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雑誌目次

雑誌文献

精神医学3巻9号

1961年09月発行

雑誌目次

展望

「巣症状」としての精神障害

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.739 - P.755

Ⅰ.序
 大脳の「巣症状」にはおよそつぎの3段階が考えられる(植物神経症状などは一応除外)。
 1)要素的感覚-,運動障害
 2)失語-失行-失認症候群
 3)器質性精神障害(少なくともその一部)
 いうまでもなく,1)は大脳皮質の「末梢部」(Goldstein)——前後中心回,鳥距溝,横側頭回など——の病巣から生ずる感覚-,運動障害で局在価値はもつとも高い。2)は巣症状として道具障害ではあるが,人間に固有なゲシタルト機能,象徴機能にかかわるもので,脳病理学の中心課題をなす(大橋1))。その局在価値は1)ほど高くない。3)は「広義」の巣症状と解されるもので局在価値はもつとも少ない。その詳しい記載はKleist2)の"Gehirnpathologie"の後半,Ajuriaguerra et Hécaen3)の"Le cortex cerebral"の前半などにみられるが,その他にはこれを脳病理学的見地から体系的,全般的に取り扱つた文献は少ないと思う。もちろん,前頭葉症状とか側頭葉症状に関する綜説はあるけれども(たとえば最近のものとしてはHafner4),Sperling u. Creutzfeld5)など),ここではちよつと趣向をかえて,「巣症状」という見地から把握できそうな器質性精神障害を,症状別に粗描してみたい。

研究と報告

文の失読について

著者: 井村恒郎 ,   木戸幸聖 ,   松山巌 ,   阿部洋太郎

ページ範囲:P.759 - P.765

 症候論の立場から,失読を字性失読(literale Alexie)と語性失読(verbale Alexie)に分けて考察するのが慣例になつている。前者は個々の字を読むことができない場合,つまり字の水準における失読で,後者は字は読めるがそれを綴つた語は読むことができないという語の水準における失読である。このいわば"言語学的な"見かたの分類は,失読症状の心理的ないし生理的機制を示すものではないから,種々問題がある。しかし,実際上の便宜のためであろうか,広く用いられている。
 この2つに加えて,近ごろAjuriaguerra et Hécanは,同じように症状論的にみた失読の別の1群として「文の失読」(alexie de phraseを区別できるといつている。これは文の水準における失読で,字や語を単独にみせれば読むことができるが,文になると読みくだすことができず,文意も正しくとらええない場合である。そして,主として文中の名詞や動詞を読み,前置詞とか接続詞などの文法的な役割をはたす部分を無視したり読み誤つたりする。彼らによると,この文性失読は,その程度や様態においては多種多様であるが,文の読みにさいしてだけあらわれる失読という点が共通しているという。彼らのように「文の失読」という言葉は用いていないが,失読の回復過程において,同様の現象たとえば,文を読むにあたつて接続詞や前置詞などの「文法的な部分」の失読や錯読のあらわれることは,LangeやCritchleyなどの綜説的な論文のうちにも記述されている。

酒精てんかん—とくに臨床・脳波所見について

著者: 鈴木昭男 ,   福島裕 ,   桜田高

ページ範囲:P.767 - P.772

 従来,酒精てんかんとよばれているものの概念はかなりまちまちである。まず酒精に関連して発作をもつ場合という広い意味で用いられるときは,慢性酒精中毒および頭部外傷・脳血管障害その他種々の因子の併存状態も否定できなくなるであろう。これに反してふだんはなんらの障害がないのに,飲酒したときにのみ発作を生ずるもの,換言すれば飲酒によつて生ずる生体の酒精反応としててんかん発作が発現する場合を狭義の酒精てんかんとみなすこともあながち無理ではあるまい。われわれは酒精てんかんの定義を後者の場合にのみ限定して本稿を進めたい。すなわちUngerleider12)がのべているように「飲酒しなければ決しててんかん発作をおこさないもの」をのみ酒精てんかんと考えるものである。
 ところでこのような意味での酒精てんかんの報告は比較的少ない。またわが国では著者の調べた範囲では最近の文献でもかかる意味でのてんかん,とくにその脳波所見の報告はみられないようである。以下われわれは上述の意味での酒精てんかんの4例について,とくにその脳波所見を中心に報告する。なお飲酒歴のある時期以後から発作があらわれ,しかも飲酒によつて著明な発作頻発をみたが,種々の因子が併存していて狭義の酒精てんかんとは思われない1例を付記し,酒精てんかんと比較してみたい(第1表参照)。

自殺と家庭環境

著者: 大原健士郎 ,   増野肇

ページ範囲:P.775 - P.783

はしがき
 精神病をのぞく自殺の要因の研究は,すでに数多くの報告がなされているが,心理学的要因の中でも家庭環境的因子は,とくに重要な要因として学者の注目を集めている。すなわちE. Ringelは,精神病をのぞく650例の未遂者の生活歴を検討し,片方または両方の親を12才以前に失つた者は123例(19%)で,とくに孤児が多く,実母の欠損のほうが問題が多い,とのべ,さらに養育上の問題があつた者は92例(14%)で拒絶的態度と過保護的態度が問題として多く,また同胞間に問題が認められた者は164例(25%)であり,ことにひとり子が81例を占めていた,と報告している。L. M. Moss,D. M. Hamiltonは自殺企図例の60%が片親または両親を若いころ(大多数は青春期に,ほかの者は幼小児期)に失つている,とのべた。彼によれば,この期間に40%は父親を失い,20%は母親を失つていた。Palmerは,25例の自殺企図者について連続的に背景因子を観察し,84%の者が両親や同胞の死亡,不在に直面しており,68%の者が14才前に親を失つていた。また,近親者の死亡は25%以上において結実因子となつていた,とのべている。Teicherは統計的にこの成績を支持した。H. J. Walton,J. Mentは憂うつで自殺を企てた60例の患者と憂うつだが自殺は企てなかつた163例の患者を比較し,14才以前に親を失つた者は前者では46例であり,後者では32例であつたと報告し,自殺企図と親の欠損との関連性を強調している。Wall Jamiesonは,自殺した患者について,以前に受診していた病院で家族歴を調べ,自殺者の1/3に家族問題がかなり強く影響していることを認めた。Zilboog,Reitman,Keelerは,長じてからの自殺衝動を幼児期における両親の死に関する感情の問題としてとりあげた。Keelerは,親が死亡したさいに,11人の子供に生じた反応を研究した。すなわち,抑うつ感情は11人全部にあらわれ,両親への強い愛情を示していた。死んだ両親に再会するという空想は,8名がもち,一緒に死にたいとのべた者が7名であつたとしている。Bender, Schilderは13才以下の子供について自殺を研究し,子供にとつて自殺は,耐えがたい環境を逃がれようとするこころみであり,つねに愛情の喪失から生じている,とのべた。わが国でも加藤は,26例の未遂者中,一方または両親を12才以前に失つた者は5例,養育上の問題がある者10例,同胞間の問題が考えられる者5例を認めている。著者らの報告でも自殺企図者で17才以前に両親または片親を失つた者は対照群に比し,有意差をもつて多く,とくに実母の欠損が影響していた。養育者を調べると自殺企図者のほうに,親が小学入学までのめんどうをみなかつた者が有意差をもつて多かつた。青年層における希死念慮の理由では,家庭事情をあげた者は,大学生8.1%,高校生13.0%,中学生16.5%,未遂者13.0%,となつている。とくに年少者に家庭問題や叱責の影響していることがわかつている。最近の報告では青年層のみならず,老人の自殺においても家庭問題が強く影響をおよぼしていることが明らかにされた。
 しかし一方,川畑,勝部は京大生を対象として親の欠損や養育者を調べ,自殺企図者と非企図者との間にほとんど差がないというnegative dataを報告している。Schneidman,Farberowは,対照者に自殺すると仮定して遺書を書かせ,既遂者の遺書と比較した。その結果として,いかにStressによる条件が生活史にあつたとしても,それだけについては,各群の間に差がなく,ひとり子,欠損家庭,家族内自殺などの点でも各群の間に差はなかつた,とのべているが,自殺を研究する学者の間では,家庭環境要因はもつとも重要視すべき部門の一つとされている。

視空間失認および種々の病巣発作(右頭頂後-頭葉症候群)を呈した1例

著者: 大橋博司 ,   木村敏

ページ範囲:P.785 - P.789

 ここに報告する症例は右中大脳動脈領域の血管性障害(おそらくThrombangiitis dbliterans)により視空間失認と種々の病巣発作をきたしたものである。最近の臨床脳病理学の主要テーマが大脳半球優位の問題とか右半球症候群などに集中しているので,本例もそれに関連して報告するわけである。本症例との類似例としてはわれわれがすでに報告した視空間失認の数例や,さらに最近本誌に記載された浅野らの症例,井村らの症例をあげることができる。これらの症例との異同についてはのちにふれる。

資料

精神障害者の入院について—第2篇 同意入院 仮入院および自由入院

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.791 - P.795

Ⅰ.同意入院に関する法規
 同意入院につき,精神衛生法(以下法と略記す)第33条はつぎのごとく定めている。
 第33条。精神病院の長は,診察の結果精神障害者であると診断した者につき,医療および保護のため入院の必要あると認める場合において保護義務者の同意があるときは,本人の同意がなくてもその者を入院させることができる。

あるケース・カンファレンス—日永病院集談会のこころみ

著者: 荻野恒一

ページ範囲:P.797 - P.801

会の成り立ち
 もう5年近くも前のこと,たまたま三重医大精神医学教室と高茶屋病院との合同ゼミナールに招かれて,故吉田教授と一緒に高茶屋病院を訪ねたさい,荻野がフランスにいたころの話をすすめられた。そのときの話の概要は,たぶん「精神医学の進歩」(1)に書いたようなことであつたと思うが,このときフランスの症候学の伝統と,Evolution Psychiatriqueでいまなお行なわれている訓練の方法について話した事柄が,黒沢教授の興味をそそつたらしく,つぎにのべるようなHenri Eyのやりかたを実際にやつてみせてくれ,ということになつた。それが約4年前から定期的(現在は原則として毎月第四土曜日)に行つてきている「日永病院集談会」の契機である。(もつとも最初の1年は高茶屋病院でも行なつていたが,場所がらからいつて好つごうなので,このごろはほとんどもつぱら日永病院でお世話いただいている。集まる人数はだいたい20名ぐらいであり,これが限度であろうと考えている)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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