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雑誌目次

論文

精神医学29巻4号

1987年04月発行

雑誌目次

巻頭言

大脳機能と精神活動

著者: 倉知正佳

ページ範囲:P.348 - P.349

 精神活動が何らかの仕方で大脳機能に依存していることに異論はないと思われるが,その関連の仕方については,さまざまな考え方がある。かつて哲学者H. Bergson(1919)は,精神活動を服にたとえ,服はかけてある釘につながっていて,釘が動けば服もゆれる。だからといつて釘が服の細部に対応しているとか,釘と服は同じものであるとはいえないと述べ,精神活動の独自性を主張した。近年のJ. C. Eccles(1978)の仮説では,意識する自己と物質的脳は,大脳のリエゾン野(liaison areas)によって相互に連絡していて,自己意識のある心は神経事象に対して,選択的,能動的役割を果たしている。それによつて,意識体験の統一性が保たれると推測している。われわれ精神科医は,実際の臨床においては,心的事実を尊重するとともに,神経学的所見にも目を配っているのであるから,Ecclesの相互二元論に近い立場で仕事をしているといえそうである。では,Ecclesのいうリエゾン野とはどこにあるのだろうか。Ecclesは優位半球を重視し,その中でも最広義の言語領野,前頭前野など異種の情報が収束する領野,及び絵画や音楽など非言語的に交流する領野を挙げているが,そのあたりかも知れい。
 臨床的にこの問題をもっとも直接的に取り扱ってきたのは,神経心理学の分野である。以前の神経心理学は,失語,失行,失認などの症状とその本態をめぐって果てしない議論をするかなり特殊な分野という印象をもたれていたようである。故大橋博司先生の名著「臨床脳病理学」(1965)の序文の一部にも,「何分諸説紛々として混沌たる対象であるため」と述べられている通りである。しかし,X線CT出現以前に出版されたこの著書には,豊富な臨床経験と深い学識に基づいて大橋先生のバランスのとれた見解が随所に示されていて,それは神経心理学を学ぶ者にまたとない指針を与えてくれるものであった。はじめは分かりにくい個所でも,実際に症例を経験してから読みなおすと,症状の奥行きとでもいうべきものがその達意の文章にこめられていることが分かり,私達はこの著書を通じて神経心理学の知識だけでなく考え方を学ぶことができたと思う。

展望

アタッチメントと社会性の発達—正常と異常(第2回)

著者: 作田勉

ページ範囲:P.350 - P.359

Ⅱ.特定状況の影響
 次に,具体的な特定状況の子ども達への影響を以下に記す。
1.施設での養育
 施設で育った子が有する問題は,母性剥奪(母性遮断maternal deprivation)としてBowlbyが1946年に発表した。彼は,これらの子が成人になると持続的な対人関係を築けないことが特徴のaffectionless psychopathyになること,また,その原因としては乳幼児期の代理母親が頻繁に交代することに一因があるのではないか13)と述べた。同様な報告として,Goldfarbは,少なくとも3歳まで施設で育てられた子は,罪悪感の欠乏,愛情飢餓,対人関係維持の障害が認められると報告した49)

研究と報告

分裂病の認知・行動と事象関連電位のP300成分(Ⅰ)—課題遂行方略の特徴と組織制御系の機能の問題点

著者: 秋本優 ,   平松謙一 ,   福田正人 ,   丹羽真一 ,   亀山知道 ,   斎藤治

ページ範囲:P.361 - P.371

 抄録 認知・行動の基本的機構における分裂病の問題点を整理する目的で「検査室場面での課題遂行」の特徴をまとめ2部に分けて報告した。具体的には,「三音弁別課題」遂行時の事象関連電位のP300成分の振幅・潜時と反応時間を,DSM-Ⅲの基準に合致する9名の軽症分裂病男性患者(平均28.2歳)と9名の男性正常対照者(平均28.6歳)について測定した。第Ⅰ部(本稿)では次の特徴を報告した。(1)正常群では高頻度非目標音によっても潜時約400ミリ秒のP300成分がCz優位に出現したが患者群では出現しなかった。これは患者群では課題無関連刺激を文字どおり無視するという不利な方略を採用するためで冗長性利用に問題があると考えられた。(2)患者群では目標音に対する無反応が有意に多かった。無反応時にはP300は出現しないことから,患者群における無反応の増加は反応組織化の失敗ではなく刺激評価の失敗によるものと考えられた。

操作的診断基準の信頼性とその問題点—Ⅰ.症例要旨法による研究用診断基準(RDC)の評定者間信頼度検定

著者: 須賀良一 ,   森田昌宏 ,   伊藤順一郎 ,   北村俊則

ページ範囲:P.373 - P.378

 抄録 精神科臨床経験2〜5年の12名の医師が,New York State Psychiatric Instituteの症例要旨集を使用しそれぞれ独立して現在挿話RDC診断を行い,その結果に基づいてRDCの評定者間信頼度検定を行った。
 その結果,RDC診断に必要な精神症状の評価や診断概念についての評定者間の一致度はおおむね高く,日本においても操作的診断基準としてRDCは充分に使用できると推論された。しかし,一部の精神症状の評価や診断概念については評定者側の要因によって評価がかなり左右されており,検討を要すると思われた。

精神分裂病及びその近縁疾患の入院薬物療法に関する統計学的研究

著者: 武南克子 ,   原田俊樹 ,   曾良一郎 ,   佐藤光源 ,   大月三郎

ページ範囲:P.379 - P.388

 抄録 昭和49年から58年までに岡山大学附属病院神経精神科を退院した精神分裂病圏の患者342名を対象に,人口統計学的諸指標をはじめとするさまざまな要因を総合した退院時転帰の研究を試み,薬物投与量やその種類,主剤や単剤,多剤など現実の入院治療の実態を調査した。その結果,①寛解群は女性が多く発病年齢,入院時年齢が高く入院期間が短かった。②寛解群では最大処方時,退院時ともbutyrophenone主剤型が多く少量で治療されていた。③軽快・不変群は総服薬量が多く,特に退院時はphenothiazine主剤型であった。④病群,病型別には中核群,特に破瓜型で最も寛解率が低く,辺縁群では寛解率が高かった。⑤さらに処方薬物の分析では中核群,中でも破瓜型の特徴は転帰別の軽快,不変群の特微にほぼ一致し,辺縁群の特徴は寛解群の特徴に近かった。以上の結果に古典的な予後研究及び近年の薬物反応性に関する研究の見地から若干の考察を加えた。

一卵性双生児にみられた不完全一致のGilles de la Tourette症状群

著者: 野本文幸

ページ範囲:P.389 - P.394

 抄録 血清学的に一卵性であることが確認された男子双生児1組にみられた不完全一致のGiHes de la Tourette症状群を経験した。一方はDSM-Ⅲの「トウーレット障害」,もう一方は「非定型チック障害」であった。本双生児は,脳波,聴性脳幹反応,出生体重,発育,身体的所見,既往歴,そして基本的な性格特徴はよく類似していたが,習癖,日常の行動,各種の心理検査では相違が認められた。これらの結果は,従来の本症状群の双生児例の報告や家族研究の結果と併せて考えると,チック症としての発症には遺伝因子を含む生物学的背景が関与し,症状の軽重には心理的因子が関与すると考えられた。

痴呆スクリーニング・テストの開発

著者: 大塚俊男 ,   下仲順子 ,   北村俊則 ,   中里克治 ,   丸山晋 ,   谷口幸一 ,   佐藤真一 ,   池田央

ページ範囲:P.395 - P.402

 抄録 地域の中で痴呆性老人を早期に発見し,相談,指導,ケアなど各種保健活動を進める上で保健婦などのコ・メディカルスタッフが容易に施行でき,かつ鑑別できる痴呆スクリーニング・テストの開発を試みた。わが国および欧米の9種類の簡便な痴呆評価スケールに使われている質問項目を参考にして,新たに作成したテストを5回にわたり調査,修正して改良を加え,最終的に20採点項目のテストを作成した。正常な老人から痴呆を疑われる老人までを含む203名(男性59名,女性144名)よりなる集団を対象に本調査を行った。本テストが高い内的整合性と信頼性,かつ妥当性を有することを臨床診断(DSM-Ⅲによる痴呆診断基準および柄澤のぼけの判定基準による),長谷川式痴呆診査スケールおよびMental status Questionnaire(MSQ)を外的基準として検討した。本テストの痴呆スクリーニング・テストとしての十分な有効性が確かめられた。

老年期のせん妄の臨床的研究

著者: 永野修 ,   植木昭紀 ,   高内茂 ,   三好功峰

ページ範囲:P.403 - P.409

 抄録 最近3年間にせん妄の診断のなされた125例を老年群79例と非老年群46例に分け,老年群のせん妄状態の臨床的特微を検討した。せん妄の基礎疾患は,非老年群では,生命にかかわるような重篤な基礎疾患が多かった。老年群では,非老年群のような重篤な基礎疾患を持たなくても,軽微な基礎疾患を背景に精神的誘因が重なり,せん妄が生じやすい傾向がみられた。さらに,老年群のせん妄を対象とした脳CT上の脳萎縮は,画像解析によって対照群に比し有意の脳萎縮の進行を示した。この脳萎縮は軽度のものであるが,老年群に多くみられた視聴覚障害とあわせて,せん妄発現の準備状態として重要な要素であると考えられた。またせん妄発症6カ月後の予後を調査すると,37例は30%死亡していた。さらに,老年群のせん妄患者では27例34%に痴呆症状を認めた。

母娘にみられた多種薬剤嗜好例—とくにリタリン依存

著者: 折田美佐枝 ,   柴田洋子 ,   加藤能男

ページ範囲:P.411 - P.416

 抄録 症例は51歳の主婦で,約10年前から全身倦怠,不眠などを理由としてbellergal,chlordiazepoxideを精神科医から与薬され,さらに7年前からritalinが追加されて以来,とくにritalinに強く依存するようになった。彼女の独り娘は先天性股関節脱臼のため高校を中退し,その負目のために抑うつ的となり,母親を真似て種々の抗不安薬を服用するようになった。娘もやがてritalinに依存するようになり,母娘ともどもに服薬をたのしんで無為,臥床の日々を送るうち,娘の方は薬物が原因と思われる突然死を遂げた。娘の死後母親は薬物による自殺未遂で当科に入院し,著明な離脱症状を経て,ようやく長期にわたる薬物依存から脱却した。
 この症例について,ritalinの依存形成,「2人での」依存形成について文献的考察を行い,最後に精神科薬剤による依存の早期発見の重要性,ならびに家族の協力(この症例においては夫)や啓蒙の必要性を述べた。

Triazolam(Halcion®)依存の2症例

著者: 国芳雅広 ,   有川勝嘉 ,   三浦智信 ,   中村純 ,   稲永和豊

ページ範囲:P.417 - P.421

 抄録 short-acting benzodiazepineであるtriazolamの依存の2例を経験した。症例1は35歳男性で神経症的不安や不眠を背景としてnitrazepamその他の多剤依存の傾向が生じていたところにtriazolamの自己施用が始まった。triazolamの施用は頻回大量であり,精神的依存に加え断薬時に離脱症状の出現をみ,身体的依存を生じていた。これは断薬時の種々の自律神経症状や精神病様症状に加えて脳波の経時的変化からも支持された。最大施用量は1日80mgであった。症例2は63歳男性で,抑うつ・不眠に対してtriazolamの自己施用が始まった。精神的依存の傾向が強かったが施用量が頻回大量でなかったためか離脱症状はみられなかった。最大施用量は1日5mgだった。
 このように比較的安全とされるtriazolamであっても,その施用量が頻回大量であれば精神的依存のみならず身体的依存を生じる可能性もあり,その使用にあたっては慎重を要する。

精神分裂病群における微小循環障害の可能性—向精神薬による静脈血ガス分析の異常よリ

著者: 武井満

ページ範囲:P.423 - P.431

 抄録 精神分裂病群患者の採血をしていると,静脈血にもかかわらず動脈血のように鮮紅色を呈する例があることから,その機序と原因を明らかにするために,血液ガス分析を主に静脈血について行った。
 その結果,分裂病群では鮮紅色を呈する静脈血のO2分圧は高くなっており,動脈血の性状に近くなっていることが明らかにされた。この事実を微細血管構築である動静脈吻合を中心とする微小循環の障害という視点から考察した。また,haloperidolやdiazepamの静注により同様な現象が再現されたことから,向精神薬をその原因として推定した。

短報

Respiratory Dyskinesiaの1症例

著者: 阪本淳 ,   早坂啓

ページ範囲:P.433 - P.435

I.はじめに
 抗精神病薬の長期服薬に関連して出現するtardive dyskinesiaの症状の一つで,横隔膜などの呼吸筋の不随意運動により呼吸困難,不規則な呼吸促迫,胸内苦悶感などをきたすrespiratory dyskinesiaに関する報告1〜6,8,10)は,これまでのところ数少ない。筆者らは最近,躯幹筋群の粗大なmyoclonusに伴ってrespiratory dyskinesiaを呈した1症例を経験したので報告する。

抗精神病薬断薬後も多飲を続ける接枝分裂病の1症例

著者: 稲田俊也 ,   松田源一

ページ範囲:P.437 - P.439

I.はじめに
 1923年Rowntree7)の報告以来精神障害者の水中毒は既に諸外国で多数報告されており,近年本邦でも注目を浴びている3,10)。その原因としては抗精神病薬による影響や,SIADH,尿崩症などに関係づける報告が多い。今回の我々の症例は抗精神病薬断薬3ヵ月の期間中,投薬中と変わらない多飲傾向を示したことから,多飲の原因として口渇等の抗精神病薬の副作用以外の要因も考慮しうる点で重要であると考えられる。また,SIADH,尿崩症との関係も再検討してみたい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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