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雑誌目次

論文

精神医学29巻9号

1987年09月発行

雑誌目次

巻頭言

科学者と創造性

著者: 横井晋

ページ範囲:P.916 - P.917

 創造性といわれるものは芸術において最も顕著に現われる。ゲーテが詩と真実の中で「野を行き森を行き,わが歌を笛に吹きてかくてひねもす暮しぬ」と書いた時,外部と内部の自然が呼応して詩が生れ,これはいはば自我意識のない宇宙とのリズムの調和の中から出現している。この第1の創造性に対し第2のものは,企図の下に行われるもので,その企図は内及び外の自然を研究し,それを模倣して自然に近いものを創り出す行為である。それは松の事は松に習え,造化に従い造化に還れと述べた芭蕉の俳句の態度と一致する。
 人間には動物とも共通する模倣衝動があって,ある印象が引金となって真似をする,例えば小さな子は兄や姉の行為を真似する。しかし人は動物と違ってそれを変形し独特なものにするという精神的強調が強いのである。この自然を模倣しようとする過程は,創作を目指す意志の支配に意志的に服している姿である。しかしこれは一般の意志行為,例えば政治家,経営者,記録を目ざす走者等の意志とは全く異なるもので,芸術家の場合は作品をめざす意志に支配されつつ,同時にこれを抹消しなければならぬという矛盾を切り抜けなければならない。

展望

精神科領域におけるデキサメサゾン抑制試験の臨床的意義—第3回

著者: 星野仁彦

ページ範囲:P.918 - P.932

Ⅵ.デキサメサゾン抑制試験の病態生理学的意義
 前述の如く,デキサメサゾン抑制試験(DST)は,視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA-axis)の機能を調べる検査として開発されたものであるが,種々の精神疾患でDSTの異常が見い出された場合,疾患の病態生理とどのように関連づけるかについてはまだ不明な点が少なくない。本章では,主に感情障害を中心として,下垂体ホルモンや脳内monoamineなどとの関連性からDSTの病態生理学的意義について触れてみたい。

研究と報告

慢性精神分裂病に対する臨床評価尺度の信頼度

著者: 北村俊則 ,   島悟 ,   加藤元一郎 ,   岩下覚 ,   神庭重信 ,   白土俊幸 ,   藤原茂樹 ,   市川洋子 ,   加藤雅高 ,   神庭靖子 ,   飯野利仁 ,   生田憲正 ,   宮岡等 ,   武井茂樹 ,   樋山光教 ,   越川裕樹 ,   柘野雅之 ,   千葉忠吉

ページ範囲:P.933 - P.940

 抄録 DSM-Ⅲの慢性精神分裂病の基準を満たす入院患者について2名の精神科医が陰性症状評価尺度(SANS),Brief Psychiatric Rating Scale(BPRS)を,2名の看護婦がWard Behaviour Rating Scale(WBRS)をそれぞれ独立して用いて臨床症状の評価を行った。SANS,BPRSのいくつかの項目で主治医の評価が非主治医の評価より重症に傾いたものの,ほとんどの項目で両者の間に顕著な評価の偏りはなく,評定者間信頼度も高く,両者の評定の間に実際上問題となる差はないと考えられた。WBRSの評定者間信頼度も満足のゆくものであった。

西ドイツにおける精神分裂病の宗教的内容の妄想(Ⅱ)—妄想内容について

著者: 立山萬里 ,   浅井昌弘 ,   保崎秀夫 ,  

ページ範囲:P.941 - P.947

 抄録 西ドイツチュービンゲン大学神経科に1984年度に入院した精神分裂病者(ICD 9:295)280例の内,56例(20%)に,病歴上,宗教に関する内容の妄想を認めた。その妄想内容は,誇大的なもの32例(57.1%),罪業的なもの13例(23.2%),2種以上の内容が混在したもの7例(12.5%)で,後二者のうちの5例(8.9%)は,「悪魔による憑依(Besessenheit von Teufel)」も訴えた。はっきりした幻聴は30例(53.6%)に認められ,この内の4例(7.1%)には,「悪魔」に関する視覚性の妄覚も認められた。45例(80.4%)において,宗教的妄想以外の妄想主題も認められた。そのなかでは迫害妄想が26例(46.6%)と多く,「世界没落体験」(Wetzel)も3例にみられた。全経過で宗教的妄想のみ示した者は,11例(19.6%-全分裂病280例の3.9%)であった。分裂病の宗教的妄想内容が,急性の情動症状の持つ両価的な特徴に基づく点を考察した。

月経前緊張症の治療

著者: 小森照久 ,   野村純一

ページ範囲:P.949 - P.956

 抄録 prospectiveな診断によって月経前緊張症11例を確認し,臨床症状,内分泌所見,および治療薬を検討した。奏効した治療薬の内訳は,ブロモクリプチン5例,プロスタグランジン合成阻害薬2例,乾燥甲状腺末1例,リチウム2例,スルピリド1例であった。気分変動が激しいものにはリチウムが奏効すると思われるが,リチウムやスルピリドが奏効するものは感情障害に近いものかもしれない。その他の多くの場合には,異常な内分泌所見を補正するような治療が奏効した。異常な内分泌所見として,プロラクチン上昇,プロスタグランジンF上昇,甲状腺ホルモン低下など,多様なものがみられた。これらが生体のホメオスターシスを乱すことが,月経前緊張症の発症に関与しているのではないかと思われた。月経前緊張症の治療には多様なものが考えられるが,内分泌所見や臨床症状に基づいて病型分類を行えば,ある程度は治療指針を示すことができるように思われる。

国立療養所におけるてんかん専門外来の試み—第2報 治療経過と考察

著者: 久郷敏明

ページ範囲:P.957 - P.966

 抄録 当科開設後1年6カ月以内に受診した401例を対象に,現在に至るまでの治療経過を検討した。全体では61%,てんかんでは73%が,当科と継続した治療関係を維持していた。
 てんかんの薬物治療においては,包括的治療という視点から,治療の合理化,単純化を可能な限り試みている。観察時点での併用薬剤数は,2.2±1.1剤であり,35%では単剤治療が可能であった。途中経過ではあるが,49%の症例で,発作は完全に抑制されていた。非てんかん者においては,大多数で抗てんかん薬による治療を中止することができた。

反響言語echolaliaについて

著者: 波多野和夫 ,   坂田忠蔵 ,   田中薫 ,   浜中淑彦 ,   戸田圓二郎

ページ範囲:P.967 - P.973

 抄録 老年痴呆の1例に見られた反響言語について報告した。当初は,文や語句のレベルの反響言語(「減弱型」〜「完全型」反響言語)であったが,痴呆の進行と共に,言語的発動性低下が著明になり,相手の発話の最終シラブルのみを繰り返す「部分的反響言語」が優勢になった。この症例報告を通じ,反響言語をめぐる以下の点について若干の問題を論じた。(1)反響言語には,脳の器質性解体過程の進行を反映して,「減弱型」mitigated→「完全型」complete→「部分型」反響言語partial echolaliaの段階があり,これらの段階を経て最終的な無言mutismに到る系列があり得ることを述べた。(2)「部分的同時発話」が観察されたこと。(3)「遅延型」の反響言語が成人でも問題になること。(4)テレビのコマーシャル文句に対しても反響言語が観察されたこと。(5)「強迫的」な音読現象が観察されたこと。これらの問題を取り上げて論じた。

全身性エリテマトーデスにおける脳のMRイメージ

著者: 児玉和宏 ,   佐藤甫夫 ,   岡田真一 ,   古関啓二郎 ,   伊豫雅臣 ,   山内直人 ,   坂本忠 ,   富山三雄 ,   長谷川雅彦 ,   佐藤壱三 ,   高林克日己 ,   小池隆夫 ,   末石真 ,   石出ゆり子 ,   冨岡玖夫 ,   吉田尚

ページ範囲:P.975 - P.983

 抄録 何らかの精神症状を呈したSLEの患者5例に,ほぼ同時期にX線CTおよびMRIを施行し,これらの検査により,SLEの脳内病変が描出されるかどうかということ,および,CTに比べたMRIの有用性について検討した。
 その結果,CTでは5例中4例に軽度大脳萎縮が認められた。MRIでは,CT上軽度大脳萎縮が認められた4例のうち3例において,CTでは対応する所見のない異常所見(反転回復像で低信号域,スピンエコー像で高信号域)が認められた。これらのMRIによる異常所見は,脳梗塞および可逆性の脳組織水分量の変化を表わしていると考えられた。

心因性全生活史健忘の4症例

著者: 渡辺雅子 ,   渡辺裕貴 ,   鮫島和子 ,   滝川守国 ,   上山健一 ,   新里邦夫

ページ範囲:P.985 - P.991

 抄録 心因性全生活史健忘と考えられる4症例(男性3例,女性1例)を経験し,その症状と経過,及び発症機序と背景について検討し,文献的考察を加えた。4症例にはそれぞれ、負債,家庭内の不和,異性関係などの生活史的問題が複数認められ,それらが発症の心因と考えられた。また背景としては,希薄な父子関係と,患者の抱いている父への陰性の感情があげられた。更に父子関係をめぐって,神経性食欲不振症の母子関係と比較して検討を加えた。また鹿児島県の社会的背景についても言及した。

カプグラ症状に基づいて両親を殺害した有機溶剤依存症の1例

著者: 風祭元

ページ範囲:P.993 - P.998

 抄録 自分のよく知っている人物がまったく未知の人物にいつのまにか入れ替っていると感ずる病的体験であるカプグラ症状は,さまざまな病気の際にみられることが知られ,近年その報告例がふえている。
 26歳の男性で,約10年間の有機溶剤の連用後に,「自分の両親が知らない他人に入れ替っている」というカプグラ症状を呈し,急性の有機溶剤中毒の状態で父親と母親を殺害し,著者が司法精神鑑定を依頼された症例を報告した。本例では頻回の有機溶剤酩酊中の錯視を背景として,両親に対する敵意が両親を否認したいという無意識の願望となり,更に「両親は実は異なる人間」という妄想にまで発展したように思われた。有機溶剤依存症の法的責任能力についても考察を加えた。

感応現象を呈した女子一卵性双生児の分裂病不一致例

著者: 三浦隆男 ,   安藤嘉朗 ,   三川博 ,   布施清一

ページ範囲:P.999 - P.1004

 抄録 共通した生活史を有する一卵性双生児姉妹にほぼ同時に精神症状が発現し,その後不一致性の経過をたどった症例を報告した。初発時,まず姉が幻覚妄想,人格喪失感等を呈した。ついで妹が,幻聴内容を含め姉の妄想を受け入れ感応現象を呈し,さらに不安・抑うつ,関係念慮等を示した。二人共心因反応(妄想反応)と診断され,約3カ月の外来治療にて寛解状態となった。しかし約7カ月後に姉が不安,恐怖感,注察妄想等で再発し入院となり,やがて典型的な分裂病像を呈した。姉の入院後間もなく,妹も再び不安・抑うつ状態を呈するようになり,やはり入院となった。退院時に妹は寛解状態となったが,姉は感情鈍麻,自発性の減退を残していた。
 本症はfolie à deuxの範疇に入るケースと考えられたが,一卵性双生児間の発症であること,初発時と再発時で経過が異なること,妄想移入に伴い幻聴内容の移入もみられたことなど興味をひく臨床像を呈していた。

短報

フルナリジン投与中にみられた抑うつ状態

著者: 三野善央 ,   徳広美紀

ページ範囲:P.1005 - P.1007

I.はじめに
 フルナリジン(flunarizine)は作用接続性のカルシウム拮抗剤として開発され,脳血流増加作用,脳保護作用,抗めまい作用,血管内皮細胞保護作用,血液流動性改善作用があるとして,脳梗塞後遺症,脳出血後遺症,脳動脈硬化症に使用されている8)。このフルナリジンは,めまい,頭痛,頭重感,肩こり,不眠などを改善するとされている4,5,8)。一方副作用として抑うつ状態が出現するとの報告2)もあるが,本邦ではそうした報告は少ない。われわれは,フルナリジン投与中に手首自傷を伴う抑うつ状態を呈した78歳の女性患者を経験したので報告したい。

Familial Restless Legs Syndromeの1家系

著者: 柳澤延憲 ,   加藤隆

ページ範囲:P.1009 - P.1011

I.はじめに
 Restless Legs Syndrome(以下RLS)は,就床時主に下腿に不快な異常感覚が出現し,睡眠障害を来すことで知られている。Ekbomによる命名5)以来広く注目され,遺伝負因に関する研究もされているが,本邦での家族発症に関する報告はほとんどされてきていない。
 今回当科において4世代にわたる家系中9名がRLSを呈する家族発症例を経験したため,症候論を中心に報告するとともに,RLSが高頻度にnocturnal myoclonus(以下NM)を合併するという見地から若干の考察を加える。

Flashback現象を呈した有機溶剤(シンナー)乱用の1症例

著者: 松本三樹 ,   高橋三郎 ,   宮岸勉

ページ範囲:P.1013 - P.1015

I.はじめに
 有機溶剤は穏和幻覚剤に分類され11,12),近年,非吸入時における精神症状の再燃,すなわちflashback現象(以下flashbackと略)が注目されている。しかし,報告例は本邦における12症例1,3〜6,12)が知られているにすぎず,その発現機序も不明である。
 最近われわれは,約3年間のシンナー乱用後に,1年間の無症状期を経てflashbackを呈した1症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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