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雑誌目次

論文

精神医学28巻3号

1986年03月発行

雑誌目次

巻頭言

プライマリ・ケアにおける精神医学

著者: 武市昌士

ページ範囲:P.242 - P.243

 第二次世界大戦後の医療の専門化,細分化は,一方でさまざまな矛盾をひきおこした。医療施設の偏った分布,患者のたらい回しや検査偏重主義による高コスト,治療の非継続性,また医療の受けにくさの問題など,さらに最も重要なことは,臓器中心診療による身体主義と精神無視のため,「病気をみて病人をみない」医療の非人間化が生じたことである。これらの反省より心身両面から病める人を治療する全人的医療が強調され,プライマリ・ケア(一次医療,以下PCと略す)が1966年頃に米国で提唱されて以来,現在国内においても大きな関心を集めてきている。
 PCは,医療機関配分の立場から分類するとより専門的な医療である二次,三次医療に対するものであり,医療内容からは,(1)急に生じた病気に対して,いちはやく医療サービスを提供する(episodic care),(2)個人や家族の健康を継続的に管理し,慢性疾患などが悪化しないように管理し,病気を予防するための手段や教育を行い,健康維持のための生活指導を行う(distributive care),(3)必要な場合には,タイミングよく専門病院に紹介して,担当医のひとりよがりでなく,ナースその他の医療チームとも協力し,またその社会で利用できる医療システムを利用して,レベルの高い包括的な医療を受けられるように配慮する(comprehensive care),という3つの特色が挙げられ,このような医療を担って行くPC医は,(1)小児から老人まで,また男女ともに,家族の各員に起こる普通よくある一般的な病気を浅くても広く理解し,取り扱える能力,(2)基礎的な技能と経験が必要とされているがこの基礎的な技能と経験というのは患者に面接をして上手なコミュニケーションをもち,病歴を正しくとり,診察して正しい所見を取り出すことができ,必要な診断または治療手技ができるという意味である,(3)個人や家族が日常よく遭遇する病気や諸問題(人がよくかかる病気や事故の処置,救急処置,伝染病の取り扱い,母子保健や家族計画などの指導)の処理や指導能力,などの臨床能力や経験がなければならないとされている。

特別寄稿

20世紀の精神医学—一つの回顧

著者: ,   馬場謙一

ページ範囲:P.244 - P.258

 以下において,私が過去40年間に体験してきた,精神医学の幾つかの極めて重要な転換について報告したい1)。主題としては,治療と患者処遇上の進歩,精神疾患理解の新しい道,ナチス(Nationalsozialismus)時代の精神医学の検討,の3つを選んで論じたいと思う。
 テーマ:
 1)いわゆるショック療法の時代
 2)向精神薬の導入
 3)現存在分析
 4)精神医学と神経学の分離
 5)精神医学の改革
 6)精神医学と精神療法
 7)ナチス時代の精神医学

研究と報告

「自分が『菌』を播いて他人に咳をさせてしまう」と訴える1例—自己漏洩体験の成立に関する一考察

著者: 関根義夫

ページ範囲:P.259 - P.265

 抄録 「自分が『菌』を播いており,そのため自分の行く先々で他人に咳をさせてしまう」と訴える初診時24歳の男性。その体験は思春期妄想症あるいは自己漏洩症状群に特徴的といわれる構造を有していた。その体験の成立過程は,病者の陳述をもとにして4段階に分けられた。特別な知覚対象に主体が拘束される第1段階,関係性の妄想知覚が成立する第2段階,「自己から周囲へ」という関係の方向性が確信される第3段階,そして体験全体への意味づけがなされる第4段階である。そして本症状群に特徴とされる「自己から周囲へ」という関係の方向性が確信される第3段階で本症例の体験が塞本的に成立した,と考えた。また本症例では自己から漏洩するものが「菌」であると訴えられたが,これは他者との関係性において「視線恐怖」等の場合に比しより間接的,媒介的であり,この点,直接的,無媒介的である「視線恐怖」等の場合よりも病態が重篤であると推測された。

老年痴呆の言語表出—精神分裂病との比較を中心に

著者: 臼井宏 ,   永島正紀 ,   池田マリ ,   田代芳郎 ,   立壁典泰 ,   田辺義貴 ,   横川晴彦 ,   木戸幸聖

ページ範囲:P.267 - P.274

 抄録 老年痴呆の言語表出の異常を精神分裂病のそれと対比しながら検討するため,意志の伝達が困難な老年痴呆10例と分裂病10例の面接時の言語応対の一部を抜き書きし,合計20の応答について疾患名をブラインドにし,純粋に言語的要素だけからいずれの疾患患者の応対かを判断するよう精神科医に依頼し,87の回答を得て,その解析を行った。その結果,老年痴呆を分裂病と誤る例がその逆より多かった。文脈の異常,造語,非現実的内容は両疾患にみられ,誤答を招く理由はここにあると推定された。両疾患の正答率の高い例の特徴を整理すると,老年痴呆では指示対象不明の代名詞と「間もたせ語」の多用,意味限定不足,論理的展開の欠如,分裂病では抽象語や意味ありげな語句の使用,偽似論理的展開,話題の急激な変化がある。老年痴呆の言語表出の異常は,意味論的障害,情報の枯渇と,そうした障害があるにもかかわらず,患者が病前と同様の対話の仕方と流暢性の維持を図るために出現し,また意味不明の語は失語とは性質を異にする"でまかせ語"であると考えた。

自殺企図者の臨床脳波学的検討

著者: 棚橋裕 ,   西村真也 ,   赤沢滋 ,   角藤比呂志 ,   井上令一

ページ範囲:P.275 - P.281

 抄録 順天堂医院精神神経科において昭和55,56年に入院治療を行った各種精神疾患患者185名について自殺企図と脳波所見との関連につき検討した。自殺企図群には脳波異常が70.2%と非自殺企図群に比較して有意に高率に認められた。脳波異常の内訳としては基礎波の徐波化,過呼吸による異常な徐波賦活,paroxysmal dischargeの出現が,また疾患別にみると精神分裂病群で過呼吸による異常な徐波賦活,境界例群で基礎波の徐波化が自殺企図群に有意に多くみられた。これらの脳波異常として示された脳機能障害が臨床症状及び性格特微,Rorschach testから示唆される即行性(衝動性),情動不安定性,未熟性,爆発性などの傾向と何らかの関連をもち自殺における多次元的要因の中で重要な役割を演じていると考えられた。

てんかん発作の長期予後—外来患者を対象に

著者: 山本裕 ,   横井晋 ,   宮内利郎

ページ範囲:P.283 - P.288

 抄録 神経科外来に通院したてんかん患者を対象として発作の予後について二度の調査研究を行った。通院経過から受診を途中で中断した患者群(通院中断者)と継続して治療を受けている群(継続通院者)に分けて検討した。通院中断者の72%で発作が抑制されており,中断後無服薬例でも予想以上の良好な転帰を示していた。患者の自己判断で中断した者も多くは再発がみられていなかった。通院中断後の発作再発率は発作抑制期間が長い程,低率であった。継続通院者は80.5%で発作が抑制されていたが,通院期間の長短と発作抑制率に相関は認められなかった。発作予後はてんかん発作型によって差があり,全般発作は部分発作に比べて良好な予後を持っており,続発全般てんかんは予後不良であった。そのほか,脳波所見上,発作抑制例においても突発性異常が約半数にみられたことが注目された。

てんかん患者および精神分裂病者にみられる追跡眼球運動障害の定量的自動解析

著者: 上埜高志 ,   富山俊治 ,   斎藤秀光 ,   姉歯秀平 ,   松岡洋夫 ,   松江克彦 ,   大熊輝雄

ページ範囲:P.289 - P.296

 抄録 てんかん患者,精神分裂病者における滑動性追跡眼球運動smooth pursuit eyemovement(SPEM)を定量的自動解析法により観察し,SPEM中に出現する衝動性眼球運動の特性を明らかにした。てんかん群,分裂病群では正常群より有意にSPEM障害が多かった。衝動成分の振幅については分裂病者で視角3〜4°内の規則的な小振幅のものが重畳するのに対し,てんかん患者では小振幅のものの他に大振幅の衝動性眼球運動の混入が多く,また振幅のパラツキも大きかった。てんかん群では,分裂病群と比較して衝動性眼球運動の持続時間は長く,平均速度も速い傾向があった。衝動成分の平均開始点,平均終止点と視標との位置関係をみると,てんかん群では衝動性眼球運動の平均終止点が視標より大きく先行するovershootが特徴的で,眼球運動の調節機序の障害が明らかになった。さらにてんかん患者,分裂病老のSPEMで出現する衝動成分の発生機序について考察を加えた。

抗てんかん剤による組織呼吸障害—とくに重症化てんかん患者にみられる静脈血ガス分析の異常

著者: 武井満 ,   石崎朝世 ,   土井優子

ページ範囲:P.297 - P.305

 抄録 てんかん患者の中に,静脈血が動脈血のように鮮紅色を呈する例が認められることから,その機序と原因を明らかにするために,血液ガス分析を主に静脈血について行った。
 その結果,鮮紅色を呈した静脈血のO2分圧は異常に高値を示していた。動脈血については正常範囲であった。次に服用抗てんかん剤を減量整理したところ,静脈血O2分圧の異常高値は低下して改善した。またdiazepamの静注により,静注直前に比べて直後では,静脈血O2分圧は著明に上昇した。これらのことから,静脈血O2分圧の異常高値は服用している抗てんかん剤との関連が推定された。

精神疾患におけるTRHテストとデキサメサゾン抑制試験—感情障害におけるTRHテストの有用性

著者: 小森照久 ,   野村純一 ,   山口隆久 ,   井上桂 ,   北山功 ,   原田雅典 ,   蒔田一郎 ,   蒔田晶子 ,   岡野禎治

ページ範囲:P.307 - P.313

 抄録 全入院患者を対象として,TRHテストとデキサメサゾン抑制試験(DST)を行い,メランコリーの診断に関する有用性を検討した。DSTの感度と特異性は,うつ病だけを対象にした場合には,それぞれ36%,100%であったが,全患者を対象にすると特異性が56%に低下した。その理由として,精神分裂性障害や痴呆でも,かなり高率にDSTの異常がみられることがあげられる。TRHテストについては,過大,過小,遅延の3反応を異常反応とすると,メランコリーの診断についての感度と特異性は,うつ病だけを対象にした場合には,それぞれ54%,100%であり,全患者を対象にしても特異性は72%であって,DSTよりも優れた結果が得られた。TRHテストの過小反応のみを異常とした場合には,特異性がやや上昇するものの感度は半減し,TRHテストの異常については過大反応や遅延反応も考慮に入れる必要がある。

診断の困難であった慢性ブロムワレリル尿素中毒—X線微小分析法(EDX)による体液中ブロム測定の臨床的応用

著者: 黒河泰夫 ,   深津亮 ,   高坂要一郎 ,   千葉達雄 ,   浅野裕

ページ範囲:P.315 - P.321

 抄録 ブロムワレリル尿素は数10年前より睡眠導入剤として汎用され.中毒症状として幻覚ならびにせん妄状態などの精神症状,および各種神経症状を呈することが既に知られている。今回報告した慢性ブロム中毒の3症例は,入院時ブロムワレリル尿素服用歴を述べず,精神症状ならびに神経症状が多彩であるため,診断が困離であった症例である。
 各症例の血清,尿あるいは髄液について,ブロム検出のためのX線微小分析(エネルギー分散分光法,EDX)を行なった結果,血清と尿では明瞭な,髄液では痕跡程度のブロム元素のピークを認めた。本法のブロム検出感度は,ブロムカリ標準試料を調製し検討したところ,30μg/mlあった。ブロム中毒は数mg/ml以上の血清中濃度で生じるとされているので,EDXが稼働している施設であれば簡便かつ迅速にブロム元素の判定が可能であり,慢性ブロム中毒の有力な補助診断法となり得る。

新四環系抗うつ剤MOD-20(teciptiline maleate)の使用経験

著者: 葉田裕 ,   相沢明憲

ページ範囲:P.323 - P.336

 抄録 新しい四環系抗うつ剤であるMOD220(teciptilne maleate)を,各種うつ病およびうつ状態の患者21例に試用し,本剤の有効性ならびに安全性を検討した。
 全般改善度評価は著明改善9例,改善7例,軽度改善1例,不変3例,不明1例であり,改善率は改善以上で76.2%,軽度改善以上で81.0%であった。

コンピュータ技術者の精神保健

著者: 渡辺登

ページ範囲:P.337 - P.344

 抄録 精神不健康を呈したコンピュータ技術者の4事例を報告し,コンピュータ関連作業形態の特性から検討を加え,次のような知見を得た。1)コンピュータ関連作業形態の特性である単独作業や派遺,職場秩序の再編成に伴い,あるいは作業に過剰適応することによって,技術者は人格的接触が乏しくなった。2)単独作業は煩しい人間関係を嫌う技術者をコンピュータ関連職場へ集める傾向にあり,そのことは職場で人格的接触を乏しくする誘因ともなっていた。3)人格的接触が乏しい職場では,トラブルが生じても援助を容易には得られず,そのため精神不健康を招き易いことが示唆された。4)以上のことから,コンピュータ関連職場では適切で効果的な意思疎通を図ることによって職場ストレスを緩和する必要があることを指摘した。5)さらにコンピュータ技術者に対する精神保健対策のすすめ方についても言及した。

短報

Clomipramine点滴療法により引き起こされた悪性症候群の1例

著者: 大久保健

ページ範囲:P.346 - P.349

I.はじめに
 近年,向精神薬のもたらす重篤な副作用として悪性症候群が注目され数々の報告がなされてきたが,従来の報告のほとんどが抗精神病薬使用による発症例であり,抗うつ剤によるものは少数の報告例があるのみである。著者は抗うつ剤単剤の点滴静注により悪性症候群が発症したと考えられる症例を経験したので以下に報告する。

分娩時における播種性血管内凝固症候群(DIC)に基づく顕著な痴呆の1例

著者: 岡本重一 ,   山本幸良 ,   喜多成价 ,   田中孝也

ページ範囲:P.351 - P.353

I.はじめに
 分娩時における脳の出血や血栓など血管障害に基づく精神・神経障害の存在は古くより知られている。しかし,その多くの場合,血管障害の本態ないし原疾患は判然としておらず,したがってまたその予防ないし治療の対策もない。他方,播種性血管内凝固症候群(以下,DICと略記)は近年他の身体疾患に伴うものと並んで産婦人科領域においても関心が払われているが,主として急性期症状が問題にされており,また脳症状の出現・残存はあまり知られていないようである。
 われわれは分娩時におけるDICにより重篤な脳症状を呈し,後日に顕宮な器質性精神・神経障害をのこした1例を経験したので報告し,文献的にもその可能性を考察する。

多彩な精神症状を認めたCushing症候群の1例

著者: 村田章 ,   若林隆子 ,   柏井洋平 ,   斎藤正己

ページ範囲:P.354 - P.356

I.はじめに
 Cushing症候群は,従来より特徴的な身体症状とともに精神症状の出現頻度の高い点が問題にされてきた。しかし精神の検討は統計的考察が中心で,個々の症例の検討は少なく,本邦では遠藤ら2,北脇ら4),長瀬ら5)により報告されている。われわれは血中cortisol値に大きな変動を認め,同時に多彩な精神症状を認めたCushing症候群を経験したので,病理学的所見を加えて報告し若干の考察を加えたい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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