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雑誌目次

論文

精神医学28巻7号

1986年07月発行

雑誌目次

巻頭言

外からと内からと

著者: 菅又淳

ページ範囲:P.730 - P.731

 地域精神衛生サービスをextramural(障壁の外の)精神衛生援助と言うことがある。muralとは勿論,精神病院の内と外とを隔てる障壁のということで,いかにも古臭い概念ではあるが,古い精神病院の閉鎖的な医療を表現するには至極適切な言葉とも受け取れる。
 さて私は数年前迄はこのmuralの外側の中核ともいうべき精神衛生センターで働いており,その後はmuralの内側である精神病院で仕事をしているので,外から見た精神病院と,内から見た地域の対比を印象深く感じた。数年を経過してしまい,印象の新鮮さは失われて来たがこれを記述してみたい。

展望

中年期の発達課題と精神障害—ライフサイクル論の観点から—第1回

著者: 佐藤哲哉 ,   茂野良一 ,   滝沢謙二 ,   飯田眞

ページ範囲:P.732 - P.742

 I.はじめに―中年期の意味するもの
 中年期とは,人生の一年代であり,その範囲は一般には40〜60歳であるといわれている。しかし,人生の年代の境界を厳密に定義することはたいへん難しい問題である。しかも「中年(middle)」ということばが示すように,中年期の本質には付加価値的要素が多く,その概念的把握はとりわけ困難がつきまとう。
 中年期をその特有の出来事life eventによって特徴づける考えもあろう。確かに,人生の前半のlife stageの境界づけには,それがよくあてはまる。たとえば,2次性徴のはじまりは,児童期から前青年期の境界であるとされる。中年期にも,職業,家庭などを巡り,その時期特有のlife eventがある程度予想はされる。しかし,そのようなlife eventが,人生の前半のlife stageほど厳密に中年期を定義づけるとも思えない。中年期におけるlife eventがどの順序でいつ起こってくるかには,余りに個人差があるし,また原則としてそれらのlife eventは他の年代でも生じうるものであるからである。

研究と報告

精神医学研究におけるSADSの役割—I.臨床評価の不一致の原因とSADSの成立

著者: ,   北村俊則 ,   島悟

ページ範囲:P.743 - P.749

 抄録 精神症状の評価や精神科診断の不一致の原因として,被検者分散,情況分散,情報分散,基準分散,観察分散があるが,最後の3者に由来する不一致を少なくするためにさまざまな構造化面接が作成されている。米国国立精神衛生研究所の主催した多施設共同うつ病研究計画において研究用診断基準(RDC)に準拠した診断を行うために必要な情報を収集できるよう編集された構造化面接が感情病および精神分裂病用面接基準(SADS)である。SADSは目的に応じて,標準版(第1部は現在挿話もしくは過去1年間の症状の有無と重症度を評価し,第2部は過去に出現した精神障害について簡略化した形で記載する),生涯版(非患者を対象とする),追跡版(症状の変化を記載する)が作られている。さらに総合評価尺度(GAS),分野別総合評価,ハミルトンうつ病評価尺度への変換式が備えられている。

うつ病者の脳波定量分析による研究—その1.横断的特徴について

著者: 森隆夫 ,   秋山美紀夫 ,   遠藤俊吉 ,   小島大輔 ,   木村真人 ,   倉岡幸令

ページ範囲:P.751 - P.755

 抄録 右ききの内因性うつ病者(27例)ならびに正常対照者(12例)の安静閉眼時における脳波を,F. F. T. を用いた脳波基礎律動分析プログラム(easy)を使用して,α-peakの振幅について左右前頭-頭頂の関係を検討した。その結果,PF-INDEX〔(P4,P3-F4,F3/P4,P3+F4,F3)×100〕は,左右ともうつ病者群と正常対照者群の間に有意な差を示し,とくにうつ病者群の劣位半球側においては,頭頂部に比し前頭部のα-peakの振幅が明らかに高い(P<0.02)。左頭頂部を基準とした相対的比較を行うと,うつ病者群は正常対照者群に比し,左右前頭部の振幅は高く,とくに右前頭部において著明に高く,右頭頂部の振幅が低いというバランスの移動がみられた。このことから,左右前頭-頭頂の相対的関係において,うつ病が大脳半球とくに劣位半球における何らかの特殊な状態にある可能性が示唆された。

分裂病治療での症状評価と脳波分析およびハロペリドール血中濃度

著者: 本村博 ,   豊嶋良一 ,   一色俊行 ,   野口拓郎

ページ範囲:P.757 - P.769

 抄録 難治性の慢性分裂病11例を対象として,その治療経過においてハロペリドール血中濃度,脳波パワスペクトル及びBPRSによる臨床症状評価について検討してみた。その結果は,(1)ハロペリドール血中濃度は服用量と相関するが,臨床症状とは時間的なずれをもって変化した。(2)ハロペリドール血中濃度の上昇とともに,前頭部での11〜13Hz周波数帯域の振幅増大を認めた。(3)臨床症状と脳波パワスペクトルの間で最も相関するのは,前頭部での7〜8Hzであった。即ち,臨床症状の改善とともに前頭部7〜8Hz周波数帯域の振幅増大を認めた。(4)後頭部の脳波帯域振幅とは血中濃度も臨床症状も相関を認めなかった。

Somatoparaphrenia(personifizierende Anosognosie)の1例

著者: 臼井宏 ,   浅川和夫

ページ範囲:P.771 - P.779

 抄録 症例は42歳,精神神経疾患の既往のない右利きの女性で,突然左片麻痺と意識障害で発症した。脳内出血と診断され,直ちに血腫吸引除去術が行われたが,第3病日より左片麻痺の否認が出現し,第9病日より第60病日頃まで患肢を他人とみなした。意識水準は変動し,左同名半盲,左の(とくに深部)知覚障害,左半側空間無視,左半側身体認がみられ,健忘,作話,挿間性夢幻状態が認められた。
 麻痺側の人格化は右半球機能の単なる欠落症状の結果とも,医師-患者関係の産物と考えにくい。それは,右半球の病巣により生じた左半身の欠陥を無自覚のまま,自己の身体空間像と外界との関係を知的に理解しようと努める結果生ずる,左半球による判断の誤りと考えられる。つまり,人格化は言語機能の保持されている左半球の産物であり,左半球損傷による右片麻痺に対する人格化が例外的なのはこのためと考えられる。

病初期から発語障害が目だつ初老期痴呆

著者: 三山吉夫

ページ範囲:P.781 - P.788

 抄録 初老期痴呆群の初期症状として自発言語の障善が目だった4症例(男2例,女2例)を報告した。それぞれの臨床診断は,分類困難な症例3例とPick病疑1例であった。初期精神症状として,動作緩慢,注意集中困難,人格水準低下などの痴呆症状の発現と同じ時期に自発言語の減少がみられ,進行性に経過し,数年以内には自発言語は残語・消失の状態となった。自発言語が減少・消失した時期でも,言語了解,周囲状況の把握はよく保たれていた。CTスキャンで前頭葉脚部(とくに左側に目だつ)の萎縮が認められ,これらの症例にみられた自発言語の障害に関係がある,と考えた。自発言語の減少,消失病態は,発動性欠乏や言語概念の貧困化によるものよりは,皮質性運動失語の要因がより大きい,と考えた。

多彩な精神神経症状を示したMCTD—精神症状の増悪が身体症状のそれに先行して消長するのを特徴とする経過

著者: 伊集院清一 ,   三田達雄 ,   李博子 ,   前田潔 ,   塩沢俊一

ページ範囲:P.789 - P.793

 抄録 Mixed Connective Tissue Disease(MCTD)にみられる精神神経症状の報告は,本邦では末梢神経障害を随伴した数例があるにすぎない。今回,我々は多彩な精神神経状を示したMCTDの1例を経験したので報告する。
 本症例は43歳の主婦である。レイノー現象で発症,経過中,亜昏迷状態,幻聴,被害・関係妄想,強直性けいれん発作などの精神神経症状と,両手のソーセージ様腫脹,高熱多発性関節痛,筋肉痛,ループス様紅斑,リンパ節腫脹などの身体症状を示した。また血清学的に抗RNP抗体が単独高値であった。

精神症状を主徴とする原発性副甲状腺機能亢進症

著者: 早原敏之 ,   橋本和典 ,   白川佳代子 ,   田中弘子 ,   細川清 ,   宮内昭

ページ範囲:P.795 - P.802

 抄録 抑うつ・幻覚妄想状態で治療中に高Ca血症よりPHPTと診断し,手術にて副甲状腺腫が確認された2症例を報告した。術後Ca値の低下とともに精神症状は消失し,現在まで各々6カ月,12カ月経過するも再燃はみられない。1例では身体症状を除く精神症状のみに対しては向精神薬が一過性ながら有効であった。他例ではlevodopaと高Ca血症とが相乗的に作用したと考えられた。Mg代謝異常は認められなかった。精神症状の発現機序を考察するとともに,とくに中年女性における抑うつ,幻覚妄想状態における鑑別診断上の重要性を強調した。

精神分裂病に対する塩酸Sultopride(MS-5024)とSulpirideの二重盲検法による薬効比較

著者: 工藤義雄 ,   市丸精一 ,   川北幸男 ,   斉藤正己 ,   堺俊明 ,   東雄司 ,   早野泰造

ページ範囲:P.803 - P.822

 抄録 精神分裂病に対するsultopride(MS)の有効性および安全性をsulpiride(SP)と二重盲検法により比較検討した。初回投薬量は重症度に応じ,両薬剤とも300あるいは600mg/日とし,以降は適宜増減し,1日最高投薬量は1800mg/日とした。また,投薬期間は12週間とした。
 用量ではMS群がSP群に比較し有意に低用量であった。

資料

中部地方での連携精神医学に関する調査

著者: 滝良明 ,   清水将之 ,   木村敏

ページ範囲:P.823 - P.830

 我々は,以上3調査から,リエゾン・コンサルテーション精神医学というものが全人的ないし包括(統合)医療を成立させるための不可欠な道程であると考える。しかし,現在ではまだ日本の総合病院の中に独立した診療部門として成立する条件が整っているとは言えない。その理由のひとつは一般診療科医師の包括医療への必要や理解が乏しいことであり,同時に精神医学領域においてもリエゾン・コンサルテーション精神医学の必然性や,医療全般に対する精神科医およびその関連職種の新しい役割が理解されているとは言いがたいことも指摘されねばならない。我々はこのような問題を解決するために医学部卒前教育におけるリエゾン・コンサルテーション精神医学の講義と臨床実習の充実が不可欠であると考えている。
 我々の病院では,アンケート調査を行って以来,診療依頼や紹介の方法,内容の量や質が徐々に変わってきている。たとえば,今まで殆どなかった癌末期患者の相談や自殺未遂患者の紹介が増えつつある。これは,従来啓蒙不足であった医療の精神医学的側面に関心が向けられ始めた故とも考えられるが,同時に一般身体科医師の中で,「精神科も一度受診しておいたほうが良いのでないか」という考えが加わり始めたとも読める。
 ところが,荒木1,2)らの言うように,日本ではコンサルテーションが日常的になっていないため精神科医の上手な利用がなされていない。

短報

Nitrazepam依存後離脱症状としてせん妄状態を呈した1例

著者: 撫井弘二 ,   切池信夫 ,   片原節 ,   前田泰久 ,   朴省治 ,   川北幸男

ページ範囲:P.831 - P.834

I.はじめに
 Benzodiazepine系薬剤nitrazepamは各科にわたり繁用されているにもかかわらず,その依存症および離脱後せん妄状態を呈した報告例は少ない。
 今回我々は,約10年前より不眠,不安,緊張を緩和するためにnitrazepamを常用し,徐々に服用量が増え,離脱約3カ月前頃より1日平均100mgを連用し,服薬中断後手指振戦,筋攣縮,意識混濁,不安,焦燥,幻覚妄想などせん妄状態を呈した1例を経験したので,既報告例と対比検討し,若干の考察を加えて報告する。

Restless Legs Syndromeの2症例

著者: 堀口淳

ページ範囲:P.835 - P.837

I.緒言
 Restless legs syndromeは主に下肢に出現する異常感覚で,夜間入眠期に出現し,しばしば下肢筋群のミオクローヌスを伴い,両下肢の独特のむずがゆさのために強い不快感や焦燥感を生じ睡眠障害を来すことが多い。Ekbom1)が命名したこのrestless legs syndromeの病因は今日なお不明である。著者らはこれまでに本症候群について3編2〜4)6症例を本誌上などに報告し,本症候群の症候が抗精神病薬服用中の患者にしばしば認められるアカシジアの症候に極めて類似することに着目し,この観点からの臨床研究を行っている。今回著者はrestless legs syndromeを呈した鉄欠乏性貧血を合併する多発神経炎症例およびアマンタジン投与中の純粋アキネジア症例を経験し,鉄剤の投与や少量のクロナゼパムの投与が有効であったので報告する。

古典紹介

—V. E. v. Gebsattel—嗜癖の精神病理学—第2回

著者: 下坂幸三 ,   佐藤哲哉 ,   斉藤さゆり ,   飯田眞

ページ範囲:P.839 - P.844

 嗜癖者の「自己破壊癖」に言及することによって,われわれは,われわれの観察を,嗜癖の動機の鍵となる重要な地点におし進めた。人間にとって,自己構成,自己発見,自己形成,自己実現を目指している生成の過程において,これらすべてのものに反対の自己破壊の衝動が本来的には待伏せしていないものだとするならば,嗜癖的行動様式の出現に対するもっとも本質的な前提は存在しないことになるであろう。一部はこのように破壊的な内的動因のもつ毒性により,一部は,それが,当該者にとっては,見抜くことができないということによって,再三再四,観察者は驚ろかされる。生成者として存在と非在(Nicht-Sein)との間で宙ぶらりんのまま,相対的な非在の可能性が,個々人を脅かし,かつしばしば,彼の生命行為を決定的にその非在の方へとひきつける力を獲得する。破滅の深淵とこのようにひそかに親しく交わることは,「堕落した」(gefallen)人間の本性に属する。その中で,医学的に重要な症例は,一変異を示しているにすぎない。
 嗜癖のあらゆる種類に共通しているのは,自己破壊の傾向である。破壊的諸傾向が,それ自体としていかに見抜かれることが少ないかは,この破壊的傾向が,仰々しいスローガンの旗のもとに,われわれ国民のおそるべき運命を決定したという事実(訳者注。ナチズムの支配をさす)によって,さいきん2,30年の間に経験せられた。このことは,とくにまったく嗜癖にあてはまる。この破壊的傾向は,少なくとも観察者にとっては,私がこれから報告しようと思う一服装倒錯者の場合におけるごとく,それほど劇的にいつも出現するというわけではない。本例は,また他方,犠性者の意識のなかにおける破壊的傾向に特有であるその匿名性についても教えるところが多い。この服装倒錯者の振舞は,しばらくの間続けた変装遊戯にもはや満足できなくなった後,男にとってははじめから拒まれている現実に女になるという可能性を強行しようとする計画にとりかかるという点において,ひとつのグロテスクな転回を取った。自己形成の原理としての女の心像に憑かれた彼は,ある日,女のように排尿し得るようにと会陰の高さにおいて鋭い刃物をもって自己の尿道に穴を開けようとした。女のように排尿することができるということが,男性的な心から女性的傾向をも取りだすことができるというすこぶるはっきりした第三の可能性を示しているだけになお一層,この彼の振舞は,われわれにはひじょうに奇怪な気持をおこさせる。彼にとっては,この可能性は,彼の暗い衝動,すなわち,拒絶した自己の男性性を事実上の女性性の中へと変化せしめることの実現と同意義であった。私は,この例についてある種の部分的動因を見過していた。すなわち,同じく間違った養育をした母への依存である。彼女は,娘をもうけることを熱望したが,この望まずして生れた少年を思春期にいたるまで少女の服装をさせ,髪を長くさせていたのである。

動き

WHO児童精神衛生会議

著者: 池田由子

ページ範囲:P.846 - P.847

 WHO西太平洋地区児童精神衛生会議が,1985年11月13日から16日まで,シンガポールのノボテル・オーキッド・インで開催された。この会議はシンガポール政府と精神衛生協会の協賛によるものであった。西太平洋地区のメンバーである9カ国(オーストラリア,中国,日本,韓国,ニュージーランド,マレーシア,フィリピン,シンガポール,米国)から11人と,シンガポールからオブザーバー5人が参加した。いずれも児童精神衛生の専門家である。ジュネーブの本部からはJ. Orleyが,マニラの西太平洋地区支部からは新福尚隆氏が参加された。会議設営は新福氏の尽力によるところが大きい。日本からは福岡大の村田豊久教授と筆者が出席した。参加者のうち5人が女性児童精神科医で,新福氏の言によればこのような比率はWHO会議では稀とのことである。そのせいか雰囲気はきわめて友好的で,朝から夕方まで罐詰の重労働で宿題まで出たが,なかなか楽しいものであった。
 開会式にはシンガポール厚生省や精神衛生協会の指導者が出席したが,医務局長に当るDr. C. A. Juが中国服の楚々たる女性であったのには驚かされた。出席の女医たちの談では官公庁を初め社会では全くの男女同権であるとのことであったが,詳しく聞くと他国からの出かせぎや,非中国系のメイドが家事・育児を分担しており,わが国とは大部事情が異なっていた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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