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雑誌目次

論文

精神医学29巻8号

1987年08月発行

雑誌目次

巻頭言

分裂病の予後雑感

著者: 大原貢

ページ範囲:P.792 - P.793

 分裂病の軽症化や病像の変化がささやかれはじめてはや久しく,またその長期予後も以前に比べて必ずしも悪くはない,とする報告も多い。たしかに外来通院で何とかfollow upできている患者さんは結構あるし,たとえ入院したにしてもかなり早期に寛解して退院してゆく場合が多くなったように思われる。また精神病院においても以前ほど陳旧化し,病棟の片隅にうづくまっているような患者さんの姿を見ることは少くなった。これはひとえに薬物療法や精神療法,さらには種々の生活療法があづかって力があると思われるが,何かそればかりでは理解しかねる何らかの変化が病者の側に起っているようにも感ぜられる。それは病気が軽症化したのかもしれないし,患者さんの自然治癒力が増したのかもしれないし,社会の活性化がむしろ患者さんの人格水準の低下を防いでいるのかもしれないが,おそらくそのいずれの要因もが影響しあっているのであろう。
 分裂病の軽帰についてBleuler, M. は彼の症例の1/3は完全寛解を示し,全経過の2/3はむしろ良好な経過を示したと報告している。またHuber, G. はボンでの患者群の53%がSpatkatamneseにおいて完全に生計を営んでいて,精神病理学的にも22%は完全寛解に至り,43%は非特異的な残遺状態を残していたが,結局全体の2/3には精神病的な症状がなかったとしている。Ciompi, L. らも良好な予後を示すものが多いとし,少くとも1/2は完全寛解を示すか軽い残遺状態を残すのみで予後は良好であり,2/5だけが持続的入院を余儀なくされている,と述べている。又Mundt, C. H. によれば今日ではも早治療していない患者も想定すると約2/5〜3/5の人々が精神病理学的にも社会学的にも良好な予後を示しているという。そして病状の一応の安定化がえられるのは初発後5〜10年の頂点をすぎてからであり,加齢は症状の静穏化や平板化に導くともいう。

展望

視床と精神医学

著者: 山口成良

ページ範囲:P.794 - P.805

I.はじめに
 視床と視床枕の出血によって,Hyperasthesieと強烈な疼痛furchtbarer Schmerzがおこることが,Edinger(1891)23)によってはじめて記述され,かかる症候はその後,DejerineとRoussy(1906)19)によって視床症候群le syndrome thalamiqueとしてまとめられた。
 その後,視床症候群は中枢性疼痛(自発痛)の中枢として,Wilson(1927)100)やDavisonとShick(1935)18)によってくわしく論述されている。島田(1972)87)も,偏側性自発痛を中心とした視床障害と思われる5症例につき,その身体図式障害について主に考察している。

研究と報告

精神分裂病における精神病症状消退後の虚脱状態(第2報)—虚脱状態長期持続者と短期回復者の比較検討

著者: 三野善央 ,   牛島定信

ページ範囲:P.807 - P.815

 抄録 精神分裂病における精神病症状消退後の虚脱状態(postpsychotic collase,PPC)長期化の要因を明らかにするために,PPC長期持続群8名と短期回復群8名を比較検討し,以下の結果を得た。
 1)PPC長期持続群は,短期回復群に比較して神経症症状で発病するものが多く,またPPCに神経症症状を随伴する者が多かった。

分裂病の情報処理障害—事象関連電位による情報処理モデルからの検討

著者: 忠井俊明 ,   福居義久 ,   上月清司 ,   井爪尚 ,   加藤光彦 ,   村田伸文 ,   中嶋照夫

ページ範囲:P.817 - P.828

 抄録 慢性分裂病者における認知情報処理過程の障害の有無やその特性を検討するため一種の認知課題である短期記憶検索処理課題を分裂病群(9名),健康対照群(9名)に与え,課題遂行時のERP(N2,P3,P4潜時),RTを測定し,比較検討した。課題は肯定教示,否定教示から構成されており,操作変数はmemory set size(2,3,4),decision mode(in set,out of set),response mode(press,no press)及び教示(肯定,否定)である。対照群ではN2潜時は教示,P3潜時はresponse mode,P4潜時とRTはmemory set sizeとdecision modeの各要因で有意の主効果(5%)を認めた。又,各潜時間の相関はN2との間が最も高い正の相関を示した。一方,分裂病群では対照群と比較してN2,P3潜時及びRTの有意の遅延及び各潜時間の相関の低下を認めた。これらの結果について認知・行動に関する三分法的(刺激処理系,反応処理系,制御処理系)情報処理モデルの観点より検討を加え,分裂病者の認知過程の障害は反応処理系及び制御処理系の障害であると推定した。

9歳の一卵性と考えられる双生児に認められたFolie à deux(ヒステリー感応型)

著者: 野本文幸

ページ範囲:P.829 - P.835

 抄録 9歳女児の一卵性と考えられる双生児に同時期に認められた,食物の吹出しと犬の遠吠え様の持続的捻り声を示す病態を経験した。本双生児たちは,実母と但母(実母の姉)とによって別々に育てられたが,両家は近所にあるため患児達もよく一緒に遊んでいた。2人の感冒罹患時,それまでA(姉)には食物の吹出しが,B(妹)には唸り声が認められ,2人一緒に二人部屋に入院したことを契機に,入院した翌朝には食物の吹出しがAからBに,捻り声がBからAに伝播し,以後2人とも全く同じ症状を示した。そして,2人の分離によってAの吹出しと捻り声,Bの吹出し,つまり伝播した症状,は速やかに消失した。
 本例は双生児間の感応精神病(ヒステリー感応型)と考えられ,いわば「双生児間相互感応型」と称せられる病態であった。また,患児達の示した捻り声は,ヒステリー性失声に対して「ヒステリー性発声」と呼べることを報告した。

未潮女子における周期性精神病の臨床的検討

著者: 三好明 ,   水木泰 ,   山田通夫

ページ範囲:P.837 - P.845

 抄録 症例は,11歳の時からほぼ1月おきに抑うつ症状を呈するようになった,入院時12歳の未潮女子である。入院後は,幻覚妄想を伴う昏迷状態が2度みられたが,自己中心的な態度がそれに先行し,また短期間の軽躁的な態度が昏迷状態に引き続いてみられた。
 臨床検査所見として,1)androgen indexの低値,2)estrogen分画異常,3)subclinical hypothyroidism,4)病相期でのcholesterol,bilirubinおよびurea-Nの異常高値,5)insulin負荷試験でのinsulin抵抗性などが認められた。

うつ病と体重変化

著者: 辻本哲士 ,   山田尚登 ,   高橋三郎 ,   下田和孝 ,   藤田昌紀

ページ範囲:P.847 - P.855

 抄録 7年間に入院した大うつ病(DSM-Ⅲ)の症例69例について,入院期間中の体重変化を毎週の実測データに基づいて検討を行い以下の結果を得た。①入院時の体重が標準体重に比べて少ないものは32名(46.4%)で,うち5%以上の低下は19名であった。②寛解退院時の体重は入院時体重と比べて有意な増加は認められず,増加したもの56.5%,減少したもの43.5%であった。すなわち,体重増加は必ずしもうつ病の精神症状軽快の指標とはならない。③体重の変化に影響する因子として診断,性差,薬物について分析した。メランコリーを伴わないものに比べ,メランコリーを伴うもので体重増加傾向がやや大きい傾向が見られた。体重増加に最も影響を与える因子は性差で,女性で体重増加が著しい。イミノジベンジル系の抗うつ剤投与者の53.3%に体重増加がみられ,46.7%に減少がみられた。スルピライド投与者6名にはすべて増加がみられた。

恍惚発作を呈した側頭葉てんかんの1例—いわゆるドストエフスキーてんかんについて

著者: 松井望 ,   内藤明彦

ページ範囲:P.857 - P.864

 抄録 恍惚発作を呈した側頭葉てんかんの1例を報告した。症例は61歳の女性で,脳波記録で左前側頭部に棘波を認め,てんかん発作(自動症)時の脳波が記録され,側頭葉てんかんと診断された。本症例の発作は,意識減損発作,自動症,恍惚発作に分類された。恍惚発作の体験内容は,「太陽がカッ,カッと照らしていき,心臓がひきつけられた。太陽の光のもとに万物が輝いていると神様が教えて下さったと感じ,うれしくて,幸せで感謝の涙が吹き上げた」というもので,ドストエフスキーの記述した恍惚発作と多くの共通点が指摘できた。さらに恍惚発作の特徴,てんかん発作における位置づけ,喜悦発作との異同,成立機序について考察した。

SLEなど特異な併発症状を示したてんかんの1例

著者: 市川徳政 ,   両角國男 ,   早稲田直久 ,   千住隆男 ,   中里均 ,   清水將之

ページ範囲:P.865 - P.872

 抄録 幾つかの抗てんかん剤によって薬疹,SLE,そしててんかん発作の頻発と脳波の増悪を示した続発全汎てんかんの1例を報告した。SLEの原因としてphenytoinあるいはこれとprimidonの相乗効果による影響が疑われた。臨床所見としてはARAのSLE診断基準のうち,蝶型紅斑,円板状ループス,変形を伴わない関節炎,心包炎,LE細胞陽性,蛋白尿など6項目を満たし,他に抗二本鎖DNA抗体陽性,脾腫,focal Iupus nephritlsなどを認めた。本症例は薬剤誘発ループスというよりも薬剤誘発SLEと呼ぶのが適切と考えた。また,clonazepam,diazepamの使用によって睡眠中の強直発作の頻発と睡眠時脳波に数年におよぶrapid rhythm様の速波律動の形成過程を認めた。このことはもともと本症例に脳皮質下の何らかの病態生理学的脆弱性があり,薬剤に反応してLennox症候群に類似の所見を呈したものと解釈した。

Pick嗜銀球様構造物を伴った家族性Alzheimer病の1例

著者: 土井章良 ,   藤本臤三 ,   吉田精次 ,   高萩幸夫 ,   吉田成良 ,   伊井邦雄 ,   檜沢一夫

ページ範囲:P.873 - P.881

 抄録 4世代で13例の発症をみた家族性Alzheimer病の1例について報告した。45歳頃発病し全経過は14年であった。
 脳病理所見では,肉眼的にびまん性の萎縮ではあるが,前頭,側頭,頭頂葉にやや萎縮が強かった。組織所見では大脳皮質全葉に著明な神経細胞の単純萎縮と喪失,Alzheimer神経原繊維変化,老人班,アミロイド血管症が見られ,海馬では顆粒空胞変性も見られた。又,ごく小数ながらPick嗜銀球様構造物も見られ,髄質のgliosisも著明だった。

リチウム服用者の糖代謝

著者: 前田潔 ,   谷本健士 ,   寺田照久 ,   金田弘幸 ,   柿木達也 ,   新谷猛 ,   後藤康生

ページ範囲:P.883 - P.887

 抄録 われわれは偶然,リチウム(Li)の服用前後数年間,毎年繰り返しぶどう糖負荷試験(GTT)をうけ,その間に耐糖能の低下をきたした症例を経験した。そこで種々の期間,Liを服用している患者の糖代謝につき,空腹時血糖(FBG),グリコヘモグロビン(HbAl,HbAlc),及びGTTを行って検討を加えた。対象は22歳から62歳(平均38.4歳)の23例(男15例,女8例)で,その平均Li服用期間は2.5年,服用量は400〜1,200mg,血清濃度は0.3〜1.3mEq/l(平均0.66mEq/l)であった。そのうち糖代謝異常を呈したのは2例であった。この2例はいずれも男性で47歳と62歳と糖尿病好発年齢であり,1例には糖尿病の家族歴があった。他の21例では,むしろLi服用期間が永くなるにつれて,HbAl及びHbAlcは改善する傾向にあった。また,同一症例で一定期間をおき,繰り返し行ったGTTでも変化はなかった。以上の結果からLiが糖代謝に重大な影響を及ぼす可能性は少ないと考えられた。

短報

不安神経症者の配偶者との関係について—特に難治例を中心に

著者: 竹内龍雄 ,   高橋徹 ,   藍沢鎮雄 ,   上月英樹 ,   林竜介

ページ範囲:P.889 - P.891

I.はじめに
 我々は1983年以来不安神経症の自験例118例を対象に,不安神経症の発症状況,性格特徴,症状・経過・予後ならびに難治化の要因などにつき調査し,逐次発表してきた1〜5)。今回は患者と配偶者との関係について調査したところ,興味ある結果を得たので報告する。

幻覚妄想状態を呈したSipple症候群の1例

著者: 井上俊照 ,   森岡英五 ,   早原敏之 ,   細川清

ページ範囲:P.893 - P.895

I.はじめに
 Sipple症候群は,副腎褐色細胞腫に甲状腺髄様癌を合併したものであり,その20%に髄様癌の産生するカルシトニンのCa低下作用に対する代償としての続発性の副甲状腺腫を合併する病態である。Sipple症候群のうちの副腎褐色細胞腫の主要な症状である突発性高血圧発作では,頭痛・動悸・吐き気・嘔吐・上腹部痛・多量発汗・呼吸困難・感覚異常・めまい・注視障害などの身体症状と,不安・恐怖といった精神症状を伴うと言われている2,6)。また,他の精神症状として,不眠・焦燥感・抑うつ状態・易疲労感・欠神発作も報告されている4)。しかし,Sipple症候群あるいは褐色細胞腫で幻覚妄想状態をきたした症例は,われわれが検索しえた限りでは,本邦では1例限りであった3)。今回われわれは褐色細胞腫の手術前後にわたり,一過性の幻覚妄想状態を呈したSipple症候群患者の1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

初老期に発症し,抑うつ状態を呈した側頭葉てんかんの1例

著者: 安田素次 ,   木村直樹 ,   片岡憲章

ページ範囲:P.896 - P.898

I.はじめに
 初老期に抑うつ状態を呈する症例には,脳器質性疾患が背景に存在する可能性が高く,その診断には細心の注意が必要とされる。例えば,初老期痴呆6,7),脳動脈硬化症3),脳腫瘍4,5),慢性硬膜下血腫8)などがあげられる。今回,我々は,初老期に初発した側頭葉てんかんに,抑うつ状態が出現した症例を経験した。初老期に側頭葉てんかんを背景として出現した抑うつ状態は稀である。初老期抑うつ状態の診断,治療上興味ある1症例と思われたので報告する。

抗てんかん剤(Zonisamide)ほか2剤大量服薬による自殺企図後の血中濃度

著者: 江口孝 ,   伊藤陽 ,   松井望 ,   内藤明彦

ページ範囲:P.899 - P.901

I.はじめに
 この論文ではzonisamide(ZNA)2,9),clonazepam(CZP),carbamazepine(CBZ)を自殺の目的で大量に服用した症例の臨床経過,血中濃度について述べる。

動き

カナダ分裂病家族会の紹介

著者: 名嘉幸一 ,   野田文隆

ページ範囲:P.903 - P.908

I.はじめに
 1986年5月9日,10日の2日間,カナダのバンクーバー市,ブリティッシュ・コロンビア大学に於いて,第6回「カナダ分裂病家族会」(Canadian Friends of Schizophrenics)年次総会が開かれた。折よく,ブリティッシュ・コロンビア大学精神科に在籍していた筆者らは,同年次総会に参加する機会を得た。総会は2日とも非常に充実した熱気あふれるものであった。このような総会を組織しうるカナダ分裂病家族会の活動に深く心をひかれた筆者らは今総会のバンクーバー地区世話役であり,かつブリティッシュ・コロンビア州(B. C. 州)家族会の中心人物でもあるV女史にインタビューを試み,さまざまな情報と同会活動に対する理解を得ることができた。これら運動の根本精神および活動内容と方向性は,現在の日本にとっても有意義な示唆を含むものと思われる。そこでバンクーバー地区を中心にした同家族会の活動を,この町の精神衛生ネットワークとの関わりをまじえて紹介してみたい。

第2回浜名湖シンポジウム印象記

著者: 金子寿子

ページ範囲:P.909 - P.910

 浜名湖シンポジウムは,昭和61年11月29,30の両日にわたって,浜松医科大学精神神経科教室主催のもとに,浜松市民会館集会室で開催された。
 第一日目の印象を中心に書くと,初日のシンポジウムは「女性治療者の立場からみた『家族』」というテーマで,昨今の女性の地位の上昇と活躍に見合っており,この「女性」という文字に引かれて参加した女性は多い筈である。偶然にそうなったと主催者は述べられたが,司会者及びシンポジスト5名はオール女性であった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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