icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

精神医学3巻5号

1961年05月発行

雑誌目次

展望

精神分析学の展望(1)—主として自我心理学の発達をめぐつて

著者: 小此木啓吾

ページ範囲:P.359 - P.379

まえがき
 精神分析学Psycho-analysisは,精神分析療法という特殊な精神療法を基本的な観察方法とし,その基礎経験を整理し,理解する新たな仮説・概念を,さらに治療的実践によつて検証するanalystたちの経験科学的活動の成果である。1880年代(明治10年代)にJoseph Breuer(1842〜1925)が,そしてSigmund Freud(1856〜1939)が女性ヒステリー患者を,催眠浄化法hypnotic catharsisによつて治療して以来,現在にいたる80年近くの間に,精神分析学は,その治療技術についても,理論についても,さまざまの方向に,さまざまな形の,修正や,分化や,変革をうけながら,歴史的に形成されてきた。それは,再度にわたる世界大戦,ナチスの弾圧,亡命などの歴史的状況の中で,19世紀末のウイーンに始まり,時代も国も異るさまざまの社会的・文化的環境の中で,宗教も人種も,世代も思想も,性別もパーソナリティも異るanalystたちが,同様に多種多様な患者たちとともに発展させてこんにちにいたつたものである。このような歴史的発展の中から,一貫した流れを見出すには,斯学が,冒頭にのべたような一個の経験科学であるという観点から,その基礎経験をなす精神分析療法の発達を内面的にたどり,むしろその流れに自らを委ねてこれをかえりみるこころみが要求されるように思われる(註1)。
 以下にのべる展望は,一analystとしての筆者自身の,かぎられた臨床経験に照らして描き出された一つの素描である。

研究と報告

同胞性分裂病についての知見補遺

著者: 柴田洋子 ,   矢吹賀江

ページ範囲:P.381 - P.390

Ⅰ.序文
 種々な分裂病の遺伝研究の一助として,同胞性精神病Geschwisterpsychoseの研究も1910年前後より拾頭してきた。まず同胞の罹患した疾病が同種のものであるか否か,という問題提示とともに病像の比較が行なわれ,1961年1)にRiebethが同胞間で罹患した分裂病と循環性精神病の観察を行なつている。このほかRüdin(1916年),Hoffmann,Moser2),Schrijer,Wildermuth,Galacjn3),Courbon,Human4),C. Rongo5),A. G. Ambroumova,P. Bour,G. Elsässer6),などが,統計的観察のほか貴重なる症例研究をも含めて数々の報告を残している。わが国では中川7)が自験例について報告しており(1936年),さらに満田8)の豊富なる症例研究や,同じく満田の類別に準拠して分裂病異種性の観点より家族の性格像を論じた久山9)の研究がある。近年伊東10)は同胞分裂病の経過と治療効果について報告している。このように該分野の研究は多方面にわたつて踏尽されている観があるが,なお病像の個々の点について考察する余地があると考え,とくに病状の中でしばしばみられる妄想について若干の知見補遺を行なつた。さらに病像の比較の一助としてロールシャッハテストをこころみ,複雑な臨床像と性格特徴の交錯の中から同胞間の類似性を追究した。

陳旧性精神分裂病の薬物療法—ProchlorpérazineとLévomépromazineの併用療法について

著者: 尾野成治 ,   今尾喜代子 ,   森慶秋 ,   佐藤道 ,   兼谷俊 ,   佐久間祐子 ,   渡部龍一

ページ範囲:P.393 - P.402

 陳旧分裂病38例(男3例,女35例)にProchlorpérazineとLévomépromazineの併用療法を長期に亘つて施行し,寛解8例,不全寛解6例,軽快9例,やや軽快5例,一時的軽快1例(これは投与中に次第に効果が失われたもの),無効7例,症状増悪2例の成績をえた。
 本療法は幻覚,妄想,緊張症状だけでなく,分裂病の基本症状に対して効果を有するものと考えられる。

精神病院における赤痢の発生形式とその対策について

著者: 板倉亨通

ページ範囲:P.405 - P.409

まえがき
 赤痢の集団発生は,正常人においては給水経路,飲食物などに赤痢菌が混入して発生することが多いが,精神病院においては,一人の保菌者が容易に集団発生の原因となり得るのであり,ここに一般住民と精神病院の赤痢対策の根本的相違がある。したがつて一般住民の赤痢菌保菌者は2%以上あつても社会問題として取りあげられないのであるが,精神病院においては一人の保菌者が潜入しても,決して無視することはできない。ここに精神病院の問題があるが,さらに大きな苦悩は,精神病院に赤痢が発生した場合,一般公衆衛生状態の不良を無視して,一般大衆,ジャーナリストはまつたく精神病院に手落ちがあるかのごとく受け取ることである。このため精神病院管理者は極秘理に処理する向があるようであるが,抜本的防疫を行わないとかえつて経費の浪費となる可能性がある。また精神病院における入院時の検便は,健保ならびに国保で請求を認めるのみならず,精神病院に入院時の検便を義務づけるべきである。なぜなら給食担当者も精神病患者も,100人に2人の健康人保菌者と常に接触する機会を持ち,いつ感染するかは時の問題であるからである。かかる環境においていかにすればもつとも経済的に,かつ合理的に伝染病管理ができるであろうか,当院に数回発生した資料を基礎にして赤痢対策についての諸問題を検討して見たい。

γ-アミノ酪酸(Gammalon)のインシュリン衝撃療法への応用

著者: 高木隆郎

ページ範囲:P.411 - P.414

Ⅰ.緒言
 Gammalon(GABA,γ-アミノ酪酸)の臨床的応用については,わが国においてすでにいくつかの報告があるが,とくに清水らによれば,それはつぎの五つの方面で応用の可能性があるといわれている。
 1)精神薄弱にたいする作用
 2)高血圧および尿利におよぼす作用
 3)昏睡覚醒作用
 4)眠剤中毒の昏睡にたいする作用
 5)脳神経障害にたいする作用
 勝木らは要するに本剤を脳の覚度を高める働きのある物質として,臨床作用を理解しているが,精神薄弱ならびに学業不振児を対象にしたわれわれの実験的観察によっても,かかる見解は臨床的事実とよく符合するように思われた。

精神分裂病に対するTrimeprazine(6549 R. P.)の使用経験

著者: 高臣武史 ,   市場和男 ,   吉岡真二 ,   新井俊一 ,   稲村俊雄

ページ範囲:P.415 - P.419

Ⅰ.まえがき
 最近数年間,精神科領域における薬物療法の急激な発達と並行して,新しい薬物,とくにPhenothiazine系化合物の進出は目ざましいものがある。
 松沢病院においても,これら薬物の使用により,精神病者の治療,看護に著しい変化をもたらした。しかし,種々の薬物を使用しても,今日なお,病像の変化の認められないものも決して少なくない。これはとくに陳旧例に多く,今日なお新しい治療薬が期待されるゆえんである。今回私たちは,アリメジンを使用して,興味ある経験をえたので報告する。

Fluphenazineの精神分裂病に対する使用経験

著者: 吉村真平

ページ範囲:P.421 - P.424

緒言
 精神分裂病に対する治療は,クロールプロマジン,レセルピン,さらに近年になつてパーフェナジン,アセチールプロマジン,レボメプロマジン,メパジン,プロクロールペラジンなどの出現により画期的な飛躍を見るにいたつたことは,否定しえぬ事実である。
 現在は,これらを中心として,より強力なまた一層すぐれた薬剤を探求することが,大きな課題とされているようである。ことに合成薬剤であるクロールプロマジンなどのフェノサイアジン系誘導体に関して種々の薬剤が提供され,使用されている。

Lévomépromazineによる「てんかん」の治療—精神症状を主対象として

著者: 藤田英彦

ページ範囲:P.425 - P.430

Ⅰ.緒言
 精神科領域における薬物療法は,Phenothiazine系薬物,Rauwolfia Serpentina製剤に端を発し,その臨床的有効性と相まつて極めて重要な位置を占めるとともに,その後も続々と新製剤の誕生をみて将に百花撩乱といつた盛況を示すにいたつた。これら各種製剤の広汎なる導入により精神病院はその治療面,内容,構造,管理上の各方面において全く面目を一新することを余儀なくされ,従前の精神病院特有な絶望的な陰うつさといつた面は一掃され,われわれ精神科医はもちろんのこと看護婦,看護人にいたるまで前途に明るい希望を持つてよりよき環境の中で精神疾患の治療に専心することが可能となりつつあることは同慶に堪えない。一昨年来新しいPhenothiazine系薬物の一つとして登場したLévomépromazineは大略Chlorpromazine(以後C. P. と略記)と似ているがさらに強力かつ特異な薬理作用により各方面の注目するところとなり,うつ病ないし抑うつ状態を始めとして精神分裂症の精神運動性興奮,幻覚,妄想などの異常体験,衝動行為などにもC. P. より少量で著効を示すとともに,C. P. などの無効の陳旧性分裂病を始めとして各種の精神疾患に用いられ,現在ではその適応,使用法なども大体諸家により確立されたようである1)2)3)4)5)。われわれも一昨年来数百例の症例に意欲的に投与し多数の興味深い治験例をえているが,この方面では諸家の多数のすぐれた報告があるので割愛し,従来よりほとんど手がつけられていなく比較的治療の盲点とされている「てんかん」の異常性格的興奮,精神運動発作,持続性精神変調などをすべて包括しての精神症状を主対象としてLévomépromazineを試用し予想外の効果を見出したので略記する。
 従来からC. P. などのPhenothiazine系の精神安定剤はその強力な鎮静作用にもかかわらず,「てんかん」患者に用いると発作に対しては臨床的にも脳波的にも増悪させることがあり一般に「てんかん」患者に対するこれら薬物の使用は敬遠されていた6)。それにもかかわらずC. P. と同系統の薬物であるLévomépromazineをあえて使用したのはもちろん必要にせまられたことにもよるが,つぎのごときささやかな動機もあずかつている。すなわちLévomépromazine服用中の分裂病患者に電撃を併用したところ,いわゆる電気がかかりにくく通電時間の延長を必要とした結果大多数に通電部位の火傷を認めるにいたつた。C. P. を大量服用中の者に電撃を併用するときやはりかかりにくいことを経験していたのでC. P. とLévomépromazineの抗けいれん作用を比較してみるとつぎのごとくである。

動き

精神科医と精神衛生—精神衛生ゼミナール報告

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.431 - P.436

1
 とかく日本では,研究といえば実験室内の実証的な自然科学的研究でないと,科学的でないかのように思われ,がちだ。そういう考えのうえに「精神衛生」をもちこんでみても,それは一種のP. R. の仕事だとか,社会運動だとかいつた理解しかされない。昨年は精神衛生年だつたせいもあつて,全国に精神衛生協会や協議会がだいぶ増えたことは結構だが,それもたいていの精神科医にとつては,つきあいだつたり,せいぜいP. R. 的にしかうけとられていないのではなかろうか。
 「精神衛生」に対する精神科医の懐疑やためらいは,つぎのいくつかの理由によると思われる。第1に「予防的精神医学Preventive Psychiatryは可能か」ということである。原因はもとより対症療法すら暗中摸索の現況で,予防などとはという気持ちがつよい。この意味でいえば予防の可能な対象は,原因の比較的はつきりした外因性精神障害にしぼられるべきだということになる,そういう考えがある。

紹介

—Henri Ey, P. Bemard et Ch, Brisset 著—Manuel de Psychiatrie

著者: 三浦岱栄

ページ範囲:P.439 - P.441

 最近世界各国で精神医学の新しい教科書ないしHandbuch,Traiteが競つて出版される傾向があり,わが国もその例にもれない。それは一つには戦後精神医学の根本理念というか,アプローチのしかたというか,とにかく従来の精神病学からの脱皮が急速に要望され,また実現の渦巻きの中に巻きこまれているという事態のシンボリックな一つのあらわれではなかろうか。私も数年来学生への臨床講義のさいに,今後10年以内に精神医学の教科書はまつたく書き改められるときが必ずくるに違いないということをいつも力説している。実際また,一方においては精神医学の基礎科学である心理学にせよ,大脳生理学にせよ,他方においては各論ともいうべきNosologieの問題にせよ,あるいは日進月歩で新知見が拡大しつつあると同時に,あるいは再編成がこころみられるなど,そのめまぐるしさに追いついて行くだけでも容易でない情況である。その結果ふるい定説にしがみついている教科書の内容と先端を行く研究の内容とのへだたりは,ますます開く一方であり,このことがまた新しい精神医学の教科書の執筆をいよいよ困難ならしめているといつてよいだろう。
 このときにあたつてH. Eyは2人の共同執筆者とともに1960年10月に標題の精神医学教科書を出版したのであるが,彼は私が前書きでのべた精神医学の新しい教科書を編さんすることの困難さを熟知しており,その短い序文の中でこれをつぎのように語つている。「医学生,開業医,かけだしの専門医ならびに職業の補助を対象としている精神医学の教科書を編さんすることは,およそ困難である。それはつぎにのべる二つの暗礁を避けねばならぬからだ。一つはあまりにも単純化された教育用の折ちゆう主義であり,他は独自な体系的概念をあまりにも大きく表面に出すことである。自分たちはこの二つの危険からできるだけ遠ざかろうと努力はしたものの,この書物が当然甘受すべき正しい批判から免れるのに成功することができなかつたことを知つている。この不完全さについてはあらかじめご寛恕を請うしだいである」と。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?