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雑誌目次

論文

精神医学28巻9号

1986年09月発行

雑誌目次

巻頭言

話し相手医25年

著者: 久山照息

ページ範囲:P.978 - P.979

 本誌の3回目の「巻頭言」を書く依頼を受け光栄に感じています。この巻頭言にみなお偉い先生方が御自分の業績やら,あるいは日本の精神医学界への忠言やら,提言やら,いろいろの角度,立場から筆を執っておられます。しかし,毎回のように,私はそんなだいそれたことはできそうもありません。現在<まちなかの臨床医>という仕事がひとすじのみちになっており,それも「話し相手医」ということに,私はこのごろやっと自覚するようになっています。
 この話し相手になるという自覚は,最近精神科の老人の患者を診る機会(前にもあったのでしょうが,私の老人への診療の態度が決まりかけて)が多くなり,外来での許される時間のあいだできたものです。そのうち,老人ばかりでなくいろいろの年代の患者にも拡張していますし,大切だと実感されます。

展望

中年期の発達課題と精神障害—ライフサイクル論の観点から—第2回

著者: 佐藤哲哉 ,   茂野良一 ,   滝沢謙二 ,   飯田眞

ページ範囲:P.980 - P.991

II.3.中年の危機に関する現代における研究
 c. Levinson
 彼の著作「人生の四季」87)は,心理学的研究としてはじめて,成人の精神生活が段階的に発達すること,中年の危機の存在を実証したことで知られている。この著作はすでに邦訳もなされているので,ここではこの研究の特徴的な点に力点をおいて述べてみたい。
 彼の方法論は,心理学的研究としてはかなり特殊なものである。彼は,II節で触れた諸研究のように個人に関する断片的なデータからでなく,むしろ伝統的精神医学の方法論を思わせる,1人1人の個人史を捉えることから始めている。そしてその際,個人の性格の一面,例えば性格や家庭,職業など生活領域の一部だけに注目することなしに,その全体の歴史を捉えようとする。先に述べたNeugartenやVaillantという心理学者が,性格の変化だけ,しかもそのはじまりと終りだけに注目し,その性格変化の内面的過程を捉えそこなっているのに対し,Levinsonは個人の生活を構成する全ての面の「基本的パターン」の内面的な歴史的変遷を記述することから出発したのである。彼はこのある個人の生活の「基本的パターン」,つまり,職業,異性関係,結婚と家族,自分自身に個人がどのようにかかわっているかを生活構造life structureと呼んでいる。彼にとって成人の発達とは,この生活構造の歴史的変遷のことを意味している。Eriksonがegoという概念に対象関係的側面を含ませ,同時にFreudには気づきえなかった成人の発達を認識するに至っていることからすると,成人期の発達を捉える点でLevinsonが生活構造(彼は,生活構造についてEriksonのego以上に対象関係的であると述べている)を研究の柱に据えたことは,極めて適切であったと思われる。

研究と報告

精神分裂症症状発生(露呈)の直接的契機—言語的契機を中心に

著者: 山田幸彦 ,   棚橋裕

ページ範囲:P.993 - P.1001

 抄録 精神分裂症症状発生に関わる直接的契機として,とくに言語的契機について現象学的考察を行った。症状発生に先立つ病者は,日常世界を以前とは異なった見慣れぬ風貌を示すものとして,いわば帰郷者(homecomer)の境位にある。この状況は,他所者としての,疎外的な病者自身の内在的危機と他者からの攻撃誘発性(vulnerability)という外在的危機の両面的な危機を内包している。こうした構制の中で病老は,自らを閉ざすことによってではなく,むしろ尖鋭化された形で世界参入を目指して過度に開かれるが故に,世界の側からの仄めかしや比喩といった修辞的言述或は言葉のあや(Figure)に対して過敏で,まさに字句通りに受けとめるのだが,他所者としての解釈的地平に留まるために意味充当は常に挫折的な妄想に終らざるを得ない。又,メタ言語はこうした疎外的状況の故に,とくにsignifieのsignifiant化という逆説的転換を病者に強制しその意味充当は分裂症症状として顕われる。

2年間緘黙状態にあった一破瓜病患者への精神療法的接近

著者: 平井孝男

ページ範囲:P.1003 - P.1010

 抄録 種々の予後不良因子を持ち,治療に抵抗した女子破瓜病患者の治療経過の報告と治療ポイントの考察を行った。
 本例の最大の問題点は2年近くに渡る緘黙であった。そして治療が進むにつれて,受診抵抗や自殺企図,引きこもりや絶望感などが現われ,治療者は多くの困難を感じさせられた。
 こうした患者に対し,治療者は,患者の心情を汲むと同時に患者の姿勢と対決するという二面的アプローチを行い,一定程度の改善をみるところにまで至ったが,このアプローチを中心に各治療ポイントの考察を行った。そしてこのアプローチが,辻のいう治療精神医学の3原則に通ずるものであり,治療成立の基本になるということを述べた。

いわゆるマタニティブルーの調査—その1.出現頻度と臨床像

著者: 池本桂子 ,   飯田英晴 ,   菊地寿奈美 ,   高橋三郎 ,   高橋清久

ページ範囲:P.1011 - P.1018

 抄録 いわゆるマタニティブルーの頻度,臨床像を明らかにするために,Zung自己評定式抑うつ尺度(ZSDS)を含む多面的な質問表を作成し,近畿地区在住の1,047名の産婦を対象に産後3〜4日目に調査を行った。対照群として,大学生女子290名について同じ質問表で調査した。ZSDSの尺度構成に変更を加えたため,産婦,対照群学生ともに,ZSDSの平均は従来報告されてきた正常者の平均より約10点低い26点であった。対照群学生のZSDSの平均+2SDの36点以上を高得点群とすると,68名(6.5%)がこれに含まれた。したがって,マタニティブルーの頻度は,従来報告されているような高い出現頻度ではなく,10%以下と考えられる。症状項目別に産婦と対照群を比較すると,産婦では心理的抑うつが少なく身体的症状や子供への憂慮が強かった。高得点群で重回帰分析を行うと,マタニティブルーの症状特徴は,てい泣,疲労感,体重減少,自己過少評価,精神運動制止,動悸であった。

痴呆患者を対象としたデイケアの試み

著者: 一原浩 ,   加藤伸司 ,   星那智子 ,   今井幸充 ,   池田一彦 ,   長谷川和夫

ページ範囲:P.1021 - P.1025

 抄録 痴呆患者を対象としたデイケアを行い,その効果を検討するために,31項目から成る評価表を作成して評価を行った。
 対象は,アルツハイマー型痴呆29名,脳血管性痴呆2名の計31名のデイケア参加老である。
 結果は,患者の表情が明るくなった,他の人に積極的にかかわるようになった,ことば数が増えたなど感情面と意欲面での改善が認められた。一方,認知機能や言語表現の面では悪化がみられた。
 痴呆患者への対応の一方法としてデイケアは,痴呆に伴う種々の精神症状や問題行動を軽減させ,痴呆患者の残存機能を発揮させるのに有効なものであることが示唆された。

歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(Dentatorubropallidoluysian atrophy:DRPLA)の精神症状

著者: 森田昌宏 ,   内藤明彦

ページ範囲:P.1027 - P.1035

 抄録 DRPLAの23症例の精神症状を経過との関連から分析した。その結果徐々に進行する痴呆が23例中22例に認められた。小児・思春期の発病者では知能障害の進行は速く,活動性低下,感情の鈍麻化も著しく,痴呆化の過程は単純で急激であった。中年・初老期の発病者では知能障害の進行は比較的遅く,経過中に活動性亢進,多幸気分,せん妄状態を呈するものが多く,痴呆化の過程は若年発病者に比し,緩徐で多彩であった。青年期の発病者は,これら2群の移行的存在であるが,不機嫌や情動易変性の目立つものがあった。DRPLAの痴呆の特徴として精神運動性の緩徐化や皮質巣症状の欠如を見い出し,アルツハイマー病で代表される皮質性痴呆と異なるところから,DRPLAにみられる痴呆は皮質下性痴呆の範疇に入るものと結論した。

熱性けいれん同胞例の研究—症状の類似と非類似

著者: 永山格 ,   坪井孝幸 ,   遠藤俊一

ページ範囲:P.1037 - P.1047

 抄録 熱性けいれん(FC)の発病や症状に及ぼす影響を遣伝と環境の両側面から,FC同胞例(発端児256,同胞285,組合せ294組)についてしらべた。1)近親者におけるFC罹病率は一般集団の2〜3倍を示した(同胞24%〉両親16%,p<0.001)。2)発端児と罹病同胞との間には,FC初発月齢,外的環境要因の有無,熱発の程度,初回および反復脳波検査における基礎律動異常と反復検査における発作性異常の6徴候について高い一致率(64〜87%)と,有意の相関(r=+0.221〜+0.434,p<0.05〜0.001)が認められた。3)FC反復回数,3歳以後の再発には有意の相関が認められなかった。4)以上は,一般集団のFC同胞例における結果と類似し,発病や症状に及ぼす遺伝要因の関与を示すと推測される。5)FC同胞間の症状の類似度には発端児の性による差(発端男児のみに,初発月齢,外的環境要因,初回脳波検査での基礎律動異常の3徴候に有意の相関)が認められた。6)発端児の症状の正確な把握が,同胞の発病や予後の予測に有用であろうと結論した。

うつ状態における心電図R-R間隔変動係数(CV値)の再検討

著者: 笠正明 ,   岡田章 ,   向井泰二郎 ,   田中久敬 ,   脇本京子 ,   人見一彦

ページ範囲:P.1049 - P.1054

 抄録 さまざまな自律神経症状を呈する薬物療法中のうつ状態の患者を対象にして,精神科領域における心電図R-R間隔の変動係数CV値の有用性について検討した。
 うつ状態と自律神経症状の評価には,われわれが翻訳したCPRS(Comprehensive Psychopathological Rating Scale)のうつ病用評価尺度を用いた。
 うつ状態の患者のCV値は正常値よりも低く,内因性うつ病群ではCV値とうつ状態および自律神経症状の重症度が相関する傾向が認められたが,同一患者で疾病の経過にたがいCV値を重ねて測定してみても一定の傾向は得られず,測定条件の問題もあるために,精神科領域で臨床的に使うためには更に検討を要すると思われた。

経過中にせん妄状態と大発作を呈した進行性全身性硬化症の1例

著者: 小泉典章 ,   田中恒孝 ,   融道男 ,   河内繁雄

ページ範囲:P.1055 - P.1060

 抄録 精神症状,全汎性強直性間代性けいれん発作とてんかん性脳波異常を示した進行性全身性硬化症(PSS)の1症例について報告した。患者は31歳の主婦で,Raynaud現象と手指の小潰瘍をもって初発し,漸次皮膚の硬化をきたし,臨床症状と皮膚生検の結果からPSSの診断が確定した。その後,全身倦怠感や食欲不振を訴え,易怒性,攻撃性などの情動不穏もみられた。1年後,発熱,体重減少,血沈の亢進や抗核抗体強陽性,補体価の減少,γ-グロブリンの高値など免疫学的所見の増悪を示し,意識障害(主にせん妄状態)を呈するようになった。さらに1週間後には全身けいれん発作を起こし,その時に記録した脳波はθ波と速いα波の背景活動と右側頭前部に焦点性棘波を示した。prednisoloneとclonazepamの投与により身体症状と平行して精神症状も改善した。以上の臨床症状,検査所見,臨床経過をもとに,PSSによる症状精神病ならびに脳波異常について考察した。

精神分裂病に多発性骨髄腫を合併した1例—臨床症状の推移と脳波学的変化

著者: 加藤健 ,   桜井信幸 ,   小林節夫

ページ範囲:P.1061 - P.1065

 抄録 症例は昭和34年(25歳)に精神分裂病の診断をうけ,現在に至るまで治療的関与がなされていたが,昭和53年(44歳)に多発性骨髄腫を合併した。それ以後,精神病像が緊張妄想型より非定型病像へと移行し,かつ脳波的にも変化が認められたので報告した。
 生化学的検査では,昭和53年にM蛋白血症が認められ,昭和59年に血尿が出現したため精査し,多発性骨髄腫が発見された。脳波では昭和56年以前に正常であったが,漸時増悪傾向を示し,昭和60年には,徐波群発,左右差,突発波が明確となった。精神症状は初回入院以降,緊張病性興奮を示していたが,昭和48年頃より上記症状に加え,意識,情動障害を伴う非定型病像へと病型移行が認められた。

抗てんかん薬療法中に高アンモニア血症と昏睡を来したてんかんの1症例

著者: 末吉利行 ,   宮里好一 ,   小椋力 ,   西平竹夫 ,   豊永一隆 ,   玉城聡

ページ範囲:P.1067 - P.1070

 抄録 抗てんかん薬療法中に,高アンモニア血症と昏睡を来したてんかん患者の1例を報告した。肝障害などの臓器障善はなかった。抗てんかん薬は,一日量としてバルプロ酸ナトリウム(VPAと略す)800mg,カルバマゼピン400mg,フェニトイン150mgなどが与薬され,血中濃度は治療有効濃度内,あるいはそれ以下であった。高アンモニア血症と昏睡の原因は,VPAと考えられたが,併用されていた他の抗てんかん薬の影響も否定できないと思われた。脳波は,全般性で高振幅の徐波が律動的に出現しており,三相波に近い波形も一部に認められた。高アンモニア血症と昏睡の出現機序について考察し,抗てんかん薬療法時,とくにVPAを使用する際の注意点を述べた。

古典紹介

M. Lewandowsky—閉眼失行について/J. Zutt—閉眼状態を保つことの不能,閉眼失行かあるいは強迫凝視か?—第2回—

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.1071 - P.1078

 ここで問題となる3例のすべてに共通する点は,閉眼の不能,ないし短時間閉眼できてもこの閉眼状態を維持することの不能であり,これはLewandowskyがはじめて彼の64歳の左片麻痺の男性患者において「閉眼失行」“Apraxie des Lidschlusses”として記載したものである。Schilderの論文を除けば,この症状は時たま言及されてはいるものの,あまり注意を惹いていない。私は,これはしばしば見逃されている可能性があると考える。ある患者が命令に応じて閉眼することにすぐ成功せず,あるいは直ちに開眼してしまうような場合,ひとはよくあるように些細な不注意か表情の不器用さだと思うかも知れぬ。そんなときには検査のルーチンに従って,二本の指で眼を受動的に閉じられてしまう。
 ところで私には,失行という名称はこの場合は正しくないし,またおそらくこの名称が用いられたのは,この症状が多くの場合見過ごされてきたからだ,と思われる。というのもその他の失行症状が欠如した場合,検者の注意がそこに向けられなかったからである。

動き

第8回日本生物学的精神医学会印象記

著者: 山下格

ページ範囲:P.1080 - P.1081

 昭和61年3月27,28日の両日,金沢市文化ホールで第8回日本生物学的精神医学会(会長:山口成良金沢大学教授)が開かれた。昨年の学会が中止されたこともあって参加者は300余名(正会員225名,臨時会員81名)と例年より少なかったが,特別講演,会長講演,シンポジウムのほか一般演題も77題あり,充実した内容の学会であった。
 研究発表に先立って,夕刻開催の予定を変更して生物学的精神医学会の公開を求める全国連絡会議との公開討論会が行われた。まず岐阜大学精神科胎児脳実験問題のくわしい報告があり,それに関して学会に提出された21力条の公開質問に鳩谷理事長から調査結果に基づいて逐条回答があった。質疑と討論ののち,さらに調査して次回に検討することが同意され,最後に学会公開を求める発言があり,申合せ通り約2時問で討論会を終えた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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