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雑誌目次

論文

精神医学28巻1号

1986年01月発行

雑誌目次

巻頭言

精神障害者の人権保護をめぐって

著者: 高臣武史

ページ範囲:P.4 - P.5

 報徳会宇都宮病院事件以来,わが国の精神障害者の人権問題がいろいろ論議されている。1985年4月には国際法律家委員会その他がわが国に調査団を送り,いくつかの病院を視察し,関係諸団体の人たちに会っている。調査団の最終報告はまだ出されていないが,8月の中間報告ではわが国の精神科医療体制,精神衛生法を厳しく批判している。
 その指摘には必ずしもわが国の実情にそぐわない点もある。しかし今の精神障害者医療には多くの問題点があることも確かである。厚生大臣も1987年春には精神衛生法を改正することを明らかにしているし,厚生省保健医療局長は入院患者の通信と面会に関するガイドラインを出した。また公衆衛生審議会精神衛生部会はアルコール関連問題対策に関する意見を具申し,同部会にアルコール関連委員会が新設された。

展望

精神分裂病の長期予後

著者: 横井晋

ページ範囲:P.6 - P.19

I.はじめに
 少し年を取った精神科医ならば,自分の周囲に数十人の分裂病者を抱えているだろう。
 この人達の話を聞いたり,慰めたり,励ましたりするのがわれわれの仕事である。時には夜間突然電話を掛けてきて,隊の人が俺を馬鹿にして挨拶しても返事もしないと訴えてきたり,いい加減に電波をかけて俺のやることに干渉するのは止めてくれ,この馬鹿野郎と怒鳴られたりする。こんな人はよく聞いてみると最近通院していなかったり,薬が切れて服薬していない人が多い。このような患者を導いていくのはわれわれの努めである。
 しかし一番困難なことは初診時に予後を判定することで,Kraepelinの早発性痴呆はその名の如く予後不良を想定した病名であった。しかし初診の際にこれをこれを判定することは至難の業である。Carpenterら29)は症状を得点により評価する方法で,最高,最低点をとった20人ずつの患者の5年後の予後を調査した。その結果多くの症状の中で唯一信頼できるのはrestricted or flattened affective expression即ち常人のような情緒的反応が欠如し,空虚で表情の乏しい顔付の如き症状のみが予後不良と明らかな相関をもち,他の症状はいずれも確かに有意なものはなかったという。
 わたしはここで従来の文献を概観し,自らの経験をふまえてわたしなりの予後論を述べてみたい。本文に先立って数例の症例を簡単に述べることをお許しいただきたい。この人達は日常の診療で付き合っている愛すべき人々である。

研究と報告

精神分裂病患者の退院(第3報)—患者と家族の退院に対する認識の比較

著者: 原田俊樹 ,   佐藤光源 ,   堀井茂男 ,   三村興二 ,   長尾卓夫 ,   田中和芳 ,   平田潤一郎

ページ範囲:P.21 - P.27

 抄録 姫路及び津山の精神科単科病院の慢性精神分裂病患者で1年以上の入院期間の患者及びその家族を対象に退院に関するアンケート調査を行ない,患者と家族の退院に対する認識の相違について分析した。その結果,1)医師が退院可と判断している患者ほど退院可と自己判断している率が高かった。2)家族の患者受け入れ状況は医師判断,患者判断いずれとも明らかな関連はなかった。3)入院時の問題点の選択,退院時に家族が危惧することの選択については,家族の選択数に比べて患者の選択数は著しく少なかったが,選択項目については一致する傾向がみられた。4)患者のもつ諸因子が医師判断,患者判断,家族の受け入れ状況に与える影響をみると,家族の受け入れ状況が最も種々の因子に影響をうけやすかった。これらの結果から家族療法の必要性とその意義について若干の考察を加えた。

精神分裂病者の死亡に関する研究—一地域病院における精神分裂病43剖検例の記録から

著者: 今村司 ,   西原康雄 ,   石井惟友

ページ範囲:P.29 - P.34

 抄録 鞍手共立病院において昭和39年11月から昭和55年10月までの16年間に行なわれた1,000連続剖検例中,精神分裂病者43例について病理解剖学的に死因を検討した。
 20〜39歳では12例中7例が自殺や事故死で死亡していた。40〜59歳では自殺や事故死は17例中3例と減少し,消化管の潰瘍やそれによる腹膜炎が3例,肺結核3例,悪性新生物2例等であった。60〜79歳になると自殺や事故死の例はなく,脳出血1例,脳軟化4例,慢性硬膜下血腫1例で,14例中6例は頭蓋内血管障害が死因であった。なお,急死の例が43例中4例あった。

精神分裂病者の疾病に対する忌避感情の心理的尺度化—病識の指標としての可能性

著者: 津田彰 ,   西川正 ,   古賀五之 ,   内田又功 ,   遠藤進 ,   帆秋善生

ページ範囲:P.35 - P.39

 抄録 精神分裂病者(寛解状態にある外来通院者,病識あり入院者,病識なし入院者),アルコール症者及び健常者の5群に,8種類の疾病(歯痛,精神病,ガンなど)の内で,自分が罹患するとした場合,どちらの疾病のほうを忌避したいか一対比較法で判断させ,その忌避感情の心理的尺度化を試みた。
 疾病に対して抱く忌避感情を定量的に表した時,入院分裂病者,とりわけ病識なし分裂病者が示す忌避感情の心理的尺度値は健常者やアルコール症者と比べて有意に低く,疾病を忌避する順位もまた異なっていた。外来寛解分裂病者の忌避尺度値は入院分裂病者と健常者との中間であった。分裂病者が評価する自己の疾病,すなわち"精神病"に対する忌避感情の心理的尺度値が回復段階の違いによって段階的に異なったことから,本法が精神分裂病者の病識の1側面を測定するために応用できるかもしれない。

感情病および精神分裂病用面接基準(SADS)と研究用診断基準(RDC)の評定者間信頼度

著者: 北村俊則 ,   島悟

ページ範囲:P.41 - P.45

 抄録 2名の精神科医が一組となり29名の患者について同席面接により感情病および精神分裂病用面接基準(SADS)に基づく評価ならびに研究用診断基準(RDC)に準拠した診断を独立して行ない,各症状および診断の一致度(信頼度)をCohenのκにて求めた。
 RDCの各診断類型の現在挿話診断および生涯診断の信頼度は大変高いものであった。SADSの各項目もおおむね良好な一致度であったが,信頼度の低い項目も散見された。RDC診断に重大でない症状,陰性症状,面接場面からのみでは判断の困難な症状の信頼度は比較的低く出ることが明らかとなった。従って診断の信頼度が高くても症状判断の信頼度は独立して検討されなければならない。

発病後22年間を経て精神分裂病様状態を呈したモヤモヤ病の1例

著者: 小河原龍太郎 ,   中村忠男

ページ範囲:P.47 - P.54

 抄録 対話性幻聴,させられ体験を主訴に訪れた27歳の女子患者に固定した神経症状をみたため,詳しい病歴の聴取および脳血管写,CTを行って,典型的な若年型モヤモヤ病患者であることを確定した。患者は4歳の時に発熱と右上下肢麻痺で発病し精神遅滞を残したが,その後22年間,発作の反復なく精神的にも安定して経過していた。状態像の吟味により精神分裂病の合併ではなく,慢性脳器質性患者の呈する分裂病様状態であると判断した。また,生活史の検討をできるだけ詳しく行い,精神症状発現の要因として,脳自体の病変のほかに,長期間にわたる孤独状況があり,心理的要因として《人並みでない》という内的心理葛藤が重要な要因として判明した。このことから,脳器質性患者の治療にあたって,心身の相関関係を十分に考えて治療してゆくことの重要性を指摘した。

重度精神遅滞児の状態像—類型化の試み

著者: 弟子丸元紀 ,   室伏君士 ,   小笠原嘉祐

ページ範囲:P.55 - P.64

 抄録 重度精神遅滞児の状態像は,傷害の侵襲時点,傷害部位,および侵され方(局所性,び漫性),傷害の質(器質的,機能的)により異なる。またそれに反応性のものが加わり,複雑な臨床像を示す。各児童の状態像を中心にCT・脳波所見を参考にして7類型に分類した。重度の精神遅滞に加え,以下のような行動障害を示している。1)不全対麻痺型は主に前頭葉髄質・皮質傷害で,運動調節障害と意図的行動化の障害。2)部分・半身麻痺型は葉性・半球性傷害で,情動面・欲動面の抑制障害。3)錐体外路障害型はアテトーゼを伴い,言語・行動面の表現困難,情動面・欲動面の意識的調整障害。4)単純型は全体的な精神発達遅滞児。5)抑制型は主に前頭葉穹隆部傷害,寡動・孤立・常同行為,欲動面・意欲面が抑制されている。6)興奮型は時に自生的に精神運動性興奮を示し,情動面・欲動面の調節障害。7)自閉型は重度の精神遅滞を合併する自閉症児である。

一精神薄弱施設における染色体異常の検索

著者: 数川悟 ,   遠藤正臣 ,   堀有行 ,   藤井勉 ,   稲生暁春 ,   渋谷知一

ページ範囲:P.65 - P.71

 抄録 一精神薄弱者(児)総合福祉施設に入所する389名の精神遅滞患者に対し染色体検査を行なった。末梢血リンパ球72時間培養により各20個の細胞を検し,一部でGバンド法,Qバンド法および高精度分染法を用いて精査した。
 染色体異常は21trisomyが22名(5.7%)で,その他の常染色体異常は46,XY,del(8)(q11. 2q 13)が1名,46,XY,4q+が2名,46,XY,-13,+t(9p 13q)が1名と46,XX,t(2;15)(q23;q26)が1名であった。性染色体異常はなかった。染色体異常全体の頻度は6.9%で,文献上の調査報告との比較検討を行なった。臨床診断がDown症候群であった25名中3名は正常核型を示した。この3名につき検討を加え,染色体検査の重要性,臨床徴候把握上の問題点にふれた。また精神遅滞患者集団の調査では,背景にある社会,福祉,医療状況などを考慮する必要のあること,十分な観察や検査が精神遅滞の医療や処遇の上で重要であることを述べた。

一卵性双生児分裂病一致例の2症例—その遺伝と環境

著者: 植木啓文 ,   高井昭裕 ,   曾根啓一 ,   長瀬志津子

ページ範囲:P.73 - P.80

 抄録 二組の一卵性双生児分裂病一致例について病前性格,発病状況と年齢,家庭環境,症状と経過および病型を分析検討した。その内の一組では両者とも自閉的傾向の強い病前性格を有していたこと,発病が早期であること,家庭内に彼らを支える余裕がなかったことなどの諸要因(分裂病促進的ないし治療干渉的要因)により,経過も同じBleuler1)のII-5型を示していた。他の一組では,一方より消極的性格で,しかも家庭環境が悪くBleulerのII-5型の経過をとっているのに対し,その対隅者はより積極的で,さらに受容的,支持的家庭の中でBleuleri1)のII-7型の経過をとっていた。つまり,発病には遺伝負因が大きく関与するようであるが,その後の経過の良し悪しは,病前性格および家庭環境の相違に因ることが,双生児法を使って示された。

他人の話し言葉を聴くことを主な誘因とするてんかんの1症例

著者: 高橋幸男 ,   土谷隆 ,   菅原輝男

ページ範囲:P.81 - P.89

 抄録 他人の話し声を聴くことが主要な誘因であるが,話すことや書くこと,稀には暗算も誘因となるてんかんの1例(39歳,女,右手利き)を経験し,その臨床・脳波所見について報告した。
 種々の聴覚刺激を行なったが,特に言語刺激によって明らかな発作波と臨床発作が誘発された。誘因となる声は,周囲の誰の声でもよく,単音よりは単語や句,さらに会話形式で直接患者に話しかけた時が最も明瞭な発作と発作波の誘発をみた。このことから誘因としては,「声」よりも「言葉」を聴くことが重要と思われた。さらに注意の集中,情動,精神的緊張なども発作波の賦活に影響することが示された。誘発された発作波は,左前頭・中心部優位の両側性棘・徐波複合で,容易に全般化した。言語刺激から発作波までの潜時は平均約580msecであった。発作波に対応し右口角部のミオクロニーを認めた。

各種向精神薬投与によって発熱,高CPK血症を繰り返した1例

著者: 尾久裕紀 ,   保坂隆 ,   鶴丸泰男 ,   大枝泰彰 ,   白倉克之

ページ範囲:P.91 - P.96

 抄録 向精神薬投与中に,発熱,錐体外路症状,自律神経症状,高CPK血症,精神状態の悪化という一連の病態を短期間に3回繰り返した1例を経験した。その都度使用した向精神薬はhaloperidol,levomepromazine+diazepam,sulpiride+diazepamであった。
 本症例を悪性症候群とその近縁の疾病概念から考察したが,その中でもいわゆる悪性症候群の"軽症群"と「発熱-緊張症候群」の鑑別は困難であった。しかし錐体外路症状,自律神経症状,高CPK血症を呈したこと,向精神薬投与との因果関係より,悪性症候群の般"軽症群"と診断された。

短報

L-Dopaが著効を示した強迫笑いの1例—TRHならびにL-Dopa負荷試験による検討

著者: 元村直靖 ,   藤田素樹 ,   豊田勝弘 ,   堺俊明

ページ範囲:P.97 - P.100

I.はじめに
 強迫笑いとは,周囲の状況や刺激の大きさに不釣合で,本人にとっても感情にそぐわないような自動症的,絞切り型の笑いと定義され,種々の脳器質性疾患に出現するとされている。
 最近,われわれは,多発性脳梗塞により強迫笑いを呈し,L-Dopaが著効を示した症例を経験し,その際TRH負荷テスト,L-Dopa負荷テストを施行し,興味ある結果を得たので報告する。

妊娠中の分裂病者への向精神薬使用について

著者: 須賀良一 ,   三浦まゆみ ,   八幡剛喜 ,   鈴木孝明 ,   湯沢秀夫

ページ範囲:P.101 - P.103

I.はじめに
 近年の向精神薬の使用は分裂病の軽症化をもたらし,女性患者の結婚・妊娠・出産の機会を増加させたように思われる。しかし,女性分裂病者の妊娠・出産に際しては,分裂病の遺伝,妊娠・出産が分裂病に与える影響,向精神薬が胎児に与える影響などに関するいくつかの問題点があり,分裂病者の妊娠に直面した医師はその対応に苦慮することが多いものと推測される。医師の対応の中で最も問題となるのは,現在使用している向精神薬をどうするかという点と思われる。一般的には妊娠中は向精神薬を使用しない方が良いという程度の認識しかなく,妊娠中の投薬の是非についてはあまり考察されていない。そこで新潟大学精神科で治療中に妊娠し,新大産科で出産した5例を経験したので,これらの症例を足がかりとして妊娠中の分裂病者への向精神薬使用の問題を考察してみたい。

精神症状を伴った混合性結合組織病(mixed connective tissue disease)の1例

著者: 菅間正人 ,   井上和臣 ,   有賀やよい ,   中嶋照夫 ,   中川雅夫

ページ範囲:P.105 - P.108

I.はじめに
 混合性結合組織病(mixed connective tissue disease,以下MCTDと略す)は,1972年Sharpら4)により提唱された新しい疾患であるが,われわれの知る限りでは精神症状を伴った症例の報告は少ない。今回われわれは,臨床症状と血清学的特徴からMCTDと診断され,その経過中に幻聴,妄想,抑うつ状態,性格変化—退行状態などの精神症状を呈した1例を経験したので報告する。

精神分裂性障害と抗核抗体について

著者: 宮永和夫 ,   川原伸夫 ,   森弘文 ,   高橋滋 ,   高木正勝

ページ範囲:P.109 - P.113

I.はじめに
 SLEは膠原病の代表的疾患であるが,その発症のメカニズムについてはまだ明確になっていない7,13)。薬剤誘因性SLEはその原因が薬剤と分かっているため,SLEのモデルとして一つの研究テーマとなっている。薬剤誘因性SLEの代表的薬剤はhydralazineであるが,向精神薬でも発症するとの報告がみられる3,5,10)
 今回われわれは精神科入院中の患者を調査し,薬剤誘因性SLEと診断できた対象をもとにSLEとの差異について検討したので,若干の考察を加えて報告する。

20年間のインターバルを経て再発した痙性斜頸の1例

著者: 宮岡等 ,   鍋田恭孝 ,   片山義郎 ,   浅井昌弘

ページ範囲:P.115 - P.117

I.はじめに
 痙性斜頸は,神経症候学上,純粋痙性斜頸と症候性痙性斜頸とに2大別されている2)。その成因に関しては諸説があるが神経学的な立場からは錐体外路系疾患としてtorsion dystoniaの範疇でとらえられる傾向にある。しかし痙性斜頸症状を唯一の神経徴候とする純粋痙性斜頸の中には,その発症に心因が関与する症例も少なくないといわれている。本症の予後に関しては悲観的であるとされることが多かった4)が,最近はそれに対する反論も見られる3)。一度症状消失した後再発する症例についてはいくつかの報告が見られるが,われわれの知る限りRandの報告した30年間のインターバルをおいて再発した症例が,その最長のものであろうと思われる7)
 さてわれわれは20年間の症状消失期間を経た後,初発時と類似の生活状況に直面して再発した痙性斜頸の患者を治療する機会を得たので報告する。なお本症例は薬物療法,催眠療法および精神療法を併用した保存的治療によって約5カ月間をもって治癒に至ったが,この経過中斜頸症状が軽快しはじめた頃から次第に不安状態が昂じたという事実が症状形成過程を解明する一つの手掛かりを提供していたものと考えられた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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