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雑誌目次

雑誌文献

精神医学28巻11号

1986年11月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学の卒前教育について

著者: 三浦四郎衛

ページ範囲:P.1206 - P.1207

 「精神医学」編集室から巻頭言執筆の依頼をうけた。私も主任教授に就任して来年でちょうど10年となる。医学教育の理念,技法ともに改革をせまられている現在の社会状況下において,私の精神医学教育の反省を含めて,浅学非才を顧みず,あえて筆をとった次第である。
 過日,私がかつて御世話になった精神病院の経営者であり,院長である先生の叙勲祝賀会に招かれての席上で,ある医師会の先生(精神科医ではない)のスピーチの中に,「最近,町を歩いている人の中で,10人に1人は精神病者がいるという話しだが,これは一体どうなっているのか。私達も気をつけなければ危険である。」というようなことを言われた。私はこの話をきいて大変な精神的ショックをうけた。

特集 脳の働きと心―大脳の機能をめぐって

総論:局在論の歴史—前頭葉の精神症状を中心に

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.1273 - P.1279

 医聖と呼ばれるHippocratesの名を冠せられた厖大な医学的文献集 “Corpus Hippocraticum”―おそらく紀元前5世紀後半から前4世紀末葉にいたる―の中の「神聖病」(てんかん)編には以下の言葉がみられる。
 「われわれの快楽も歓喜も,笑いも戯れも,さらにまた悲嘆も苦悩も,不快も号泣も,脳外からは生じないことを,人びとは銘記すべきである。われわれはとくに脳によって思考し,視覚と聴覚をはたらかせ,美醜,善悪,快不快の識別を行う。………」(拙訳)

前頭葉の神経心理症状

著者: 山鳥重

ページ範囲:P.1281 - P.1292

I.はじめに
 前頭葉の機能は謎に包まれている。Teuber(1964)はかつて,前頭葉の謎という表現を用いた。確かに,頭頂葉,後頭葉などの機能のある程度の分りやすさに比べると,前頭葉は分りにくい。その一つの理由は前頭葉がきわめて広い領域であるにかかわらず,全てを前頭葉として一括して考えるところにあると思われる。これまでの多くの前頭葉に関する研究も前頭葉をまとめて語るものが少なくない。しかし,細胞構築学的には前頭葉は少なくともfrontal agranular cortex(Brodmannのarca 4,6,8)とそれより前方のPrefrontal granular cortexに大別される(Brodal,1981)。この構造上の差から機能を類推すると,agranular cortexはなんらか運動的な役割を持ち,granular cortexは運動との直接的関連が薄いことが示唆される。したがって,前頭葉の神経心理機能を考察するにはこの二つの領域を可能な限り区別して考えることが必要であると思われる。両者の境界をどこに置くかについては学者によってかなりの違いがあるが,本論ではBrodal,Denny-Brown(1951),Fuster(1980),Damasio(1979),Brown(1985)などを参考にして一応agranular cortexのうち中心前回(area 4)を除くarea 6,8,44,45を運動前野と呼び,それより前方を前頭前野と呼ぶことにする。この場合問題はarea 9でこの領域は第2前頭回ではかなり後方まで伸展しているがとりあえずarea 8とarea 45をまっすぐ結ぶ線で分けることにした(図1)。CT上の病巣が整理しやすいという人為的理由からである。CT上の病巣は田辺(1982)のCTアトラスに従って,この二つの領域に入るか入らないかを決定した。この運動前野と前頭前野の二つの領域の神経心理症状を別々に考察してみたい。

脳の働きと電位変化

著者: 山本卓二

ページ範囲:P.1293 - P.1300

I.はじめに
 ニューロンの興奮に電気が関与することが想定されるようになったのは18世紀の後半であったが,それが確認されたのは19世紀の前半のことであった。そして,脳の活動に伴う電気的変化が初めて報告されたのは1875年で,Caton. R2)はその報告の中で,"今まで実験した全べての動物の脳で電流計は電流の存在を示した;そして陰性波の出現は限局した機能と関連した;灰白質のどの部位でも機能的に活動しているとき,その電流は陰性変動を表す"と簡潔な記載をしている。
 ヒト脳の活動に伴う電気現象は1929年,Berger, H. H. 1)によって初めて報告されたことは周知の如くである。彼は精神活動に対応する生理学的指標を求めて長い間模索した後,頭皮上から脳の自発性電位,即ち,現在一般的に"脳波"と呼ばれているものを記録することに成功し,脳波が精神的緊張や精神作業によって影響を受けたり,バルビツール麻酔によっても変化することなどを報告した。

神経心理学の進歩と画像診断

著者: 岸本英爾

ページ範囲:P.1301 - P.1309

I.はじめに
 神経心理学の最近の進歩には目覚ましいものがある。その研究については日本では本特集の執筆者でもある大橋,山鳥らをはじめ多くの研究者がおられるし,外国でもLuria,Geschwind,Poeckらをはじめ多くの研究者がその進歩のために力を尽した。その成果は単に神経学,神経内科学の進歩に止まらず精神医学の発展にも大きく貢献しつつある。
 現代の画像診断は1895年12月22日,Rontgen自身による手のX線撮影によって始まったと考えられるが,その後X線による画像診断は大きな発展をみせ,最近ではその進歩はX線CTやMRI(NMR),echo等に引継がれている。その内でも今世紀初頭より半ばにかけたX線診断学の進歩の果たした役割は特筆すべきもので,臨床医学と治療学の飛躍的進歩をもたらしたことは記憶に新しい。それにより幾多の人命が救われ,又治療不能とされた疾病の原因解明に威力を発揮し,それは現代医学の発展に寄与した。この例にもみられるように画像診断の医学の進歩に果たす役割は大きい。
 近年X線CTによる画像診断が進み,脳障害部位と患者が示す神経心理学的な症状との関連の研究の発展がみられる。以下脳X線CTによる神経心理学の進歩の一部を示し,更に最近その発展が注目されているポジトロンCTの成績を示しながら筆者の責任を果たしたいと思う。

痴呆と前頭葉病変

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.1311 - P.1321

I.はじめに
 「痴呆と前頭葉病変」は古くから論じられてきた問題であり,数多くの研究報告がある1,4,6,11,12,14〜16,34,39,41〜43,46,48)。前頭葉病変による知的機能の障害については,研究者によりいろいろな表現で記載されている。例えばKleist(1934)16)は「失論理Alogie」,Ackerly(1935)1)やBrickner(1936)6)は「総合能力synthesizing abilityの低下」,Rylander(1939)42)は「論理的判断力reasoningの障害」,Goldstein(1944)11)は「抽象的態度abstract attitudeの欠如」,Halstead(1947)14)は「生物学的知能biological intelligenceの障害」,Hafner(1955)12)は「計画および企画能力Planund Entwurfvermogenの障害」,Luria(1978)34)は,「人間の諸活動(運動,行為,記憶活動,知的行為)の意図・プログラミング・調整・確認機能の障害」と表現した。これらの研究者の多くは,前頭葉は人間の最高次の精神機能に決定的な役割を演じているという立場をとるが,Teuber(1959)43)やPiercy(1964)41)のようにそれに反対する立場もあり,Teuberが「前頭葉の謎」と表現したように,前頭葉の機能は他の脳葉に比してはるかに謎につつまれている。
 ところで,前頭葉病変と痴呆についての従来の研究では,前頭葉に病変がほぼ限局している症例を対象としている。筆者は,ここで従来の研究報告と同じようなことを論ずるつもりはない。視点を変えて,臨床神経病理学的な観点から,自検例を対象として前頭葉を含め大脳の広範な病変によって起こった痴呆に対して,前頭葉病変がどのような影響を与えているか,また,大脳に病変がなく皮質下諸核に病変がある際にみられる痴呆に対して前頭葉がなんらかの役割を演じているかといったことを自検例に基づいて検討してみたい。

展望

中年期の発達課題と精神障害—ライフサイクル論の観点から—第3回

著者: 佐藤哲哉 ,   茂野良一 ,   滝沢謙二 ,   飯田眞

ページ範囲:P.1208 - P.1217

Ⅲ.4.中年の発達課題と精神障害
 a.中年の幻覚妄想精神病(つづき)
 2)中年の幻覚妄想精神病と中年の発達課題:すでに述べた3つの論点,すなわち発病状況における発達課題,病前性格の病理性と発達課題との交錯の問題,中年の発病に至るまでのライフサイクルの構造について順に触れていく。
 表3は,この領域に関する主な研究で指摘された病前性格と発病状況をまとめたものである。各研究が明らかにした発病状況を見ると,そこには,われわれが概説してきた中年の発達課題の諸側面を見ることができる。すなわち,男性では,自分の野心と現実の実績との最終的な一致が要請されることや身体的疾患に基づいた地位の維持の不安などが,また女性では,子離れや夫婦関係の危機に基づく家庭内での孤立あるいは中年女性の職業生活上の行きづまりなど,われわれが中年に要請される役割の変換として述べてきたことが,発病の契機として見い出される。また,両性の発病の背景に,中年で生じることの多い,それまで抑えつけてきた性愛のよみがえりを認める研究者も多い。このように,中年の幻覚妄想精神病が,中年の発達課題に出会うことにより発病に至ることは,比較的容易に理解できる.

研究と報告

わが国におけるヒステリー診断の特徴と新診断基準の作成

著者: 中村道彦 ,   高橋三郎 ,   山下格 ,   岩崎徹也 ,   小口徹 ,   高橋徹

ページ範囲:P.1219 - P.1228

 抄録 「ヒステリー性障害」診断基準案を全国の精神科12施設の伝統的なヒステリー患者103例に適用した。わが国におけるヒステリーの臨床的特徴として,①女性例は男性例の約4倍,②若年例は心理的社会的ストレス因に対する環境反応的な特色を,高年例ではストレス因のない人格反応的な特色と遷延化傾向を示した,③ヒステリーとヒステリー性格の関係は約30%に認めた,④転換症状が中軸であり,幻覚・妄想以外の解離・精神病症状が単独に出現することは稀であった。
 以上の臨床特徴から診断基準を作成し,①現象学的包含基準と除外基準(身体疾患,心身症,他の精神神経障害)で「ヒステリー性障害」を診断,②疾病利得に関する包含基準と除外基準(加重と虚言)によって「ヒステリア」と名づける中核例を診断する。これらの改訂を行った時の各基準の有無による診断の感度と特異性の差から,現象的基準のみの適用が普遍性を持つことを示した。

精神分裂病の陰性症状と社会適応経過

著者: 染矢俊幸 ,   安西信雄 ,   池淵恵美 ,   小沢道雄 ,   原田誠一 ,   上田哲 ,   金生由紀子 ,   中込和幸 ,   岩波明 ,   熊谷直樹 ,   宮内勝

ページ範囲:P.1229 - P.1236

 抄録 東大病院精神神経科デイホスピタル(DH)を終了した41名の精神分裂病患者を対象に,陰性症状を中心とする臨床症状の変化,およびそれらと社会適応経過との関連を検討した。陽性症状・陰性症状の評価は,DH開始時,DH終了時およびDH終了後5年目の3時点について,陰性症状評価尺度(SANS),症状群チェックリスト(SCL)を用いて行った。社会適応経過の評価は,DH終了後5年までについて就労期間率,入院期間率,再発の3項目を用いて行った。
 その結果,陰性症状は,集団療法を中心とするDHでの治療により改善し,その効果はDH終了後5年間持続することが示された。またDH終了時の症状と社会適応経過との関連では,SANSの情動の平板化・情動純麻,意欲・発動性欠如,SCLの中核症状群,残余の症状群,幻聴,関係妄想が認められたものほど,経過が不良であった。

保健所定期精神衛生相談例の分析—受診行動モデル適用の試み

著者: 太田敏男

ページ範囲:P.1237 - P.1246

 抄録 月2回の定期的精神衛生相談例109例に対して,受診行動モデルの見地から検討を加えた。本人と家族の成員のそれぞれにおいて受診行動が潜伏相,認知相,帰因相,受診前相,そして受療相の順に進行するというモデルを想定した。成員は相互に影響を及ぼし合うと考え,また受療相の直前に障壁と引金という要因を設けた。症例がどの相で行き詰まりやすく,保健所の援助を求めるかは,本人と家族の間で,また相談対象者の診断によって異なっていた。病状の悪化以外のことが受診の引金になることがあった。相談時の本人と家族の受診行動が進行した段階にあるケースほど,その後受診に結び付きやすい傾向があった。既に受療中のケースもかなり多く,全体の約1/4を占めていた。以上の結果を踏まえて,保健所の精神衛生相談での援助の実際について考察し,受診行動モデルによる症例の分析の有用性を論じた。また,精神科における病気概念の理解の必要性にも触れた。

保健所デイ・ケアの意義と展望—福井県での実践から

著者: 斉藤莊二

ページ範囲:P.1247 - P.1254

 抄録 福井県における保健所デイ・ケアの現状と問題点を総括した。治療的かかわりにおいて辻12)の治療精神医学に注目した1保健所での実践経過と実態調査の結果をもとに,保健所デイ・ケアの意義,実施形態,課題および展望について考察した。我々は,就労を当初の目標にしたが,時間の経過と深まりにつれ参加者の主体性の醸成と"精神病"についての相互検討が参加者と我々にとっての根源的な課題となった。保健所デイ・ケアの意義は,精神病治療の一環であると認識される。保健所デイ・ケアが治療の場として位置づけられるためには,地域性の影響下での精神病観と治療方法論の討究および構築が今後の課題である。なお,デイ・ケアは県下8保健所すべてにおいて週1回実施されており,昭和59年度には140名(男49名,女91名)が参加し,発病後長期の経過をたどっている精神分裂病者が103名(1回平均4.4名,平均年齢36.8歳)を占めていた。

Cyclic Migraineに対する炭酸リチウム療法

著者: 渡辺賢 ,   牧野一雄 ,   森則夫 ,   熊代永

ページ範囲:P.1255 - P.1262

 抄録 migraineの中のattackがシリーズを形成して,しかも周期的に繰り返して出現してくるMedina & Diamondのいう,cyclic migraineと思われる症例にLi2CO3を投与して,全例に予防効果を認め,うち2例には断薬後の長期緩解さえも認めた。
 本邦でのmigraineに対するLi2CO3の使用の報告は今までみられなかったので,migraineとLi2CO3に関する展望を試みた。その結果,いわゆるcluster headacheに対する有効性は広く認められているが,migraineについては,有効と同時に無効の報告があった。しかし,それらを分析した結果,migraineの中のcyclic migraineのタイプにLi2CO3はより有効であると考察し得た。

コカイン依存の1例

著者: 斎藤惇 ,   永野潔 ,   奥平健一 ,   黒滝淳一 ,   吉田芳子

ページ範囲:P.1263 - P.1267

 抄録 コカイン依存の1例を報告した。28歳の女性。24歳の時コカインとは知らず経口的に摂取し,その2カ月後コカインと知って初めて経鼻的に吸引した。コカイン摂取の際,多幸感,意欲や性欲の昂進などが起こった。幻視があったが,恐怖感はなかった。初めてコカインを使用して約4年目に,比較的大量のコカインを手に入れた。このコカインを連日吸引するようになり,最後には,約4日間強迫的連続摂取状態となってしまった。この間に,強い恐怖感を伴う幻視を体験し,興奮状態となって入院した。入院後,過眠期,過食期,躁うつ期を経て安定し退院した。
 コカインの薬理作用は,各種中枢神経刺激剤と同様であり,本例の示した症状も,覚せい剤依存の患者が示す臨床症状に類似していた。又,コカインの乱用が世界的に増加していることから,本邦においてもコカインの乱用が拡がる危険があることを指摘した。

紹介

米国中南部私立大学(Vanderbilt大学)における学部学生のための精神衛生活動について

著者: 岡田文彦

ページ範囲:P.1269 - P.1271

I.はじめに
 米国の学生に対する精神衛生活動を知る最も良い書物として,精神医学的問題や処遇を述べた論文集である「Emotional Problems of the Student」(日本語訳:学生の情緒問題)2)が有名である。この論文集は東部名門大学(Ivy League)を代表するHarvard大学の学生の情緒問題を取り扱っているが,ここで提起された問題点は米国の他の地方大学にも共通して認められることが多いと考えられる。筆者は1981年から1982年にかけて,米国テネシー州ナッシュビル市にあるVanderbilt大学医学部薬理学教室に在籍した際に,学部学生の精神衛生部門を担当するDr. Gaskinsを訪問する機会があった。そこで,次項に述べるように米国の一地方大学における精神衛生活動の実際がどのような形で運営されているかについて簡単に紹介したい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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