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雑誌目次

論文

精神医学29巻6号

1987年06月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学と民俗学

著者: 高畑直彦

ページ範囲:P.562 - P.563

 精神病の概念については,古代から現代に至るまで,様々な変遷を経てきていることが知られている。かかる変遷は,個々の精神事象にも当て嵌めてみることができよう。そして,その背景には,時代文化や時代精神が影響し,あるいは逆に,精神事象そのものが,それらの一表現となっていることもありそうである。
 特に,トーテムとその歴史的推移については,精神医学と深い関係があるように見える。トーテムは,極めて素朴な心性の産物であろう。自然への畏怖を覚えた時,自然の中で逞しく生きている動物などの能力に想いを托し,それを守護神としていく過程が考えられる。かかる心性は,現代においても縁起を担いだり,神仏を拝んだりすることの中に,トーテム信仰や,そのことにまつわるタブー的名残りとしてよく見かけるのである。

展望

精神科領域におけるデキサメサゾン抑制試験の臨床的意義—第1回

著者: 星野仁彦

ページ範囲:P.564 - P.577

I.はじめに
 一般に糖質corticoidは,下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を陰性フィードバック的に抑制して,二次的に副腎皮質からのcortisolの分泌を減少させる。これを応用して,Cushing症候群などの視床下部-下垂体-副腎皮質系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis,以下HPA-axis)の機能を調べる検査としてLiddle204)により開発されたのがデキサメサゾン抑制試験(Dexamethasone Suppression Test,以下DST)である。
 精神科領域では,Fawcettら115),Carrollら60〜73)によって,躁うつ病,特に内因性うつ病でDSTの抑制不全(異常反応)がみられることが報告されて以来,種々の精神疾患に応用されてきている。しかし,近年の研究では,内因性うつ病の他にも,神経性食思不振症,老年痴呆,アルコール依存症,精神分裂病の一部などでDSTの抑制不全(nonsuppression)が認められることが報告され,内因性うつ病におけるDSTの感度や特異性が疑問視されてきている。それと同時に,DSTのメカニズムがtrait(素因)とstate(病態)のいずれに依存するかという議論も活発になされてきている。

研究と報告

操作的診断基準の信頼性とその問題点—Ⅲ.再試験法による研究用診断基準(RDC),ハミルトンうつ病評価尺度,陰性症状評価尺度の信頼度検定

著者: 北村俊則 ,   須賀良一 ,   森田昌宏 ,   伊藤順一郎

ページ範囲:P.579 - P.585

 抄録 12名の精神科医がそれぞれ2名1組となり,総計29名の入院患者について日をおいて別個に面接を施行し,研究用診断基準(RDC)の決定,RDC診断に必要な症状項目ならびにハミルトンうつ病評価尺度(HRS),陰性症状評価尺度(SANS)の各項目の評価を行った。再試験法によるRDC定型うつ病(κ=0.93)と精神分裂病(κ=1.00)の診断の一致率は大変高かったが,分裂感情病うつ型(κ=0.46)と躁病(κ=0.63)のそれは低かった。RDC診断のための症状項目,HRS,SANSの各項目は概して高い一致率もしくは相関が示された。

反復言語palilaliaについて

著者: 波多野和夫 ,   長峯隆 ,   笠井祥子 ,   白水重義 ,   垣田清人 ,   浜中淑彦 ,   大橋博司

ページ範囲:P.587 - P.595

 抄録 左前大脳動脈流域を中心とする脳梗塞発症の約5年後に,再発作によって反復言語が発現した症例を報告した。反復言語は約1ヵ月半持続して,消退した。本例の反復言語には次のような特徴が認められた。(1)ジストニー様不随意運動とともに出現し,左片麻痺の改善とともに消失した。(2)超皮質性運動失語の回復後に再発作によって出現した。(3)発現に状況依存性が認められた。(4)同音性反復言語から異音性反復言語に変化した。これらの点の症候学的問題について考察した。

右眼窩脳の脳梗塞が病因に考えられた一過性記銘力障害と逆行性健忘の1症例

著者: 上杉秀二 ,   福沢等 ,   渡辺哲夫 ,   小島卓也

ページ範囲:P.597 - P.602

 抄録 急激に発症し,明らかな意識障害を認めず約1カ月間にわたる一過性の記銘力障害,および逆行性健忘を示した1症例(38歳,女性)を報告する。本症例では,CT scan,脳波検査,心理検査を縦断的に施行し,これらの結果から右前頭葉内側(眼窩脳)の脳梗塞と診断した。記憶障害の病巣部位については,乳頭体—視床—視床下部—帯状回—海馬の記憶系が提唱され,間脳や側頭葉が重要な部位と考えられ,また前頭葉も注目されているがまだ明確ではない。今回,本症例から前頭葉と記憶障害について,考察してみた。

向精神薬長期服用中の精神科入院患者の腹部単純レントゲン写真所見—巨大結腸症の発生頻度

著者: 堀彰 ,   大久保健 ,   吉野邦英

ページ範囲:P.603 - P.607

 抄録 向精神薬長期服用中の精神科入院患者(88名)について,腹部単純レントゲン写真(立位)を撮影し,主として消化器系・泌尿器系の訴えをもって,診療所の内科外来を訪れた患者(62名)を対照群として比較検討した。
 1)腹部写真については,重症のものから,Ⅳ度(鏡面像形成),Ⅲ度(結腸の異常ガス),Ⅱ度(多量の便あるいはガスの貯留),Ⅰ度(中等度の貯留),0度(少量の貯留)の5段階に分類した。2)精神科患者のうち,Ⅳ度は3名(3%),Ⅲ度は12名(14%),Ⅱ度は15名(17%),Ⅰ度は34名(38%),0度は24名(27%)であった。一方,対照群では,Ⅳ度,Ⅲ度,Ⅱ度はなく,Ⅰ度は33名(53%),0度は29名(47%)であった。3)ガスあるいは便により横行結腸,下行結腸あるいはS状結腸が拡大し,6cm以上になったものを巨大結腸症とした。巨大結腸症は精神科患者では13名(15%)にみられたが,対照群では認められなかった。4)精神科患者の腹部写真の重症度と,年齢,在院期間,抗精神病薬投与量,抗パーキンソン薬投与の有無,下剤投与の有無との間には,有意な関係はなかった。

抑うつ状態下の飲酒に伴って高度の溶血性貧血及び巨赤芽球性貧血を呈した1女性例

著者: 竹下久由 ,   鎌田修 ,   浜崎豊 ,   松下棟治 ,   大田原顕 ,   吾郷浩厚

ページ範囲:P.609 - P.615

 抄録 症例は37歳の女性,昭和55年春(33歳)より,毎年周期的に抑うつ焦燥感,不眠,全身倦怠感などが出現し,ビールを飲むようになったが次第に増量(5〜6本/日)。同59年5月(37歳),RBC 214×104/mm3,MCV 126fl,MCH 41.6pgと大球性高色素性貧血を呈し,さらに網赤血球の増加(55%),間接ビリルビンの増加,ハプトグロビンの低下,骨髄穿刺で赤血球系の増加を認め,溶血性貧血と診断された。
 軽快退院後同年10月同様の状態となり(RBC 175×104/mm3,MCV 120.1fl,MCH 40.6pg,網赤血球63%),さらに末梢赤血球の30%に口唇赤血球症を認め,骨髄穿刺では64%の巨赤芽球が認められ,溶血性貧血兼巨赤芽球性貧血と診断された。全経過を通じ葉酸,VB12,血清鉄は正常で,入院後いずれも無治療で貧血は改善した。臨床検査所見,使用薬物,臨床経過などから本例の貧血はアルコールの直接作用による可能性が最も高いものと考えられた。

精神分裂病様の精神症状を呈したWerner症候群の3例

著者: 窪田孝 ,   地引逸亀 ,   山口成良

ページ範囲:P.617 - P.624

 抄録 全身の結合組織など外胚葉性起源器官の若年性老人様変化を主要症状とするWerner症候群で,精神分裂病様の幻覚妄想状態を呈した3例を報告し,さらに過去に報告された症例を参照し,その精神症状につき考察した。精神症状は慢性の脳器質性精神障害にみられる脳器質性人格変化と外因性妄想幻覚症状群の特徴を示し,検査では発症後の知的機能の低下,脳波上全般性の徐波化,CTスキャンによる軽度脳萎縮など慢性進行性の脳萎縮性変性疾患を示唆する所見が得られた。これらより本症候群は発症から数十年にわたる経過中に,性格変化から分裂病様の幻覚妄想状態,さらに急性外因反応型まで種種の多彩な精神症状を呈する脳器質性精神障害であることを示した。また本症候群の性格特徴は,周囲に対する不信感,被害念慮,他人との暖かい接触性の欠如など妄想性人格障害の特徴とほぼ一致しており,本症候群に特有な性格変化と考えられ,本症候群の幻覚妄想の形成上重要な役割を演ずることを示唆した。

血液灌流による悪性症候群の治療

著者: 西村学

ページ範囲:P.625 - P.634

 抄録 抗精神病薬の重篤な副作用の一つに悪性症候群がある。その治療として種々の薬物が用いられているが,それでも,致死率は20〜30%にも及んでいる。当科では,今までに5例の同症候群を経験し,何れも血液灌流(direct hemoperfusion)で著しい改善が得られ,全例救命することができた。しかも,薬物療法に比べて,諸症状消失までの期間を短縮することが可能であった。
 5例中3名は抗精神病薬の非経口的投与により,1名は経口的投与によって発症していた。また,1例は薬剤の中断を契機として症状の出現をみたものであった。同療法の効果発現機序として,吸着による原因薬剤と二次的な増悪因子の除去が考えられる。1例に血中カテコラミンの測定を行ったところ,急性期に著増しており同療法によって低下をみている。

短報

「加害妄想」を共有した1同胞例

著者: 大迫政智 ,   芳賀幹雄 ,   十束支朗

ページ範囲:P.635 - P.637

I.はじめに
 症例は10年余り兄弟2人だけで生活した後,「自分のせいで周囲に迷惑をかけ,そのために嫌われてしまう」という加害妄想を共有するに至った兄弟である。長く同一の場所で親しく生活している人々の間で,被害妄想が相前後して共有された症例はこれまでも多く報告されてきた8)。しかし加害妄想を共有する症例は稀であるため,兄弟の心理関係などに関して若干の考察を加え報告する。

紹介

ガレーノスの精神疾患論—その1.罹患した部位について(De locis affectis)(1)

著者: 濱中淑彦

ページ範囲:P.639 - P.644

ガレーノス:罹患した部位について。Peri tônpeponthotôn topôn(De locis affectis)

古典紹介

Friedrich Mauz:Die Prognostik der endogenen Psychosen[Georg Thieme Verlag, Leipzig,1930](第1回)内因性精神病の予後

著者: 曽根啓一 ,   植木啓文 ,   高井昭裕 ,   児玉佳也

ページ範囲:P.645 - P.654

序文
 Kraepelinの学説は,大部分の内因性精神病を躁うつ病と早発性痴呆に分けた。彼の学説は,主として経過予後に重きを置いたものであり,確かにそれは,内因性精神病の予後を手にするための最初の名高い近代的な試みであった。真の躁うつ病は,分裂病に比べ,平均して,破壊的,持続的に人格に影響を及ぼすことが少ない,という確認は,非常に価値のある知見であったし,それは今日でもなお正当性を持っている。
 にも拘らず,個々の症例の予後については,依然として不十分であった。疾病単位,つまり互いに鋭く区分可能な大きな疾患群というKraepelinの考えは,まさしく内因性精神病の領域で,ともかく現実に即して疾患型--これらは互いに絡み合った変質的遺伝プロセスの系のもつれから,ある特定の系の組み合わせが高頻度に起こることによって際立って出てくる--の樹立を認めていこうとする現実の臨床観察と非常に敏感に衝突するのである。とりわけ,内因性精神病の縦断面を全て概観できる経験を積んだ精神病院の精神科医は,この病気がいかにしばしば,単純なKraepelinの予後図式とは全く別様に経過するのかを,とっくの昔に知っていた。例えば,最初躁病あるいはうつ病だったものが,いかにしばしば慢性化し,陳旧性分裂病から殆ど区別されないかを知っていた。他方,急性緊張病性シュープが,いかにしばしば治癒し,あるいは,ある時は確かに,人格の深い破壊を起こさずに,周期性に再発するのかを知っていた。こうして,臨床予後学の領域では,ある特定の諦念,つまりKraepelinの学説をあえて完全に否定しようとはしないが,しかし同じように,彼の学説をあえてしかるべく実際的に利用しようともしない諦念が,はびこったのである。

動き

第3回「脳と精神病理」国際会議に参加して

著者: 佐久間啓

ページ範囲:P.655 - P.656

 精神疾患,特に機能性精神病の病因や病態生理への生物学的アプローチは,近年の神経生化学,電気生理学,画像診断技術,神経心理学等の進歩に伴い大きな関心を集めており,また脳の動的作用機構や統合機構についての研究も飛躍的な進歩を遂げている。このような時期に,精神疾患を生物学的に,脳機能のダイナミズムという観点から考えようとする本会議が日本で開催されたことは意義のあることと思われる。本会議の第1回Hemisphere Asymmetries of Function in Psychopathology(1978)はロンドン大学のGruzelier博士の主催で,第2回Laterality and Psychopathology(1982)はアルバータ大学Flor-Henry教授の主催で開かれてきた。第3回は東京医科歯科大学の高橋 良教授の主催で1986年10月14日〜18日,箱根の山のホテルにて開催された。海外からの33名を含む187名の参加者により46のシンポジウムと24のポスター演題について活発な議論が交わされた。筆者は日本委員として本国際会議に参加する機会を得たので,シンポジウムを中心に報告と印象を簡単に述べてみたい。シンポジウムは6つのセッションに分かれて行われた。

「日本社会精神医学会」印象記

著者: 中根允文

ページ範囲:P.658 - P.659

 昭和56年4月にスタートした日本社会精神医学会も,本年1月30日・31日の会合で第7回(東京医科大学教授,三浦四郎衛会長)を迎えた。学会会員数は着実に増加し,発表演題数も増えたことから,今年ははじめて2会場制となった。
 今学会では,特別講演が2題と一つのシンポジウム,および69題の一般口演があった。

特別寄稿

精神療法:東洋と西洋

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.661 - P.668

 座長のJoseph先生,Simons先生,そして会場の皆さん,3万人近いアメリカ精神医学会の会員の皆さんのご招待を受け,139回も回を重ねられた輝かしい伝統のあるこの学会で,以前からの古い友達,そして本日よりの新しい友達の皆さんの前で,講演する機会を与えられましたことは,私の生涯忘れることのできない光栄なことであります。そしてまた,将来にわたる日本の精神科医と皆さんとの学問的そして個人的交流を更に発展させる契機になるものと大変嬉しく思うものであります。以下,限られた時間を有効に使って,相互理解を深めるため,「精神療法:東洋と西洋」と題して私の考えを報告いたします。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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