icon fsr

雑誌目次

論文

精神医学28巻2号

1986年02月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科雑感

著者: 立津政順

ページ範囲:P.124 - P.125

 私が大学の精神科に入局したのは1940年4月であるが,それから今日までの45年余の間には,精神科にもいろいろのことがあった。第二次世界大戦中,松沢病院では,栄養失調,それによる死亡の患者が多数発生している。その際,患者の救済は一に食物の補給にあり,狭義の治療はほとんど無用であった。役に立ったのは,農作業に従事の患者と職員とであった。医師は手を拱いて見ているしか術がなく,空しい存在であった。こうした経験によると,食物の供給は医療の最も基礎的な前提をなすもので,その上に狭義の治療が成立っているように考えられる。また,医療の協力者としては,食糧の生産者の方が医師よりより重要な役割を果しているのではなかろうかとも思った。
 かつての精神病院では,多動,寡動,拒食,暴力,自傷破衣などの行為の著しい患者が多かった。そのため,電気ショック療法が,必死の抵抗の患者にもしばしば強行されたものである。しかし,このような治療も根治療法とはならず,しかもそれから30〜40年後の今でも,この治療を受けた患者から恨言を言われる。代って登場の薬物療法は,確かに大きな進歩であろう。しかし,薬物の副作用として,治癒困難な不随意運動の患者が多く発生しており,また,急死,悪性症状群,ショック状態なども起っている。精神薬剤は怖い薬であり,しかも根治の薬でもない。そのようなことから,私は治療に当たっては,控え目であり,自然の軽快力を大事にしながら,投薬も単剤・少量を原則としている。それでも,治療効果は一応得られており,上記のような副作用も自分の患者では起ったことがない。

特集 現代の子供—心身の発達とその病理—東京都精神医学総合研究所 第13回シンボジウムから

総論—時代的・社会文化的観点から

著者: 吉松和哉

ページ範囲:P.126 - P.133

I.はじめに
 最近のジャーナリズムはしきりに現代の子供に心身両面にわたる色々な危機が訪れていることを報ずる。時にその内容は衝撃的ですらある。勿論そこには事実に立脚した貴重な情報も多いが,中に誇張を含んだセンセーショナルな内容がないでもない。しかしいずれにしても現代の社会環境を生きている子供達が一昔前とは違った身体的・精神的問題をもっていることはたしかであろう。
 そこでこの度,精神研では表題の如きタイトルのもとに,各分野の講師を広くお招きして,現代の子供の抱えている心身の問題,特にその中でも精神的問題を広い視野から検討することにした。

乳幼児期の心身発育—母子保健の観点から

著者: 平山宗宏

ページ範囲:P.135 - P.142

I.はじめに
 現代の子供,とくに乳幼児期の心身発達を母子保健の立場から述べるようにとのテーマをいただいた。あとの筆者の方々の論旨とどのようにつながれるか心配だが,前座の役割として,現在われわれが当面している問題点やトピックスのおおよそを紹介させていただく。
 まず副題につけられた母子保健の概念についてふれておきたい。母子保健学あるいは母子保健とは何かといわれれば,母子の健康を維持・増進するための学問分野あるいは実践活動ということになろう。また母子保健の主要な基盤になっている臨床医学の分野では,母性は産婦人科学,小児は小児科学と分化しているため,母性保健と小児保健とに分けられることも多いが,近年母子相互作用などの語が多用されるように,母と子を密接不可分なものとして論じる必要性も高い。一方,母性の定義として世界保健機構WHOでは,将来母親になる女性,現在母親である女性および過去に母親であった女性を総称するとしているし,小児とは愛情の成立した細胞期から胎芽・胎児期,さらに出生後は発育している全期間をさすので,人生のかなりの部分をカバーすることになってしまう。
 また健康という場合は当然心とからだの両面,さらには環境としての社会までを含めることになる(WHOの定義)ので,母子保健を支える学問分野は医学をはじめとする自然科学から人文科学にまで広範にわたる。このため母子保健の担当者は広い分野の知識や活動の中から,母子の健康に関わるものを拾い出し利用してゆくマネージャー的役割を果す必要がある。母子保健はこのように幅広いものではあるが,以下に子供の心身発達に関わる事項を述べよう。

幼少期の情緒・行動的問題の長期追跡研究—乳幼児期と思春期のつながり

著者: 川井尚

ページ範囲:P.143 - P.154

I.序
 幼少期に諸々の精神的問題をあらわした子どもが,その後どのような経過を辿り,思春期を迎え,現在どのような状態であるのかを,当時の臨床活動との関わりの中で明らかにすることは,臨床上意義あることと考える。なぜならば幼少期発達心理臨床1,2)のもつ役割とは,早期の臨床活動によって,そののち順調な発達を辿りうるよう援助することにあり,その臨床効果を問うことであるからである。そして,その中で経過のよいものや,さらに注意を要するものとがあれば,事例研究を行なうことによって,臨床法そのものの検討をはじめ,発達的な観点から,なぜそうであるのか,それに関する諸要因を明らかにする道が開かれ,今後の臨床活動に寄与しうると考えられるからである。
 そこで,筆者がかつて担当した事例について追跡研究を行ない,これらの諸点についてある程度の知見を得たのでここに報告する。

児童のかかえている心の問題—精神科臨床の観点から

著者: 佐々木正美

ページ範囲:P.155 - P.161

I.はじめに
 児童のかかえている精神衛生上の今日的な問題は,各界から多様に論じられ,さながら今日のわが国社会の危機的状況を象徴するかのようであるが,精神科臨床のプライマリ・ケアとしての日常作業に従事していると,それらの喧騒な論述が,あながちそれほど誇張されたものとも思えない現状にあると思う。
 私には,今日の児童の精神衛生上の問題を網羅的に論議・検討する能力はない。自らの臨床作業の体験的報告をする以外にないが,このシンポジウムへの参加はそういう役割を期待されてのことだと思う。

父と母と子—夢,昔話,遊びの観点から

著者: 大橋秀夫

ページ範囲:P.163 - P.169

I.はじめに
 「現代の子供—心身の発達とその病理」という統一主題のもとに,筆者に与えられた課題は「子供の心の発達における両親の役割」である。この課題は様々な視点から論じ得るし,そして事実論じられすでに論じ尽くされた観がなくもないが1,2),筆者はこれを大人の中に潜む子供の問題として,夢,昔話,遊びの観点から大人の症例を分析し,結果として父母の役割・機能を推論しようと思う。視点には対象を視る角度と対象からの距離の二つが合意されていて,視る角度は新たな側面の発見に,距離は細部の明細化と視野の拡大による部分と全体の統一性に寄与すると考えられるが,筆者の視点は恐らく後者に属するであろう。結論は至極単純で,従来のものの反復にすぎぬが,視野は拡がるかもしれない。
 取り上げる症例は三十代半ばで発症した対人恐怖だが,症例の具体像に入る前に,対人恐怖についての筆者の考えを少しく述べておこうと思う。

まとめ

著者: 吉松和哉

ページ範囲:P.170 - P.170

 本特集は昭和59年11月17日におこなわれた第13回東京都精神医学総合研究所シンポジウムの内容をもとにしている。社会的に大きくとりあげられるようになった「子供の心」の問題を広い立場から見直そうというねらいで以上のような演者の構成になった。このような広い見方も,つい自分達の専門領域に深く狭ばまり勝ちな我我の立場をあらためて位置づけてくれるのに益するところ大きいと思う。
 以下簡単に演題に沿って問題点を整理してみたい。吉松は今日の子供の問題が,現時点も含めその生まれ育ってきた社会文化的環境に,そして併せ親のそれとも深く関係していることを述べたつもりである。我々は意識するとしないに拘らずその時代の強い影響を受けている。ただ本誌では当日提示した30枚近い図表の一部しか掲載できなかったので,いささか具体性に欠ける点ここにお詫びしたい。

研究と報告

精神病者の幻聴現象の分類—多変量解析による試み Ⅱ

著者: 林直樹

ページ範囲:P.171 - P.183

 抄録 著者は精神病患者58名の幻聴の現象面の特徴を調査し,この調査資料を林の数量化理論第3類によって分析した。そして個々の幻聴体験の数量化結果を検討することによって精神病者の幻聴現象を分類し,次のような幻聴類型を記述した。(1)パラノイド型幻聴では体験が知覚としての属性を多く有しており,内容が患者にとって侵襲的で,幻聴の発生源が患者の外界に定位している。この型の幻聴は急性妄想性障害,分裂病妄想型の患者などに見られる。(2)自我侵襲型幻聴では体験中に自我障害的な要素を含み,内容が患者にとって侵襲的で,体験の場が患者の内界であり,分裂病妄想型の患者に多く見られる。(3)自我親近型幻聴は主に分裂病解体型の患者にみられ,自我障害的要素を多く含み,幻聴が患者にとって親近的で患者の体内で感受される体験である。また患者と幻聴が互いに影響を及ぼしあうような現象が見られる。(4)単純型幻聴は体験と患者自我との関与が稀薄で患者への侵襲性に乏しい体験である。これは慢性分裂病者の自我親和的体験である単純型Ⅰ.といわゆる非定型精神病者の自我異和的な単純型Ⅱ.に分けられる。単純型Ⅱ.幻聴は非現実感や強烈な情動を伴っており患者によって比較的容易に客観視される。他方単純型Ⅰ.幻聴では知覚としての枠組に崩れが見られ,患者の自我機能全般の形骸化が目立つ。さらに上記の分類と若干の従来の分類との比較を行ない,またこれらの幻聴の類型ごとにそれを体験する患者の自我の状態,幻聴への精神療法的アプローチについて言及した。

うつ病の長期予後

著者: 横井晋

ページ範囲:P.185 - P.193

 抄録 調査1,うつ病の診断で入院した患者の約5年後の予後調査を行った。その30名中,寛解は8名,軽度の症状を残す人11名(うち9名は通院中),症状の持続,軽快後再び悪化した人11名であった。30名中16名が2回以上の入退院を繰り返している。
 調査2,外来通院10年以上を続けているうつ病,うつ状態の27名について調査した。患者は症状が安定するまでに平均6.5年(1〜15年)を要し,その後は約2/3の人が月に1〜2回外来通院し,少量の抗うつ剤,安定剤,眠剤等の投与を受けている。残遺症状は13名に見られ,それは心気症状,不眠等が主であった。
 諸外国の文献における神経症性うつ病には内因性,心因性,性格的等のものが含まれ,必ずしも均一でない。しかし5〜7年の予後でみると概略20%が寛解,40〜60%が再発を繰り返しながら残遺症状をもち,20〜40%が現在も重い症状を残していると思われた。

精神分裂病患者における病棟の知識について

著者: 横田正夫 ,   町山幸輝

ページ範囲:P.195 - P.201

 抄録 精神分裂病患者の行動学的特徴に関する研究は多いが,それに反し方法論的な限界のために内的(認知的)世界についての研究は乏しい。しかし最近の認知心理学は内的世界を直接的に表出させる方法を種々案出し,精神医学がその方法を応用することを可能とした。本報告は認知心理学的方法(認知地図検査)により分裂病患者の内的世界(入院病棟の空間的知識)を調べたものである。対象は分裂病群19名(妄想型分裂病7名,非妄想型分裂病12名),感情病群9名および正常群28名であった。病棟の全31区画は,認知地図上での表現により3領域,確定領域(位置と名前が正確),潜在領域(存在は示されているが,名前がないかあっても不正確)および非領域(まったく存在が示されない)に分けられ,それぞれ得点化された。確定領域および高確定化領域の広がりとその分布には,妄想型分裂病,非妄想型分裂病,感情病および正常の4群間で差がみられ,両分裂病群では集団を回避し,感唐病群では逆に集団に帰属しようとする心理的特徴が浮き彫りにされた。

精神分裂病の難治性幻覚・妄想に対するNeuroleptics,Benzodiazepines大量投与について

著者: 佐藤豊 ,   高沢文四郎

ページ範囲:P.203 - P.211

 抄録 他剤無効の分裂病性幻覚妄想を呈する23例にneuroleptics,benzodiazepines(BZD)の併用大量投与を行い幻覚を示した患者の61.1%に有効性を認め,これら有効例では幻覚を再発させずにneuroleptics投与量をBZD併用前の1/2まで減量することができた。この有効性の発現機序としてはneurolepticsの抗dopamine作用に対するBZDの増強効果を推定したが,臨床的にこの増強効果は,難治性の異常体験を改善するのみならず,neuroleptics投与量を減量できることからneurolepticsが有する種々の致命的,不可逆的副作用の発現を回避する可能性が示唆された。BZD自体に帰すべき副作用としては筋弛緩作用に基づく運動機能障害が認められたがその重症度,発現頻度はBZDの種類によって異なり,これらのことから,筋弛緩作用の少ないBZDを用いれば他剤無効の分裂病性幻覚に対するneurolepticsとBZDの併用大量投与は有効かつ安全であると考えられた。

悪性症候群の治癒とともに軽快したCapgras症候群の1例

著者: 上野郁子 ,   松下恵美子 ,   大原健士郎 ,   川口才市 ,   川口計二 ,   奥山真司 ,   篠崎克已

ページ範囲:P.213 - P.219

 抄録 1923年,Capgras4)らが本症候群を報告して以来,多くの注目を集め,現在までに欧米国内で約133症例,本邦で約14症例の報告がなされている。診断名では,分裂病を主とする内因性精神病に分類されるものがほとんどてあったが,近年になり,器質的な疾患を背景とするものも報告されるようになり,最近ては,1982年,富岡17)らの単純ヘルベス脳炎に付随した症例,1985年浅見ら1)の側頭葉てんかんにおいて発症したものなどがある。
 今回われわれは,心因反応としてCapgras症候群を呈した1例を経験したが,その治癒機点として,①治療中,偶発的に起こった"悪性症候群"という身体的ストレスの関与,②身体的看護をとおして,患者をとりまく家族力動に変化が起こった,という2点が考えられた。Capgras症候群に悪性症候群が合併した珍しい症例であり,若干の文献的考察を加えここに報告する。

正常圧水頭症を伴った遷延性アルコールせん妄状態の2症例

著者: 長友医継 ,   亀井健二 ,   冨永秀文 ,   松本啓 ,   吉牟田直

ページ範囲:P.221 - P.227

 抄録 振戦せん妄状態が1カ月以上も遷延した老人の慢性アルコール中毒患者2症例を経験した。この2症例はともに20年以上の飲酒歴があり,数日間の飲酒中断の後,幻視や不穏状態を呈した。向精神薬治療はあまり効果を示さずせん妄状態が長期間続いた。これらの症例では,臨床症状,頭部CT所見などにより正常圧水頭症(NPH)の合併が判明し,脳室—腹腔内短絡術により失見当識やせん妄は消失し,記銘力や計算力も軽快した。したがって,老人の慢性アルコール中毒において,振戦せん妄が長期間遷延化する際には,加齢のみならずNPHの合併の可能性もあることを考慮する必要があると考える。

短報

せん妄状態を呈したリドカイン中毒の1例

著者: 穐吉條太郎 ,   筑波多加根 ,   藤井薫 ,   久保田利博 ,   小池勇一 ,   海老原昭夫

ページ範囲:P.229 - P.231

I.はじめに
 リドカインは心筋梗塞や心臓手術後などにみられる心室性期外収縮の治療に広く用いられている。最近,我々はリドカインによると思われる「せん妄状態」の症例を経験し,血中濃度との相関を検討したのでその結果を報告する。

脳卒中後にいわゆる二次性躁病Secondary Maniaを呈した1症例

著者: 田中恒孝 ,   田幸健司 ,   成島一

ページ範囲:P.233 - P.236

I.はじめに
 症状精神病の中に躁状態を示すもののあることは知られているが,抑うつ状態を呈する症例に比して極めて少ない5)。近年,器質的原因によって躁病像を示すものを,二次性躁病secondary mania8)と呼んで注目されだした。われわれは,脳卒中後の回復期に躁病様状態を呈し,炭酸リチウムの小量投与で改善した1症例を経験したので報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?