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雑誌目次

論文

精神医学29巻3号

1987年03月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科医の適性

著者: 岩崎徹也

ページ範囲:P.228 - P.229

 近年,医学部入学試験にあたって学力のみでなく医師になるための適性を評価することの必要性が強調されている。このような動きの背景として,学力が高くとも良い医師に成長するとは限らない場合があることを認識し,十分な適性をもかね備えた入学者を選びたいとの積極的な理由があるのはもちろんである。しかしまた,医師過剰時代がさし迫ったものとなるにつれて急速に生じた医学部志願者の学力水準の全体的な低下にともなって,それならばせめて人格や医師としての適性の優れた者を入学させたいという消極的な事情も関与しているようである。そして,そのための具体的な方法として,面接,作文等々が実施され,また各大学ごとに独自の工夫がなされていると聞く。
 しかしひとくちに適性を評価するといっても,その実際はなかなかむずかしいのも事実である。そもそも医師としての適性とは何かが,容易に結論づけられるものではない。またその適性をいかなる方法によって評価するのかにも多くの困難を含んでいる。数分間の面接や一篇の作文をみて,どこまでその人間を評価出来るものか,限界があるのは当然である。外国の大学の一部では,学力試験で一定の水準に達していた受験生一人一人について,教授陣が数時間ないし数十時間をかけて面接を中心とした評価を重ねるという。医学生一人あたりにかかる6年間の教育費を考えると,入学時の選考にその位の時間と労力をかける意義は十分にあると思われるが,それを実行するゆとりがないのが現状であろう。

展望

アタッチメントと社会性の発達—正常と異常(第1回)

著者: 作田勉

ページ範囲:P.230 - P.236

Ⅰ.正常発達
1.はじめに―マターナルデプリベーション
 近年,人間の精神的,身体的発達と親子関係の間には密接な関係があることが見出されてきた。その基本となる概念がマターナルデプリベーションであり,愛着行動である。まず,マターナルデプリベーション(母性遮断,母性剥奪,母親剥奪)の概略を以下に記す。
 Bowlby, J. が1951年に,乳幼児期における母親の愛情は,ビタミンやタンパク質が身体の健康に不可決であるのと同様に心の健康にとって重要である,と述べ,母性的養育の剥奪(母性遮断)が子供の精神と肉体におよぼす悪影響について総括した。それ以前にも若干の類似の研究や,アナクリティック・デプレッションの研究もあるが,母性遮断についてもっとも大きな影響をおよぼしたBowlby15,18,19,142)と,その後の諸研究ならびに自己の研究を総合して報告したRutter, M. 127)の両名を省略することはできない。

研究と報告

いわゆる心気症の2態—学習心理学の立場からの検討

著者: 前田久雄 ,   葛原素夫

ページ範囲:P.237 - P.242

 抄録 多彩な心身の故障を長期にわたり執拗に訴える,いわゆる心気症と呼ばれる病態は,疾病に対する恐怖の有無によって2態に分けられることを,コンフリクトの概念(Lewin, K.)をも含んだ学習心理学的立場から論じた。その結果は,疾病への恐怖を中核とするものを心気症とし,そうでないものは身体化障害の範ちゅうにはいるものとする近年の傾向を支持した。疾病恐怖を持つ1症例では,疾病に対する合理的な条件反射性の不安が,ヒポコンドリー性体験によって強化され,さらにこれが精神交互作用によって連続的に再強化されるintrapersonalな過程が,症状の発現,持続の機序をなしていると考えられた。疾病恐怖を伴わない1症例では,接近・回避性コンフリクトに起因した不安が,身体症状の発現による一次性,二次性疾病利得によって軽減するという,第三者が介在したinterpersonalな強化事態によって発症すると考えられた。このような2態においては,当然治療法も異なってくることを示唆した。

皮膚寄生虫妄想に関する一考察

著者: 山下剛利

ページ範囲:P.243 - P.252

 抄録 皮膚寄生虫妄想の文献例100例の現象学的分析と著者の治療法によって得られた知見をもとに,本疾患の病理・病因について検討した。①発症年齢は16〜84歳。平均年齢は57歳。男女比は2対3。「虫」の大きさはmm単位以下で,色は白または黒が多い。大きな動物の出現する場合は幻覚と思われ,その原因は粗大な脳器質疾患が考えられる。「虫」が体内にいると訴える場合は,主として分裂病その他の精神病が推定される。②本疾患の主病変は感覚中枢における機能構造的変化であり,これが触・視覚系の生理的錯覚を病的錯覚に至らしめたものと考えられる。③感覚中枢が制御不全となって病的安定構造が形成されたとき,自己修復が困難となり,その結果として,病的錯覚が堅固に持続することになったものと思われる。④制御不全の原因は,感覚中枢に対し機能構造的に影響を及ぼす疾患,とりわけ脳器質疾患が重要視されるが,組織破壊を来す疾患は本症を発現しないものと思われる。

入院中の精神疾患患者における遅発性ジスキネジアに関する研究

著者: 阪本淳 ,   小田代司 ,   小高晃 ,   猪俣好正 ,   白取博志

ページ範囲:P.253 - P.264

 抄録 宮城県立名取病院に入院中の全患者314名を対象に,遅発性ジスキネジア(以下TD)の出現頻度や発症に関与する要因についての調査を行った。症状の評価はAIMSを用い,診断にはNIMH(1982)の基準を用いた。
 その結果314名中24名(7.6%)がTDと診断された。TD群と対照群との間で従来からTDとの関連が示唆されてきた,いくつかの項目について比較した結果,高年齢化がTDの発症および症状の非可逆性に関係すること,症状の重症度については性別およびTD以外の錐体外路症状の合併が関係することが推測された。抗精神病薬との関連についてはTD群と対照群の間に差が認められなかったので,抗精神病薬非服用老人35名についてAIMSを施行した結果,2名(5.7%)のみに明らかなTDの症状を認めた。この出現頻度を同年齢帯域に属する抗精神病薬服用群のTDの出現頻度と比較した結果,服用群で有意に高く,TDの発症と抗精神病薬との間の関係が示唆された。

遅発性ジスキネジアのCT研究

著者: 高宮真樹 ,   田上聡 ,   佐久間啓 ,   中里弘 ,   伊藤斉

ページ範囲:P.265 - P.272

 抄録 中等度の遅発性ジスキネジアを有する精神分裂病入院患者15例のCT所見を,これと性,年齢,病型,罹病期間,抗精神病薬投与期間・総投与量等に有意差のない対照群18例のそれと比較検討したところ,尾状核頭部とレンズ核の面積およびdensity,両側尾状核間の最小距離,第3脳室の最大幅,VBR等のすべての計測項目について,両群間に有意差はなかった。次に,対象全例をロボトミーの有無で2群(有5例,無28例)に分けて比較検討したが,両群間のすべての計測項目に有意差はなかった。これらの結果に若干の文献的考察を加えた結果,遅発性ジスキネジア発現における個体側因子としての基底核を含む脳器質的変化の識別は,今回のような中等度の症状を有する症例については,現在のCTでは困難と思われた。

前頭葉梗塞例にみられた固執傾向に関する研究

著者: 山崎久美子 ,   杉下守弘

ページ範囲:P.273 - P.282

 抄録 前頭葉の高次精神機能について,ウィスコンシンカード分類検査(Wisconsin Card Sorting Test)を用いて研究を行った。対象としては,脳腫瘍や頭部外傷など,損傷部位が同定しにくい疾患を避け,脳梗塞例に限った。左前頭葉損傷者7例,右前頭葉損傷者6例,両側前頭葉損傷者2例の合計15例において検討を加えた。非前頭葉損傷者と健常者8例ずつを対照群とした。ウィスコンシンカード分類検査で把えられた固執性誤反応に注目したところ,前頭葉損傷者全例に固執傾向が認められた。固執性誤反応が生じる可能性を考慮し,学習後,再検査を行ったところ,対照群においてみられた固執性誤反応が著しく減少したことから,それらは,前頭葉性の固執反応とは性質を異にするものであることが明らかとなった。前頭葉損傷に特異的であるとされた固執傾向は,左右の背外側部のみならず,内側面や眼窩部(底面)の病巣でも出現することが示された。

FPN-Forrest test(急速尿呈色試験)による服薬維持の試み(第1報)—新たな判定方式について

著者: 岩成秀夫 ,   飯塚博史 ,   小田豊美 ,   酒井正雄

ページ範囲:P.283 - P.291

 抄録 精神分裂病患者の再発予防を主な目的として,服薬状況を把握するための簡便で客観的な方法について検討した。その1つにphenothiazine系薬物に対する急速尿呈色試験であるForrest test(FPN)があるが,多剤併用の現状への考慮等より新たな判定方式を考案した。即ち,phenothiazinc核の濃度を基準にした「カラーチャート」と「判定用標準グラフ」を用いる方式である。このカラーチャートより判定した場合,服薬量が一定ならぼ星色反応の強さの日内変動は精々1段階以内に留まり,再現性も比較的良好であることがわかった。また,服薬量の変化は速やかに呈色反応の強さに現われるとの結果が得られた。さらに,尿比重と呈色反応の強さは正の相関の傾向にあり,呈色反応の色調はphenothiazine系の各薬物に対応して一定の分布を示していた。この新たな判定方式を用いることにより,Forrest test(FPN)は現在もなお臨床的に有用であると考えられた。

ガンゼル症候群を示した9歳女児例

著者: 野本文幸 ,   横田正夫 ,   高橋隆一 ,   奥寺崇 ,   中屋みな子

ページ範囲:P.293 - P.299

 抄録 今回筆者らは小児期には稀であるガンゼル症候群を示した解離ヒステリーの9歳女児例を経験した。本例では準備状態に骨端症が,症状悪化に薬物性肝障害がそれぞれ深く関与し,それまで「自分は何でもできる」という自我像をもっていた患児が生まれて初めての深刻な挫折を体験する背景となった。そして,患児の年齢では本来できないことになっていたのを無理を通してやらせてもらった"役"を遂行できなかったという失敗が結実因子となり,優等生であった患児の立場,自我像を根本的に揺るがせて人格的危機に陥し入れ,極期には解離ヒステリーの病像を呈した。この状態においてVorbeiredenとVorbeischreibenを示し,また抗不安薬の離脱症状と考えられるけいれん発作を起こし,その前後から病状が快方に向かった。治癒過程において患児は自ら絵画を描き始めるが,この描画が一度は崩壊してしまった自我像を再構築するための重要な治療的役割を果たしたと考えられた。

Thioridazine投与中にTorsade de Pointesを呈した1例—突然死の一成立機序について

著者: 切池信夫 ,   前田泰久 ,   泉屋洋一 ,   西脇新一 ,   片原節 ,   撫井弘二 ,   川北幸男 ,   錦見俊雄 ,   竹内一秀 ,   武田忠直

ページ範囲:P.301 - P.309

 抄録 42歳のPick病が示唆された女性患者の異常行動に対して,thioridazine 100〜150mg/日,cyproheptadine 12mg/日,sulpiride 300mg/日,promethazine 50mg/日を投与したところ,18日後に,致死性頻拍性心室性不整脈であるTorsade de Pointes(TDP)の誘発と肝障害を生じた。すべての薬剤投与を中止し,一時ペースメーカーを設置することにより,TDPの消失と肝機能の正常化をみた。本例は,thioridazineを少量短期間投与中にTDPが誘発されたもので,phenothiazine系薬剤投与中に起こる原因不明の突然死の原因の一つとして,TDPの発生が示唆された。

MOD-20(teciptiline maleate)とmianserinの抗うつ効果に関する二重盲検比較試験

著者: 小林義康 ,   小林亮三 ,   小野寺勇夫 ,   伊藤公一 ,   高橋三郎 ,   千葉達雄

ページ範囲:P.311 - P.328

 抄録 新規の四環系抗うつ剤MOD-20の各種うつ病,うつ状態に対する臨床的抗うつ効果,安全性および有用性について,mianserinを対照薬とした二重盲検比較試験により検討した。解析対象は各種うつ病,うつ状態の106例(MOD-20群53例,mianserin群53例)であった。
 最終全般改善度では両群間に有意差は認められず,各評価時期の全般改善度にも有意差は認められなかった。症状別改善率について,思考抑制と思考内容(自殺)の1週後ではMOD-20群が優れている傾向が認められたが,効果発現時期について両群間に有意差は認められなかった。副作用について,全般安全度では両群間に有意差は認められず,副作用の症状別出現率にも有意差は認められなかった。最終全般改善度と全般安全度を総合した有用度では両群間に有意差は認められなかった。また参考として層別解析を試み,MOD-20とmianserinの臨床効果の特徴を比較した。以上の結果について若干の考察を試みた。

短報

学校でのいじめによって発症した転換障害の1症例

著者: 林竜介 ,   竹内龍雄 ,   小泉準三

ページ範囲:P.329 - P.331

I.はじめに
 最近,全国の小・中・高校等で生徒同士によるいじめが多発し,大きな社会問題としてマスコミ等で取り上げられ,クローズ・アップされている。被害を受けた生徒の中には,心身に障害を起こし,その回復に困難をきたす者も少なくないと言われており4),この問題は,教育のみならず精神医学の上からも今日的な課題の一つとなっている。我々はこのたび,中学校でいじめられたことを契機に典型的な転換障害(DSM-Ⅲ)を発症した1症例を経験した。精神医学の臨床的立場からのこのような症例の発表は少ないと思われるので,若干の考察を加えて報告したい。

精神分裂病と甲状腺障害を合併した一卵性双生児例

著者: 柴田恵理子 ,   渡辺雅幸 ,   坂井田四郎 ,   中澤恒幸

ページ範囲:P.333 - P.336

I.はじめに
 我々は一卵性双生児の姉妹がともに甲状腺障害と精神分裂病症状とを呈した症例を経験した。精神症状の病因として甲状腺障害による症状精神病2,8,13)の可能性も否定できないが,精神症状の内容が幻聴,考想化声,被影響体験などの一級症状を有する分裂病症状であり,また明確な遺伝負因(父親が精神分裂病)が存在することから,姉妹の精神症状は精神分裂病によるものと診断した。姉妹の精神症状は類似点も多いが,姉は分裂病発症前にeating disorderの症状を呈したのに,妹はかかる症状を呈さないなどの相違点も存在した。本症例は一卵性双生児の姉妹が双方とも,①甲状腺機能障害と②精神分裂病とを発症したが,一方,③姉のみが精神分裂病症状に先行してeating disorderを発症した経過をたどり,以上の点で興味深い症例と考え,ここに報告する。

炭酸リチウムとアルプラゾラムの併用によりリチウム中毒を呈した躁うつ病の1例

著者: 三上泰久 ,   山下努 ,   伊東隆雄 ,   猪俣光孝 ,   藤枝俊儀

ページ範囲:P.337 - P.339

I.はじめに
 炭酸リチウムと抗不安薬の薬物相互作用に関しては未だ十分な研究は行われていないものの,危険な副作用の報告は極めて少なく4),一般に安全と考えられている3,5)。このたび我々は炭酸リチウム維持量投与中の躁うつ病の1症例に対し,抑うつ状態の改善を図るためアルプラゾラムを併用したところ,両薬剤のinteractionに起因すると思われるリチウム中毒の発現を経験したのでその経過を報告するとともに両剤のinteractionについて考察する。

動き

混沌のなかの曙光—第2回日本精神衛生学会

著者: 吉川武彦

ページ範囲:P.340 - P.340

 「……多局面の『心の健康』が今日ほど求められる時代はないといえよう。……したがって『心の健康』あるいは『健康な生き方』という精神衛生の基本的な課題を探求する場が必要と考える。……こうした時代の要請に応えるべく,それぞれの専門家(心理・社会・医学のみならず,保健,看護,社会福祉,教育など,相談に携わる人々)が対等な立場で共通なテーマを討論し,研究する学会(日本精神衛生学会設立趣意書)」として,昭和60年11月に発足した本学会の第2回大会が,昭和61年11月14,15日の両日,千葉県市川市で開催された。
 この学会は設立趣意書にもあるように,多領域に亘る実践者を主体としたものであるだけに,その動向は極めて興味深くみられている。第1回大会の企画の段階から,「学会は一部の研究者だけのものに止めず,『開かれた』ものにしたい」という論議があり,第2回大会もこの線に沿うかたちでプログラムが組まれていた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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