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雑誌目次

雑誌文献

精神医学29巻1号

1987年01月発行

雑誌目次

特集 老年精神医学 巻頭言

老年精神医学をめぐって

著者: 後藤彰夫

ページ範囲:P.4 - P.4

 老年期の精神障害ならびにその周辺の問題は,古くは痴呆を中心に限られた関心を寄せられていたが,老年人口の増加に伴い関心の範囲も広く深くなってきた。それにつれて,とくに近年関連論文の数の増加も顕著で,専門誌の特集もみられるようになった。精神症状について言えば,痴呆問題の深化とともに老人の性格変化や生き方の問題が老齢化社会の到来とともに今後ますます注目されるであろうし,生物学的知見の集積とともに薬物治療の再検討も必要になるであろう。治療面では,さらに,他にさまざまの身体疾患をもつ老人にかかわるリエゾン精神医学は臨床医共通の問題となるし,これらの老人をいかに支えるか残存機能の保持強化のためのリハビリテーション医学もさらに注目される必要がある。癌などではすでに現実の問題として関心を集めている老年精神障害者のターミナルケアも老人の注目するところとなるであろう。これらの老年精神障害者個々の治療・処遇を広くつつんだ現実的課題として,老人病院,精神病院内の老人病棟,特養施設などにおける運営の問題があり,最近老人保健法案の国会審議も新聞紙上で毎日のように報ぜられている。
 これらの認識に立って本誌では新しく「老年精神医学特集」を企画することになった。この領域の業績について,過去,現在,将来を広く展望し,最新の知見を紹介するとともに今後の問題点を先取りしようと試みた。

展望:老年精神医学

著者: 清水信

ページ範囲:P.5 - P.18

I.はじめに
 世界的にも史上例をみない飛躍的な老年人口増加に伴って,わが国の老年者の精神保健の問題は医療関係者だけでなく,社会一般の大きな関心を呼んでいる。老年期は人間の生涯のうちで精神障害の有病率が最も高い年代であり,延長された寿命を光りあるものにするためにも,老年期の精神障害に関する基礎的・臨床的知識への必要性が今後も更に増大することは疑いの余地がない。
 1940年代に学際的な分野としての老年学がその姿を整えて以来,老年精神医学はそのひとつの柱として多彩な分野に亘る研究発展を遂げてきた。1959年には早くも本誌の第1巻に当時の内外の老年精神医学の成果についての展望が金子仁郎教授によってなされている。

日本における老年精神医学の歴史

著者: 新福尚武

ページ範囲:P.19 - P.26

 老年精神医学として特殊化されるような精神医学部門がわが国で発展しはじめたのはごく最近のことであるが,老人の生き方についての精神衛生的関心,あるいは老人の精神的問題についての医療的配慮というようなものは,かなり古くから持たれていたのであって,それらはすぐに近代精神医学の枠内に取り入れられるようなものではないにしても,老年精神医学に関連のないものではない。そのことを考慮するならば,その歴史はかなり古くまで遡ることができる。
 1978年,第11回国際老年学会が東京で催され,その機会に学会はAgeing in Japanという小冊子を出版して欧米の学者にわが国における老年学の現状を紹介するところがあったが,筆者はその中で老年精神医学の項を担当し,“Current Statusand Scope of Geronto-psychiatry in Japan”という題でわが国の老年精神医学の足跡と現況を概観した。その詳細をここに繰り返すことは控えるが,それから約10年の間に考えに多少の変化を生じたので,それについて若干述べさせてもらう。10年前の考えとは,わが国にはもともと独自の老年精神医学なるものはなく,明治初期にヨーロッパから移入された近代精神医学の一部としてその芽が移植されたにすぎなかった,というものであったが,本当にそう決めつけてよいかどうかという疑問を持つようになったのである。それは主として外国の研究者の考え方に示唆されて起こったのであるが,どこの国にも老年精神医学といえるものはなかったのだということ,だが,その発展の土壌,あるいは元型となるものは,むかしの人々が老人に,とくに老人の心の問題にどのように対応し,それをどのように取り扱ってきたかという民衆的,民間的,土俗的レベルでのあり方で,それこそがそれぞれの国の老年精神医学にとって大いに意味のあることでないかと考えるようになったのである。

老年精神医学における生物学的知見

著者: 西村健 ,   井上健

ページ範囲:P.27 - P.34

I.はじめに
 老年期精神障害の過半数は慢性器質性精神障害で占められる。周知のように,その主要なものは脳血管障害に伴う精神障害(とくに脳血管性痴呆)及びアルツハイマー型老年痴呆(senile dementia of the Alzheimer type:SDAT)である。そのように,老年期精神障害のなかで痴呆を呈する疾患の占める割合が大きく,しかもそれらの障害に対する対応が医学・社会の両面から重視されているため,近年の老年期精神医学における生物学的研究の主流は痴呆に関連した研究である。なかでも,病因がまだ明らかにされていないSDATに関する研究報告は数多く,また,その領域での研究の進展も著しい。
 従って本稿においてもSDATに関する生物学的研究に焦点をあて,最近の成果の主要なものを拾ってみたい。

老年期精神障害の疫学

著者: 柄澤昭秀

ページ範囲:P.35 - P.46

I.はじめに
 老年期は精神障害の有病率が高い。このことは人口分布の高齢化に伴って,精神障害老人の実数が確実に増加することを意味する。この現実に適切に対処していくためには,何よりも先ず実態を正しく把握して,その科学的分析を行うことが必要であり,これは疫学的研究に期待されるところが大きい。しかし,精神医学領域では疫学的調査研究の遂行に多くの制約や困難が伴うため,その期待に応えられるほど十分な成果がまだ挙げられていない。老年期にみられる精神障害の中では,痴呆に関するデータは比較的多いのであるが,機能性疾患に関してはまだデータが僅かしかない。このような現状であるが,今この領域において,どの程度のことがわかっており,どんなことが今後の課題として残されているかを明らかにしておくことは決して無駄でないであろう。疫学として取り上げるべき領域は広いが,そのすべてに言及することは出来ない。その一部は他に述べたこともあるのでここでは問題を主として,老年期精神障害の有病率注1)と発生率注2)ということに絞り,これまでの研究成果の概要を述べる。

老年期の人格と障害

著者: 竹中星郎

ページ範囲:P.47 - P.55

Ⅰ.老年期の人格
 老年期の人格やその障害について語ることは,昭和10年代生まれの身には荷が重すぎる。しかし日常の老年精神医療の中では,人格偏椅のみならず,妄想や抑うつ,そして痴呆の臨床にとって,生まれてきた歴史を背景にもつ人格への目の必要性を痛感させられる。まして自らは未体験の老年という状況下での人格の反応を理解しようとするには,自分自身の人間観を拡げることが求められる。老年者の医療にあたっては人生や人間について学ぶことが必要であるが,医学や医療の場はまだ余りにそれについて貧困である。
 ドイツの童話作家Hartlingの作品『ヨーンじいちゃん』の中の老人の言葉は含蓄がある。それは老人がいつも“ちっと”という語を口ぐせにしている理由を孫が問うことへの答えである。「ちっとというのは“少し”ではない。もっとなにかがある……。ヒットラーに反対して捕えられ30年の刑を宣告された。もう決して生きて出ることないと思うとる牢屋の中では“ちっと”というのはなかなか重い。」10)

精神病院における老年医療の問題点

著者: 道下忠蔵

ページ範囲:P.57 - P.62

I.はじめに
 急速な老年人口の増加のなかで,精神病院における老人在院患者は毎年増加の一途をたどっている。厚生省の調べ1)によれば昭和60年6月末現在で,65歳以上の在院患者数は総数57,493人に達し,全在院患者340,112人の16.9%を占めるに至っている。このうち診断区分別で最も多いのは老年性の脳器質性精神障害で30,294人,全在院患者の8.9%,次いで多いのは精神分裂病で15,526人,同じく4.6%を占めている。65歳以上の中では脳器質性障害が52.7%,分裂病が27.0%と合わせて全体の79.7%に達している。
 痴呆を主とする老年精神障害者と長期在院の結果高齢化した精神分裂病老人,この両者がこれからの精神病院における老人精神障害対策を考えていく上で,われわれの当面する課題の双壁と言えるであろう。

老年精神障害に対する薬物療法

著者: 小椋力

ページ範囲:P.63 - P.71

I.はじめに
 老年人口の増加に伴い,老年精神障害者は増え,それらに対する薬物療法の重要性はますます高まってきている。
 老年精神障害の中には,老年痴呆などのように老年期に特有な疾患が存在するほか,各年代を通して共通してみられる疾患の場合でも,老年期のそれは他の年代のそれと比較して病像,経過,治療に対する反応性などに差がある。そのほか,加齢とともに身体の各種機能に変化が生じ,その結果,老年者の場合,非老年者の場合に比較して薬物動態が異なり,薬物の有害反応が生じやすくなる。また,老年者の場合,精神障害のほかに身体疾患を合併することも多いため他剤が併用されやすく,薬物相互作用が現われやすい。そのほか,薬物療法の効果に与える薬物以外の要因も,老年者の場合,特に重要となる。

老年期のリエゾン精神医学—老人診療の場で「リエゾン」を考える

著者: 木戸又三

ページ範囲:P.73 - P.79

I.はじめに
 Liaison Psychiatry10,17)あるいはConsultation-Liaison Psychiatry11)は,身体疾患を有する患者の精神的な問題を,積極的に,あるいは他科からの依頼に応じて取扱う,精神医療の分野である。しかし筆者がここで論じようとするのは,このような精神科から他の診療科への関与だけではなく,老人医療における精神科と他科との相互のリエゾン(連携)の問題である。この問題は非常に重要であり,このようなリエゾンなしには老人の精神科診療は成り立たないといっても過言ではない。このことは老年病の一つの特徴がmultiplepathology8),すなわち一人で多くの疾患を持っていることにあり,また老人の治療にあたっては,常に根底にある老化ということを念頭におかねばならない9)ことを考えれば容易に理解されよう。
 このような精神科と他科との相互のリエゾンの問題を中心に据えて,老人医療の現状について考えてみたい。

老年期精神障害のリハビリテーション

著者: 矢内伸夫

ページ範囲:P.81 - P.88

I.はじめに
 急速な長寿化現象と共に,老人特有の疾患や障害へのキュアとケアが盛んに話題となってきた。なかでも,社会的関心事の呆け老人対策を機に,精神医療への期待も大きくなってきたが,ややもすると,介護者ばかりか,一般医療の中でさえ,リハビリテーションの視点ないまま,手に負えないから精神科という症例にしばしば遭遇する。
 一方,多くの精神医療現場は,ただでさえ,長期在院者の高齢化に伴って病状管理の苦脳を強いられているところに,老年期精神障害者の新入で,なお一層の深刻さを増したのも事実であろう。そこで,ある者は,精神科医療の中でリハビリテーションを口にし,ある者はその不可能さ,意義の乏しさを考える。

ターミナルケアと精神障害

著者: 柏木哲夫

ページ範囲:P.89 - P.95

I.はじめに
 ターミナルケアの対象となる患者は老人が多いが,必ずしも老人ばかりでもない。過去2年間淀川キリスト教病院のホスピスでケアした患者の平均年齢は62.3歳であった1)。ターミナルケアと精神障害について述べる時,老年期の患老だけに限ることはむずかしい。
 さらに,ターミナルケアとは,ただ単に癌末期患者のケアのみに限られるものではないが,筆者の経験はホスピスという場でのものであるので,癌末期患者が中心になる。したがって,この論文で述べることは,癌末期患者の精神的問題ということになる。

研究と報告

精神分裂病急性期消退後の抑うつ感

著者: 津村哲彦 ,   谷矢雄二 ,   田口弘之 ,   宮崎清 ,   松岡邦彦

ページ範囲:P.97 - P.104

 抄録 精神病院の外来分裂病者933人の中から,急性期消退後に抑うつ感を訴えた55人について,その概観と病者の心理状態・環境の問題・自殺等について考察した。
 急性期消退後に抑うつ感を訴える病者は,分裂病患者全般の中で,人格の崩れの少ない群であり,寛解・適応状態も経済状態も比較的良い。そして,その抑うつ感は,精神療法的アプローチや環境への配慮にて充分に改善の余地のある反応性抑うつのことが多く(60.0%),疾患による自己の変化とそれに付随する環境の変化に悩むのである。更に,内因性抑うつの合併や急性期消退後疲弊抑うつ,薬物性抑うつ,そして,単なる欠陥の表現の場合もあり,的確な判断と慎重な対応が要求される。

アルコール症にみられた慢性硬膜下血腫について

著者: 赤井淳一郎 ,   樋口進 ,   村松太郎 ,   村岡英雄 ,   高木敏 ,   小池祐治

ページ範囲:P.105 - P.109

 抄録 アルコール症にみられた慢性硬膜下血腫について,国療久里浜病院の過去3年間の入院患患における経験をもとに検討した。頭部CTスキャン検査が行われた1,584名(入院患者数の約73%)中,10名が慢性硬膜下血腫と診断された。いずれも男性で,平均年齢は53歳。大半は20年以上の酒歴をもつ。病歴中,外傷の既往が明らかなものは少なく,確診後も4名は不明であった。神経症候は多様で,一定したものはなかった。脳波上も特異的なものなし。自験例のすべてがCTスキャン検査で発見されたものであり,中線構造の健側への変位が4例みられた。血腫洗滌除去術は8名で施行され,いずれも全治あるいは軽快した。
 病歴,神経症候,脳波所見などからは,発生の予知ができないことを述べ,疾患の予後を考えた場合,アルコール症の入院時の頭部CTスキャン検査が重要であることを強調した。

新抗てんかん薬ゾニサミド(zonisamide,ZNA)の臨床第二相試験

著者: 八木和一 ,   清野昌一 ,   三原忠紘 ,   鳥取孝安 ,   沼田陽市 ,   辻正保 ,   井上有史 ,   工藤達也 ,   渡辺裕貴 ,   村中秀樹

ページ範囲:P.111 - P.119

 抄録 新抗てんかん薬ゾニサミド(zonisamide)を49名の難治性てんかん症例に投与し,その効果,有効血中濃度,副作用を検討した。1カ月以上投与した42例のうち著明改善3,改善12,やや改善6,不変17,悪化4で21例に改善がみられた。38例が部分てんかんであり複雑部分発作,単純部分発作に有効であった。
 有効血中濃度は平均29.3μg/ml(10.2〜49.9)で,投与量は平均7.3mg/kg/日(4.0〜13.0)であり,有効血中濃度は10〜50μg/mlの範囲にあると考えられた。投与量と血中濃度との関係をみると,併用薬剤を変更せずまた投与量が13mg/kg/日以下であれば,直線的な関係があると思われた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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