icon fsr

雑誌目次

論文

精神医学3巻1号

1961年01月発行

雑誌目次

特集 妄想の人間学—精神病理懇話会講演ならびに討論

妄想研究の諸立場

著者: 荻野恒一

ページ範囲:P.3 - P.13

 ここで「妄想研究の諸立場」と題した意味は,おそらく精神医学の最大のテーマである妄想論の諸研究を,客観的,歴史的に記述するとか,公平にもれなく紹介するといつた意図からではない。むしろ,かつて筆者が発表した妄想論1)をさらに発展させるために,除外することはできないと思われる代表的見解2,3を考察,検討し,できれば今後の妄想研究のための一定の目標を得たい,という意味である。

E. Minkowskiの妄想論とその周辺

著者: 小木貞孝

ページ範囲:P.15 - P.26

Ⅰ.Minkowskiの妄想論
 ここにEugene Minkowskiの妄想論をテーマとして選んだのは多少あるもくろみがあつてのことである。というのは,Minkowskiの学問的立場がいわゆる現象学的立場にあり,フランスの古典的妄想学説とはかなりかけはなれたものをもつと同時に,わが国で精神医学領域の代表的現象学者と目されているJaspersとは立場を異にしていること,またBinswangerの現存在分析とやや視点を別にしたところがあることで,Minkowskiを中心にして考えることによつて相互の関係や相異が,かなり明らかに,とらえられると思うからである。ただし,このもくろみは非常に大きな問題であつて,とうていかぎられた紙面内で論じつくされたり結論を出したりできるものではない。で,私はただ1つの問題を提起するというつもりで考察をすすめていきたい。
 Minkowskiの思想的背景には2人の哲学者の名をあげねばならない。BergsonとHusserlがそれである。

妄想の人間学的対人関係論—二人称の精神病理学からみる

著者: 宮本忠雄

ページ範囲:P.29 - P.39

 最近2,30年間における精神病理学の領域ではその方法や対象についてさまざまの変化がおこつている。それの余波は当然ながら妄想論の内部にまで波及しつつあり,従来の記述的方法をはじめ,力動的方法,人間学的方法はそれぞれ新たな変革を経ながら,一見雑多なこころみをくりかえしている。しかし,それらのなかにはとにかく1つの新しい基本的趨勢をくみとれるようでもある。……ところで,このような変化の詳細はこれまでにもたびたび紹介されているので,われわれはここではむしろ,そういう変化のもとに横たわる基本的な骨組みをとりだして,そのうえに1つの精神病観をうちたて,これをさらに妄想研究のなかにも生かしていこうと思う。したがつてここでは(懇話会の性質上)妄想論の細部にわたることはやめて,もつぱら《妄想をどうみるか》という巨視的観点にたちながら,妄想に関するいくつかの問題点をとりだしていきたい。

討論 精神病理懇話会講演をめぐつて

著者: 霜山徳爾 ,   宮本 ,   荻野 ,   阿部正 ,   小木

ページ範囲:P.41 - P.47

 霜山徳爾(上智大学教授) 小木さんに御質問します。Minkowskiが自分の若いときのことを書いたものの中に,自分がまだ医学の勉強を始めたころ,その当時の機械論的な要素主義的な行き方とい5ものにどうしても不満でいたときに,自分が2つの著作にあつたと聞いております。その1つはBergsonの意識に直接与えられたもの,それからもう1つはMax SchelerのSympathieに関する心理学といつておりますが,SchelerはHusserlの系統ですから,もちろんHusserlの影響を受けたということになりますけれども,実際はSchelerを媒介としたのじやないのか。そうしますと,Schelerの考え方とMinkowskiの考え方の連関をもう少し見たらおもしろくはないかなという気がいたしました。
 それからもう1つは,Bergsonの時間の体験をそのままMinkowskiはとつたのじやないのじやないかということであります。それは,Bergsonは客観的な時間と,生きられ,体験された時間というものを区別しますけれども,Minkowskiはむしろそういう区別はおかしいと言つているようです。つまり,この2つを止揚した考えを,Minkowskiはもつているのじやないかと思います。

研究と報告

JB516(カトロン)中毒と推定される急性黄色肝萎縮症の2例

著者: 大熊文男 ,   原田憲一 ,   式場聰 ,   村上敏雄 ,   河村顕 ,   安倍弘昌 ,   志方俊夫

ページ範囲:P.49 - P.54

 抑うつ状態に対して常用量のJB516(カトロン)――第1例は188mg36日間,第2例は312mg大24日間――を投与したところ,黄疸を発現し,それぞれ経過15日および28日ののちに,肝性昏睡のもとに死亡した2例を報告した。病理解剖学的には,それぞれ急性および亜急性黄色肝萎縮と診断された。われわれは,この肝障害を,JB516による中毒性肝壊死と推定し,その臨床的応用にさいしての注意を喚起した。

Huntington氏舞踏病に対するReserpineの効果

著者: 梶鎮夫 ,   三条博子

ページ範囲:P.55 - P.58

 親子2代3名に発病したHuntington氏舞踏病の中の1例31才女子(発病後4年)に対して,Reserpine大量持続投与(4.0〜6.0mg)を行ない,その舞踏病様運動に対し,ことに顔面および上肢のそれに対し著明な効果を認めた。しかし精神状態については心理テストにより多少の改善がうかがわれる程度で大した変化を認めなかつた。

精神科特殊薬剤療法におけるDoridenの併用について

著者: 長坂五朗

ページ範囲:P.59 - P.65

I.はじめに
 この論文は日常われわれ専門家がふつうのこととして行なつている催眠剤あるいは睡眠剤とほかの特殊な薬剤との併用の実際を,一般臨床医家のためにまとめてほしいというCIBA製品の求めに応じて書かれたものである。
 精神疾患者の多くが不眠という症状を示すことは周知のことであるが,ここで問題としてとりあげたのは,不眠が主症状ではなくて,幻覚,妄想,興奮,異常行動などの一部の症状として不眠がみられるものであつて,このような場合,不眠という症状は上述の症状に比較すると,かなり重心の軽いものとなることは否定できない。治療の中心はどうしても幻覚,妄想などの精神病としての特殊な症状に対して行なわれることは当然であつて,各種の精神神経安定剤が主役をなすことはむろん申すまでもないことである。その場合不眠とかあるいはイライラとかおちつきがないなどの症状が必然的に随伴現象として認められるので,われわれはいろいろの睡眠剤や鎮静剤を好んで併用する。ここではDoridenをかなり長期間いろいろの程度に併用した例を集めてみたわけであるが,Doridenのみの治療効果を云々することははなはだ困難な問題である。たとえばReserpineのみでも鎮静とともに,不眠が取りのぞかれるということはよくあることであり,Doridenを加えたからとくに精神症状がいちじるしくよくなつたかどうかということの証明はほとんと大不可能である。ただ経験的にDoridenを加えると睡眠がよくなつたと患者が訴え,逆に取りのぞくと眠れないなどと訴えることがあり,また精神神経安定剤でかえつてイライラするような場合,Doridenを加えるとそのイライラがとれるというようなことはしばしば経験するところであつて,このような経験から,われわれは患者の訴えるある種のニュアンスから,この場合にはDoridenを1gくらい付加してみようとか,あるいは0.5g加えてみようということになり,それで一応患者の訴えを解消せしめることができれば,この程度でよいのであろうとして,その量を中心に,長期間精神症状の推移を全体的に綜合判断しながら継続していくのである。このことはなにも,Doridenにかぎつたことではなく,Barbitalのこともあり,Phenobarbitalのこともあり,時には,Brovalinのこともあり,いろいろである。このような副剤としての併用はそれぞれの医師によりくせというか,好みがあつて一概にどれがよいとかいうことはできないようである。また併用の方法も精神神経安定剤の中に同時に混剤して行なうこともあり,服用時間を変えて行なう方法もあり,さらに夜間就眠前にのみ頓用として用い,1日単位の療法としては併用療法と考えられるような方法もある。これの決定は患者の症状あるいは生活状況により,その訴えるところにしたがつて適当に選ばれるであろう。さらにChlorpromazineとかReserpineなどの主剤に配合した場合,昼間眠くて,仕事ができないというようなときに,1日量を5回ぐらいに分服し,夜間就眠前に2服ぐらい服用させ,昼間は薬剤全体の身体的影響を少なくする目的で,毎食後1/5服宛のませるというようなくふうで,意外にうまくいくこともある。
 また精神科の特殊療法における薬剤療法は,その多くが長期間を要するので,おおむね1週間単位,時には2週間単位で投薬が行なわれ,主剤としての精神神経安定剤はもちろんのこと副剤としての睡眠剤も同一量を大まかに長期間続けることが多く,中には1年も2年もある量を上下しながら,症状面から廃止することができないで一見漫然投薬のようなかたちで,同じかたちで,同じような量で,療法が行なわれているというようなこともある。長期投与の身体におよぼす副作用ということが考えられるが,またそういうことも主張されているが,症状抑制の効果を勘案した場合に,容易に中止できないものもある。
 また実際の治療にさいしては副剤としての睡眠剤もDoriden 1つを併用するというのでなく,BrovalinとかBarbitalなどを種々の割合で配合するということが,ふつうに行なわれている。したがつてDoriden単一の効果というようなことを問題にすることがいつそう複雑となつてくるが,すでにのべたように,これら副剤としての睡眠剤の精神病に対する効果などは,ほとんど問題にならないところであつて,ただ綜合的に「よさそうだ」といつた程度,あるいは冬眠療法がより効果的に推進できるようだという程度のところで,客観的にDoridenの効果を論ずることはできない。このような点から,文献的にも,併用療法の報告はほとんどなく,ただSerpasilとDoridenの併用療法として,田中ら1)が報告しているのみである。これは動脈硬化症に対し,血圧を低下せしめる目的でSerpasilを使用し,同時に不眠,不安を中心とする精神症状の改善を目的として,Doridenを併用し,Serpasil単独投与の場合よりは病状改善が迅速であるように思われるとのべている。
 けだしこのような結論が妥当のところであつて,これはSerpasilだけでなく,ほかの特殊な精神神経安定剤との併用においてもいえることであろう。
 以上のように併用療法における客観的判断の困難さとその限界を指摘しておいて,以下いろいろの薬剤とDoridenの併用の実際をのべてみたい。

精神疾患に対するThioproperazine(RP7843)の使用経験

著者: 松本胖 ,   渡辺位 ,   山上龍太郎 ,   石川鉄男 ,   高室昌一郎

ページ範囲:P.67 - P.76

 われわれは,新しいPhenothiazine誘導体であるThioproperazineを精神分裂病26例(破瓜型23,妄想型2,緊張型1)および混合精神病2例,計28例に試用した。
 1.精神分裂病は罹病期間3年以上の陳旧例が16例あり,その多くはほかの治療法によつて効果のえられなかつたものであるが,本剤によつて著効3,有効7,やや有効10,無効8の成績を短期間内に認めた。ただし,緊張病性興奮の状態にある精神分裂病,躁状態にあつた混合精神病の各1例に対しては,短期間内の効果をみなかつた。
 2.本剤によつて比較的改善されやすい病的症状は,無為,昏迷,寡言,絨黙,拒絶などの意志発動性ないし被影響性減退症状,疎通性減退,不関などの感情障害,妄想,幻覚などの異常体験であつた。
 3.本剤に随伴すると考えられる症状は,身体的には,パーキンソン病態,言語障害,嚥下困難,振戦などの運動寡少-筋緊張充進症状,一側性顔面けいれん,けいれん性斜頸,牙関緊急などの運動充進症状,唾液分泌過多,発汗過多,顔面紅潮などの自律神経症状であり,これらが短期間内に顕著に発現する傾向がいちじるしい。
 精神症状としては,不安感,不快感,苦悶,多幸症などの感情障害,運動興奮,俳徊などの精神運動興奮症状および不眠などがみられた。

Tofranilによる躁状態の治療

著者: 町山幸輝

ページ範囲:P.77 - P.82

 新しい向精神薬Tofranilが種々のうつ状態,特に内因性うつ病に対して顕著な治療的効果を有することはすでに多くの臨床経験によつて確立された事実である。1957年スイスのKuhn1)が最初にこの薬剤の効果を報告して以来,今日まで多くの研究者がその効果を確認している。しかし,それら多くの研究者による本薬剤のうつ状態に対する画期的な効果の報告にもかかわらず,この薬剤を躁状態の治療にもちいたこころみは現在までのところまだ報告されていないようである。
 1958年に本薬剤を臨床的に試用する機会にめぐまれて以来,われわれはうつ状態を主とする種々の疾患の治療にこの薬剤を使用した。最初の1年間,われわれは本薬剤をうつ状態の治療にもちい,顕著な治療成績をあげたのであるが,その間の経験において,われわれはこの薬剤の感情に対する特異的な調整作用に注目させられた。Tofranilのうつ状態に対する著しい効果はその中枢に対する単なる刺激作用,あるいは多幸化作用によるものとはかんがえがたい。それは抑うつ患者の異常に低下した水準の感情に一次的に作用し,それを中立化することにより,あるいはそれを正常の水準までひきあげることにより,患者を治癒の状態にもたらすのであるとおもわれる。Tofranilがうつ状態の治療でしめした感情調整の特異的作用をかんがえると,この薬剤が躁状態における感情の高揚にもなんらかの作用をもつのではないかという疑問がおこつてきた。そこでわれわれは本薬剤を躁状態の治療にこころみることにしたのである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?