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雑誌目次

論文

精神医学3巻4号

1961年04月発行

雑誌目次

展望

うつ病像の構造分析

著者: 千谷七郎

ページ範囲:P.252 - P.266

緒言
 E. Kraepelinがその精神医学教科書初版(1883)以来,最後の第9版(1926,準備中)にいたる43年間の文字どおり畢生の努力は「精神病罹患様式の疾病単位を樹立して,諸症状の相互を一つの体系に仕上げる」ことにあつたといえる。改版ごとに分類様式が変遷し,そのふだんの苦心のあとはK. Kolleの最近の詳細な報告によつて一段と明瞭にされたところである。当面の問題の中核をなす躁うつ病圏についても,それがほぼ現在みるごとき躁うつ病としてまとめられたのは第6版(1899)であつて,初版以来16年がかりである。その規定するところは,「躁うつ病は一方においていわゆる周期性ならびに循環性狂気の全領域を包含するとともに,他方において単一性躁病,『メランコリー』と表記されている病像の大部分,およびアメンチア例の少なからざる数をも包含する。それにわれわれとしてはある種の軽微および最軽微の,一部は周期的,一部は持続的な気分の病的色彩のものを加えるのであるが,それは一方では比較的おもい障害の前段階とみられるものであり,他方では截然たる限界なしに個人的素質の領域に移行している」というのであつた。このような複雑多岐な病像を含みつつ,それが疾病単位として想定されたゆえんは,「むろん,将来亜型の1系列,あるいは個々の小群がこれから分離される可能性はある」ことが保留されてはいるが,1)これら病像相互の間には,はつきりと限界のひけない移行があるばかりでなく,同一症例の中で出没していること。2)同一患者で躁病期とうつ病期をもつばかりでなく,深い錯乱や困惑の病像,異常な妄想形成,それにきわめて軽微の気分動揺などが交代移行していること。3)結局一方に持続的な気分の情態が背景となつて,それとはつきりわかる躁うつ病の病期が展開していること。4)予後としてはおもい荒廃に導くことがない。5)同一家族中にこれらがそれぞれに相並んで出現しているのをみることが多いという遺伝学的経験などであつた。しかしこの諸理由は,こんにちでも同様であるが,病像相互の位置づけや内的連関,とくに病態生理学的実証の不足のため,いわば傍証的条件にのみ支えられているにすぎない欠陥を残している。そしてあたかもこの間隙に突きさすかのごとくに,Hoche,BumkeによつてKraepelin体系に対する原則的かつ経験的抗議が鋭く提出される。とくに症状の非特異性,疾病を構成する諸要素の非特異性,個人性の役割などを指摘し,「Kraepelinは体質概念がほとんど閑却されていた時代の人であつた」とあからさまな断定すらくだして,精神病質的体質(psychopathische Konstitution)と,それを基盤として発生する急性精神障害である機能的精神疾患の概念を提唱するところになり,とくにこれが躁うつ病圏に当てられたのであつた。この思想の一部はKretschmer学派に少し過度に継承されて,Psychoseはある特定の体質に照応する正常気質のいわば「尖鋭化(Zuspitzung)」とみなされて,「体質的諸関係の網の目」に当たるという遺伝生物学的解釈に偏重する傾向を生むにいたつている。これに対してK. Schneiderが「それはPsychoseの存在すること(Dasein)と,その様態(Sosein)とを混同するもの」として鋭く批判しているところでもある。つまり,いうところの体質は病前的体質(Prämorbid Konstitutionelle)のものであつて,したがつてそれに新たに加わつてPhaseを出現させるMorbus-Faktorを考慮することが忘れられていることの指摘である。しかしこのことはすでにBirnbaum(1928)によつて指摘されていた。BimbaumはPsychoseを現実所与として素直に受け取るとき,「その様式と転帰のうえからみてある種の規則正しさでもつて再現し,それゆえに内的連関性と一体性とを示唆する臨床的諸現象のまとまつた系列が感じとられ,しかもある種の(確実に証明される可能性には多少があるにしても)特殊動因(Agentien)に規則正しく帰属せられることによつて一体的に惹起されていることが示される」として,Hoche,Bumkeの抗議を十分に斟酌しつつ,「これら一切の異議も,……真に自然法則的に確認せられた複合的臨床単位としてのこの疾病形態を放棄するにはたりない」とのべている。むろんここでのAgentienはKraepelinが進行麻痺にみたごときそれでないことは明瞭である。したがつてBirnbaumの疾病構成論において臨床形態的視点からの構成決定子の中での主要概念たるPathogenetikの概念は,内因性疾患に関するかぎりHocheなどの見解には稀薄であつて,そのKonstitutionの概念は,Birnbaumでの補助概念であるPradispositionの概念に相当するごとくである。つまりすでにBimbaumでは,こんにちKretschmer学派にみられるごとき,性格を体質のいわば直線的延長の相関に考えることをしないで,「一方において体質は生物学的要因の中核部を含み,他方において性格は心理学的要因の中核部を含むかぎりにおいて」この両者を一体的にあわせもつ「個人(Person)」を舞台としてPsychoseが活動するというか,あるいは個人を襲うといつてよい構造関係におかれていることになる。いいかえれば体質はPradisposition,性格はPräformationの位置に該当し,あらかじめこれらを含むPersonはextrapersonalのPsychoseとの関係において臨床素材的構成関係にみられるのである。ここでextrapersonalという形容はK. SchneiderのSinnkontinuitatの欠如と同巧異曲の表現であろう。いずれにしてもこんにちなお躁うつ病においてもそのほかの内因性精神病におけると同様に,Birnbaumの意味でのPathogenetikをまつたく欠いていて,ここに各種の議論簇出の根があるわけである。そしてこれがまた,Kretschmerの多元的診断がBimbaumの構造分析と類似の観を呈しつつも,模細工的崩壊の危険をはらんでいるゆえんでもあり,K. SchneiderがPsychoseたることは認めつつも,鑑別診断といわないで類型帰属(typolog Zuordnung)としているしだいでもある。BirnbaumのPathogenetikは疾病の惹起,K. SchneiderのMorbus-Faktor,したがつて同時にPsychoseの基本性格の特殊決定に関係するもの,Pathoplastikは疾病の病像賦形,したがつてPsychoseの外面的,具体的な形態賦与に関係するものである。
 以上の沿革的背景を前おきして,本論ではまず現在みられる疾病学的諸問題の所在をあげ,ついでとくに躁うつ性うつ病像の構造分析をPsychoseとPersonとの関連からこころみ,最後にその知見を用いて前記諸問題検討の一視点を提供したいと思うものである。そのさいPersonに関しては現在流行の性格類型の適用に終ることをしないで,いつそう基礎的な性情学的分析(Wesenskund-liche Analytik)を用いることになるであろう。

研究と報告

精神病院における自殺について

著者: 大原健士郎 ,   廿楽昌子 ,   佐々木三男 ,   河野暢 ,   関本志磨子

ページ範囲:P.269 - P.274

I.はじめに
 精神病院において入院中の患者が,自らの手で生命を絶つという事件に遭遇することは決してまれなことではない。これまで,わが国でもこの種の研究には,加藤4),信藤5),大原6)らの報告があるが,いずれもごく表面的な実態調査にとどまり,病院管理の諸問題にまで言及した論文は,見当らないようである。
 D. Offer,P. Barglow3)は,これらの事故を"Natural Phenomenon"の言葉であらわしているが,確かにわれわれの周囲にもこの種の事故を「ありふれた出来事だ。やむをえない現象だ。」として片づけてしまう傾向がないでもない。また,こういつた傾向に個人の秘密や病院管理の諸問題が加味されて,この方面の研究をさらに困難なものにしている,という印象もうける。
 われわれは以上の見地から,精神病院における自殺が,どんなときに,どんなふうにおこるものであるかを明らかにし,治療や看護の面でいくばくかの示唆を与ええないものであろうか,という希望と目的をもつて,今回の調査を施行した。

精神安定剤投与と白血球変動

著者: 羽鳥昭三 ,   佐藤倉子

ページ範囲:P.275 - P.280

緒論
 最近の精神病患者に対する薬物療法はめざましいものがあり,その種類も十指にあまるものがある。必然的にその効果とともに副作用も種々のものがあらわれ,われわれ臨床家にとり,悩みの種ともなつている。本論文ではその副作用の一つと考えられ,しかも臨床診断上,影響力の大きい白血球変動という点に考察を加えてみた。ほかの白血球の変動をきたす疾患との鑑別などで,著者は実際に種々悩まされた問題であり,またこの点をとりあげた研究も数が少なく,診断の確実さを期するうえに一助ともなれば幸いと考えたしだいである。

早期幼年自閉症の2例

著者: 中沢晶子

ページ範囲:P.283 - P.287

 われわれは臨床症状からみて,早期幼年自閉症と思われる2例を経験したので,ここに報告した。
 1)基本症状である自閉は,明らかに存在しており,病像の基礎をなしている。
 2)知能障害は,現段階では否定しえても,二次的出現の傾向はうかがわれている。
 3)言語面でも症状は明らかに存在し,2例で類似したものであるが,行動面,感情面についての症状の出現には相違があり,病像をいろどつているともいえる。
 4)早期幼年自閉症の本態が精神分裂病であるかどうかという点については,この報告からは何も言及できない。しかしこのような病像を示す疾患を記述することができることは確かである。
 5)機質的な脳損傷の有無は,組織病理学的な検索にまつよりほかないであろう。

Chlordiazepoxideの使用経験

著者: 高橋良 ,   小林暉佳

ページ範囲:P.289 - P.296

Ⅰ.まえがき
 1946年myanecin(3-orthotoxyl-1-2-propanediol)がBerger and Bradley1)により発見され,以後多くの臨床報告によつて,有効かつ安全な筋肉弛緩剤として広く普及されてきた。
 さらに1950年Ludwig and Piech2)はpropanediol誘導体として新たにmeprobamate(2・2-methyl-n-propyl-1・3 propanediol dicarbamate)を合成した。以後幾多の臨床報告例によつて本剤が視床に対する選択的な作用を有し,自律神経系に影響を与えないことがわかり,主として神経症患者の緊張,不穏,疲れやすさ,振戦,頭痛,不眠などに対して有効な結果がえられることが知られている。

Chlordiazepoxide(Balance)の使用経験

著者: 森温理 ,   柴田洋子 ,   矢吹賀江 ,   村田穰也

ページ範囲:P.299 - P.304

Ⅰ.緒言
 最近,スイスのRoche研究所から従来の精神安定剤や自律神経遮断剤とは化学構造式のうえからまつたく無関係で,薬理学的にも興味ぶかい作用を有する新しい型の鎮静剤Chlordiazepoxide(7-chloro-2-methylamino-5-phenyl-3 H-1,4-benzodiazepine-4-oxide hydrochloride)が開発され,Librium(Ro 5-0690)とよばれている1)(第1図)。
 Randall2),3)によると,本剤は動物実験でsedationやmotor inhibitionをきたすことなしに不穏な動物を温和にさせる作用があり,この作用はMeprobamateよりもはるかに強力で,しかもChlorpromazine,Reserpieにみるような自律神経遮断作用はない。Metrazolけいれんに拮抗する作用はMeprobamate,Chlorpromazine,Phenobarbitalよりも強く,電気けいれんを予防する作用はMeprobamate,Chlorpromazineよりも強いが,Phenobarbitalなどと異なつて催眠作用はみられない。脊髄反射はMeprobamateよりも少量(約1/10)で抑制される。本剤はまた食欲刺激効果というanabolicな作用をももつといわれる。しかしMonoamineoxidase阻害作用はない。また循環系への作用もほとんどない。LD50はマウス,ラットでおのおの750mg/kg,2000mg/kgである。

Chlordiazepoxide(Librium, Roche)の臨床効果について

著者: 塩崎昇吉 ,   岡田正勝 ,   奥山清一

ページ範囲:P.307 - P.316

緒言
 ChlordiazepoxideはRoche Research Laboratoriesで最近発見されたまつたく新しい向精神剤であつて,Roche自身の表現を借りれば,その化学的ならびに薬理学的特性は,従来その比類をみないもので,精細な論議に値いするものであるという,高い自信をもつて世に送り出されたものであるが,動物実験の結果によれば,野性的で兇悪な動物の恐怖や攻撃性を,その活動性や機敏さを害うことなしに制御しうるといい,人間に対する効果としては,不安あるいはいらだたしさがまつたく意識水準の低下や知性の鈍化をともなわずに弱められるという。また精神的のみならず身体的にも筋肉の緊張をやわらげ不眠をのぞき,時には強迫現象にまで有効であるなどかなり驚くべき効果が欧米の諸研究者によつてあげられている。ことに1959年テキサス大学医学部で,この薬剤がM. A. O. 抑制剤とならんでシンポジウムのテーマとしてとりあげられ,多くの学者によつてその効果が吟味されたが,ほとんど異口同音に本剤の効果のすぐれていることをのべていることは注目に値いすることである。
 われわれはかねてより文献上で本剤の卓効を知り,その使用を渇望していたところ,たまたま入手の機会をえたので,比較的短期間ではあるが,その適応に十分の注意をはらいつつ能うるかぎり多数例に使用して一応その真価を知り,使用法に習熟する端緒をえたのでここに報告しようと思う。

精神神経症に対するChlordiazepoxideの治療効果について

著者: 三浦岱栄 ,   伊藤斉 ,   舛沢郁二 ,   佐藤桄平

ページ範囲:P.319 - P.324

Ⅰ.緒言
 今般われわれは,山之内製薬会社よりBalance(Chlordiazepoxide)の提供をうけ,主として不安症状を訴える精神神経症患者に試用し,若干の興味ある知見をえたので報告する。
 なお本剤の化学構造式,動物実験におけるその薬理作用,人体に用いた場合の特異的効果および副作用などについては,すでに前の報告者が詳細にのべているのでここでは省略する。

てんかん患者に対するBalance投与の臨床的経験

著者: 田椽修治 ,   徳田良仁 ,   後藤蓉子 ,   町山幸輝 ,   新井進

ページ範囲:P.325 - P.331

まえおき
 てんかんの薬物療法は,中世のなかば迷信的な草根木皮のたぐいに始まり,合成化学の進歩した現在では,考えられる多数の薬剤が抗てんかん作用についてのスクリーニングをうけ,さらに患者に試用されるという経過をたどつているが,その中には初めははなやかに脚光をあびて登場したにもかかわらず,経験的に淘汰されていつしか忘れ去られてしまつたものも多い。しかし,その結果現在われわれはBarbitur酸誘導体,Hydantoin誘導体,Oxazolidine誘導体,直鎖系誘導体やそのほかの有効な抗てんかん剤をもち,さらにそれらの適切な配合によつて,各種てんかんの治療は,すでにある程度自家薬籠中のものとなつた感がないでもない。1)
 しかしその反面,臨床医にとつて,てんかん発作の抑制はおろか,てんかん患者の示す特有な性格変化の改善についてはなお満足のできない難治の症例の多いこと,またある場合には抗てんかん剤の投与によつて,発作抑制にもかかわらず,性格とくに情動面においては,投与前に比してむしろ増悪せしめたとさえ思われる症例に遭遇することは,すでによく知られた事実であろう。

動き

アメリカ精神医学の印象

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.333 - P.353

 アメリカにおける精神医学の現況は,すでに幾多の成書や雑誌によつて紹介されているが,私は最近2年間をアメリカ西部のロス・アンジェルスと,東部のボストンとで1年ずつすごしてきたので,自分の目でアメリカ精神医学の現状をみる機会にめぐまれた。とくに後半の1年間は,Harvard大学医学部のTeaching HospitalであるMassachusetts General Hospitalの精神科研究室に身をおいていたので,学生に対する精神医学の教育や,精神科教室におけるresidentの訓練や,臨床と研究の運営などについて多少実地に見聞することができた。こういつた滞米中の精神医学関係の見聞を書きつづつたのが本稿である。しかし,計画的に各地を視察する機会がなかつたので,私の資料にはかなりかたよりがあるであろう。その点は,1人の旅人の印象記という程度に読んでいただきたいと思う。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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