や犯罪が跡を絶たないのは,精神科医の思い通りに医療がすすめられないことが一つの大きな理由となっていると考えられる。
 これをもう少し具体的にいえば,病気であっても治療の容易な初期に精神科医の診療をうけない,たとえ診察をうけても患者本人も家族も病気であることを受容せずに医師の指示通りに治療をうけようとしない,社会復帰のためのアフターケアの設備や体制がきわめて不十分である,病気がよくなった人達を社会が暖かく迎えてくれない,といった理由をあげることができよう。これらの中には,患者が自分の病状について正しい洞察ができないといった,精神科疾患のいわば本質にかかわると思われる問題もあるが,大部分は精神科疾患についての正しい啓蒙が行われていないことに帰せられると思う。

特集 前頭葉の神経心理学

前頭葉の神経心理学序説

著者: 山口成良

ページ範囲:P.608 - P.609

 他の動物と異なってヒトの考える能力が特に優れているのは,大脳の発達によるものであることは論をまたない。その大脳の中でも前頭葉皮質は他の動物に比べて著しく発達しており,大脳皮質の約25%を占めている5)
 前頭葉は解剖学的にいえば,中心溝より前方の外套(大脳皮質と大脳髄質)の部分と定められ,大脳半球の外側面にある上前頭回,中前頭回,下前頭回と中心前回,内側面にある上前頭回の延長部,帯状回前部と中心旁小葉前部,脳底面にある眼窩回と直回に区分される。大脳皮質の細胞構築学上の相違によって皮質領野の番号を附したBrodmannの脳地図(図)からいえば,領野4,6,8,9,10,11,12,24,25,32,33,44,45,46などが前頭葉に含まれる。

前頭葉の解剖学—前頭前野の皮質間結合を中心に

著者: 川村光毅

ページ範囲:P.611 - P.617

I.はじめに
 あらためてヒトの前頭葉とはどの範囲かと考えてみると,大脳の中心溝より前方の外套pallium(大脳皮質と大脳髄質に区分される)の部分と定められる。脳回でいえば,大脳半球の外側面にある上前頭回,中前頭回,下前頭回と中心前回,内側面にある内側前頭回,帯状回前部と中心傍小葉前部,それに脳底面にある眼窩回と直回が脳表面に区別される。脳回は脳溝間に生じた隆起につけられた個人差の大きいマクロ的名称である。皮質の細胞構築の差異を基準にして皮質領野をアラビア数字番号記載方式で区分したBrodmann6)の脳地図を借りれば,領野4,6,8,9,10,11,12,24,25,32,33,44,45,46などが含まれることになる。機能的には,一次運動野,補足運動野,前頭眼野,前頭前野,嗅覚野および辺縁系に属する中古皮質などに分けられる。前頭葉といわれる領域はヒトのみならず,サルやネコなど他の動物にも当然のことながら存在する。そこには,種々の動物に共通の機能領野がみられる反面,動物種により質的にも異なる領域もある。言葉を換えていえば,共通点と相違点と,または,基本的に同じ論理または基準で語られる部分と,同一基準では論じられない部分が同時に存在する。例をあげると,運動領とか嗅覚野とか前頭眼野などはどちらかというと前者に属し,前頭前野(前連合野)とくに高次中枢神経活動の(複合的)所産といわれる意欲とか情操とか思考などいわゆる高等な精神機能に関係する領域は後者に属する。前頭葉のうちで系統発生的にみて最も新しく,ヒトで最高の発達を示す領野が前頭前野で,細胞構築学的には前頭顆粒皮質(frontal granular cortex)に相当する領域である。ついでにいえば,皮質連合野は後連合野と前連合野に分けられるが,簡潔に言い切ってしまえば,それぞれ,外界からの種々の感覚入力を最終的に分析し且つ統合処理をして判断する領野である後連合野と,その判断ないし了解にもとづいて外界に対して能動的に働きかける役目をもつ前連合野の領域が,発達段階の差こそあれ,少なくとも哺乳類のレベルでみるとどの動物にも存在する。もう1つ明瞭な点は,動物が高等になるにつれて連合野は領域的に広くなり,とくに前連合野で明らかである。
 前頭前野は投射結合系からみると視床の背側内側核(MD)と相互に結合している。皮質間結合の面からみると,同所性および異所性(後連合野へ脳梁線維を送る)の交連線維結合のほかに,連合線維(同側半球間)結合には隣接する脳回を結ぶ短い弓状線維と,側頭極とを結ぶ鈎状束,後連合野中央部とを結ぶ上縦束,それに帯状回内を弧状に走る帯状束などの長い神経路の存在が起始も終止も確定しないまま教科書に記載されている。しかし,ヒトについてはこの肉眼解剖学的所見以上の確かな証拠に基づいた知識を現在われわれは持ち合わせていない。このギャップをネコやサルを用いた実験から得られた知見で埋めることができるだろうか。可とするには少なくとも2つの条件が成立することが必要であろう。すなわち,1)ヒトとサルの大脳皮質の領域区分に関して,かなりの部分で類似性が論じられること,2)サルおよびチンパンジーの皮質問結合を比較した時,その間に少なくとも類似性ないし連続性がみられ,共通する基本点がいくつか抽出できること。さらに述べれば,以上の2点が肯定的に論じられた上で,動物進化の観点から予想される前頭前野の発達にともなう大脳皮質構造および皮質間結合系の質的変化の存在をヒトとサルとの間の相違点として考察されねばならない。現在われわれは,このレベルの論究を進めるに足る段階に近づいているといえよう。

前頭葉のCT解剖学—特に言語機能に関連して

著者: 岩田誠

ページ範囲:P.619 - P.624

 1)言語機能に関する前頭葉の皮質域および白質の,水平断脳スライス上における局所解剖学的所見を示し,白質内の前方言語十字路(carrefourantérieur du langage,anterior junction of language tracts)の重要性について述べた。
 2)実際のX線CTスキャン像との対応について,代表的な例を提示した。
 3)Pierre MarieのBroca領域批判および言語方形の提唱には,重大な局所解剖学的誤りがあることを指摘した。

前頭前野と短期記憶

著者: 小嶋祥三

ページ範囲:P.625 - P.631

I.はじめに
 小論ではヒト以外の霊長類(特にアカゲザルなどのマカカ属のサル)の前頭前野と短期記憶の関係について論ずる。前頭前野の破壊研究を中心に述べるが,ニューロン活動の記録を行なった実験の知見などにも言及する。
 前頭前野と短期記憶の関係を論ずるにあたって先ず問題になるのは,動物の短期記憶はどのような課題によって検討されているのかという点である。筆者が遅延条件性弁別と呼ぶ一群の課題がそれにあたる。これらの弁別課題では,動物は複数の刺激の中の1つを選択することにより報酬を得るが,特定の刺激が報酬と結びつくことはない。正刺激は試行毎に別の刺激によって指定される。すなわち条件性弁別である。加えて,この正刺激を指定する刺激は,動物が選択反応を行なう時には既に消失しており存在しない。したがって,課題の解決に重要な刺激の呈示と選択反応の間には空白の時間(遅延)があり,動物はこの刺激の記憶に基づいて反応を行なう。短期記憶の時間的範囲は明確に定義されていない。ここでは数秒より数分の範囲としておく。

前頭眼野と注視行動

著者: 鈴木寿夫 ,   小松英彦

ページ範囲:P.633 - P.640

I.序言
 サルの前頭眼野(図1)を一側破壊すると反対側半視野に現われた刺激を無視するようになる6)。この時無視した半視野に一致して弱視が生じ,刺激の検出閾値が上昇している8)。このように前頭眼野の破壊は物を見るという知覚の障害を引き起こすが,同時に眼球を対象物に向ける(注視)という運動の障害も引き起こす。前頭眼野の一側破壊によって眼球位置の偏向が生じ,また視線を一定の方向に向けられなくなる9)。両側で破壊すると眼球運動の減少が生じ,特に上丘の両側破壊と組み合わせると,サルはサッケードがほとんどできなくなり,それが永続する15)
 以上から,前頭眼野は,視覚刺激の検出と,それに対する注視という機能面での知覚と運動の二重性をもっているように思われる。このことはさらに,電気生理学的な研究からもわかる。この部位の多くのニューロンは視覚性であり,記録と反対側の半視野に視覚性受容野をもっている12)。また,この部位を微小電気刺激すると,低い閾値でサッケードが生じる13)

肢節運動失行の臨床的地位

著者: 山鳥重

ページ範囲:P.641 - P.645

I.はじめに
 Liepmannの提唱した肢節運動失行(limbkinetic apraxia)とは誤解をおそれず要約すれば習熟運動の拙劣化現象をさしている。彼によればその原因は運動記憶痕跡の喪失にあり,このため一旦成立した習熟運動が習熟以前の状態に戻ってしまうのだという。運動記憶痕跡とは運動執行器官の上部構造として経験や学習によって後天的に形成されるものである(Liepmann,1920)。しかも,この運動記憶は個々の運動執行器官(右手なら右手など)の運動知覚表象と分かちがたく結びついている。つまり,肢節性のある記憶である(秋元,1976)。運動執行器官の障害では生得の運動メカニズムが冒されて,麻痺や不随意運動や運動失調や筋緊張異常が生じる。これに反し運動記憶痕跡が冒される場合は学習され,習熟しているはずの運動に影響が出,運動が熟練度を取り去られて,粗雑化,単純化する。ところが,この肢節運動失行という臨床概念についてはLiepmann以後の諸家の意見が一致せず,存在を認める立場と認めない立場がある。認めない立場の方が多く,既にMorlaas(1928)は彼の失行論から肢節運動失行を追放している。Brain(1965)やDeAjuriaguerra(1969)も肢節運動失行は単なる不全麻痺で特別の臨床的地位を占めるものではないと考えている。最近ではGeschwind(1975),Hecaenら(1978),Poeckら(1982)が肢節運動失行を認めていない。
 一方で肢節運動失行を認める立場もある。Kleist(1934)は肢節運動失行を運動行為に対する神経制御の巧緻性の消失と捉え,神経支配失行と呼んでその存在を認めている。大橋(1965)も症例を記載している。また肢節運動失行とは呼ばないものの,肢節運動失行に類縁の症状が違った名前で記載されているのもある。Denny-Brown(1958a)はgrasp reflexが巧緻運動を妨害するものをmagnetic apraxia,avoiding reactionによる運動遂行障害をrepellent apraxiaと称している。Luria(1966)は固有運動覚入力の障害が巧緻運動の消失をもたらすことを指摘し,afferent apraxiaと称している。また習熟運動に固有な運動メロディーが失われるために運動が拙劣化するタイプをdynamic apraxiaと呼んでいる。Brown(1972)はJacksonに従ってmuscle powerとmovementを区別し,筋力は保たれているがmovementの支配の失われたものを肢筋運動失行の例として挙げている。筆者も高次体性感覚障害を合併した独特な左手の拙劣症を記載し,palpatory apraxiaという概念を提唱した(Yamadori,1982)。その例を紹介する。

前頭葉障害と強制把握

著者: 小山善子 ,   倉知正佳 ,   鈴木重忠 ,   能登谷晶子 ,   山口成良 ,   鳥居方策

ページ範囲:P.647 - P.654

 われわれは病的把握現象を呈する15症例を報告した。強制把握は9例は一側性(右6例,左3例),6例は両側性にいずれも顕著に認めた。把握は本人の意志と関係なく生ずるが2例は若干随意的弛緩が可能であった。探索把握は強制把握ほど著しくなく,4例には認めていない。把握反射は11例に認めた。4例を除き他動的伸展に対して著しい反射性抵抗reflex resistance(Gegenhalten)を認めた。
 随伴神経症状としては9例に同側の片麻痺を認めている。
 神経心理学的所見では7例に失語症を,8例に運動行為の障害(運動失行ないし肢節運動失行,運動無視)がみられた。
 病的把握現象を呈する臨床症状を紹介し,強制把握と失行との関連について若干論述した。

前頭葉内側面損傷と道具の強迫的使用

著者: 森悦朗 ,   山鳥重

ページ範囲:P.655 - P.660

I.はじめに
 物に触れるか,物を見ることで本人の意志とは無関係にそれを使用してしまうという奇妙な行動異常が1981年以降に相次いで報告された9,12,15,17,24)。我々は1981年第22回日本神経学会総会(熊本)においてそのような行動異常を示す例を報告し,「道具の強迫的使用」(compulsive manipulation of tools)と名付けた14,15)。患者は左前大脳動脈閉塞によって左前頭葉内側面と脳梁膝部に損傷を有し,右手の強い病的把握とともに,例えば患者の前にくしを置いた場合,患者の右手は意志に逆ってこれを取り上げ髪をといてしまう。道具の強迫的使用は右手のみに生じ,左手は患者の意志を表わして右手に持った道具をとりさろうとする。
 また1981年Goldbergら9)はこれと全く同じであると思われる症例を報告し,右手に出現したalien hand sign(Bogen)4)であると解釈している。本邦では能登谷ら17),内山ら24)が各々1例ずつの報告を行っている。
 これとは別に我々の報告した道具の強迫的使用と類似しているが,若干異なった行動異常も報告されている。Lapraneら12)は両側前頭葉内側面に損傷を持つ患者が,両手で強迫的に物を使用してしまう現象を記載しているし,Lehrmitte13)は前頭葉損傷を有する患者が,物を前に置かれると強迫的にではなく両手でそれを使用する現象を取り上げ,utilization behaviourと名付けている。
 ここで我々は以前に報告した道具の強迫的使用を示す症例を再び示し,この現象に対する我々の考え方を述べ,類縁の現象についても整理を試みた。

前頭葉と失書

著者: 杉下守弘

ページ範囲:P.661 - P.664

I.はじめに
 「前頭葉と失書」に関するいろいろな問題のうち,1881年のExnerの研究以来のテーマである「前頭葉と純粋失書」の問題をはじめに述べ,次に,前大脳動脈領域の損傷による「左手の失書」を論じたい。

前頭葉内側面と言語

著者: 本村暁 ,   永江和久

ページ範囲:P.665 - P.670

I.はじめに
 優位半球前頭葉内側面の病巣による失語症の記載は,1880年Magnan14)に湖る。Magnanの症例は61歳の女性で,発語の特徴は脈絡のない単語や音節で,語の復唱は可能,口頭命令による物品のpointingは時々できる,というもので,剖検により左前頭葉の上中前頭回から中心前回を圧排する腫瘍が見出された。失語症の性質について十分議論がなされていないのは時代的背景からうなづけることである。その後Penfieldら16)の刺激実験や,Critchley7)の前大脳動脈閉塞の症候学的検討により,前頭葉内側面ことに補足運動野が言語機能に何らかの役割を果たしていることが明らかにされてきた。
 筆者らは,左前大脳動脈領域脳梗塞の自験2症例に基づいてその言語症候を検討し,前頭葉内側面と言語の問題について考察を加えたい。

超皮質性運動失語

著者: 榎戸秀昭

ページ範囲:P.671 - P.677

I.序言
 いわゆる超皮質性運動失語(以下TCMA)は①有用な自発語が減少ないし消失する,②言語理解は良好,③復唱が可能である,と定義される。このような失語型の記載はLichtheim(1885)8)に始まるが,上記の定義に基づくTCMAの内容は必ずしも均質ではない。既にGoldstein(1917)7)はTCMAをBroca失語の回復期などにみられる第I型と前頭葉病変により発話の発動性低下を呈する第II型に分けている。Goldstein以後,欧米圏では本失語への関心は薄れていったが,ソ連のLuria(1968)9),197610),197812))は思考から言語への過程の間に内言inner speechの機能を認め,この内言レベルでの文章構成障害としてdynamic aphasiaの概念を提唱した。そして"発動性低下"の考え方を批判し,dynamic aphasiaと古典的TCMAは異なることを主張している(1976)10)。だが,Luria派内ではこのdynamic aphasiaも比較的純粋な第1変種と文法障害を呈する第2変種に分けられるとする意見もあるという(Luria,1976;松野による)11)。Luriaのdynamic aphasia自体もその内容の不均質性が問われているようである。また,近年上前頭回内側面の損傷によるTCMAが注目され,従来のTCMAとの違いが強調されたりしている(ArdilaとLopez,1984)1)
 このようにTCMAの病像は必ずしも一様ではない。われわれはTCMAの不均質性が主に病変部位に関係するとの想定に基づき,病変部位と病像との対応関係を検討してきた。今回,前頭葉の病変部位の上から,TCMAをF1型,F2型,F3型に分類し,その亜型分類の可能性について論じたい。

失語に於ける流暢性概念の再検討

著者: 波多野和夫 ,   平川顕名 ,   浜中淑彦 ,   大橋博司 ,   森宗勧

ページ範囲:P.679 - P.688

I.はじめに
 失語患者の発話に於ける「流暢性」fluencyという特徴を比較的明瞭な形で概念化して,失語学に導入したのはGoodglassら3)(1964),GoodglassとKaplan4)(1972),Bensonら2)(1967)の業績である。とはいっても,19世紀の偉大な観察眼が,この種の事実を見逃すはずもなかった。JacksonにせよWernickeにせよ,その著作を閲してみれば,今日の流暢性なる概念に相当する記述を見出すのに,さして時間を要しない。しかし今,歴史の森は,これを遠望するにとどめて,その小径に踏み入るつもりはない。
 今日の失語学に於ける「流暢性」または「非流暢性」non-flunencyという概念を,我々は次のように考える。①流暢性とは,失語患者の発話に接した観察者の「全体的」な判断である。この意味で基本的には「直観的」・「印象的」判断である。②しかし当然のことであるが,この判断はいくつかの「個別的」な発話症状の評価に依拠している。その症状とは,例えば,構音障害,dysprosody,句の長さ(Goodglassら3),1964),休止,失文法または統辞論的障害,発話量(能登谷ら12),1982),発話量と情報量との相対的な割合,吃音(Koller10),1983),努力性発話,等々である。③これらの症状のうちのどれとどれに重さを置いて,流暢性を判断しているのかは,検者によって異なっているし,同一の検者でも常に同一の基準に従っているとは限らないかもしれない。④また例えば,聴覚的了解障害,反響言語,等のように,個別的な言語症状のなかには,その存否が流暢性の判断にほとんど影響を与えぬと思われるものがある。⑤流暢性には尺度としての性質もあり,例えば,「甲は己よりも流暢である」とか,軽度の非流暢性」とかの言い方も可能なはずである。文献的には,Benson2)(1967),Kertesz8)(1979),Knopmanら9)(1983)等の尺度がある。⑥この判定は,失語の分類に大きな影響力を有し,これのみにて流暢性・非流暢性失語の分類が行なわれている。
 以上を背景として,ここで我々は,流暢性という特徴の数量化の可能性を探る。さらに流暢性を症候群として捉え,症候群のパターン認識という立場より(浅野1),1976),この概念の探索発見的exploratory方法として,因子分析の適用を試みる。
 この小論は本来,前頭葉と言語の問題をテーマに企画された。この問題の検討のためには,準備として「流暢性」の再検討が不可欠であり,今回はここに焦点を当てて議論する。

前頭葉と精神症状

著者: 大東祥孝

ページ範囲:P.689 - P.695

I.序説
 Harlow(184814),186815))による症例“Ph. Gage”は,前頭葉損傷に基く精神症状の,恐らくは最も古い時期に属する記載として,しばしば引用される。このケースは,爆発事故で鉄の棒が左側の顎につきささり,前頭部を貫いて頭頂部に突出したものであるが,幸か不幸か彼はその後12年半にわたって生存し続けた。しかしその人柄は事故後すっかり変ってしまい,事故前には仕事上最も有能で習熟した指導者であったのが,すっかり礼容を失ってしまい,挙動はがさつで,人が自分に反対するのに我慢がならず,他人の忠告に耳を傾けることもなく,頑固でむら気で,将来の計画をたててもすぐに放棄してしまう,といった状態になってしまった。要するに彼は,知的能力とその表出においては子供でありながら,同時に動物的な情念を備えた屈強な男性でもあった。同僚や友人にとって彼は“もはや以前のGageではない”という他はなかった。
 こうした描写のうらに我々は,すでに前頭葉性の人格障害や知性障害の大まかな輪郭を見てとることができるのであるが,その後,19世紀後半から20世紀前半にかけて,前頭葉性精神症状を描出するいくつかの契機的概念が提起されてゆき(表1),Jastrowitz21)のモリアMoria,oppenheim27)のふざけ症Witzelsucht,de Morsier31)の記銘健忘amnesie de fixation(及び無感情apathie,易刺激性irritabilite),Kleist22)の発動性欠如Antriebsmangel,Brickmer4)の総合能力の喪失loss of synthesis,Kretschmer24)の眼窩脳症状群Orbitalhirnsyndrome,などが骨格となって,次第にその全体像が明確になっていった。そしてAjuriaguerra et Hecaen2)(1960)は,前頭葉性精神症状を,①感情性格障害troubles de l'humeur et du caractere,②活動性障害troubles de l'activite,③知性障害troubles intellectuelsに区分して記載するに至り,その臨床的記述は一応の完成をみることになった。本邦における大橋(196141))の1感情-性格変化,②発動性欠乏,③記憶-知性障害という枠組も,ほぼ同様の視点に基くものである。

前頭葉と精神分裂病—局所脳血流所見

著者: 倉知正佳 ,   小林克治 ,   鈴木道雄 ,   平松博 ,   山口成良 ,   松田博史 ,   久田欣一 ,   桃井文夫

ページ範囲:P.697 - P.703

I.はじめに
 人間における脳血流測定の分野は,KetyとSchmidt14)により開拓されたが,当時のN2O吸入法による全脳の血流については,精神分裂病と正常者とに差は認められなかった(Ketyら)15)。1974年IngvarとFranzen9)は,133Xe左内頸動脈注入法を用いて,慢性分裂病患者の局所脳血流を測定し,平均半球血流は保たれているものの,前頭優位性(hyperfrontality)が減退していることをはじめて報告した。近年のポジトロンCTでも,18F-デオキシグルコースや11C-グルコースを用いて,前頭部の低活性が認められ(Buchsbaumら4),豊田ら31)),またX線CTでは,前大脳縦裂,シルビウス裂,第3脳室などの拡大が有意に多く認められている(高橋ら)30)
 脳血流検査法については,その後133Xe吸入法が開発され,非侵襲的に,かつ両側半球の血流測定が可能になった(Risberg)28)。さまざまな条件下における局所脳血流とグルコース代謝等の関連は,今後も検討される必要があるが(Miesら)23),脳血流は通常,脳の代謝状態を反映するので(Raichleら)27),この方法により,比較的簡便に大脳の機能状態を知ることができる。すなわち,133Xe吸入法によっても,脳損傷の場合だけでなく,対側の手の運動,聴覚や視覚刺激などの賦活により,局所脳血流の部位的変化が認められている(Knopmanら16),松田21))。
 ここでは,われわれが最近行っている分裂病患者についての133Xe吸入法による局所脳血流所見を中心に述べ(Kurachiら)17),分裂病と前頭・側頭葉機能との関連について若干の考察を試みたい。

前頭葉と精神医学

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.705 - P.707

I.はじめに
 本シンポジウムのまとめの意味で筆者には「前頭葉と精神医学」のタイトルが与えられたが,論述が大東論文あたりと多かれ少なかれ重複し,蛇足を加える結果になったことをまずお許しいただきたい。
 まず精神医学Psychiatrieなる術語が登場したのはReil u. Hoffbauer(1808)の著書とされている。筆者は最近Wienの国立図書館において本書を親しく閲覧する機会をもったが,ReilはここでPsychiaterieという綴り方をしている。彼はPsychiaterieを医学の一分科としてその独自性を確立したのであるが,この書物を紹介するのは別の機会にゆずるとして,前頭葉に一定の精神機能をわりあてようとした最初の試みは,たまたま精神医学の語の出現と時を同じくしていわゆる骨相学Phrenologieの創始者として知られるFr. J. Gallにまで遡行できるであろう。彼は人間の精神機能を27の基本能力に分け,さらにこれを3群にまとめた。
 第1群(第1〜第10)の能力は人間と脊椎動物に共通のもので,大脳皮質後半部と下脳皮質に,第2群1(第11〜第19)は人間と高等動物にしか見られない能力で前脳葉下半部に,第3群(第20〜第27)は人間固有のもので,前脳上半部に定位された。
 Gallの大脳局在論は現代の眼から見ればかなり奇妙なもので,擬似科学との批判がある反面,「本質的には誤っていたが,科学的思想を進展せしめるには十分に正しい理論の1例」とも評されている。事実,彼の思想はBouillauxを通じてP. Brocaに継承され,初期の失語論形成に少なからぬ役割を演じた。
 さて言語障害の記載は別として,前頭葉損傷による高次精神機能障害の最初といってよい記載は,大東も挙げているように,Harlow(1845,1868)の症例ゲイジであろう。この症例は重篤な前頭葉損傷の後,運動-感覚機能には著変を来さなかったが,著しい性格変化を残し,「もとのゲイジではなくなった」という友人たちの証言が印象的である。

研究と報告

精神分裂病患者の通院期間に関連する要因

著者: 渡辺裕貴 ,   渡辺雅子 ,   山崎かずよ ,   田畑さよ子 ,   新村加代子 ,   酒勾寛子

ページ範囲:P.709 - P.715

 抄録 昭和51年1月以降に鹿児島大学医学部付属病院神経科精神科を退院した精神分裂病患者292名の退院後通院期間,および,それと患者の持ついくつかの要因との関連について調べた。退院後通院治療中の再入院,および通院中断の大半は,退院後12カ月以内に生じていた。鹿児島県内の離島および県外に居住する者の通院期間は鹿児島市内および県内の本土に居住する者に比べ短い者が多かった。入院中の外泊回数の多い患者群は退院後の通院期間が長い者が多かった。最近,当科に入院した患者群は,それ以前に入院した患者群に比べて退院後の通院期間が長い者が多かった。高年齢の患者は低年齢の患者に比べて通院期間の長い者が多かった。性別,入院前罹病期間,入院の既往,入院前通院日数,入院時症状,退院時同居者および入院日数は,いずれも退院後通院期間との関連が認められなかった。また,職業については,公務員の通院期間が長い以外の職業間の差は認められなかった。

新しい抑うつ性自己評価尺度について

著者: 島悟 ,   鹿野達男 ,   北村俊則 ,   浅井昌弘

ページ範囲:P.717 - P.723

 抄録 米国国立精神衛生研究所でうつ病の疫学研究用に開発された自己評価尺度(the Center for Epidemiologic Studies Depression Scale:CES-D Scale)とHamiltonのうつ病評価尺度を自己評価用に改変した評価尺度(the Carroll Rating Scale for Depression:CRS)を訳出し,これらの尺度の臨床的有用性を検討した。正常対照群224症例,感情障害群34症例,神経症群24症例,精神病群18症例を対象とした。再検査法,切半法で高い信頼性が得られ,ZungのSelf-Ratirig Depression Scale, Hamiltonのうつ病評価尺度との併存的妥当性も良好であった。感情障害群では,他の3群に比べ(CRS),あるいは正常対照群と神経症群に比べ(CES-D Scale)有意に高い総得点が得られた。また同時に施行したVisual Analogue Mood Scaleは簡便で臨床上有用な自己評価尺度であることが確認された。

短報

痴呆および前頭葉・大脳基底核石灰化を呈した偽性副甲状腺機能低下症の1例

著者: 安田素次 ,   岡五百理

ページ範囲:P.725 - P.727

I.はじめに
 著者らは,大脳基底核および前頭葉の石灰化を伴い,成年期より痴呆を呈した偽性副甲状腺機能低下症(Pseudo-hypoparathyroidism,以下PHPと略す)のDrezner type II型の1例を経験した。本疾患では通常,石灰化が大脳基底核にとどまり,また幼少時期から知能低下をきたすとされている。本例の如く,石灰化が前頭葉に及び,しかも成人に至るまで知能低下を認めず,妊娠を契機として34歳頃より急激に痴呆が進行した症例はきわめて稀である2)。Ca代謝異常,脳内石灰化と痴呆の出現,妊娠との関係について示唆するところが大きいので,ここに報告する。

紹介

フランスの精神医療体制—中間施設と治療アパート

著者: 古川冬彦 ,   ,   ,   ,   ,  

ページ範囲:P.729 - P.734

I.フランスの精神医療体制
 フランスでは,国と県が費用を分担して設立した公立部門と,私立部門によって医療体制が作られている(医療費はいずれの部門でも,社会保障機構から患者に払い戻しが行われる)。D. D. A. S. S. 脚注1)と呼ばれる,厚生省の下部組織が人権保護を目的として,県単位で,公立部門と私立部門の間の調整を行い,これらがそれぞれ十分に機能するように監督している。このようなシステムは,医療全般のものだが,精神医療に関しては,更に公立部門のために特別の法律と機構とが準備されている。
 フランスの精神医療体制の法的基礎は1838年の法律(「狂人に関する法律Loi sur les aliénés」ともよばれる)であり,これは今日でも有効である。この法律は当時90あったフランスの各県に「狂人」を受けいれ,面倒をみる特別の施設が設立されるという前提のもとに作られている。ただ,この法律では,患者が自ら入院を希望するとは想定されておらず,強制的入院のみが予定されている。これは,危険と思われる患者について,県知事の求めに応じて,あるいは患者の周囲の人々(家族とは限らない)の求めに応じて実施される。この法律によって,「狂人」の為の特別な施設,現在では監禁の場と批判の対象となっている癩狂病が19世紀の間に徐々に整備されていった。こうして,癩狂院内の患者数は次第に増加した。1834年に1万人だったものが,1864年には3万5千人,1889年には7万5千人になった11)脚注2)。往時は,隔離施設が進歩だったのである。一般に孤立して町から離れたこれらの癩狂院は,1930年に精神病院と,そして,この数年来専門型病院センターcentres hospitaliers spécialisésと呼び名を変えている。

動き

「第5回日本社会精神医学会」印象記

著者: 大原健士郎

ページ範囲:P.735 - P.735

 第5回日本社会精神医学会は,去る3月1日,2日の両日,石原幸夫会長のもとで,神奈川県立県民ホールにおいて開催された。一般演題は45を数え,特別講演2つ,シンポジウム1つがもたれた。参加者は490名にも上ったそうである。3年前に,第2回社会精神医学会を浜松で開催した状況と比較すると,参加者は2倍以上にはね上り,会場も当時は大学講堂だったのが,立派な会場を設定できるようになり,社会精神医学会が日本社会精神医学会と名称もひとまわり大きく変った。そして,昨年より会員組織となり,名実共に学会らしくなってきた。聞くところによると,14演題が時間の関係で割愛されたそうである。思いなしか,各演題の内容も,3年前と比較すると随分充実してきたように思う。懇親会の席上で,加藤正明理事長が「10何年か前に,クラーク博士が来日し,『日本には社会精神医学らしきものも存在しないし,それに対する関心もない』といわれて口惜しく思ったが,今日の学会の内容では,そんなことはいわせない……」と挨拶されたが,理事長を中心とする指導者たちの努力が,少しずつ実ってきたような気がする。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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