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雑誌目次

論文

精神医学28巻5号

1986年05月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科医40年余を顧みて

著者: 岡本重一

ページ範囲:P.476 - P.477

 昭和59年3月に定年退職したが,顧みると,昭和16年12月大東亜戦争勃発により予定を早めて卒業,翌日京大精神科に入局して以来40年余り,その間精神医学の領域でも自分なりに色々の変遷を経験した。その中,2〜3紹介したい。
 周知の如く,精神病特にいわゆる内因精神病の分類に関して,その当時も今も,精神分裂病と躁うつ病とに2大別されている。ところで,精神分裂病というのは大学病院の外来患者の中でも大きな比率を占め,特に精神病院の入院患者の中では大きな部分となっていた。言うまでもなく,この分類は単なる臨床・類型的なもので,その頃精神障害の原因となりうる身体因もあまり知られていなかったようである。いわゆる症状精神病としても,昨今ではむしろ稀となっている急性感染症を中心とするものだけがまかり通っており,幾つかの器質精神病は日本には存在しないと言われていた。入局した当時よく「患者が診察室に入った途端に,第一印象で診断がつかないようでは一人前ではない」と言われたが,学会でも問題になった「プレコックス感」とは,中核群分裂病に関するものではなかったかと思え,いずれにしても,診断において印象・記述が問題になる程に精神病の種類が少なかったことを裏書するといえよう。また,類型的な概念による疾患の中には,通常同一疾患の中に孤発例の他,劣勢遺伝例や優勢遺伝例の存在,即ち異種因子性の認められることがあるが,分裂病の場合もそうで,孤発例や劣勢遺伝例には中核群分裂病が,優勢遺伝例には非定型内因性精神病が多いと言われる。その後,分裂病の近親発病例に関し,同胞発病例には中核群分裂病が,親子発病例には非定型群に属する例の多いことが知られているが,同じ理由によるといえる。

展望

男女の性心理的発達

著者: 作田勉

ページ範囲:P.478 - P.490

I.はじめに
 人類は,大きくは男性と女性に2分類される。男性と女性は,アダムとイブの神話以来,またイザナギの命とイザナミの命の神話以来,共に相助け合い補い合って人間社会を築いてきた。男性と女性は人類としては同じであり共通点が多い。しかし,赤血球数,心拍出量,最大換気量,筋力などの生理的差異を初めとして,心理的,認知的な各種の差異も認められている。男女差の中では,染色体に基づく性的事象にまつわる差異が基本的である。そこでこの基本を把握しておく必要があるが,それらの男女差がどのようにして生じるのかは未だ研究途上にある。更に,近年増加しつつある同性愛などの性的倒錯の問題も,関連した領域として解明されていかねばならない。ところが,これらに関連した男女の性心理的発達については各種の理論が存在し,やや混乱した状況もみられる。そこで今日までのこれらの領域についての実証的研究をまとめ,今後の展望の基盤を確認することは極めて大切なことであるといえるであろう。

研究と報告

精神分裂病にみられる仮面性について

著者: 小見山実 ,   白石弘巳 ,   大宅恵子 ,   久山裕司

ページ範囲:P.491 - P.498

 抄録 われわれは分裂病老に「仮面をかぶる」という態度を認めることがある。それは「仮装をする」,「化粧をする」,「演技をする」などの行動としてあらわれてくるものである。この仮面化は「態度をとる」という点でわれわれの反省能力や人格にかかわる問題であり,したがって臨床的に病者は単純分裂病もしくは内省型の近くに位置すると思われる。ところで病者が仮面をかぶるさい自己を隠す機能が優勢で,仮面と同化することがないから,<異化的仮面性>というのがふさわしく,そのため病者は役割をとれず,また矛盾した二重の自己体制が形成されて自己解体する危険もはらんでいる。一方,仮面は表現,演技的機能とも結びついており,病者は仮面劇,「自己を隠しつつ規則のある遊び」をすることができ,それによって自己を保持し,行動しうる「アソビ」の空間を獲得しうると思われる。さらに仮面化とは逆の脱仮面化の過程も分裂病者に認められ,それは独自の創造を生みだすものである。

男性性器自己損傷の3例—文献的展望

著者: 兼谷俊 ,   柳沼均 ,   兼谷啓

ページ範囲:P.499 - P.504

 抄録 男性性器自己捐傷の3例を報告した。第1例は22歳時,鎌で陰茎を完全に切断,第2例は,26歳時,鋏を使って陰嚢を切開し,左睾丸,副睾丸を摘出,第3例は28歳時,鋏で陰茎表皮を完全に剥離したものである。3例とも,長男で第一子,発症後10年以上を経過し,現在も入院中の精神分裂病者で,両親は健在。その生育歴や家族歴に特徴的な精神医学的所見は認められなかった。比較的平静な状態で自傷が行われたが,当時,第1,2例には命令的幻聴があり,第3例には宗教的妄想があったことなどから,これらの行為は,精神分裂病に基づく幻聴や妄想によって遂行されたと考えたほうが,より妥当のように思われた。また,標題について,精神科医によるまとまった報告例は,我々の知る限りでは,本邦では皆無であり,精神病理学的考察が為されているものもみられないところから,英語圏の交献を中心に,文献的展望を試みた。

産後精神病の臨床統計的研究

著者: 岡野禎治 ,   野村純一 ,   原田雅典 ,   山口隆久 ,   西久保光弘 ,   鳩谷龍

ページ範囲:P.505 - P.512

 抄録 1968年から1981年までの14年間に三重大学医学部精神科を受診した産後精神病のうちで,産後3ヵ月以内に初発し,1年間以上経過を観察することができた85例を対象として臨床統計的研究を行った。総女子患者の中で,産後精神病は1.8%であった。病像としては,うつ状態が最も多く(45%),錯乱せん妄状態(20%)と神経症様状態(20%)がこれに次ぎ,幻覚妄想状態,無欲困惑状態,てんかん,Sheehan症候群もみられた。発病時期については,産後1週間前後に発病する早発群(58%)と,産後1〜2カ月に発病する遅発群(42%)とがみられ,病像にも異なった傾向がみられた。経過については,45%は再発することなしに治癒したが,39%は1回以上再発し,また16%以上は1年以上の慢性経過をとった。このような結果およびその他の点について,従来の報告と比較検討した。

月経周期に一致して精神病症状を反復する1症例に対するブロモクリプチンの効果

著者: 浅見隆康 ,   根岸達夫

ページ範囲:P.513 - P.518

 抄録 月経前緊張症を以前より呈しており,失恋を誘因として月経周期に一致して精神病症状を反復した症例を報告した。
 本症例では,①精神症状が抗精神病薬の増量によりかえって悪化し,減量や中止により改善する傾向を示す。②従来精神病症状を悪化させる場合があると言われていたブロモクリプチン(ドパミン受容体作動薬で血清プロラクチンを低下させる)により寛解が得られたという興味ある所見がみられた。
 このような症例に対しては,従来からさまざまの薬物が治療に用いられてきたが,ブロモクリプチンの治療効果の可能性を指摘するとともに,本症例における精神病症状の発現と高プロラクチン血症との関連性を,文献的考察を加えながら検討した

Pick病の亜鉛について—亜鉛仮説の再検討

著者: 小林一成 ,   池田研二 ,   小阪憲司 ,   江波戸挙秀

ページ範囲:P.519 - P.524

 抄録 Pick病の病因を亜鉛の過剰にあるとするConstantinidisおよびTissotの亜鉛仮説の再検討を行った。Timm法による海馬における亜鉛の分布は終板と移行帯に局在しており苔状線維終末の分布と一致し,光顕レベルで見ると亜鉛顆粒は錐体細胞の突起に密に存在し,電顕レベルでは苔状線維終末いわゆるgiant buttonsのシナプス小胞に特異的に局在していた。その染色程度はPick病例において強い陽性を示したが,Timm法は染色性が不安定で定量性に欠けるため,高周波誘導結合アルゴンプラズマ発光分析法(ICP法)を用いて血液中および脳内亜鉛濃度を測定し,Alzheimer型痴呆(ATD)および正常対照老人と比較検討した。Pick病群(3例)における亜鉛濃度は海馬をはじめとして脳内どの部位においても,また血液中においても,ATD群(4例)や対照群(4例)と比較して有意な上昇はなく,Constantinidisらの亜鉛仮説を支持出来なかった。

急性腎不全を合併した悪性症候群の2臨床例

著者: 岩淵潔 ,   天野直二 ,   横井晋

ページ範囲:P.525 - P.534

 抄録 急性腎不全(ARF)を合併した悪性症候群(NMS)の2例について報告し,先行する高度な脱水とミオグロビン(Mb)がARFをひき起こす可能性を指摘し,さらにnon-rigidity型NMSの存在を明らかにした。症例1:53歳,男。初回はhaloperidolにてnon-rigidity型,1年後の再発時はchlorpromazineにてrigidity型NMSを呈し,ともに意識障害を欠いた。Mb血・尿症(血清Mb:初回510ng/ml,再発時7,800ng/ml)によるARFに至り血液透析を要した。筋生検ではNMSに特異的な所見を病期および寛解期にも認めなかった。主症状は自律神経系にあり,筋強剛の有無にかかわらず臨床検査の経過は初発,再発時とも同様であり,異なる向精神葉により発症したNMSと考えられた。症例2:36歳,女。少量のhaloperidol経口服用にてNMSを発症し,Mbによると思われるARFとなった。発症時血清Na 154mEq/mlなど高度な脱水を認めた。対症的治療により回復後,小脳失調を残遺した。

コルサコフ症状群を呈したSheehan症候群の1例

著者: 川勝忍 ,   矢崎光保 ,   十束支朗 ,   菅原光弥

ページ範囲:P.537 - P.543

 抄録 既往に人工妊娠中絶,流・死産を繰り返し,38歳で人工妊娠中絶後,無月経になり,4年を経て,意欲低下・抑うつ,不活発などの内分泌精神症状群や記銘力低下が出現し,あわせて恥毛,腋下毛の脱落,全身倦怠,多飲・多尿などの身体症状を伴う47歳の女性例を経験し,Sheehan症候群と診断した。とくに精神症状として,人物誤認,作話,見当識障害,記銘力障害が顕著にみられ,コルサコフ症状群と考えられた。また,これらの症状はホルモン補充療法によっても改善がみられず,長期間持続しており,脳器質性障害が示唆された。また,諸検査の結果,下垂体前葉機能不全だけでなく,尿崩症や高プロラクチン血症など,視床下部—下垂体系の障害もみられた。Sheehan症候群では,ホルモン補充療法が奏効するため,早期に診断することが必要であると思われた。

慢性Diphenylhydantoin中毒によると考えられる小脳萎縮の1剖検例

著者: 守田耕太郎 ,   近藤重昭 ,   湊浩一郎 ,   飛沢壮介 ,   武田憲明 ,   上松正幸 ,   田村友一 ,   貝谷壽宣 ,   難波益之

ページ範囲:P.545 - P.551

 抄録 本例は25歳から全身けいれん発作を生じ,27年間に渡りDPH(0.15〜0.45),PB(0.1〜0.15)を主とする抗てんかん薬を服用していた精神遅滞者にみられた小脳萎縮症である。小脳症状,傾眠,昏迷などの急性DPH中毒症状と思われるエピソードを33歳(DPH 0.3,5.6mg/kg),34歳(DPH 0.35,6.7mg/kg),35歳(DPH 0.4,7.5mg/kg),36歳(DPH 0.45,8.5mg/kg)時に計4回繰り返した後に,3回目以降から非可逆的な失調性歩行障害を残した。神経病理学的所見は小脳プルキンエ細胞のび漫性脱落,leeres Korbの出現,ベルグマングリア増生,分子層,歯状核のグリオーゼ,下オリーブ核の神経細胞脱落,グリオーゼ,海馬錐体細胞のアルツハイマー原線維変化,帯状回,島部,線状体の浮腫であった。海馬の断血性変化,細胞脱落等がみられなかったことから本例をDPH中毒による小脳萎縮と考えた。小脳病変発生について神経病理学的,薬理学的な考察を加えた。

睡眠導入剤Flunitrazepamにより健忘を来した1症例—薬物の血中濃度と記憶テストよりみた記憶障害との関連について

著者: 多田幸司 ,   渡辺治道 ,   石綿元 ,   坂井禎一郎 ,   武村信男 ,   小原由子 ,   諸治隆嗣

ページ範囲:P.553 - P.558

 抄録 4mgのflunitrazepam服用後一過性の部分健志を呈した症例に対し,再投与による実験を行った。すなわちflunitrazepam服用時と非服用時の2回に渡り記憶テスト,脳波および聴性脳幹誘発反応(ABSR)による検査を行い,服薬時にはflunitrazepam(FNZP)とその主要活性代謝産物である1-desmethylflunitrazepam(DFNZP)の血中濃度を高速液体クロマトグラフィーにて測定した。記億テストでは,薬物の血中濃度がFNZP 15ng/ml,DFNZP 4ng/mlまでの範囲にあるときは服薬前に記銘した単語の再生,および即時再生能力は比較的よく保たれていたが,この時点で記銘した単語の12時間後の再生は著しく障害されており短期記憶から長期記憶への固定化の障害が示唆された。また前述の濃度を超えるとA・B・S・R波形に変化が生じ感覚入力段階での障害が推測されたが,この時点では短期記憶,長期記憶からの呼び出し能力も障害されていた。

二重盲検試験によるTimiperone注射剤とHaloperidol注射剤の精神分裂病に対する薬効比較

著者: 高橋良 ,   吉本静志 ,   稲永和豊 ,   大月三郎 ,   鮫島健 ,   更井啓介 ,   中根允文 ,   淺田成也 ,   小川暢也

ページ範囲:P.559 - P.572

 抄録 新しいbutyrophenone誘導体であるtimiperone注射剤の,精神分裂病に対する有効性ならびに安全性をhaloperidol(HPD)注射剤を対照薬として二重盲検比較試験により検討した。解析対象症例は106例で,timiperone群56例,HPD群50例であった。
 最終全般改善度および有用度については,両群間に有意の差は認められなかったが,各症状項目改善度の「奇妙な運動動作」,「思路の障害」,「感情表出」,「身の廻りの処理」,「作業又はレク」,各日改善度の2日目,6日目の改善において,timiperone群が,HPD群より有意に優れていた(Wilcoxon検定:p<0.05)。

短報

初老期痴呆例において抗うつ剤により誘発された遷延性せん妄状態に対するThyrotropin-releasing Hormone Tartrateの効果

著者: 武者盛宏 ,   福田一彦 ,   小田代司 ,   石井一 ,   衛藤俊邦 ,   上埜高志 ,   後藤裕 ,   近藤等 ,   田中文雄

ページ範囲:P.574 - P.577

I.はじめに
 痴呆の初期症状や合併症状として抑うつ状態はしばしば出現する10)。また初老期以後ではせん妄状態がさまざまな心身の負担により発生しやすい15)。とくに脳器質性の変化のあるときは長引く傾向があり,治療や介護上困難な場合も多い。その上,この3つの症状は互いに移行し,横断的には鑑別が難しく経過をみて判断せざるを得ないときもある4,10)
 我々は抑うつ状態で発症した初老期痴呆患者に少量の三環系抗うつ剤を投与したところ,2度にわたり遷延化したせん妄状態が誘発された例を経験した。この状態は休薬や意識障害治療剤によってもおさまらずthyrotropin-releasing hormone酒石酸塩(TRH-T)の静注を試みたところ効果が得られた。せん妄誘発のメカニズムとTRH-Tの効果との関連を考察し,併せて本剤の応用可能性について述べた。

バルプロ酸による急性アンモニア血症性脳症を呈した1例

著者: 笹川睦男 ,   金山隆夫

ページ範囲:P.579 - P.581

I.はじめに
 バルプロ酸(VPA)は欠神発作を主体に全汎発作ならびに部分発作にも有効な広域特性を持つ抗てんかん薬として広く使用されている。副作用は軽度のものが多く,Browne1)は消化器官障害,鎮静作用,肝毒性,血液凝固障害,脱毛等について述べている。また肝毒性に関し,Gerberら5)はVPA治療に付随したライ様症候群の12歳女児例を報告し,Donatら3)は致死性肝炎の17カ月児の報告をしている。本邦でも鈴木ら7)によるライ様症候群および杉本ら6)による肝性脳症の症例報告がなされている。今回我々はVPA併用投与により急性特異反応とも思われる高アンモニア血症性意識障害を起こし,VPAのみの投与中止により短時日のうちに意識障害の改善を見た症例を経験したので報告する。

資料

鎌田碩庵「婦人臓躁説」考

著者: 石井厚

ページ範囲:P.583 - P.588

I.はじめに
 ヒステリーは,メランコリー,てんかんなどとならんで史上最も古くから知られている疾患の一つである。
 西欧の医学では,ヒステリー概念にさまざまな変遷がみられたが,中国や日本のいわゆる漢方医学では,たとえば金匱要略の奔豚,婦人臓躁というヒステリーに相当する概念が,19世紀における西洋医学の受容にいたるまで長くその形を変えることなく継承されてきた。鎌田碩庵の「婦人臓躁説」(文化元年,1818)は,自ら婦人臓躁の症例を観察した碩庵がゴルテルの「子宮衝逆」という名称を思いおこし,その症状を比較して婦人臓躁と子宮衝逆すなわちヒステリーを同一疾患であるとしたもので,わが国の精神医学的疾病史の上で興味ある著作である。
 これまでこの論文にふれた論著がないのでその内容を紹介し,あわせて疾病史上の意義などを述べる。

動き

「第1回日本精神衛生学会」印象記

著者: 弘末明良

ページ範囲:P.589 - P.590

 「日本精神衛生学会」が,発足した。「日本……」とは大きく出たものだ,というのが,まずは名称から受けた印象であるが,2日と1晩(懇親会)参加してみて,私は,この会は明るくのびやかに続いていくだろう,と思った。
 ときは,昭和60年11月30日と12月1日。ところは,都立中部総合精神衛生センター(松沢病院の隣)の体育館。参加者数477名。第1回会長は,土居健郎氏。参加費3,000円。年会費5,000円である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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