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雑誌目次

雑誌文献

精神医学30巻10号

1988年10月発行

雑誌目次

巻頭言

疾病遺伝子はこわくない

著者: 中澤恒幸

ページ範囲:P.1060 - P.1061

 この8月ミュンヘンの第16回国際神経精神薬理学会議(CINP)に出席,しばらくぶりに原地産の白ソーセージWeissburstとビールの味,そして筆者にとって3つの話題が大変興味深く受けとめられた。第1は精神分裂病の遺伝子研究であり,第2は新しいセロトニン再とり込み抑制剤の展開,そして第3はリカバーのあるモノアミン酸化酵素阻害剤MAO-Ⅰの開発であった。近年遺伝子研究の進歩は目まぐるしく結構なことであるが,疾病の遺伝子の発見となると実に複雑な気持になる。
 ミュンヘンのシンポジウムも精神分裂病が主体ではあったが,実際は分裂病者を含む精神病多発家系の研究であって主遺伝子major gene決定ではなくpolygeneであろうと受けとめられた。polygeneならば易罹病性liabiliもy(外部環境への感受性,抵抗性を含む)が問題となろう。一昨年Baron, M. はBiol. Psychiatryに"分裂病者の素質的脆弱性と遺伝子の指標"と題する論文を出し,昨年彼はNature Vol. 326に躁うつ病遺伝子確定としてX染色体上の同病遺伝子を染色体減数分裂時のDNA組み換え頻度と形質発現確率で表現している。研究手技の新しい樹立は,どんな仕事でもこのように一気呵成に論文が出てくるのだろう。

展望

ドイツ精神病理学の動向

著者: 木村敏

ページ範囲:P.1062 - P.1072

I.はじめに
 現在のドイツ(語圏)精神病理学に昔日の面影はないと言われるようになって既に久しい。確かにここ四半世紀の生物学的精神医学の発展は,ドイツにおいても精神病理学から"基礎精神医学"の座を奪ってしまった感が強い。しかし改めてドイツ精神病理学の現況をまとめてみると,個々の代表的な研究者の仕事に関するかぎり,やはり"本場"の強みを失っていないという印象を否めないのは筆者一人の偏見であろうか。
 ドイツ(および日本)の精神病理学については,すでに最近長井と宇野が,問題意識を明確にした優れた展望59)を書いている。そこでここでは,与えられた紙幅内でできるかぎり大きな視野に立って,最近ほぼ10年(特にここ数年)の動向を広く浅く捉えるという逆の方向をとることにした。当然長井らの展望と重複する部分もあるが,両方を合わせ読まれることを希望したい。

研究と報告

自験9例に基づく共生幼児精神病(Mahler)概念の検討

著者: 栗田広

ページ範囲:P.1073 - P.1079

 抄録 Mahlerの共生幼児精神病の記載に合致する自験例9例を報告した。全例とも,有意味語の消失あるいは対人反応の障害の出現,通常の幼児のような自然さのない母からの分離に対する強迫的な不安を中心とする不安状態の出現,で特徴づけられる精神発達の退行を1〜4歳に呈した。全例とも退行現象発症前の発達は正常とは言いがたく,なんらかの脆弱性を有していたと思われる。臨床診断としてはDSM-Ⅲでは,幼児自閉症に類似するが対人反応の障害はより軽いなど,幼児自閉症の診断基準を満たさず,非定型全般的発達障害となるが,特異的な精神発達の退行があり,ICD-9の崩壊精神病(Heller症候群)と近縁の状態とも思われる。幼児自閉症近縁の全般的発達障害の疾病分類学は未確立であり,出現頻度は極めて低いと思われるが,共生幼児精神病とされる状態の臨床症候群としての妥当性は,他の全般的発達障害のそれらとともに今後の検討課題である。

Gilles de la Tourette症候群の成因の検討—症状と幼少時類似行動との比較

著者: 野本文幸 ,   高橋隆一

ページ範囲:P.1081 - P.1088

 抄録 Gilles de la Tourette症候群8例(全例男子)における汚言症,語句の強調,反響言語,反響動作,汚行症copropraxia,唾吐き症状の6症状の出現頻度,各症状に対応する類似行動(例えば,汚言症と汚言症様発言)の患者の発症前幼少時における出現頻度,一般小児における類似行動の出現頻度を検討した。その結果,第一に,発症後の症状と発症前の類似行動との間に相反関係が見出された。つまり,発症前に類似行動が認められた場合には対応する症状は出現せず,症状が出現した場合には発症前に対応する類似行動が認められなかった。この結果より,本症候群には発達上の遅延があることが示唆された。第二に,一般小児に高頻度に認められる類似行動に対応する症状は低頻度であり,一般小児に低頻度な類似行動に対応する症状は高頻度であった。特に,一般小児で低頻度であり患者群で高頻度であったのは,語句の強調であったことから,本症候群を特徴づける症状は「発声の様式の異常」であると考えられた。

アルコール問題を持つ家族の中の子供達—児童相談所ケースから

著者: 鈴木健二 ,   小野克彦 ,   樋口進 ,   村岡英雄 ,   伊藤千恵 ,   荒久保昭子 ,   石井恵理 ,   河野裕明

ページ範囲:P.1089 - P.1098

 抄録 我々は,ある児童相談所において継続したケアを行った106名の子供について,家族のアルコール問題と子供の問題の相関について調査を行い以下の結果を得た。①子供達の家族の32%にアルコール問題が存在した。②アルコール問題を持つ家族は75%が家庭崩壊を伴っており,そうでない家族の19%と比較して高い頻度とかつ複雑な家族変動をもち,また低い社会的経済的位置を認めた。アルコール問題は複雑かつ困難な家族問題の一部と考えられた。③アルコール問題を持つ家族の中の子供達は,非行44%,登校拒否24%,被虐待児15%などが多く見い出され,そうでない子供達と差が見られた。アルコール問題と家庭崩壊を含む困難な家族状況は相乗して子供達の問題を作り出すのであろう。

慢性精神分裂病患者のAge Disorientationと記憶の時間的秩序の障害

著者: 中川敦子 ,   鳥居方策 ,   田口真源 ,   中川博幾

ページ範囲:P.1099 - P.1106

 抄録 自己の年齢の過小評価ならびに記憶の時間的秩序という観点から分裂病者の時間的体験について検討した。慢性分裂病患者61名を対象にまず主観的年齢を調査した。次いで戦後40年にわたる報道写真を同定させたのち,一対比較法によってこれらの写真に対する記憶の時間的秩序を検索し,以下の結果を得た。(1)全体の13%にあたる8名が自己の年齢を過小評価した。(2)年齢過小評価者(D群)では実際にその年齢であった年代以降の事象が学習されていない傾向がみられ,"time stands still"という患者の時間的体験に対する推測を支持するものと思われた。(3)年齢評価が正確な者でも記憶の時間的秩序は必ずしも良好ではなく,その成績により3群に分けられた。最も不良なO1群ではD群とほぼ同等であり,最も良好なO3群では発病後の事象に対する記憶の秩序は良好であった。(4)時間的体験の障害は陰性症状の評価点と相関することが明らかにされたが,この障害の最も重症なものがD群であることが示唆された。

いわゆる非定型精神病の一群の診断と分類に関する調査

著者: 高橋三郎 ,   飯田英晴 ,   藤縄昭

ページ範囲:P.1107 - P.1113

 抄録 非定型精神病とよばれる一群の診断基準と分類について,我が国精神科医の平均的意見を知る目的で,51項目のアンケートを全国80大学精神科教官170名に発送し60%の回答を得た。結果から,いわゆる非定型精神病の一群の存在を認める者は90%で,この一群全体の名称は,非定型精神病とする者とICD-10案のごとく急性一過性精神障害とする者が相半ばした。診断基準としては,ICD-10案の3項目(急性の発病,はっきりした精神病症状,3カ月以内に寛解)に支持が多いが,一方,意識変容の存在,病像の多様性と混合性をあげた者も多い。分裂感情障害の位置づけでは,感情障害の外におくという者が最も多いが,不要を主張した者も30%に上る。
 結局,いわゆる非定型精神病の概念について,ICD-10案に準じる現代的な考え方と,Kleist-Leonhard派からの伝統的な考え方があることがわかったが,この2つの方向性は,回答者をはっきり2群に分けるほどではなく,かなりの者が,この2つの方向を適宜取り込んでいることが示された。数量化3類による分析でも,病型分類における各カテゴリーの組み合わせ方に,この2つの方向を混合した考えのあることが推測された。

うつ病患者における体温リズム異常—予報的報告

著者: 辻本哲士 ,   山田尚登 ,   下田和孝 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.1115 - P.1121

 抄録 近年,うつ病患者におけるサーカディアンリズムの異常が注目されている。我々は,内因性リズムの指標として、外的環境条件に影響されにくいとされる体温のサーカディアンリズムにつき検討した。まず,5名の正常被検者の深部体温を測定し,これに基づき,臨床場面に応用可能な体温測定の方法を確立した。今回用いた深部体温は,直腸温と高い相関を有し,その代用になりうるものであるが,直腸温にみられる心理的,身体的負担が少なく,口腔温,えき下温に比べ精度が高く,かつ連続測定も可能である。患者の負担を考慮して,2日間2時間間隔の測定によっても日内リズム異常を,かなりの精度で検索することが可能であると思われた。次に,この方法に従い,うつ病患者14名の体温リズムを躁病と精神分裂病6名,および正常被検者5名の体温リズムの周期,頂点位相と比較した。最大エントロピー法(MEM)による体温周期の分析では,正常者の全例,精神分裂病患者の大多数で,著明な24時間成分が見られたのに対し,うつ病患者の70%にこれが認められなかった。しかし,長期的観察のできた患者では,抑うつ症状が軽快するに従い,24時間成分が明確となるものがあるので,うつ病の重症期に,24時間成分が消失すると結論された。最小二乗法による頂点位相の分析では,うつ病の経過による位相の前進または遅延という一定した傾向は認められなかった。

デキサメサゾン抑制試験とうつ病の症状,重症度および治療反応予測

著者: 永山治男 ,   長野浩志 ,   池崎明 ,   田代哲男

ページ範囲:P.1123 - P.1131

 抄録 うつ病入院患者(DSM-Ⅲ)30名に,デキサメサゾン抑制試験(DST)およびHamiltonうつ病評価尺度他の臨床状態評価を入院当初とclomipramineによる4週間の治療後の2回行った。DST非抑制は初回テストの15名(50%)が再テストでは6名(20%)に有意に減少した。両回ともに非抑制群は抑制群よりも有意に重症であった。デキサメサゾン投与後の最大cortisol濃度(DST後値)は両回ともに重症度と相関した。DST後値の相関する症状は「内因性症状」が主であったが,診断亜型とは一定の関係を示さなかった。また,初回DSTを用いて4週間後(治療後)の臨床状態あるいは臨床改善度を予測することは不可能であった。以上から,うつ病においてDSTはそれほど特異性の高いテストではなく,治療反応性の予測における有用性も認められないが,臨床重症度を測るテストとしては有用であると考えられた。

作業能力の低下した精神分裂病患者の社会復帰の実態とその治療技法

著者: 岩波明 ,   安西信雄 ,   原田誠一 ,   金生由紀子 ,   中込和幸 ,   横田圭司 ,   熊谷直樹 ,   佐々木司 ,   式場典子 ,   宮内勝

ページ範囲:P.1133 - P.1140

 抄録 東大病院精神神経科Day Hospital(DH)に通院した69名の精神分裂病患者を対象に,DH通院期間中の集団生活場面における作業能力を評価した。この評価から精神分裂病性欠陥により作業能力の低下が著しい群(低作業能力群)を定義し,低作業能力群(23名)とその他の群(46名)の臨床的特徴,就労期間率(就労に従事していた期間の割合)を比較した。その結果低作業能力群のDH終了後2年までの就労期間率は63〜64%であり,これはその他の群とほぼ同等の値であった。一般に作業能力の低さは就労に不利な条件であるが,患者の能力に応じた就労援助を行うことにより,この不利な条件をかなりの程度カバーしうると考えられた。これらの患者の就労援助の経験から①治療関係の確立と就労の動機づけ,②再発予防対策の明確化,③適切な職場の選択,④雇用主への協力依頼と連携が重要であることを述べ,最近議論になっている精神障害における障害概念と関連させ考察した。

精神科デイケアの治療的意義—Identity障害の1女性例の経過から

著者: 笠原敏彦 ,   阿曽加寿子 ,   大西由美子 ,   徳本栄子 ,   佐藤恵美子 ,   安達克己 ,   深沢孝克 ,   上野武治

ページ範囲:P.1141 - P.1147

 抄録 デイケア活動のなかで立ち直りを見せたIdentity障害の1女性例を報告し,デイケアの治療的意義に関し若干の考察を加えた。
 精神障害者の社会復帰過程は,「being」と「doing」の密接な相関的発展によって進行することは言うまでもないが,精神分裂病者の場合には,基本的には前者から後者への方向で理解されることが多い。ところが,本症例の立ち直りは,後者から前者へと向かうことによって得られた。また,デイケアの集団療法的側面だけではなく,個人療法的対応の重要性が示唆された。要するに,精神科デイケアは多様で多義的な治療活動であり,意欲や作業能力の増強が期待される慢性期の精神病者に限らず,人格発達や対人経験を必要とするような神経症圏の症例に対しても有効であると考えられた。

ヒステリー性もうろう状態において老婆の形姿もしくはSenilismを呈した1症例

著者: 三田俊夫 ,   酒井明夫 ,   橋本光彦 ,   斎藤弘一 ,   金森一郎 ,   切替辰哉

ページ範囲:P.1149 - P.1153

 抄録 太古的,傍論理的,超越的な思考形式を背景として,原始意志的反応形式により発症したhysterical psychosisの1例を報告した。症例はその経過中にガンザー症状群を呈し,その際puerilismの代わりにsenilismとも呼べるような症状を示し,その概念規定は,(1)puerilismと同様ヒステリーの病態と密接な関連を持ち,(2)社会的弱者という老人の側面を体現することによって身体的,精神的両面での退行状態を表現するとともに,(3)知恵者もしくは賢者としての老人の側面を体現することによって,太古的心性を背景とする超越的な力を表現することであると考えられた。

短報

精神分裂病症状を示したADDの1例

著者: 加藤雅人 ,   野本文幸 ,   町山幸輝

ページ範囲:P.1155 - P.1158

I.はじめに
 Attention Deficit Disorder(ADD)の青年期における精神症状あるいは行動異常としては過活動,不安,不機嫌,気分易変,衝動性,対入関係の障害,などが知られている12)。しかし分裂病様症状の報告は少ない。今回我々は,幼少時にMinimal Brain Dysfunction(MBD)と診断され,青年期に精神分裂病症状を示した1症例を経験したので報告する。なお,ADDはDSM-Ⅲ1)で新しく登場した用語で,従来のMBDにほぼ相当するが,本症例はADDの診断基準を満たすものである。

恐慌性障害の治療と経過

著者: 長野浩志 ,   藤井薫

ページ範囲:P.1159 - P.1162

I.はじめに
 恐慌性障害は恐慌発作だけでなく,その経過中に全般性の不安や恐怖症的回避,抑うつなどの症状を伴うことが臨床上,知られている。今回,我我は恐慌性障害の治療にあたり,これらの臨床症状の評価を経時的に行い恐慌性障害の治療結果を検討したので報告する。

紹介

フィリップ・ピネル—その故郷と生家

著者: 影山任佐

ページ範囲:P.1163 - P.1167

 昨年(1987年)約10年ぶりにフランスを訪れた。Pinel18),Esquirol8)の著書を翻訳出版する計画があり,フランス再訪はこのための資料集めであった。今回の渡仏にあたって実は密かに期待していたことがあった。それはPinelの生涯を文字通り揺藍から墓場まで実際に訪ね,今度出版する本の口絵等の写真を撮影することであった。特に南仏のPinelの生家等はSemelaigne19,20)やChabbertら4〜7)の研究で紹介されているが,我が国では訪れた者もないように思われた。またPinel研究で知られ,彼の血筋でもあるSemelaigneによって生き生きと描かれた南仏のPlnelの故郷を訪れてみたいとの長年の夢を果たしたかった。またPinel当時,フランス革命からもちょうど200年になり,時期的にも節目にあたり,また精神医療の原点をPinelらの業績やその時代を通して振り返るという今日的課題も念頭にあった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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