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雑誌目次

論文

精神医学27巻7号

1985年07月発行

雑誌目次

巻頭言

精神病と神経科の定義

著者: 金子仁郎

ページ範囲:P.744 - P.745

 数年前に大学を定年退職し,現在の労災病院に勤務しているが,病院長として病院を管理する立場になると,いろいろ法律を勉強せねばならぬことが多い。
 労災病院では,外傷性神経症などの問題患者が多いことから,最初の時期に設立された病院では,殆どが神経科をもっていた。しかし,大学紛争頃から精神科医を敬遠したり,年輩の病院長は精神科に対する偏見が依然としてあったり,また実際に精神科医をえられないこともあって,精神科の届出はしてあっても診療をしていない病院も多い。なかには心療内科が代りをしている病院もある。

展望

ジル・ドゥ・ラ・トゥーレット症状群に関する最近の臨床薬理学的および生化学的知見

著者: 野本文幸 ,   町山幸輝

ページ範囲:P.746 - P.759

I.はじめに
 ジル・ドゥ・ラ・トゥーレット症状群は,1885年にGilies de la Tourette47)が汚言症を伴い難治性の不随意運動を示す9例を報告して以来注目されている疾患である。本症状群はGilles de la Touretteが報告した当時は遺伝性の器質性疾患と考えられていたが47),その後チック症の特殊な型とされたために心因が重視されるようになっていた101)。この間,精神療法を中心に抗精神病剤,抗けいれん剤,抗うつ剤,抗不安剤,抗パーキンソン剤などの有効例の報告はあったが,確立された特異的な治療法は見出されなかった101,114)
 1961年にSeignot98)がハロペリドールの有効例を報告したことから,難治性の本症状群に対する薬物療法,特にドパミン受容体遮断剤の有効性が注目され,それとともに改めて器質因が関心を集めるようになった。近年,Shapiroら101)の研究を初めとして,従来極めて稀とされていた本症状群の報告が増加するにつれ,家族研究9,50,58,81,83,87)や脳波学的検討78,82,84,101)から生物学的要因の関与が示唆されている。加えて臨床薬理学的および生化学的研究により本症状群に中枢神経系神経伝達物質の障害があることが考えられている。

研究と報告

いわゆる内因性精神病の分類と診断基準試案

著者: 高橋三郎 ,   高橋良 ,   笠原嘉 ,   木村敏 ,   野村純一 ,   藤縄昭 ,   中根允文

ページ範囲:P.761 - P.770

 抄録 1981年に結成された精神科国際診断基準研究会の中での9つの疾患別小委員会の1つ「機能性精神病に関する小委員会」が第1次試案としてまとめた,精神分裂性障害,感情障害,いわゆる非定型精神病,の疾病分類と診断基準を示した。これに至る討論の過程,その原理を紹介し,最近開発された数種の分類診断システムと比較した。
 この試案は,その内容はICD-9に,様式はDSM-IIIの如き操作的診断基準によるが,今後,臨床試行によりその妥当性が検証される必要がある。疾患分類の概略は,
 精神分裂性障害,活動期または非活動期(第4桁で,単純,破瓜,緊張,妄想,混合の5型を記入してもよい)
 感情障害,双極型または単極型(第5桁で,軽症,重症,精神病的病像をもつものが記入される) という単純な形となった。

長崎市における精神分裂病発生率研究

著者: 中根允文 ,   高橋良 ,   富永泰規 ,   太田保之 ,   石沢宗和 ,   仲間一郎 ,   道辻俊一郎 ,   荒木憲一

ページ範囲:P.771 - P.781

 抄録 長崎市居住者を対象に,精神分裂病(以下,分裂病)の発生率を調査した。2年間にわたる調査で,男性61例,女性46例,合計107例の分裂病者が収集され,分裂病の年間発生率人口万対2.0という結果を得た。性別にみると男性で人口万対2.4,女性で人口万対1.6と男性に高く,発症年齢では,男性が15歳から19歳に,女性が20歳から24歳に発症のピークを認めた。本調査は予備調査の実施,case finding networkの設定,採用基準の設定,標準化・構成化された診察表による精神医学的面接とそのための充分なtraining,ICD-9による診断と,これまでの精神医学的疫学研究の問題点を出来る限り克服し,かつ再現性をも有している。本邦では,有病率調査はかなり実施されているが,発生率調査は我々の知る限りでは実施されておらず,本調査を,本邦における分裂病発生率研究に関する最初の調査結果として報告するとともに,分裂病の治療計画,医療サービスのあり方の検討へ寄与したいと考える。

精神分裂病患者におけるきめ弁別障害

著者: 丹野義彦 ,   椎原康史 ,   町山幸輝

ページ範囲:P.783 - P.790

 抄録 精神分裂病患者22名および正常対照者26名について,種々の条件下で布やすりのきめの粗さの弁別テストを行ない,患者の弁別は対照者より不正確であることを見出した。患者の不正確さには左手,右手および両手の手条件間では差が認められず,左大脳半球機能障害説および左右半球間連絡機能障害説を支持する結果は得られなかった。一方,患者の不正確さは判断カテゴリー条件によって異なっていた。患者の成績は比較刺激を標準刺激と〈同じ〉と答える等判断を許されない条件では正常者の成績に近づくが,等判断を許される条件ではつねに正常者の成績より有意に不良であった。しかも後者の条件における不正確さは等判断による誤答の選択的増加にもとついていた。これらの結果から,患者の等判断への偏好は感覚精度の低下などの感覚の次元の異常によるものではなく,より高次の心理的な次元の特性,おそらく認知的構えの偏りを反映するものと考えられた。

OSA睡眠調査票の開発—睡眠感評定のための統計的尺度構成と標準化

著者: 小栗貢 ,   白川修一郎 ,   阿住一雄

ページ範囲:P.791 - P.799

 抄録 睡眠現象を統合的に把握するために,生理的指標と対比しうる睡眠感変量の標準的尺度構成を行った。
 被験者として関東圏の1,407名の学生(18〜22歳)のうち,疾病をもつ者,不規則な生活の者を除いた正常睡眠者634名を統計処理の対象とした。睡眠感を構成する項目群(「睡眠前調査」21項目,「起床時調査」31項目の各反応カテゴリー上にN(0,1)なる確率分布を設定し,各カテゴリーへの反応比率に基づいて,各尺度値に心理的距離としての重みを付与した。次に,各項目の弁別力と内的整合性を保証するための項目分析を経た項目群から,睡眠感に影響を及ぼすと見散される5因子を抽出し,その因子の軸ごとに標準化得点による睡眠感プロフィールを作成した。
 解析・検討の結果,本調査票は項目の表現・内容について今後さらに改良していく余地はあるものの,統計的ベースを踏まえた睡眠感尺度として利用できることが示された。

全生活史健忘を呈した11歳の少女の治療

著者: 堀川公平 ,   上妻剛三

ページ範囲:P.801 - P.808

 抄録 前思春期(11歳の女子小学生)の全生活史健忘例について報告した。本症を「変身願望」の表われと解する著者は,本例においても治療目標を記憶の回復には置かず,患者がより伸々とした年齢相応の少女へと「変身」することへの手助けにその目標を置き治療した。(記憶は治療が妥当であればその過程で必ず回復するものである。)記憶の回復に影響を受けぬ一貫性のある治療は,本症の病理を同一性(連続性・一貫性)の障害と考える著者らにとっては重要な治療上の鍵概念であるばかりか,本症の持つ大いなる疾病利得から患者が離脱することを容易にするものと考える。さらに本治療においては前思春期という発達年齢を考慮し,患者面接には絵画を媒介として用いたり,家族面接を並行して行なった。そうした配慮は,患者の退行を病的なものからより発達的なものへと変化させ,患者をより良き「変身」へと導いたものと考える。

自発運動によって誘発される筋強直発作の3例

著者: 渡辺雅子 ,   渡辺裕貴 ,   森薗正樹 ,   福迫博

ページ範囲:P.809 - P.815

 抄録 疾走などの急激な運動開始にひき続き,頭部,上下肢,あるいは躯幹などに強直発作やchoreoathetosis様不随意運動発作を呈する症例があり,これまで,Seizures induced by movement,Paroxysmal choreoathetosis,Hereditary kinesthetic reflex epilepsyなど,さまざまな名称で呼ばれ,報告がなされてきた。これまでの報告では,脳波を中心に研究がなされてきており,本症のCT所見については,未だ報告がなされていない。我々は3症例を経験し,そのうちの単独発症の2症例において,シルビウス溝の拡大,皮質全体の軽度萎縮,及び側脳室前角の左右差を認め,発作症状との関連について考察した。

脳挫傷後にみられたKlüver-Bucy症候群の1例

著者: 高木洲一郎 ,   鹿島晴雄 ,   吉田直子 ,   平井秀幸

ページ範囲:P.817 - P.822

 抄録 症例は受傷時年齢53歳の男性。脳挫傷後重篤な意識障害から回復するとともに興味ある精神症状がみられた。通過症候群としてKlüver-Bucy症候群とコルサコフ症候群を呈し,Klüver-Bucy症候群のうちhypermetamorphosis,oral tendency,hypersexualityなどは数日間で消失したが,情動の変化や食習慣の変化は後遺症として残った。このほか嗅覚脱失,左耳側下1/4盲,一過性の左側不全麻痺,インポテンツなどの神経症状および一過性の健忘失語を疑わせる言語障害,性格変化,話の迂遠,軽度記銘力障害などの精神症状をみとめた。
 本邦ではこれまで脳挫傷による本症候群の報告例はない。欧米の文献例5例を加え,脳挫傷後のKlüver-Bucy症候群の検討を中心に考察した。

Tonic Status Epilepticusの1例—抗てんかん薬による発作誘発現象

著者: 久郷敏明 ,   細川清

ページ範囲:P.823 - P.830

 抄録 Lennox-Gastaut症候群を呈する16歳の女性が,全般性強直間代発作後の意識障害下に,tonic status epilepticusと考えられる重延状態を発現した。この重延状態の原因として,治療的に用いられたdiazepam静注の影響が想定された。本重延状態は各種治療に抵抗して持続し,myoblockによりはじめて終息させることができたが,一定の後遣症状を残した。
 本症例の治療経過を報告するとともに,重延状態を呈した病的機序について考察した。さらには,抗てんかん剤による発作誘発現象について,文献的展望を行い,てんかん治療の有する問題点を指摘した。

右側海馬腫瘍により記憶障害を示した1例

著者: 倉元涼子 ,   宮川太平

ページ範囲:P.831 - P.834

 抄録 37歳,男性。てんかんの鈎回発作で始まり,4年後に記銘・記億障害が出現したものである。原因は右側の海馬の腫瘍であった。現在まで一側性の海馬の障害では症状の発現はほとんど認められないとされてきた。しかし,本症例では一側の障害によって記銘・記憶力の障害が発現したことが注目された。このことから,一側の海馬の障害によっても症状が発現するか,あるいは一側優位が存在するのではないかと考えられた。
 ヒトの海馬に原発する腫瘍例は稀であることから本症例は辺縁系における記銘・記憶の機能を考える上で貴重な症例と思われた。

抗うつ薬amoxapineの投与法別にみた臨床効果と血中濃度—1日1回法と3回法の二重盲検比較

著者: 岸本朗 ,   国元憲文 ,   小椋力 ,   筒井俊夫 ,   挾間秀文 ,   釜瀬春隆

ページ範囲:P.835 - P.844

 抄録 43例のうつ状態の患者にamoxapine(AMX)1日量30mgもしくは75mgを,1日1回投与法と1日3回投与法の2群に無作為に分け,二重盲検法によっ治療効果,副作用を比較した。またAMXとその活性代謝物である8-hydroxyamoxapine(8-OHAMX)の血漿濃度を測定し,それらと治療効果との関係を検討した。両投与群間には背景因子に関して有意差を認めなかった。治療開始後1〜4週の全治療期間を通して,3回投与群における著明改善例の割合は1回投与群におけるそれより高かったが有意差はなかった。しかし患者の自己評価で「大変具合がいい」とするものが3回投与群で有意に多かった(P<0.05),また4日以内に効果発現を認めたものも,3回投与群で有意に多かった(P<0.05)。副作用の比較では,3回投与群に口渇の出現したものが有意に多かった。治療経過中にみられた血漿中AMX+8-OHAMX濃度の最大値が75ng/ml以上のものでは,75ng/ml未満のものに比べて症状残存率の低いものが有意に多かった。

短報

浦島太郎への化身妄想—沖縄における妄想型分裂病の1例

著者: 今泉寿明

ページ範囲:P.845 - P.847

I.はじめに
 浦島太郎の童話として一般に知られる浦島伝説は,歴史的・地域的に種々のバリエーションを有し,その研究領域も,国文学,民俗学から心理学・精神医学の分野にまで学際的な拡がりをみせている6)
 筆者は,昭和58年4月より8月まで,沖縄県糸満市内の精神病院に勤務したが,その際,浦島伝説に関連する興味深い症例を経験した。この症例の妄想の成立と変遷を了解するため,浦島伝説の主たる構成要素である他界訪問のモチーフを媒介として検討を加える。

Pentoxifyllineが奏効した一自閉症患者における治療前後のP300の比較

著者: 太田昌孝 ,   山崎清之 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.848 - P.851

I.はじめに
 pentoxifyllineが小児自閉症の症状改善に有効であり,安全であるという報告がなされている5,6)。pentoxifyllineはキサンチン誘導体で,末梢循環改善作用を示し,中枢神経系においても微小循環改善による血流量増加作用があると考えられていて,脳血管障害の治療などに既に用いられている。しかし,小児自閉症に有効である場合の薬理学的機序はまだ明らかではない。われわれもpentoxifyllineが奏効した複数の小児自閉症患者を経験しているが,自閉症の薬物療法の発展のためにも治療の集積が必要であろう。
 本薬剤の検定の場合に限らず,小児自閉症など患者自身による自覚症状の変化の報告にもとづく治療効果の判定が困難な場合特に,治験の結果の信頼性を向上させる工夫として,客観性のある行動評価尺度の開発と利用5)のほか,なんらかの客観的な検査所見の利用が考えられている。本薬剤について検査所見の利用の例としては脳波解析を用いた薬効評価2,7)がある。われれれは事象関連電位(特にP300成分)の利用を検討し,1例について試行した結果,症状の改善にともなってP300成分の著明な増大を認め,事象関連電位の測定が薬効評価に有用である可能性が示唆されたので,ここにその経験を報告する。

古典紹介

—Karl Wilmanns—精神分裂病前駆期における殺人について—第1回

著者: 影山任佐 ,   中田修教

ページ範囲:P.853 - P.860

I.精神分裂病前駆期における殺人への強迫衝動(Zwangsantrieb zum Mord)
 数多くの身体疾患と同じように,大多数の精神疾患もまた突発的に急性に発現するのではなくして,潜行性に発病するのが常である。精神病が明確になる前に余りはっきりしない姿を示すことが多い。これが前駆症(die Prodrome)である。このことは最も頻度の高い精神病,即ち精神分裂病に対して,とりわけ言えることである。この病気の前駆期(das Prodromalstadium)は人格の深い変化をもって現れるが,これは殆ど常に20歳以前,思春期の始まりであることがしばしばである。人間の行為及び適応能力に対する要求が高ければ高いほど,また他人との関係が親密になればなるだけ,この変化というものははっきりしたものとなる。このようなことから,患者の人格変化についてとりわけ明瞭かつ納得のゆく形でわれわれに叙述することができるのは洗練された環境に育った患者の身内である。患者当人は昔から性格的に偏っていて,子供の頃から教育困難で,怒りっぽく,強情で,敏感で,知的に遅れていることが往々にしてある。このような例では変化の始まり,発展の屈曲を時間的に確定することが困難である。しかしながら,患者の大半は元来は目立たない人たちで勤勉で,知的活動の旺盛な学生としての全ての要求を満たしており,活発な関心と熱意をもって,その天職に身を捧げ,軽卒からくる逸脱も示さなければ,俗物根性から控えめすぎるということもないし,友人たちとは親しく交わり,両親や同胞とはお互いの気遣いと愛情で結ばれている。
 それまでは目立つところのなかった青年の感情生活と思考及び活動性における進行性の変化が全く徐々にではあるが歩みを開始する。患者はますます寡黙になり,内気になり,閉じこもりがちになり,身内の者や友人たちに対するその自然な関係がほころび,両親を信頼しなくなり,友人との交わりもできるだけ避けるようになる。彼を孤立から引き離そうとしても,彼の朋輩の集まりに無理に参加させても,彼は友人らの話には殆どのってこず,心を動かしもせず,押し黙ったまま関心を示さない様子をして座っているだけである。対人関係を結ぶ能力の漸減,共感のしだいしだいの減少によって,彼を見守る人々の中に憂慮と胸騒ぎが初めてわき起こってくる。ささいなことの数多くの積み重ねによって,眼前にいるのは別人であることに身内の者は気づかされる。それ以前には繊細で心の優しい青年がもはや重大な事柄に対しても関心を示すことがなくなり,彼の母親の重病に対しても全く心配する様子もなく,竹馬の友の訃報に接しても心を動かすこともない。要するに,患者はあたかも壁があるかのように,環界から遮断されてしまっている。あらゆる忠告や注意をし,教訓を垂れても,患者の人を寄せつけない,冷ややかな本性(Wesen)の前にこれらはことごとくむなしく跳ね返されてしまうだけである。彼は黙ったまま,あたかも神経が無いかのようにこれらをただ聞いているだけか,冷淡で心のこもらない返答をするだけであり,このようなことからも彼らの感情生活の完全な冷淡化がうかがわれる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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