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雑誌目次

雑誌文献

精神医学28巻12号

1986年12月発行

雑誌目次

巻頭言

再び,精神神経学か?

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.1328 - P.1329

 「古い服がはやるように,これまで精神医学者や神経学者の間で非難めいた口調で語られていた神経精神医学(neuropsychiatry)という言葉が再び,クリーニングを施すために保管庫からとり出されてきている」といった書き出しではじまる一文が目に留った(E. D. Caine et al.:Neuropsychiatry……Again. Arch. Neurol,43;325-327,1986)。
 かつて,一緒に実験をやつていたアメリカの神経専門医が,精神分裂病と躁うつ病の区別もつかないのを目のあたりにして,驚歎した身にとっては「あれから1世紀を経た今,精神医学と神経学は再び一緒になろうとしている。神経精神医学こそ,かけ橋である。我々はGriesingerの出発点に立ち戻ろう」と謳いあげて締めくくっているこの論文を読んで,"やはり""とうとう""当然"といった,さまざまな感慨を覚えた。

展望

仮性痴呆

著者: 山本博一 ,   渡辺昌祐

ページ範囲:P.1330 - P.1338

I.はじめに
 仮性痴呆とは機能性精神疾患に基づいた可逆性の痴呆様状態である。近年,仮性痴呆に対する関心が高まってきているが,仮性痴呆の概念は,必ずしも一致したものではなく,種々の混乱がみられる。例えば,もっぱらうつ病における痴呆様状態を指して真性痴呆から鑑別することに主眼を置くもの,あらゆる精神疾患における知的機能低下を扱うもの,Ganser状態としての仮性痴呆(偽痴呆),脳器質疾患に重畳した一部可逆性のうつ状態等,研究者により概念に相違が認められる。加えて,一次性痴呆における抑うつや意識障害との関連も問題になり,さらに複雑な様相を呈している。
 本稿では,仮性痴呆の概念を歴史的に概観して整理分類し,過去の文献を再検討して,現在の「仮性痴呆」研究の問題点と方向性,さらにはうつ病性仮性痴呆の治療指針について述べる。

研究と報告

DSM-Ⅲ多軸評定の有用性—その2.過去1年間の適応機能の最高レベル(第5軸)の評定と多軸診断システムによる転帰予測

著者: 安屋敷和秀 ,   高橋三郎 ,   高橋清久 ,   花田耕一 ,   中村道彦

ページ範囲:P.1339 - P.1347

 抄録 DSM-Ⅲ診断における第5軸の有用性を検討する目的で入院患者229例を用い,第5軸の診断別分布様式,性別,年齢,および第4軸,第5軸の評定と在院日数との関連性について,検討した。
 (1)過去1年間の社会適応レベルは精神病性障害,神経症圏,感情障害の順に高くなっていた。
 (2)精神分裂性障害の適応レベルは極めて低く,分裂病様障害はこれに比して高かった。
 (3)感情障害では,適応レベルが,双極感情障害,大うつ病反復性,大うつ病単一エピソードの順に高くなってゆき,この順序と同様にストレス因の頻度は,増加していた。
 (4)在院日数は精神分裂病妄想型では年齢に逆相関し,感情障害全般では,相関していた。双極感情障害では,第4軸,第5軸の評定を組み入れることで,重回帰式を用いて高い確率で在院日数を予測できた。大うつ病単一エピソードの在院日数は,第4勅との関連が強かった。

精神分裂病における精神病症状消退後の虚脱状態(第1報)—精神分裂病の入院治療過程から

著者: 三野善央 ,   牛島定信 ,   門田一法 ,   野中幸保 ,   原田元基

ページ範囲:P.1349 - P.1359

 抄録 精神分裂病者46名を対象に,入院治療過程の中での急性精神病症状消退後の虚脱状態について調査した。虚脱状態は82.3%(38名)に出現し,緊張型は他型に比較して短期間で立ち直っていた。
 虚脱状態が出現していた38名について検討すると,虚脱状態持続期間は,治療開始後の急性症状持続期間と有意な強い正の相関を示した。また急性期平均抗精神病薬投与量と有意な弱い正の相関,発症年齢と有意な弱い負の相関を示した。
 これらのことより急性精神病症状消退後の虚脱状態を精神病状態による自我の疲弊として考察した。また,この虚脱状態と欠陥状態の関係,虚脱状態の抑うつ的側面について述べ,それを自我境界の一定の修復後の未だ脆弱な状態として論じた。

進行性痴呆を呈したSheehan症候群の1剖検例

著者: 古郷博 ,   三山吉夫 ,   藤元昭一 ,   住吉昭信

ページ範囲:P.1361 - P.1367

 抄録 61歳の女性の不全型Sheehan症候群で,45歳時より多彩な精神—神経症状を呈し頻回に精神病院への入退院を繰り返した。その過程で非可逆性,進行性の知的精神機能の低下,人格低下等の痴呆症状が出現し,末期には約3週間の昏睡状態が続き死亡した。病理所見では,下垂体前葉,甲状腺,副腎皮質,大脳の萎縮が主病変であった。痴呆へ進展した要因としては,下垂体前葉の機能不全が副腎皮質,甲状腺などの標的臓器の機能を進行性に退縮させ,内分泌,代謝的不均衡を生じ,中枢神経系に影響を及ぼしたものと推論した。

電気入眠器(Sleepy)の不眠症に対する治療効果—2重盲検・交叉法による臨床治療試験

著者: 飯島壽佐美 ,   菱川泰夫 ,   杉田義郎 ,   手島愛雄

ページ範囲:P.1369 - P.1375

 抄録 主として精神生理学的要因による持続性の不眠症の患者からなる慢性の不眠症の被験者56名について,電気入眠器「Sleepy」の治療効果を二重盲検・交叉法で検討した。実通電器と偽通電器をそれぞれ1週間ずつ自宅で使用させた期間の睡眠状態に関する自己評価の記録と,著者の面接と問診に基づいて,睡眠状態の改善度を判定した。検査を完了した27名から得られた成績について,分散分析による統計学的検討を加えた。実通電性の電気入眠器は,有意な全般性改善効果をもたらした。また,入眠潜時を短縮し,中途覚醒を軽減させ,熟眠感を増強することが明らかになった。電気入眠器の使用によっては著しい副作用の出現はみられなかった。
 今回の臨床治験に用いた電気入眠器は,精神生理学的要因による持続性の不眠症に対して有効であるだけではなく,入眠障害を特徴とする他の原因による不眠症にも有効である可能性があると考えられた。

短報

Bipolar disorderの躁病相発現時期について

著者: 長野浩志 ,   藤井薫

ページ範囲:P.1377 - P.1379

I.はじめに
 Affective disorderは躁病相の有無により,bipolar disorderとnon-bipolar depressionとに大別される。両者の間には遺伝的,臨床的,生化学的な差異が指摘されており,多くの研究でこの2分法が採用されている。
 今回,我々はbipolar disorderにおいて以下の2点を検討したので,ここに報告する。
 1)Bipolar disorderの診断確定,すなわちmania発現の時期は何回目の病相まで待てばよいか。
 2)躁病相で初発する群(以下,M初発群と略す)とうつ病相で初発する群(以下,D初発群と略す)との間に性,発症時年齢,および家族歴の点で差異があるかどうか。

一単科精神病院における高脂血症—その特徴,頻度および入院期間との相関

著者: 更井正和 ,   松永秀典 ,   漆葉成彦 ,   宮崎浄

ページ範囲:P.1381 - P.1383

I.はじめに
 血中脂質の値は,食事内容や食事量によって影響をうけ,例えば在米日系二世は国内居住者に比べて,著明な高値を示すことは周知の事実である。同様に,単科精神病院の入院患者は,長期間にわたって食事内容を管理されるという意味で特異な環境におかれており,血中脂質の値が一般人口と異なることが予想される。今回,著者らは一単科精神病院の入院患者の血中脂質の値を調べ,その特微を検討したので簡単に報告する。

正常者と分裂病者の指タッピング

著者: 二宮英彰 ,   石田康 ,   鮫島哲郎

ページ範囲:P.1384 - P.1387

I.はじめに
 正常者と分裂病者に一定のテンポで指タッピングを行わせ,その間隔を両者で比較したので報告する。

資料

入院式森田療法の今日的課題

著者: 大西守 ,   中山和彦 ,   西川嘉伸 ,   村主博史 ,   国本芳樹

ページ範囲:P.1389 - P.1395

I.はじめに
 今日,われわれ森田療法に従事しているものにとって,その普及が大きな課題の一つであるのは間違いない。しかし残念ながら,各森田療法施設間での交流は十分とは言い難く,実際にどの施設でどの程度のことが行われているのか不明な点も多い。事実,臨床場面において,森田療法を希望する患者をどこに紹介したらよいのか困惑することも少なくない。
 そこで筆者らは,いわゆる入院式の森田療法を行っている施設の関係者の協力を得て,アンケート方式による実態調査を行った。今回,その調査結果を報告し,現在の森田療法施設が内包している問題を,とくに入院療法を中心に言及していきたい。
 同様な調査は,1966年に大原ら9)によって行われているのみで,森田各施設の総括的な状況を取り扱った報告は少なく,最近では退院後のサポートシステムを調査した丸山ら1)の報告にとどまっている。
 なお,アンケート調査の性質上,回答者の主観に頼る部分も多く,その精度に疑問を挾む余地もあるが,少しでも各施設の実情を示したいという意図から,極力ありのままの結果を報告する。

紹介

1838年法(フランス精神病者法)の成立過程

著者: 菅原道哉 ,   飯塚博史 ,   岩成秀夫

ページ範囲:P.1397 - P.1403

I.まえがき
 ピネル神話はフランス革命の時代背景の中から生れてきた10)。1789年市民によるバスチーユ襲撃があり,その数カ月後に人権宣言が採択された。主権在民,法の前の平等,自由と財産所有の権利等を基本思想としたものであった7)。一方,精神障害者に関する法律はその内容のいかんによらず,1789年を溯っては見つからないという3)。種々の紆余曲折を経て1838年法(フランス精神病者法)が成立した。西欧各国における精神障害者に関する法律の成立年は「各国における精神病問題」(内務省衛生局,保健衛生調査室編纂1919)によれば次のようになっている。1837年ベルギー,1874年オーストリア,1883年スウェーデン,1884年オランダ,1885年スペイン,1888年デンマーク,1890年イギリス,1904年イタリアである。スイス,アメリカ合衆国は州ごとに成立年代が異なり,ドイツ,ロシアは地方ごとに年代がずれてはいるが,ほぼ同時期に成立している。
 これらの中で,フランスの1838年法は成立が早く,その基本的な考え方は現在でも生きているという特徴を持っている。その成立前後の時代背景4),成立過程に触れながら,その内容について述べてみたい。

古典紹介

—Gilbert Ballet—慢性幻覚精神病および人格の解体—第2回—

著者: 三村將 ,   濱田秀伯

ページ範囲:P.1405 - P.1414

 前回の講義(1911)で私が主に示そうとしたのは,私には十分な根拠もなく分けられていたように思われるものが同一の病型にまとめ得るということでした。この病型に私は慢性幻覚精神病psychose hallucinatoire chroniqueという名称を提唱しましたが,この病型では通常まずはじめに苦しい体感状態état cénesthésiqueや漠然とした不全感が現れることを覚えておられると思います。これらのあるものはきわめて速く,あるものは速く,またあるものはゆっくりと,それを説明するような被害念慮idées de persécutionや誇大念慮idées d'ambitionに移行します。この二つの念慮自体も,ともに並んで進行したり,両者が連続したり,あるいは急速に,あるいはゆっくりと一方が他方にとってかわったりします。これらの念慮には常に様々な知覚の幻覚hallucinationが伴い,時には念慮に先行することもありますが,幻覚が常にあるということが条件になっていると思われます。
 本日私が皆さんに今まで以上にはっきりとした形で示したいと思っているのは,慢性幻覚精神病を特徴づけるものが病初期から持続的に見られる人格の解体désagrégation initiale et persistance de la personnalitéであり,そのことが疾患の重篤さを説明するのに十分であるということです。

動き

Viktor von Weizsäcker生誕100年記念シンポジウムに出席して

著者: 濱中淑彦

ページ範囲:P.1415 - P.1418

 最近の数年間は毎年のように,精神医学史上に忘れがたい足跡を残した人物の生年または没年を記念するシンポジウムが,欧米の各地で相次いで催されている。ドイツ語圏について言えば,精神療法の先駆者であるFranz Anton Mesmer(1734〜1815)の生誕250年記念が1984年に,出生地にも近く彼が晩年を過したBodensee湖畔のMeersburgにおいて,またロマン派医学の時代にG. G. Carusらとともに無意識,夢と「自然科学の夜の側面」を論じたGotthilf Heinrich von Schubert(1780〜1860)の生誕200年記念が1980年に,彼の回想の地Erlangenにおいて,そして今世紀の精神病理学の基盤を築いた一人Karl Jaspers(1883〜1969)の生誕100年記念が1983年にHeidelbergにおいて,それぞれ学際的規模で開催されたのが,その一例といえようが,今年(1986年)はJustinus Kerner(1786〜1862)の他に,医学的人間学の創設者の一人であり,心身医学と神経心理学などの領域でも独創的な洞察を示したViktor von Weizsäcker(1886〜1957)の生誕100年にあたるので,Heidelbergにおいてその記念シンポジウムが行われた。その内容は近いうちにSpringer社より刊行の予定であるので,詳しくはこれを参照されたいが,筆者は,彼の著作の邦訳者の一人として出席する機会を得たので,その概略を紹介することにしたい。

追悼

故大橋博司先生を偲んで

著者: 木村敏

ページ範囲:P.1419 - P.1420

 京都大学名誉教授・国立京都病院長の大橋博司先生は,去る昭和61年9月11日の早朝,喘息発作による呼吸不全のために急逝された。享年62歳であった。御家族の話では前日の夜までなにこともなく御元気だったようで,私自身も前日に勤務中の先生と電話でいろいろとお話したばかりだったので,訃報に接して俄には信じがたい気持ちだった。先生の死によって,わが国の神経心理学はその偉大な指導者を失ったことになる。
 先生は大正12年9月26日,静岡県磐田郡福田町にお生まれになり,掛川中学校,第三高等学校を経て,昭和21年9月に京都帝国大学医学部を御卒業になった。インターンを終えられたのち京大の精神科に入局された先生は,昭和23年9月に大阪市立医科大学精神科助手として当時の坂本三郎教授のもとで臨床脳病理学(現在の呼称では臨床神経心理学)の研究を開始され,言語・記憶・認知・行動などの精神機能と脳との関係についての先生の一生涯を通じての思索の基礎を築かれた。

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精神医学 第28巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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