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雑誌目次

論文

精神医学29巻2号

1987年02月発行

雑誌目次

巻頭言

心理臨床

著者: 岡田敬蔵

ページ範囲:P.126 - P.127

 私は,さきに大正大学より,昭和58年に同大学カウセリング研究所が創立20周年を迎えるにあたり,所長として研究所の再建,充実を図ってほしいと要請され,同年4月より61年3月停年退職までの短期間ながら,私なりに精力を傾倒した。私自身,精神療法の諸理論を深く勉強し,それらの技法に則って計画的に実践した経験も乏しいが,精神科医療に携っている間に,相手の気持への配慮なしに,どかどかと相手に入って行こうとして相手の心を傷つけたり,自分の気持が相手から逆にはね返ってきてハッとするなどを経験し,相手を客観的にながめつつ,Now and Hereを大切にし,「同行二人」という気持で共に歩むことが肝要なのだと考えるようになつた。しかも,この当り前のことがいかにむつかしいことであるかもわかるようになり,いわゆる精神療法的接触こそ,すべての精神科医療の基盤であると考えるようになり,他方,わが国の精神科医療の改善には心理・社会的な考えの導入の重要さを痛感していたので,困難な任務と承知しつつ,研究所の研究活動,臨床相談,各大学諸学部卒者で研修を志願するものより選考しての2カ年の研修という仕事に精力を傾けた。ここでは,その間の所感の一端を述べてみたい。
 私は,わが国において,心理臨床という言葉が定着してきたことを,心理面に悩み,問題をもつ人々のための,心理学的アプローチによる臨床的実践という困難な業務に従う方々の主体性をたかめ,その専門性を明確にしようとするものとして高く評価したい。現在わが国の心理臨床家(医療関係については後述する)は,児童相談所,教育相談所,大学における学生相談室,精神薄弱者等の福祉関連施設,家庭裁判所,鑑別所,少年院などで活動し,また大企業の保健室で「カウンセラー」として働く方など,広汎な領域で活動しており,今後,わが国の精神保健活動の重要な一翼を荷うべきである。この中で,家庭裁判所調査官のように,身分も安定し,現場に入ってからの組織的な研修計画が充実しているところもあるが,多くの職場では,身分も不安定で,勉強する機会にも恵まれず,孤立している。幸い,全国の諸地域において,大学,研究所などを拠点として,精神療法に関心をもつ精神科医も加わっての勉強サークルが生れつつあり,関係者の献身的努力に感謝したい。また,心理療法・心理相談の私的開業にいどむ方も現われてきた。精神科クリニックを訪れるときのような抵抗感は少ないといえようが,そこでの経験を持ち寄って,そのあるべき形態について論議されねばならないであろう。

展望

情動回路からみた精神分裂病のドーパミン仮説—ドーパミンによる感覚情報ゲイティング仮説の提唱—第1回

著者: 前田久雄

ページ範囲:P.128 - P.135

I.はじめに
 精神分裂病のドーパミン(DA)仮説が1972年に提唱されて166,167)以来,この仮説をめぐって,神経生理学,神経化学,神経薬理学などの基礎的分野から精神医学の臨床まで,広範な学問領域においておびただしい研究が行われてきた。それらの成果は,多くの総説44,66〜68,71,127,188,189)にまとめられており,詳細はそれらにゆずるが,本論文では一部関係分の概略を紹介する予定である。しかし,精神現象の物質的基盤を論じるに際し,その精神現象の中に占める位置の重要性から当然触れられるべき情動の中枢機序とDA仮説との関連性については,まだほとんど検討されていない。
 一方,情動の中枢機構,これは複雑な神経回路から構成されていると考えられることから情動回路と言いかえても差し支えないと思われるが,この情動回路そのものもまだ確立されていない。

研究と報告

不安とうつの精神病理学—メランコリー親和型性格にみられる不安とうつ

著者: 中村勇二郎

ページ範囲:P.137 - P.145

 抄録 不安とうつの関係は,歴史的に一元論的立場と二元論的立場が相半ばしているが,未だ不分明のところが多い。そこで,両者の関係を少しでも明確にするために,不安とうつに関係する変数を一つでも減らすことを考えた。その具体的方法として病前性格を一定にすることにし,テレンバッハのメランコリー親和型性格に発する不安神経症7例(A群)とうつ病20例(D群)を比較検討した。
 その結果,発病状況として,A群では過労,更年期障害といった身体的生命の危機が,D群では仕事。対人関係の破綻を意味する社会的生命の危機が関係していることをみた。

いわゆるマタニティブルーの調査—その2.性格要因

著者: 池本桂子 ,   飯田英晴 ,   菊地寿奈美 ,   高橋三郎 ,   高橋清久

ページ範囲:P.147 - P.154

 抄録 マタニティブルーと性格要因との関連を検討するため,1,047名の産婦に対して,Zung自己評定式抑うつ尺度(ZSDS)特性不安,強迫性傾向,神経質,未熟性の5種の心理尺度を産後3〜4日目に施行し,これら相互間および産後の身体症状,妊娠中の精神身体症状との相関を分析した。調査対象全体では,抑うつ尺度は特性不安,強迫性,神経質,未熟性とそれぞれ有意に相関し,このうち重回帰分析では,神経質さと最も高い相関があった。特に36歳以上の産婦では,性格要因より身体症状が抑うつと強い相関を持ち,また,ZSDS高得点群では身体症状との関連が強かった。この群は初産婦が多く,未熟性がやや高く,年齢も高い傾向があった。対照女子学生群との比較によっても,マタニティブルーは,神経質さと最も強く相関するが,身体症状との相関が更に高く,マタニティブルーとは産後の身体的不調を背景として起こしているものとは思われる。

女子学生層における異常食行動の調査

著者: 野上芳美 ,   門馬康二 ,   鎌田康太郎

ページ範囲:P.155 - P.165

 抄録 女子学生層における気晴らし食いを中心とする異常食行動の発現率を調査するとともに,摂食に対する態度を反映する質問紙であるEating Inventoryを施行して相互の関係をも検討した。対象は通常の生活をしている女子高校生,女子大生などのほか,減量が要求され,気晴らし食いのリスクが高いと考えられる体育大学の学生をも含む1,250名の学生であった。気晴らし食いは一般の高校生の7.5%,女子大生の8.3%に認められ,体育大生では33.8%(種目によっては最高57.1%)のものにそれが認められた。週1回以上の気晴らし食いをするものは,高校生1.3%,女子大生4.0%,体育大生14.2%であった。気晴らし食いの発現率とEating Inventoryの得点との関係をみると,摂食の意識的な制御と抑制の喪失をあらわす因子の得点との間には有意な相関関係が認められた。

長期在院精神分裂病者のグループ退院への試み

著者: 久場政博

ページ範囲:P.167 - P.174

 抄録 長期在院精神分裂病者4人(26年,18年,6年2人)に共同自立をすすめ,1年の働きかけのあとグループ退院を実現させた。この退院へ至るまでのグループ形成の過程,共同自立の意図,背景となっている病棟の治療的雰囲気について述べた。
 グループ形成過程は,第1段階で仲間意識が芽ばえ,第2段階で治療スタッフの動機づけによるグループ化が明確に生じ,第3段階で現実的なつよい絆の擬似家族が形成された。しかしこのグループ形成は,没個性化とともに,一人も抜けだせないがんじがらめの心理的圧迫も含んでいた。

脳卒中後遺症患者のリハビリテーションによる身体機能と精神機能の回復に関する研究

著者: 田中恒孝 ,   望月秀郎 ,   藤田勉 ,   種村純 ,   石神重信

ページ範囲:P.175 - P.182

 抄録 脳卒中後3カ月以内に入院しリハを施行し得た47例につき,身体機能と精神機能の回復過程を調べた。精神機能を知性面と情意面に分け評価尺度(ともに20点満点)を作成,経時的に評価した。精神機能は入院後2ヵ月(発症後4ヵ月)までは急速に改善し,その後は緩徐であった。移動機能に基づき,入院前から歩行可能であった9例(第Ⅰ群),入院後に歩行自立した12例(第Ⅱ群),歩行非自立26例(第Ⅲ群)に分け,精神機能の回復状況を比較した。第Ⅱ群の回復は著しく,知性。情意面とも入院後2カ月間で急速に改善した。第Ⅰ群も同様の傾向を示した。一方,第Ⅲ群においては機能全般に回復が悪く,この群には高齢者,身体的合併症や半側空間失認を持つ重症患者が多かつた。以上の結果から,脳卒中後の経時的精神機能観察は治療や予後判定に重要であること,さらに精神機能と身体機能の回復が相補的に働いている可能性を指摘した。

Clonazepam(リボトリール®)の抗うつ作用

著者: 岸本朗 ,   国元憲文 ,   挾間秀文

ページ範囲:P.183 - P.197

 抄録 40名のうつ状態(大うつ病25名,双極感情障害11名,神経症性うつ病3名,分裂感情病1名)の患者に対して,抗けいれん薬クロナゼパム(CZP)1日量1.0〜8.0mg(平均3.4mg)を投与し,その抗うつ作用を検討し,以下の結果を得た。早期脱落例1例を除き,大多数が6週の治療予定を満了し,39例についてCZPの抗うつ作用の判定が可能であった。ハミルトンうつ病評価尺度得点は1週で治療開始前の57%へと有意(p<0.001)に低下し,以後6週まで漸進的に低下した。有効率(著明+中等度改善)は1週で64%,3,4週で74%に至った。大多数では作用発現が1週以内にみられた。症状別にみた治療効果では生殖器症状,早朝覚醒などの一部の症状を除いた全抑うつ症状を有意に改善させた。しかし遷延例では4週以降にうつ症状の再悪化を示すものがあった。CZPの抗うつ作用は強力,速効性であり,うつ病治療での有用性が期待できると考えられた。

短報

Kleine-Levin症候群の1女性例

著者: 福西勇夫 ,   早原敏之 ,   細川清

ページ範囲:P.199 - P.201

I.はじめに
 Kleine-Levin症候群(以下KLSと略す)は,過食を伴う周期性傾眠症として知られている。臨床的特徴の一つとして,圧倒的に男性に多く,思春期に発症し,成人になると自然治癒すると言われている6)。KLSは非常に稀であり,しかも予後が良好なため未だ不明な点が数多くある。
 今回われわれは,19歳に発症し,昭和58年7月から昭和61年3月までに,計8回の病相期(傾眠,過食,軽躁状態)を呈したKLS症候群の1女性例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する。

思春期女子にみられた祈祷精神病の1例

著者: 有賀やよい ,   三木秀樹 ,   小林豊生 ,   中嶋照夫 ,   金井秀子

ページ範囲:P.203 - P.205

I.はじめに
 祈祷精神病は,吉野7)よると「民間信仰ないし(近代)民衆宗教の儀礼(加持,祈祷,行,まじないなど),またはこれと関連する信仰状況において起こる心因性精神障害」と定義されており,臨床的には憑依症状群を主症状とし急性一過性に経過するといわれている。われわれは,学校でのストレス状況下において,人格変換,幻視,幻聴,意識混濁などの多彩な精神症状を呈した症例を経験し,その背景には家族ぐるみで某新興宗教に入信してから習慣となった読経後のトランス状態が存在することを見い出した。今回その病状の経過と発生原因について若干の考察を加えて報告する。

Alzheimer型痴呆におけるdopamine作動性neuronsの形態学的・生化学的変化

著者: 一宮洋介 ,   新井平伊 ,   小林一成 ,   小阪憲司 ,   飯塚礼二

ページ範囲:P.206 - P.208

I.はじめに
 Alzheimer型痴呆(Alzhdmer-type dementia:ATD)の病態,病因を解明するために,近年ATD患者死後脳の生化学的検索がなされており,ATDでは,choline系,noradrenaline系,serotonin系など,いくつかのneuron系が障害されていることが示唆されている1)。しかし,同一症例において,これらのneuron系の変化を同時に検討したものはない。そこでわれわれ6)は同一のATD患者死後脳において,神経病理学的検索と生化学的検索を組み合わせて行い,ATDではcholine系の障害のみでなく,noradrenaline系,serotonin系の障害も同時に存在することをすでに報告した。
 今回,われわれは,さらにこれらの症例におけるdopamine系の変化を検討したので報告する。

バルプロ酸の短期記憶機能に及ぼす影響について—Sternbergの課題を用いて

著者: 中込和幸 ,   永久保昇治 ,   福田正人 ,   斎藤治 ,   亀山知道 ,   平松謙一 ,   安西信雄 ,   丹羽真一 ,   伊藤憲治

ページ範囲:P.209 - P.211

I.はじめに
 我々は先にSternbergの課題を用いてバルプロ酸(VPA)単剤を服用中のてんかん患者と正常者で短期記憶機能を比較し,てんかん患者において正反応時間の延長を認めたが,短期記憶検索速度については差を認めなかったことを報告した1)。そこで今回,てんかん患者のVPA服用量を高用量と低用量に違えて2回実験を行い,課題遂行成績,正反応時間および短期記憶検索速度に対するVPAの影響を検討した。
 Sternberg(1966)の課題では,被験者はまず,提示される短い項目を記憶する(memory set)。次に,続いて提示される1個の刺激(probe)が記憶した項目の中にあるか否かをできるだけ速く,正確に判断し反応することを要求される。通常,刺激としては0から9までの数字が,反応の指標としては正反応に対する反応時間が用いられる。Sternberg(1966)によれば,memory set sizeの増大に応じて反応時間が直線的に延長することから短期記憶の検索速度を求めることができる2)

動き

WPA地域シンポジアム(コペンハーゲン)に出席して

著者: 森温理

ページ範囲:P.212 - P.213

 創立25周年記念を兼ねたWPA地域シンポジアムが,昨年8月19日より22日までコペンハーゲンで開催された。登録者は約830名で,わが国からも30名の方々が参加された。開会式は有名なチボリ公園内のコンサート・ホールで,お膝元のWPA事務局長F. Schulsingerの司会で行われ,WPA会長C. N. Stefanis,13年間WPA事務局長を勤めたD. Leigh,デンマーク精神医学会会長J. K. Larsenなどの挨拶とデンマーク王室バレエ団の踊りが披露された。そのあと同じチボリ公園内のレストランで歓迎レセプションがあった。
 筆者はcommittee memberの1人として会議に出席したので,はじめに少しばかりそのことを報告したい。今回はcommittee 25人のうち16人と多数の参加があり,A. M. Freedmanの司会の下,活発な討議がなされた。1つはcommitteeの役割が明確でないこと,会長,事務局長などexecutive committeeやWPA各セクションのchairmanとの協力関係がいま1つ欠けていることなどが指摘され,もっと実際的な働きをすべきであるとされた。また,それとともにWPA執行部をさらに強化し,内外の情勢にもっと十分対応できるよう進言すべきだとの論もあった。会議のあとcommittee内に会員資格,会則・内規,財政に関する3つのsubcommitteeを作ることになり,各自どこかに入るということで筆者も財政に関するsubcommitteeの委員にさせられた。もう1つの大きな議題は次期総会の開催地をめぐる件であった。今回も当初WPA執行部は日本開催を希望して打診があったが,これについては日本精神神経学会から辞退の旨を伝えてあったので,全く白紙の状態であるとのことであった。かなり白熱した議論があり,アルゼンチン代表の激しい勧誘演説もあったりしたが,結局その時は決まらず,後にアテネに落ち着いたようである。なお,6年毎の総会では重要懸案が片づかないので3年毎ではどうかとの意見もでた。

精神医学関連学会の最近の活動(No. 1)

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.214 - P.218

 日本学術会議は学問の全領域にわたる科学者の集まりであります。わたくしは昭和60年7月にこれの会員に任命され,その後,この会議がずい分いろいろな活動をしていることを知りました。その1つに研究連絡委員会(研連と略します)による活動があります。この研連は医学(第7部)領域で37あり,その1つに精神医学研連があります。
 精神医学研連は,大熊輝雄,笠原嘉,高橋良,楢林博太郎,西園昌久,鳩谷龍,森温理の各氏とわたくし(委員長)の8人の委員で構成され,東洋医学の大塚恭男氏にオブザーバーとして加わっていただいています。研連の仕事としては,研究体制推進に関する検討,シンポジウムの開催その他のことが多く行われていますが,わたくし共の研連としては,まず精神医学またはその近縁領域に属する50余りの学会・研究会の活動状況を簡単にまとめてお知らせすることを考えました。これによって専門領域の細分化による視野の矮小化を防ぎ,ひいては精神医学の健全な発展に資したいという趣旨であります。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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