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雑誌目次

雑誌文献

精神医学29巻10号

1987年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学的構成面接について

著者: 中根允文

ページ範囲:P.1022 - P.1023

 精神科診療において,患者の臨床症状の細かな把握が極めて重要なものであることは,誰もが認めるところである。外来や入院患者の日常的な診察においては診察医の裁量に任された自由面接がなされており,それによって得られた所見や情報をもとに,多くは診断が付され治療が行われることになっている。更には,そうして得られた所見を統計的に処理したりして,あるいは経験的に,精神障害の症状特性が社会心理環境との関わりや時代的変遷の中で言及されることもある。たとえば,精神分裂病や感情障害(躁うつ病)では,近年,全体的に症状が軽症化し寡症状化して緩和な病像や非定型的になってきたなどと述べられる。しかし,実際にそうであろうか。そうであろうとは思う。
 でも,そのことが真に妥当であるか否かを証明することは,それほど容易なことではないように思う。というのは,臨床症状がどのように変化してきているかという場合,常に一定の定義や認識の仕方で症状を確認しておくのが前提であるが,現実には,そうした臨床症状への関心の有り方は関わる精神科医の立場によって異なるであろうし,あるいは診療が行われる年代によっても異なるはずであり,大きなバイアスがかかっていると言わざるを得ない。或る精神科医は,一つの疾患の中でも或る特定の症状に注目して有無を探り診療を行っているかもしれないし,或る時代には或る特定の病態や精神症状が特に関心を呼んで同状態の陽性率が云々されたかもしれない。更には,症状の認知の仕方そのものにも,それぞれの精神科医の間では違う可能性もあろう。たとえば,大学病院の外来患者や入院患者について,その疾患別の分布は,その学派や時代的要請などを受けて異なっていることが知られている。また,症状の認知の仕方について言うならば,われわれの教室で,同じ診察法について繰り返しトレーニングをした上で,精神分裂病者の表出症状や体験症状などを,一人の患者について複数の医師が評価して,どのように一致するかを見たことがある。その折,患者の体験症状については,殆どが一致して有無を確認し,その重症度もかなり一致していた。しかし,表出症状,たとえば表情・態度・姿勢あるいは一般的な行動,更に会話の有り方などについては,体験症状に比較して明らかに評価者間で不一致となることが多かった。この結果は,精神分裂病の下位診断にも影響して,妄想型の診断の方が破瓜型よりも評価者間で一致しやすいということになっていた。つまり,或る精神科医が,或る症例にはたとえ「分裂病くささ」があるとみなしていても,別の医師はそのように見ないこともありうるということを現わしていたのである。

展望

半球機能の統合における動的不均衡—その多様性と精神疾患における重要性—第1回

著者: ,   丹羽真一

ページ範囲:P.1024 - P.1031

Ⅰ.構造的左右差と動的過程の左右差
 神経心理学の分野では,脳機能の動的な捉え方が重要な役割を果たして来た。19世紀にはこうした捉え方は全体論と称される学派に統合されたが,全体論はフローレンス(1795〜1869)の実証的な研究にその源を発している。フローレンスは鳥を使った脳組織の部分的切除実験で,個々の領域は特定の役割を持つと共に全体にも影響を及ぼしているので,どの領域を切除してもあらゆる領域に障害が及ぶと推論した。この動的な見方は脳破壊によるネズミの学習障害は,破壊した脳組織の量に反比例すること(量作用[mass action]),および破壊部位による機能障害の差はないので詳細な破壊部位は重要ではないこと(等能性[equipotentiality])という根拠から,量作用と等能性の原理を提唱したラシュリー(Lashley,192951))に受け継がれた。ソビエトにおいては動的な捉え方が神経生理学と神経心理学の発展のうえで主流をなしており,その最高峰はルリアの研究(Luria,197354))である。「複雑な中枢過程には広い領域の活動が統合されており,その過程の重要性は成熟にともなって相対的に変化する」という「機能系」の概念は,ルリアによって広く普及したものである。
 西欧の神経心理学においては,構造的に固定した過程に信頼を置く厳格な局在論が,有力な潮流となっている。左半球の局所的損傷と言語障害の関係についての1861年のブローカの発見や1874年のウェルニッケの発見などから,局在論の実証的基礎づけが始まった。

研究と報告

晩発単極性うつ病の慢性化についての一試論

著者: 高井昭裕 ,   植木啓文 ,   児玉佳也 ,   曽根啓一

ページ範囲:P.1033 - P.1039

 抄録 近年うつ病の軽症化および頻度の増加と並んで治療抵抗性または慢性ないし遷延性うつ病の増加が指摘されている。我々は単極性うつ病慢性化例を対象とし,臨床例を通してその成因論,症状論,治療論につき若干の考察を試みた。
 我々は,慢性化,遷延化の病態が如何であれ,人格構造と状況構造の内的関連を重要視し,〈過剰負荷遂行型〉と〈過剰不安反応型〉の2類型をとり出した。前者の患者は周囲からの要請に対し完全主義的,強迫的に答えようとし,能力以上の負荷を自らに強いる結果,慢性化,遷延化に至るものである。従って,治療上環境調整が重要となる。後者では猜疑的,神経質的に身体症状,薬物副作用にこだわることが慢性化,遷延化に大きく関与していると考えられ,従って,現実に焦点を合わせた長期にわたる精神療法が重要となろう。またいずれの場合も,感情よりも意欲の障害がめだっていた。

一卵性双生児のうつ病の男性不一致例

著者: 大橋正和

ページ範囲:P.1041 - P.1048

 抄録 うつ病を発症した一卵性双生児の男性不一致例の症例について,その発達史を中心に比較検討した。一卵性双生児では,同じ遣伝素質を有しているため,発症の不一致の要因を環境因の違いに求めることができる。
 本症例のうつ病発端児では,母の受容不足を代償する形で,「へばりつき傾向」が発展してきたが,この「へばりつき傾向」の特徴は,対人的に「all or nothing」という形で,全面的に依存できる対象にはすべてをさらけ出して「へばりつき」,それ以外の人には心を閉ざし,感情を抑えつけ,うつ的自閉に近い形を取る。

分裂病初期の内因性うつ状態について

著者: 津村哲彦 ,   牧野英一郎 ,   井上博文 ,   牧野真理子 ,   高橋弘美 ,   藤浪竜哉

ページ範囲:P.1049 - P.1055

 抄録 内因性うつ状態から直接分裂病過程に進展した22症例について,種々の事項の検討から,分裂病初期抑うつを2つの類型(単純抑うつ型・循環病近縁抑うつ型)に分けて考えられることを示した。
 これらは,内因性うつ病に近似的症状を呈するが,分裂気質や分裂病の負因を持つ者が多い。全例痩せ体型で,一般的抗うつ薬療法に対して反応性が不良で,そのまま分裂病過程に移行していく。この分裂病初期抑うつの症例では,制止は目立つものの内因性うつ病程重要なものではなく,妄想気分の萌芽とも思われる内容のない漠然とした性格を帯びたとらえどころのない不安を伴うことが多く,予後は不良のものが多かった。

分裂病者の絵画の描画形式と臨床像との相関について—その1.分裂病者の絵画の描画形式と形式分析における多次元尺度解析法の応用

著者: 須賀良一

ページ範囲:P.1057 - P.1065

 抄録 分裂病者46名および正常者64名を対象に統合型HTP法を実施し,分裂病群54枚,正常群64枚の絵を得た。次にこれらの絵の描画形式を30項目について評価し,数量化3類による分析を行い,描画形式の相対的類似度を求めた。
 数量化分析の結果,正常者の絵は狭い範囲に分布したが,分裂病者の絵は一部正常者の分布と重なるものの,多くは離れた広い範囲に分布した。そこで正常者の絵を正常群として一括し,分裂病者の絵を,正常者の密集中心からの距離によって近い順に,A群・B群・C群と群別化して,対象絵画を正常群・A群・B群・C群という4描画パターン群に分類した。

精神分裂病の1症例にみられた幻視について

著者: 村木彰 ,   三好直基 ,   笠原敏彦

ページ範囲:P.1067 - P.1071

 抄録 幻視を主症状とする精神分裂病の1症例について検討を加えた。精神分裂病の幻視症状は,これまで主に客観的な外部空間に出現するものに限定して論じられる傾向にあったが,本症例の幻視は,「頭の中」という内部空間に定位すると同時に,患者が「映画やテレビを見ているのと同じようにはっきりみえる」と述べるほどの非常に強い明瞭性と実体性を有し,患者の精神内界に圧倒的支配性を示した。また,本症例では,幻視とそれに対応した幻聴が同時に出現するという両者の密接な関連が認められた。これらのことは,分裂病の幻覚を論ずる上で,幻視もまた幻聴と同様に臨床的に重視すべき症状であり,中には外部空間のみならず内部空間に定位される場合もありうることを示していると考えた。

不安性障害の臨床的研究—DSM-ⅢRの適用

著者: 北村俊則 ,   越川法子 ,   島悟 ,   藤原茂樹 ,   鈴木忠治 ,   宮岡等 ,   片山信吾 ,   萩生田晃代 ,   伊藤斉

ページ範囲:P.1073 - P.1079

 抄録 DSM-Ⅲの改訂版であるDSM-ⅢR(草案)の不安性障害の基準を84名の外来および入院患者にあてはめた結果,1)恐慌性障害(45名)と社会恐怖(21名)が高頻度に認められ,空間恐怖が多い欧米の結果と差異を生じた。2)発症年齢について不安性障害の亜型ごとに特徴があり,発症年齢からは恐慌発作を伴う空間恐怖は純粋の空間恐怖よりも(空間恐怖を伴わない)恐慌障害に近く,これはDSM-ⅢRの新しい亜型分類を支持するものと考えられた。3)強迫性障害の親族の40%に不安性障害を認めた。4)経過中に抑うつ状態を認めたものは13%であり,抑うつ状態は不安性障害の罹患期間の比較的長い患者に出現し,二次性のものであると考えられた。DSM-ⅢRの適用自体も問題なく行えた。

外来精神病者の予後調査—コンピューター・フォローアップシステムよりの脱落例の検討

著者: 内田又功 ,   津田彰 ,   古賀五之 ,   坂元俊文 ,   西川正

ページ範囲:P.1081 - P.1090

 抄録 清和会西川病院外来精神病者(精神分裂病者・躁うつ病者)のフォローアップシステムに1979年より1984年の5年間,コンピューター登録された症例(817名)の中で,追跡脱落症例となった224名について予後調査を行った。有効回答145名の回答を集計,分析した結果,1)躁うつ病者と比べて,分裂病者の多く(とくに破瓜型と分類不能型)は調査時点で症状を有しており,他病院で加療中であった。また分裂病者の大部分は単身で,就労していなかった。2)服薬なしでも症状がないと回答した寛解者の割合及び持続寛解日数は,分裂病者よりも躁うつ病者の方が有意に上回った。今回の結果より,コンピューターによってフォローアップ中の外来精神病者の予後を調べた前回の報告と同様に,脱落症例においても,分裂病者の社会的適応状態は躁うつ病者のそれと比べて劣っていること,病型によって予後が異なる傾向にあることなどが示された。しかしながら分裂病者であっても,3年以上完全寛解を続けている症例が7例(躁うつ病者は20例)あり,治癒例が少数ながらあることが分かった。

短報

ムカデ咬傷後,ショック状態にひき続きコルサコフ症候群を呈した1例

著者: 矢野哲生 ,   真島宏海 ,   岡田正範 ,   更井啓介

ページ範囲:P.1091 - P.1093

I.はじめに
 ムカデ咬傷後に神経精神症状を呈したとの報告は著者らの知る限りではなく,死亡例が1例3)あるだけである。今回,43歳の女性でムカデ咬傷後に突然のショック状態に陥り,蘇生後に典型的なコルサコフ症候群を呈した症例を経験したが,まれであると思われたので報告する。

前交通動脈瘤破裂後精神症状を呈した1症例—特に記憶障害の変遷について

著者: 南英五郎 ,   早原敏之 ,   泉弘文 ,   松原正 ,   森岡英五 ,   細川清

ページ範囲:P.1095 - P.1098

I.はじめに
 前交通動脈瘤の術後に時として重篤な精神症状がみられるのは,周知の通りで1,4,7),これらの症状が手術的侵襲によるものか,くも膜下出血によるものかは明確ではない。最近の術式の進歩により死亡率は激減したが,それだけに術後の社会復帰が重要な課題となってくる。動脈瘤による精神症状としては,術前術後に傾眠,せん妄,半昏睡などの意識障害と,抑うつ,不機嫌,多幸などの気分変調が存在し,健忘,Korsakoff症候群,性格変化などの中核群の他,神経心理学的症状もある。本稿では,これらの中核群ともいえる臨床症状の経過と共に記憶障害の性質に関し検討した。

Ephedrineを主成分とする鎮咳去たん剤による精神障害の同胞例

著者: 向井泰二郎 ,   人見一彦

ページ範囲:P.1099 - P.1102

I.はじめに
 Ephedrineを多く含有する市販の鎮咳去たん剤である新エスエスブロン液W(以下ブロン)を,はじめは鎮咳を目的として使用していたが,次第にその気分高揚作用をおぼえ,欲求不満解消の目的に長期大量乱用の末,精神分裂病類似の幻覚妄想状態を呈した症例と,情動不安定,焦燥感,覚醒発作などの中枢性刺激症状を呈した症例の同胞例を経験した。この2例の臨床経過と,病因論および乱用に至った動機の時代的変遷について著者の得た過去の文献をも交えながら考察を加える。

口腔内・咽頭領域に異常感覚をきたしたうつ病の3症例

著者: 森岡英五 ,   大林公一 ,   井上俊照 ,   早原敏之 ,   細川清

ページ範囲:P.1103 - P.1105

I.はじめに
 うつ病は,その経過中,各種の身体症状を呈することが知られている。その中では,肩こり,頭重,めまい,口渇などの自律神経症状を訴えるものが多い。一方歯科治療後,咬合不全や,口腔内の異常感覚,痛みなどを強く訴えたり,扁桃腺の摘出後,咽頭部の異和感を強く訴えたり,一見cenesthopathy的な訴えにより,各科で対応に苦慮したり,主治医との間にトラブルをおこし,精神科を紹介されたり,あるいは,自ら精神科を訪れる人達がいる。その中には,抗うつ剤によく反応し,その経過からもうつ病であることが判明することがある。今回われわれも,このような口腔内の異常感覚を主症状とするうつ病を3例経験したので,若干の考察を加え報告する。

古典紹介

Friedrich Mauz:Die Prognostik der endogenen Psychosen[Georg Thieme Verlag, Leipzig,1930](第2回)内因性精神病の予後

著者: 曽根啓一 ,   植木啓文 ,   高井昭裕 ,   児玉佳也

ページ範囲:P.1107 - P.1116

第3章 分裂病性シュープ
 シュープ患者の一部は,事実いずれの点から見ても,分裂病性カタストローフの患者と全く同一である--経過は限りなく遷延することがあるが,それに応じて長期間おそらく一生涯,崩壊がカタストローフ様に出現することははるかに少ないという点を除いて。すなわち両者の間には,質的な差異はなく量的な差異があるのみである。それ故,急性の経過がある場合,予後に関してまず2つの疑問が出てくる。
 1.どれほど急速に,また,どの程度まで過程が進行するのか。

動き

第9回日本生物学的精神医学会印象記

著者: 中嶋照夫

ページ範囲:P.1117 - P.1119

 第9回日本生物学的精神医学会は昭和62年5月8日,9日の両日,北海道大学山下格教授を会長として,札幌市教育文化会館で開催された。参加者数は418名(正会員276名,臨時会員142名)で,昨年の306名より100余名増加し,一般演題も107題(昨年77題)と増えた。そのほか,公開討論会,教育講演ならびにシンポジウムが組まれてあり,内容の充実した学会であった。

精神医学関連学会の最近の活動(No. 2)

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.1121 - P.1129

 日本学術会議は学問の金領域にわたる科学者の集まりであります。わたくしは昭和60年7月にこれの会員に任命され,その後,この会議がずい分いろいろな活動をしていることを知りました。その1つに研究連絡委員会(研連と略します)による活動があります。この研連は医学(第7部)領域で37あり,その1つに精神医学研連があります。
 精神医学研連は,大熊輝雄,笠原嘉,高橋良,楢林博太郎,西園昌久,鳩谷龍,森温理の各氏とわたくし(委員長)の8人の委員で構成され,東洋医学の大塚恭男氏にオブザーバーとして加わっていただいています。研連の仕事としては,研究体制推進に関する検討,シンポジウムの開催その他のことが多く行われていますが,わたくし共の研連としては,まず精神医学またはその近縁領域に属する50余りの学会・研究会の活動状況を簡単にまとめてお知らせすることを考えました。これによって専門領域の細分化による視野の矮小化を防ぎ,ひいては精神医学の健全な発展に資したいという趣旨であります。読者の皆様のお役に立てば幸甚と存じております。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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