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雑誌目次

雑誌文献

精神医学28巻4号

1986年04月発行

雑誌目次

巻頭言

戦後40年—ドイツ精神医学者の反省

著者: 猪瀬正

ページ範囲:P.362 - P.363

I.はじめに
 わが国では,あいついで精神病院や精神科医療上の不祥事が起って,世間の人々を驚かせ精神科に対する信頼がますます損われつつある。そして,わが国の精神医学界の混乱は外国誌(Nature)1,2)で世界に紹介されるに及んで,われわれ精神医療に従事する者はみじめな立場に置かれているといってよい。このことについては別な機会に考察することにして,ここでは最近私を驚かせたドイツでの出来事を記して,精神医学と精神医療について考えてみたい。
 それは最近ドイツの専門誌に2人の精神科教授が,ナチス時代の精神障害者大量殺害事件について論文を書いているという事実である。その著者は,K. Heinrich3)(Düsseldorf大学)とR. Degkwitz4)(Freiburg大学)である。今になって何故過去の忌わしい事件をとりあげたか,その理由は私にはよく判らない(事件に関する記述はこれまでに多くの人によつて発表されていた)。あるいは,戦後40年というけじめをつけようというのであろうか。

展望

認知機能に関連する事象関連電位(とくにP300)と精神科領域におけるその測定の価値(第1回)

著者: 亀山知道 ,   平松謙一 ,   斎藤治

ページ範囲:P.364 - P.378

I.はじめに
 近年,認知障害が分裂病の基本障害であろうとする考えが強まっていることは周知の事実である(丹羽ら,198293);斉藤ら,1985135))。一方,実験心理学や精神生理学的アプローチは,分裂病のみならず躁うつ病においても認知障害が認められることを指摘している。したがって,日常の精神科臨床に携わるわれわれにとって,機能性精神病にみられる認知障害を客観的な指標を用いて把握することは,内因性精神病の病因論・治療論の発展の上で重要であると思われる。
 ところで,事象関連電位(Event-Related Potential,ERP)は生体の情報処理に伴って発生する電位であるが,このうち潜時が約100m秒以上の比較的遅い成分は選択的注意や認知機能を反映して変動することが知られている。これはERPのうち外的刺激から相対的に独立した内因性成分が選択的注意や認知機能を反映して変動するためと考えられる。この内因性成分のうち特にP300成分(ピーク潜時約300m秒で主に頭頂部優位に出現する陽性成分)は,正常者を対象とした多くの実験から認知機能との関連が指摘されており,さらに現在では分裂病や自閉症など精神疾患の認知機能障害を検討する手段として広く用いられるようになってきている。

研究と報告

「自己意識」からみた神経症とその周辺—各疾患の自己意識の特徴について

著者: 鍋田恭孝 ,   菅原健介 ,   宮岡等 ,   佐久間啓

ページ範囲:P.379 - P.386

 抄録 自分を意識するということが各種の病態に深く関係しているであろうことは誰もが感じていることであろう。この点を,近年,社会心理学の分野で研究が進められている自己意識という概念で検討したのが当論交である。現在,自己意識には他者との関係性で意識される自己意識と,自分自身との関係性で意識される自己意識とに分けて考えたほうが良いとされてきている。そこで神経症およびその周辺の病態の者はこの両自己意識に関してどのような特微を示すものであるのかを調査した。その結果,平均的対人恐怖症,醜形恐怖症,摂食障害の者は他者との関係性においての自己意識が一般学生と比し有意に高く,摂食障害の者は自分自身との関係性で意識される自己意識が有意に低いという結果が得られた。その他の病態においても興味ある方向性が見出され,各種の病態の本質を考察する重要なデータが得られたと考える。

感情障害における家族負因と幼少期の喪失体験—英国での臨床経験から

著者: 北村俊則

ページ範囲:P.387 - P.393

 抄録 英国バーミンガムの一病院において感情障害(ICD-8の躁うつ病および抑うつ神経症)を呈する入院患者39名につき,第1級親族における精神科疾患と,15歳以前の父または母からの死別もしくは12カ月以上の離別体験を調査した。死別体験は家族歴の有無と有意の関連を呈さなかったが,離別体験は家族歴の有無と有意(exact probability test,p=0.026)の関連を持ち,この傾向は離別の対象が異性の親である際に強いものであった。異性親からの離別を体験したものは家族歴を有する20名のうち7名(35%)であるのに対し,家族歴を有さない19名では皆無(0%)であった。このことから,うつ病発症に関与していると考えられている幼少期の離別体験は,一部には家族員の精神疾患から発生したものである可能性が示された。

精神分裂病における概念操作の崩れについて—Piaget心理学に沿って

著者: 更井正和 ,   松永秀典

ページ範囲:P.395 - P.402

 抄録 発達心理学に依拠して言語の発達をsignal(信号),symbol(象徴),sign(言語)の3段階に分け,前概念期(Piaget)では象徴機能が思考の重要な原理となるとともに,思考は知覚に影響されやすいことを述べ,これを知覚化-象微化と名づけた。そして,対照群,神経症群,分裂病群で知覚化-象徴化傾向の有無を質問紙法で調べた。一方,症状の評価点と知覚化-象徴化傾向との相関も調べた。その結果,対照群と神経症群とは知覚化-象徴化傾向に有意差なく,分裂病群はこれらの2群と比べ知覚化-象徴化傾向が有意に強かった。これは分裂病者の日常の思考形式の崩れを示すと考えられた。また,知覚化-象徴化傾向とテスト実施時の自閉,観念連合弛緩,幻覚および症状の総合評価との間に有意の相関を得たが,増悪時の症状とは有意の相関をみなかった。このことから,分裂病の増悪時は知覚化-象徴化の過程が抽象的概念的思考より相対的に優勢になると考えられた。

退行期精神病とvorzeitige Versagenszustände(Beringer und Mallison)

著者: 近藤重昭

ページ範囲:P.403 - P.411

 抄録 臨床家の多くは,退行期(広義)に発症する精神病の診断に苦慮する。この時期の精神病状態のもつ,成因の多因子性,症状の多様性,不安定性などによるのであろう。退行期は単に成年期の延長ではなくて,成年期とは異なった,固有の生物学的基盤である老化と精神の退行,発展を意味している。精神病状態は,この期の心身の均衡,調整の破綻の表現である。退行期初発の機能性精神病を成人の精神病の遅発型とみなすとき,老化プロセスは,退行期に普遍的で,しかも非特異的であるゆえに,成因性は否定されてきた。1949年,Beringer und Mallisonによって提起されたvorzeitige Versagenszuständeは正常老化と病的老化の重合する中間例であるが,臨床作業概念としても重要な意義をもっている。著者はvorzeitige Versagenszuständeを退行期発症の精神病状態の公分母として理解し,これに諸因子の関与を仮定することによって,症候学的に類型化される様々な退行期精神病を統括してみたのである。

頭部外傷後に生じたうつ状態の診断学的問題—外傷—うつ状態—自殺の経過をとった1症例の臨床病理学的検討

著者: 堀映

ページ範囲:P.413 - P.419

 抄録 意識障害等急性症状を伴う閉鎖性頭部外傷の後,7年を経て発症したうつ状態の経過中に自殺した1症例について剖検所見を記載した。本例には明らかな挫傷が眼窩脳にあり,受傷直後からの本態変化に加え,遅発性自律神経症状が慢性進行性に経過し,うつ病に移行した。一般に,うつ病が事故による器質性脳病変と因果関係を有するのか,外傷により誘発された内因性うつ病か,あるいは反応性のものかの確定診断は容易ではないが,その鑑別診断上の問題を多面的に検討し,本例を頭部外傷に起因するうつ病であると結論した。

日本における精神分裂病の発病危険率—長崎市における分裂病発生率研究の結果から

著者: 中根允文 ,   高橋良 ,   太田保之

ページ範囲:P.421 - P.426

 抄録 1979年から1980年までの2年間に行った長崎市における精神分裂病の発生率研究をもとに,発病危険率を算出して,これまでに日本から有病率研究の中で得られたものと比較した。発生率から得られる発病危険率は,男性0.90%,女性0.62%および男女合わせて0.76%であった。有病率研究から得られる発病危険率を,危険年齢の幅を我々の対象と同じにとって計算し直したところ,0.55〜2.29%に分布して,我々の数値より高い傾向にあることがうかがわれた。そこで,これらの差異について,いくつかの考察を試み,今後同じような方法論に基づく追試研究の必要なことを示唆した。

性転換症と考えられる女子中学生の1症例

著者: 渡辺登 ,   百瀬香保利 ,   森岡恵

ページ範囲:P.427 - P.433

 抄録 不登校を主訴とした性転換症と考えられる女子中学生の1症例を報告した。本症例は物覚えがついた頃から自分を男性であると思っており,兄や兄の友人達の遊びの中へ積極的に参加し,女の子に憧れを抱いた。女生徒と性的愛撫を交したが,男性として扱われていなかったと知ると憤慨し,また欲求を押さえ切れず女性に性的イタズラをしたこともあった。思春期を迎えると,生理に不快感をもち,乳房の膨らみを隠し,女性と性愛関係に及ぼうと考えた際に女性身体であることに強く苛立った。さらに父親の「女らしくしろ」との強要や男性化願望に対する同級生の蔑視に反撥し,不登校となり引きこもった。本症例の診断や病因,生活歴,臨床像について性別同一性とその基盤となる中核性別同一性から若干の考察を加えた。

向精神薬処方のうけとり方

著者: 西浦研志

ページ範囲:P.435 - P.442

 抄録 著者は向精神薬処方のうけとりかたを神経症圏72症例について観察し,患者の疾病観,治療観に関心を向けながら診療した。その結果,患者が向精神薬に対して示す態度は次の6群に分けられた。要求型の13例は,症状は治りやすいが,治療中断も起こりやすかった。肯定型の13例は精神療法の適応群だった。委任型の15例は,継続治療を治療者から勧める必要があった。懐疑型の15例の治療はながびいた。不要型の15例の症状は1回の診療でおさまりやすかった。拒否型の1例は継続治療への関心も失った。これら6群のうち,要求型,懐疑型,拒否型の3群は患者が抱いている身体疾患モデルを軸にして,また,肯定型,委任型,不要型の3群は患者の精神科的治療を受ける準備性を軸にして考えると,その向精神薬のうけとりかたが理解しやすかった。服薬開始以前に患者がみせる処方のうけとりかたをみなおすことは,診断の補助手段としても,治療展開の予測にも役立つ。

25時間を周期とする睡眠・覚醒のフリーランニング・リズムと頻回の無呼吸を示した盲児の1例

著者: 大川匡子 ,   七海敏仁 ,   菱川泰夫 ,   高橋清久

ページ範囲:P.443 - P.450

 抄録 先天性小眼球症と白内障による両眼盲,精神発達遅滞,てんかん発作,肥満,挿間的に起こる呼吸停止,チアノーゼ,過呼吸などの症状を示している11歳の女児に,1歳3カ月頃より,約25時間を周期とする睡眠・覚醒リズムの非常に強固なフリーランが認められた。すなわち,患児の入眠時刻が毎日約1時間ずつ遅れてゆくために,約2週間の期間をおいて,昼夜での睡眠時間帯が完全に逆転することを繰り返していた。
 この症例では,個体の内因性の概日リズムが強固に持続し,その概日リズムを外界の24時間リズムへ同調させる機構に障害があるものと考えられる。

短報

精神分裂病とHLAとの連鎖及び相関(第1報)

著者: 中村道子 ,   柴田洋子 ,   五島寛

ページ範囲:P.451 - P.454

I.はじめに
 HLA抗原系はヒトの主要組織適合抗原系であり,HLA遺伝子複合体は第6染色体短腕上の約1.6センチモルガンの間にある。
 種々の疾患とHLAとの相関,および連鎖については近年盛んに研究がなされ,注目を集めてきている11)。疾患とHLAとの<相関>では,血縁関係を認めない患者集団におけるHLA対立遺伝子の頻度を問題とし,これが健康対照群のそれと比較してどれほど偏っているかを解析する。一方,疾患とHLAとの<連鎖>とは疾患発症遺伝子が第6染色体短腕上のHLA座のごく近傍に存在するため,家系内で疾患発症遺伝子と特定のHLAハプロタイプが同時に遺伝する現象を示す。
 精神分裂病とHLAとの関係についても各国で研究され,いくつかの報告がHLAと精神分裂病との相関についてなされてきている3,4,6〜9)。わが国においても浅香らの報告1,2)があり,136名の日本人の精神分裂病患者において,A9(Aw24),A10(A26),Bw54抗原が分裂病群において有意に高く,B40が低いという結果が得られている。
 精神分裂病とHLAとの相関のメカニズムとして,分裂病発症に主要効果を有する遺伝子(major gene)と相関の認められたHLA遺伝子とが連鎖不平衡にある場合や,そのHLA遺伝子そのものがmajor geneである可能性をあげることができる。HLAと分裂病との連鎖についての研究は現在までにTurner13),McGuffinら10)によって報告されている。
 我々はHLAと日本人の分裂病との連鎖についてaffected sib pair method(発症同胞対法)5)を用いてこれを検討した。また我々の対象患者におけるHLAと精神分裂病との相関についても検討したので,報告する。

殺人を繰り返した女子老人分裂病の1例

著者: 大原浩一 ,   川口浩司 ,   星野良一 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.455 - P.457

I.はじめに
 女性精神障害者の殺人は,男性に比して少なく,しかも,母子心中,愛情のもつれによる恋人の殺人等,被害者は肉親あるいは近隣者に限定される傾向がある,われわれは,2度にわたって殺人を行った老女を精神鑑定する機会を得た。被害者は必ずしも,肉親,知己でなく,殺人の動機も明確でなく,きわめて珍しい症例と思われるので,ここに報告し,若干の考察を加えた。

動き

DSM-Ⅲ改訂版(DSM-Ⅲ-R)と第10改正国際疾病分類(ICD-10)の動向

著者: 高橋三郎

ページ範囲:P.459 - P.468

I.はじめに
 DSM-Ⅲは1980年春に発表され,わが国でも日常の臨床に次第に広く使われるようになった6)。APAでは1983年5月からDSM-Ⅲ改訂版(DSM-Ⅲ-R)編集の作業にとりかかり,1984年,20の小委員会を任命し,1985年6月にDMS-Ⅲ-R DRAFTが完成した。これを用いて9月より1年間,実際の症例に適用する臨床試行を行い,1987年のはじめに出版する予定であるという。
 一方,ICD-10のほうはWHOで討議が行われているが,1992〜93年に出されると予想され,1977年にICD-9が出て以来その改訂までの15〜16年の中間点でDSM-Ⅲ-Rが出されることになる。
 DSM-Ⅲ-Rの編集責任者Spitzer, R. L. はゴールは臨床への有用性,信頼性,教育的有用性,適用性,ICD-9との対応,の5点であると強調するが,これらは疾病分類と診断のシステムを作り上げる上で自明のことである。編集の手続は4つのPhaseに分け,現在Phase 2が終わり,これからこの原案を多数の医師に提示してフィードバックしてもらうというPhase 3に入り,ここで全国的に700名参加による臨床試行が行われる。DSM-Ⅲ-RがDSM-Ⅲから改訂された点とその理由を考えてみることは,とりも直さず今日の精神科診断システムの本質に触れる問題であって興味深いところである。たまたま,1985年6月にモントリオールで開催されたWPAシンポジウムでDSM-Ⅲ-RとICD-10についての資料を入手したのでそれらの動向を紹介しよう1,5)

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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