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雑誌目次

論文

精神医学29巻12号

1987年12月発行

雑誌目次

巻頭言

幅広い研究・偏らない教育

著者: 堺俊明

ページ範囲:P.1252 - P.1253

 今年のNatureの2月・3月号に相次いで感情障害の遺伝研究についての画期的な研究論文が掲載された。それは組み換えDNAの技術を用いて行った感情障害の研究である。これらを要約すると次の通りである。躁うつ病または感情障害が家系内に多発している,家族集積性の高い家系について連鎖研究(linkage study)を行ったところ,双極性感情障害の遺伝子座として,6番染色体の短腕にあるHLAと連鎖するもの,11番染色体の短腕にあるHRAS 1,INS,βグロビンと連鎖するもの,X染色体上にあり,色盲,Xg血液型,G 6 PD欠損と連鎖するもの,などがあることがわかり,同時に本症の異種性が示唆された(詳しくは本号米田の論文参照)。躁うつ病や感情障害がすでに臨床遺伝,すなわち臨床症状と家系研究により異種性のものであることが報告されてきたが,近年急速に発達した遺伝子工学の手法を用いることによって,DNAのレベルでも異種性が確認されたことになる。4年前に藍野学術財団より依頼され,第4回国際学術集会(1983年)の会長を私が務め,神戸の国際会議場において"Genetic Aspects of Human Behavior"なる主題のもとに,世界の主だった精神遺伝学者の研究発表・討論が行われた。この学会のProceedingsが私と坪井孝幸氏の編集で医学書院から刊行され,その時点における精神疾患の遺伝研究が総括されている。なおその学術集会において,ハンチントン舞踏病の遺伝子座が第4番染色体上にあるといったGusellaの研究報告が紹介された。それから数年を経ずしてアルツハイマー型老年痴呆が第21番染色体と関係があり,さらに数ヵ月前感情障害の遺伝子研究が発表されている。この様に神経・精神疾患の遺伝研究は,従来欧米各国において臨床遺伝の面から地道ではあるが着実に続けられていたが,近年の遺伝子工学を導入することによってさらに一段と目覚ましい発展を遂げつつあり,心が遺伝子のレベルからも解明されようとしている。このように欧米における精神疾患に関する遺伝研究の進歩には瞠目すべきものがあるが,我が国でのこの領域における研究は満足すべきものとは言いがたい。その理由としては色々とあるであろうが,遺伝に関する知識の不足や,情報の偏りも一因と考えられる。いま「遺伝・環境」の問題についてみても,「遺伝か環境か」といった二者択一的な,対立的な考え方ではなく,「遺伝と環境」のうちのいずれがより重要な役割を演じているかといった量的な見方,さらには遺伝と環境のうちいずれが主役,いずれが脇役を演じているかといった質的な考え方をすることが必要である。例えばフェニールケトン尿症のような遺伝性疾患を例にとると,本症は常染色体性劣性の遺伝子という主役があり,これに脇役のフェニールアラニンが加わることにより始めて発病するものである。その際,フェニールアラニンの摂取をコントロールすることによって発症を予防することができ,あるいは症状を軽くし,経過を改善することが出来るのである。このような,遺伝性疾患の成り立ちの充分な理解が遺伝研究の発展に必要である。
 次に精神疾患の研究だけでなく,精神医学の教育ことに卒後教育についてもまた,同じ様に幅広い,偏らない立場から教えることが望ましい。いま全国いずれの大学の精神医学教室においてもそれぞれの大学独自のシステムに従った卒後教育が熱心に行われており,研修期間中に必要な教育が受けられるようになっている。しかしながら幅広い神経・精神疾患をくまなく網羅した卒後教育,ことにいろいろな立場からの見方,考え方を充分に伝えることはなかなか困難なことである。また現在各大学の精神医学教室においてはそれぞれ特色ある独自の研究が行われており,当然教室によっては興味の対象,取り上げられる話題にも偏りがあると思われる。さらに研修医はその教室で主流をなしている考え方の影響を受け易く,それ以外の立場からの見方や考え方を身につけることはむつかしい。この様な問題点を少しでも是正する方法の一つとして,近畿(大阪,兵庫,奈良,和歌山)にある九つの大学の主任教授が話しあった結果,各自がそれぞれの専門領域について講義するといった合同の卒後研修講座が行われることとなり,第1回の合同卒後研修講座の世話役を私と東教授(和歌山県立医大)がお引受けし,大阪医科大学の臨床講堂において昨年8月9,10日(土,日)に次のようなプログラムで行った。

特集 躁うつ病とセロトニン

はじめに

著者: 高橋三郎

ページ範囲:P.1254 - P.1254

 三環系抗うつ薬やモノアミン酸化酵素阻害剤の著しい効果が広く認められるようになって,精神障害の中でも躁うつ病がセロトニンのような神経伝達物質の研究によって最も早く解明されるだろうという期待があった。私は,ここ20年間,その進展を見守ってきたが,生化学的定量法の技術革新や中枢神経薬理学理論の新しい展開に比べれば,思いの外進展がなかったといえよう。
 その原因を探ってみると,第一に,こうした臨床研究にあり勝ちな対象患者の均質性の問題,第二に,患者材料採取の制約があり,そして第三には,脳機能と物質変化の対応という複雑な問題を解明するには不十分な実験計画しか作れないという問題がある。

躁うつ病とセロトニン—その歴史と現状

著者: 更井啓介

ページ範囲:P.1255 - P.1261

Ⅰ.研究上の難点
 躁うつ病の生物学的研究を行う上で,まず考えなければならぬ点について少し述べる。第1は対象となる患者が果して生物学的に均質かどうか不明な点である。つまり,現在用いられている診断基準が必ずしも明確ではなく,対象が不均一になるおそれがある。たとえば,操作的に行うDSM-Ⅲ2)を適用した場合に,原因分類で言うと従来抑うつ神経症とされたものでも,患者がそれらの症状が2週間以上,続いて存在すると主張すれば,大うつ病とされるこがある。逆に遺伝負因が明かで,周期的に繰り返しうつ病相を来たしていた人でも,病相期によっては,症状の数がやゝ少く,気分変調性障害としなければならぬときもある。むしろ,DSM-Ⅲより2項目多くて,より重症なものが選択できるRDC42)(精神医学研究用診断基準)を用いたほうが,より均質な対象を得ることができそうである。
 第2に異種性がある。最近の遺伝学的研究9,14,22)によれば躁うつ病には異種性が見出されており,躁うつ病は医学的には類似の症状を示す症候群として理解すべきである。従ってそのような対象に関する生物学的研究は,成績が一致しなくても驚くには当らない。それぞれ,遺伝子の異常が明らかなグループについて,異常な成績が出されれば特異的所見となりうるであろうが,そのような所見はまだ出されていない。現時点では臨床的に双極型と単極型に分類される。

躁うつ病患者血小板の3H-imipramine結合

著者: 金野滋 ,   南海昌博 ,   阪上京子 ,   吉本静志 ,   高橋良

ページ範囲:P.1263 - P.1270

I.はじめに
 近年の躁うつ病の生物学的研究は,生化学的あるいは生理学的臨床的研究から,抗うつ剤や抗躁剤の作用機序あるいはうつ病動物モデルに関連した動物研究にいたるまで極めて広範多岐にわたって行われている。そのうち生化学的臨床研究についてみても,患者体液,血球成分や死後脳を用いた神経伝達物質と目される各種の物質や代謝産物の測定,各種受容体機能の測定,電解質に関連した研究,種々の負荷試験を含めた内分泌学的研究からポジトロンCTを用いた研究まで様々の方法で行われている。それぞれの研究は,セロトニン仮説,ノルアドレナリン仮説や時計生物学的仮説などのうつ病仮説と個々に関連づけて考察されているが,今のところこのような研究を総合し躁うつ病を説明するにはまだまだ距離があるといえる。このような状況が作りだされている理由の一つとして,症候論的分類である躁うつ病に,共通して存在する生物学的所見を探し出そうという方法に問題があると考えられる。最近では躁うつ病を厳密に亜型分類する努力がなされているが,その分類も症候論的なものである。そこで,生物学的研究の方法の一つとして,逆に薬物に対する反応性であるとか種々の生物学的指標(マーカー)による亜型分類を行い,それぞれの亜型の病因・病態を研究しようという試みも行われてきている。
 「生物学的マーカー」といってもその意義はさまざまである。病因と特異的な関連を持つマーカーが見い出されることが最も望ましいが,素質的脆弱性と関連したもの,病態と関連したもの,病態によって二次的に生じた事柄に関連したものなど,マーカーの性質,意義はいろいろである。現在のところは,まず生物学的マーカーの候補となるものを捜し出し,はたしてそれがマーカーと言えるか否か,何と関連のあるマーカーなのか明らかにしようというやり方がとられている。このような研究の成果によって,将来,躁うつ病研究が大きく進展する可能性はあるし,一歩退いても,亜型分類を含めて診断的意義を持つであろうし,薬物選択法などへの治療的応用も可能であると考えられる。これまでの躁うつ病の生物学的マーカーの研究で代表的なものはデキサメサゾン抑制試験(DST)である。当初,これによって確実にうつ病の生物学的診断が行えるという過度の期待が寄せられたDSTは,その後の研究でうつ病診断のスクリーニングとしてもほとんど意味がないとされている。しかし,うつ病に特異的ではないにしてもしばしば認められる機能異常を反映しているものであり,他の生物学的所見との組み合わせによって精神医学的意義が出てくる余地はある。ともあれ,DST研究の歴史は,今後の生物学的マーカーの研究にあたって教訓的であり,それぞれのマーカーの意味について充分な検討をする必要性があることを示しているといえる。

セロトニン再取り込み機構およびパロキセチン結合部位に対する抗うつ薬の慢性効果

著者: 渡辺義文 ,   湊川文子 ,   守屋朝夫 ,   樋口輝彦 ,   山内俊雄 ,   三国雅彦

ページ範囲:P.1271 - P.1276

I.はじめに
 抗うつ薬の作用機序に関する研究の初期にはモノアミン(MA)再取り込み阻害作用が注目され,うつ病のMA欠乏仮説が唱えられた4,25)。しかしMA再取り込み阻害は急性実験で確かめられたものであり,臨床効果発現までに要する時間(1〜2週間)を説明することは困難である。さらに,ミアンセリン7)やイプリンドール23)などMA再取り込み阻害作用をもたない抗うつ薬が開発されるにいたり,MA再取り込み阻害作用を抗うつ作用の本態とする考えは支持されがたいものとなっている。最近では各種神経伝達物質の受容体に関する研究の進歩に伴い,抗うつ薬についても受容体およびそれ以後の情報伝達機構に対する慢性効果に関する研究が主流となっている。なかでも注目を集めているのはβ受容体数の減少,β受容体と共役するアデニレート・サイクレース活性の低下および5-HT2受容体数の減少である。その主たる理由として,現象発現までの時間と臨床効果発現までの時間がよく一致していること,および多くの抗うつ薬に共通してみられる現象であることがあげられる。(詳しくはすぐれた総説1,19,31)が発表されているので参照されたい。)
 抗うつ薬はこれまでに明らかになったようにシナプス前・後部各々に作用点を有しており,慢性効果としてのシナプス後部の変化を考える際,シナプス前部の変化との関連を含めた総合的な理解がえられなければ,真の抗うつ効果ひいてはうつ病の病態生理の解明にはつながらないものと考えられる。しかし,β受容体に関してみるとノルエピネフリン(NE)ニューロンの破壊32),シナプス前部α2受容体拮抗薬の併用11,26),シナプス間隙内NE代謝物濃度の測定21)などの実験から,受容体数減少にNEニューロンの存在の必要性は確認されているが,シナプス間隙内NEとβ受容体の変化との関連についてはいまだ明確な結論はえられていない。5-HT2受容体についても,セロトニン(5-HT)ニューロン破壊によって変化せず16,20),5-HT2受容体拮抗薬の反復投与で受容体数の減少を生じる3)など奇妙な性格を示し,受容体数減少と5-HTニューロンおよびシナプス間隙内5-HT濃度の変化との関連については疑問視される傾向にあり,研究も乏しい。

抗うつ薬とセロトニン受容体

著者: 三国雅彦 ,   松原繁広 ,   森秀樹 ,   小田垣雄二 ,   山下格

ページ範囲:P.1277 - P.1282

I.はじめに
 抗うつ薬の作用機序を明らかにしようとする研究は,副作用のない,即効性の治療法の開発のために必要であるばかりでなく,うつ病の病態解明のたあにも不可欠なアプローチのひとつである。1960年代に提出されたうつ病のセロトニン欠乏仮説も主として薬理学的研究成果に依拠していたといえる1,2)。アミンを枯渇させるレセルピン投与はうつ状態を生じ,一方抗うつ薬投与はセロトニンの再取込み阻害に基づくセロトニン伝達の亢進により,抗うつ効果を発揮すると考えられた。この仮説に則り,より選択的なセロトニン再取込み阻害薬の開発がすすめられ,またセロトニン前駆物質であるトリプトファンや5HTP療法が試みられてきた3)。その治療効果については否定的見解もあるが,少なくともある一群のうつ病には有効といわれており,うつ病の病態にセロトニン欠乏が存在する可能性はあるといえる。
 しかし一方,アミン再取込み阻害能のない抗うつ薬が開発され,臨床応用されているし,多くの抗うつ薬がセロトニン受容体を阻害することも知られている。しかも抗うつ薬は抗不安薬と異なり即効性ではなく,1〜2週間の反復投与後に抗うつ効果が発現するといわれているが,抗うつ薬の示すセロトニン再取込み阻害能は投与後数10分から数時間に出現する効果であるので,再取込み阻害能と臨床効果との間に時間的なずれが存在することになる。したがって抗うつ効果の発現は抗うつ薬のアミン再取込み阻害能に基づくセロトニン伝達の亢進の結果であると単純には言えなくなった。このような研究の進展のなかで,1970年代後半より抗うつ薬の作用をモノアミン受容体の側から検討しようとする試みが多くみられるようになった。

リチウムとセロトニン—神経化学的変化と行動変化の関連について

著者: 山脇成人 ,   堀田和泉 ,   内富庸介

ページ範囲:P.1283 - P.1287

I.はじめに
 リチウム(Li)は現在躁病の治療薬として世界中で広く使用されているが,その研究の歴史は古く,今から40年近く前,つまり抗精神病薬が登場する以前の1949年にオーストラリアのCade2)により"Lithium salts in the treatment of psychotic excitement"と題する論文で報告された。Cadeが躁病にLi療法を試みたのは単なる思いつきではなかった。彼は躁病患者の尿をモルモットに投与したところ致死率が対照尿より高かったことから,躁病患者の異常行動は中枢神経系由来の尿酸が尿中に増加し,尿素の毒性を強めるたあと推測した。そこで水溶性の高い尿酸Liと尿素をモルモットに同時投与したところ,予想に反して尿素の毒性が弱められ,静穏作用も認められた。この作用がLiによることが確認できたため,臨床応用に踏み切った。しかしLiの中毒作用への危険意識が強く,その躁病に対する臨床効果が認められるためにはそれから約10年の歳月を要した。1954年からSchouら14)によってLiの躁病に対する有効性と安全性が再検討された結果,臨床応用可能であることが報告され,1960年代から使用され始めた。その後多くの臨床研究が積み重ねられ,Liの抗躁効果のみならず躁うつ病予防効果や抗うつ効果も報告されている。
 Liはナトリウムやカリウムと同じ1価のアルカリ金属であるが,なぜこの単純なイオンが複雑な精神機能に作用するのかは大きな疑問である。Liの薬理作用に関しては膨大な数の研究が報告されているが,その内容は抗うつ薬の場合と同様に中枢モノアミン代謝およびその受容体に関する研究が多い。躁うつ病の病因に中枢セロトニン(5-HT)が重要な役割を演じていることは,本特集の他の著者によってすでに述べられている通りである。本稿では著者らの動物実験の結果をもとに中枢5-HT機能に及ぼすLiの薬理作用を,5-HT作動性神経の前シナプス機能と後シナプス機能に分けてまとめ,さらにこれらの神経化学的変化と行動変化の相関についても検討し,臨床効果との関連性を考察してみたい。

リチウムとセロトニン—神経内分泌学的側面

著者: 小山司 ,   小田垣雄二 ,   市川淳二 ,   山下格

ページ範囲:P.1289 - P.1296

I.はじめに
 1949年,Cade2)が躁病に対するリチウム塩の有効性を報告して以来,数多くの追試によってその抗躁効果が確認される一方,Schouら19)はリチウムには躁うつ病の予防効果もあることを報告し,現在では躁病の治療に欠くことのできない薬物となっている。また最近,リチウムの抗うつ効果18,22)についても論じられるようになり,感情安定化薬物としてのリチウムが有する特異な向精神作用や薬理作用に新たな関心がもたれている。
 一方,躁うつ病の成因に関して,脳内,特に感情中枢におけるカテコールアミンやセロトニン(5-HT)の機能的異常によると考えるいわゆるモノアミン仮説4,20)が提唱されたことは周知の事実である。したがってリチウムの作用機序についても,これら脳内モノアミンとの関連で膨大な研究が行われてきた7)。このうち本特集のテーマである5-HT系に与える影響については,当初は主に5-HT代謝に関する研究が数多く行われたが,報告により結果がさまざまで,いまだ一定の結論に至っていない。しかし最近,脳内の受容体理論が確立され,受容体の結合実験技法などの新しい研究手技が導入されると,リチウムの作用機序における5-HT系の役割を,受容体機能との相互作用から改めて検討しなおす研究が盛んに行われるようになった。

研究と報告

治療的働きかけへの反応の仕方にもとづく精神分裂病圏患者の臨床的類型化の試み—「自己啓発型精神分裂病患者群」と「役割啓発的接近法」の提唱(第1報)

著者: 宮内勝 ,   安西信雄 ,   太田敏男 ,   亀山知道 ,   浅井歳之 ,   池淵恵美 ,   増井寛治 ,   小澤道雄 ,   染谷俊幸 ,   原田誠一

ページ範囲:P.1297 - P.1307

 抄録 本論では治療的働きかけへの反応の仕方により精神分裂病圏患者を2大別できることを述べた。すなわち,具体的で断定的な働きかけが奏効する群(「他者依存型精神分裂病患者群」)と混乱をひきおこす群(「自己啓発型精神分裂病患者群」)とに分けた。両者は働きかけへの反応の仕方のみでなく,いくつかの重要な臨床的所見において対照的な特徴を有していた。第1に,社会生活上必要な判断能力の体得の仕方にそれぞれ特徴があった。第2に,陽性症状,現実逃避的・誇大的空想,身体的愁訴,気分変動,「問題行動」,対人的態度などの臨床症状において差異が認められた。第3に,「自己啓発型精神分裂病患者群」は単純に模式化できる病態を示した。これらの特徴から両者は治療の早期に判別できることを述べた。本類型化が精神分裂病圏患者群の治療にいかに有益かは続報で述べる。

躁病の新診断基準一次試案による臨床試行

著者: 大井健 ,   中村道彦 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.1309 - P.1318

 抄録 精神科国際診断基準研究会が作成した躁病に関する新診断基準案を93例の人院患者(躁病と確定診断されたもの78例,確定診断に至らなかったもの15例)に適用した。その結果,従来診断との間で86%の高い一致度を示した。DSM-Ⅲ診断との比較では,診断特異性において新基準案が優るが,感度の面で劣る結果となり,躁病を規定する点でより厳格であるが,狭いことが示された。病型分類では,重症型が軽症型と比較して「気分のリズム」,「自己価値観の変化」,「抑制欠如」,「誇大観念」の項目で高い出現率を有し,重症型が多彩な症状を示した。また,精神病的病像を伴う型は,Schneiderの一級症状で71%の著しく高い出現率を示し,特異的な所見であった。しかし,重症型との比較で,その他の項目に有意な差を認めなかったことから,両者において躁症状の基本的構造には差が無いものと考えられた。

基礎疾患からみたCapgras症候群—症例報告とわが国の文献展望

著者: 井上和臣 ,   忠井俊明 ,   南川節子 ,   有賀やよい ,   中嶋照夫 ,   加藤伸勝

ページ範囲:P.1319 - P.1326

 抄録 Capgras症候群の3例を報告した。これらはいずれも基礎疾患を異にしており,症例1は精神分裂病(妄想型)の,症例2は退行期うつ病の経過中に,症例3は前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血後にCapgras症候群を認めた。症例1では取り替えの対象が夫や子供だけにとどまらず,医師や建物にまで拡大し,さらに,取り替えを説明する形での妄想の加工がみられた。症例2でも対象の拡大はみられたが,とりわけ患者の経営する学生寮の学生が行方不明になったという妄想が顕著で,これに罪業妄想と貧困妄想を伴っていた。これに対し,左前頭・頭頂葉に梗塞巣を有した症例3では対象は夫だけに限定され,他の2例のような妄想的加工は生じなかった。症例1,3にわが国での報告例28例を加えた30例について,基礎疾患の差異がCapgras症候群の病像と持続期間にどのように影響するかを比較検討した。

覚せい剤精神病の頻回入院例について

著者: 中谷陽二 ,   坂口正道 ,   藤森英之

ページ範囲:P.1327 - P.1334

 抄録 精神科に10回以上の頻回入院歴をもつ覚せい剤精神病の男子患者5例の臨床経過を検討した。(1)入退院をはさんで精神状態が急激に変化しやすく,短期間の入院が繰り返される傾向が特徴的であった。(2)退院後,覚せい剤の再使用,アルコール依存が顕著な例での飲酒,心因とくに単身生活に由来する生活不安がおもな誘因となり,容易に精神病症状の再燃が生じた。(3)入院後,精神病症状の速やかな消退,すなわち2例での症状の消失,3例での症状の著しい緩和がみられた。後者の2例では,誇大的な幻覚・妄想が存続した。消退に関して,抗精神病薬の効果とともに,病院慣れのため入院によって安心感がえられるという心理的効果が重要と思われた。(4)再燃時は患者みずから救助を求めて入院するが,不安が容易に薄らぐことによって治療動機づけが弱まり,受療態度が不良となること,入院の反復につれ医療・福祉機関に依存的となることが,治療上の問題点と考えられた。

重篤な1急性睡眠剤中毒の血漿交換による治療例—とくに脳波所見と血中薬物濃度の推移

著者: 藤元ますみ ,   猪狩中 ,   高橋正典 ,   坂西信彦 ,   荒川文雄 ,   大岩恭子 ,   安藤利道 ,   新村ヨシオ ,   井上道雄 ,   檜垣昌夫 ,   小川良雄 ,   星野真希夫 ,   鈴木尚志 ,   岡田まゆみ

ページ範囲:P.1335 - P.1340

 抄録 大量の睡眠剤を服用し,重篤な昏睡状態を呈したため,全身管理,特に呼吸,循環器系の維持療法と4回の血漿交換を行い,後遺症なく回復しえた1症例を報告した。
 患者は48歳の躁うつ病の女性。自殺目的にて致死量をはるかに上回るアモバルビタールの他2剤を服用した。全経過中,数回の脳波検査と血中濃度の測定を行い,臨床所見との関連を検討した。平坦脳波を示し,致命的血中濃度を上回り,長時間にわたり昏睡状態を呈した最重症の症例でも,救命の可能性はあると結論し,維持療法の重要姓,血漿交換の有用性について論じた。

短報

全身けいれん発作を初発症状とし,微細顆粒状の脳転移を呈した食道小細胞癌の1例

著者: 田北昌史 ,   納富恵子 ,   末次基洋 ,   原泰三 ,   友岡喜和子 ,   神宮賢一 ,   尾籠晃司 ,   松隈哲人

ページ範囲:P.1341 - P.1343

I.はじめに
 高齢者に初発したけいれん発作は,若年者の場合と異なり,脳血管奇形,脳腫瘍等の基礎疾患が存在することが多い。現在,これらの疾患の診断には主として,造影X線CTが用いられており,これにより脳器質疾患を認めない場合,これらによる症候性けいれんではないと考えるのが通例である。
 しかし,我々は全身けいれん発作を初発症状とし,数回の造影X線CT検査を施行しながら,生前には確認できなかった特異な脳転移を呈した食道小細胞癌の1例を経験したので報告する。

長期にわたり経過を観察したChorea-acanthocytosisの1例—精神神経症状および検査所見の推移について

著者: 白石孝一 ,   高橋祥友 ,   大久保善朗 ,   望月阿南 ,   福澤等 ,   假屋哲彦

ページ範囲:P.1345 - P.1347

I.はじめに
 末梢血液中に有棘赤血球(図)の出現をともない,多彩な精神神経症状をきたす疾患にChorea-acanthocytosis(以下C-Aと略す)が知られている1)。この疾患は次のような特徴がある。1)家族発生,2)若年成人期発症,3)神経症状として,a.不随意運動 b.筋緊張低下・深部腱反射減弱 c.口部自咬症 d.てんかん発作,4)精神症状として,a.性格変化 b.痴呆(程度は軽く,正常知能にとどまる例も多い) c.精神分裂病様または躁うつ病様症状,5)検査所見として,a.有棘赤血球症 b.血清脂質は正常範囲 c.CPK上昇 d.頭部CT-スキャンで尾状核萎縮像 e.軽度の末梢神経障害・筋原性変化。
 従来C-Aの多彩な症状の推移を長期間にわたって精神医学的観点から扱ったものはほとんどなく,また有棘赤血球の末梢血液中における出現率をはじめとして,各種の検査所見の変化を追跡検査したものもない。以前,高橋ら6)が報告したC-Aの1例について,その後の長期経過を観察し(約10年間),その多彩な精神神経症状および検査所見の推移を比較することができたのでここに報告する。

炭酸リチウムおよびTriazolamにより意識障害を呈し左側頭葉に低吸収領域を認めた躁うつ病の1例

著者: 橋本俊明 ,   花田照久 ,   水沢恭子

ページ範囲:P.1349 - P.1350

I.はじめに
 炭酸リチウムおよびtriazolamは中枢性の副作用として,意識障害を呈することが知られている4,5,7,9,10)。また,側頭葉と精神症状の関係についても種々論じられている1〜3,6,8)

Trimipramine投与中にせん妄状態およびけいれん重積状態を生じた透明中隔腔およびヴェルガ腔を有する1例

著者: 向井誠 ,   切池信夫 ,   大西博 ,   植松直道 ,   川北幸男

ページ範囲:P.1351 - P.1354

I.はじめに
 透明中隔腔(Cavum Septi Pellucidi,以下CSPと略)とヴェルガ腔(Cavum Vergae,以下CVと略)を有する初老期の男性が初老期うつ病を来したので,trimipramine(Surmontil®)150mgにより加療中せん妄状態に陥り,さらにけいれん重積状態を来した。発作後のもうろう状態から回復後,抑うつ症状の著明な改善を認めたので,若干の考察を加えて報告する。

動き

感情障害のDNA研究

著者: 米田博

ページ範囲:P.1355 - P.1357

I.はじめに
 近年遺伝子工学の進歩はめざましく,組換えDNA技術を用いた新しい研究方法が,臨床遺伝学にも導入され,いくつかの新しい成果を上げるようになっている。ことに,染色体上の位置が既に明らかになっている遺伝子(遺伝標識,genetic marker)と,問題になる遺伝子との相対的な位置関係を,家系分析によって解明する連鎖研究(linkage study)においては,組換えDNA技術によって,遺伝標識の数が急速に増大しており,それにともなって,研究も急速に進みつつある。例えば,精神科領域において,ハンチントン舞踏病は,Gusellaらによって,4番染色体上に遺伝子座位のあることが報告されている。

追悼

笠松 章先生を悼む

著者: 安永浩

ページ範囲:P.1358 - P.1358

 笠松章先生はここ1年余,病気御療養中であられたが,昭和62年7月19日逝去された。終始近くにあった私どもにとっての痛恨事であるのはもとよりであるが,先生のあたたかで飾らぬお人柄を敬愛し,惜しむ方々は各界にわたって数多いことと思われる。謹みて哀悼の意を表し,御冥福を祈りたてまつる。
 先生は明治43年,和歌山県にお生まれになり,海南中学,第三高等学校を経て昭和11年東京帝国大学医学部を御卒業,折しも戦時下のことで,応召,軍務にも服され,復員ののち,昭和31年東京大学助教授,東京大学医学部附属病院分院神経科科長として同院に精神科を開設された。

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精神医学 第29巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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