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雑誌目次

論文

精神医学30巻2号

1988年02月発行

雑誌目次

巻頭言

幕張でのおもい

著者: 佐藤壱三

ページ範囲:P.118 - P.119

 昨年3月,母校の教授職を無事退き,今千葉市の西,幕張にある県立衛生短期大学で精神医学と一つ距離をおいての日々を送っている。
 この大学のあるところは,戦後も久しい間遠浅の海であった。ひき潮の時,浜の砂には貝があふれ,のどかな詩情にみちた地であった。今そこは広大な陸地となり,その上を縦横に高速道路,あたらしい鉄道が走り,海辺は遠くなった。やがてここにも高層ビルが立ちならび,第何番目かの副都心になるという。

展望

代謝異常による精神発達障害の治療—第2回

著者: 成瀬浩

ページ範囲:P.120 - P.129

Ⅳ.スクリーニング対象疾患のトピック
 次に,新生児スクリーニングの対象となる各疾患の,最近のトピックについて触れる。

研究と報告

心気症の精神療法—自己愛的病理の観点から

著者: 近藤三男 ,   室谷民雄

ページ範囲:P.131 - P.139

 抄録 心気症の力動的構造を医師—患者関係における相互の陰性感情の増幅という事態として理解する。この医師一患者間に生じている事態を転移と逆転移という観点から見ると,患者が医師に対して,自己の誇大感を支持するような役割を一方的に期待してくるために,医師の側ではそれに対する抵抗として種々の陰性感情が喚起されることがわかる。これをKohutに始まる自己心理学派の用語で言えば,自己愛的対象関係ということになろう。
 心気症の治療には,この自己愛という観点が有用であるが,心気症は,その病前性格が広範囲にわたること,強烈な依存関係に陥ることが少ないことなどの点で,自己愛パーソナリティ障害と異なっている。われわれは心気症を自己愛的外傷に対する反応として解釈する。そして,心気症の治療は,「完成された」心気症を前心気症状態に戻す段階・前心気症状態における自己評価の修復の段階の2つに区別するのが妥当であろうと考える。

精神病症状消退後の虚脱状態と過渡対象—ある精神分裂病者の寛解過程から

著者: 三野善信 ,   永松郁子 ,   牛島定信

ページ範囲:P.141 - P.147

 抄録 ある精神分裂病者の寛解過程に認められた精神病症状消退後の虚脱状態(PPC)と過渡対象について報告した。
 症例は30歳の男性であり,父の死,離婚,母の事故と入院の後に関係被害妄想,妄想気分を中心とする精神病状態に陥った。作為体験によると思われる自殺企図のために入院となり,約1カ月で精神病状態は消失した。その後の寛解過程は2つの時期に分けることが出来た。臨界期に相当する焦りの時期と虚脱期である。そして,焦りの時期にはプラモデル,虚脱期には花という過渡対象が観察された。

精神分裂病圏患者に対する役割啓発的接近法の試み—「自己啓発型精神分裂病患者群」と「役割啓発的接近法」の提唱(第2報)

著者: 宮内勝 ,   安西信雄 ,   太田敏男 ,   亀山知道 ,   浅井歳之 ,   池淵恵美 ,   増井寛治 ,   小澤道雄 ,   染矢俊幸 ,   原田誠一

ページ範囲:P.149 - P.159

 抄録 本論の第1報で,「自己啓発型精神分裂病患者群」の臨床的諸特徴について詳述した。第2報ではこの類型に対する治療的接近法について述べた。留意点は「自己啓発型」の現実適応的判断基準の体得の仕方にある。すなわち,「自分で考え自分が下した判断で集団生活を試行錯誤し,その成否の経験の積み重ねを通じて体得していく」ことを促すことにある。そのために,患者が何らかの集団(たとえばデイケア)に参加するように方向づけ,集団生活場面における出来事を個人面接場面での話題とする。個人面接場面で治療者はほとんどの場合聞き役となることが望ましい。「問題行動」の直後のみは例外的で,患者が素直な感情表現を回避する場合,治療者は指示的に接する方が適当である。そのことにより患者は現実適応的に行動するようになる。以上のような治療的接近法を「役割啓発的接近法」と名付け,その基本的原則について述べた。

FPN-Forrest test(急速尿呈色試験)による服薬維持の試み(第2報)—精神科通院患者における有用性

著者: 飯塚博史 ,   岩成秀夫 ,   小田豊美 ,   酒井正雄

ページ範囲:P.161 - P.168

 抄録 抗精神病薬の服薬状況を客観的に把握するための方法の一つであるFPN-Forrest testに再検討を加え,第1報で報告した新たな判定方式を導入し,これを利用して,約半年間にわたり外来通院患者の服薬状況を観察した。テストを行った外来患者76人中,54人(71%)は服薬が良好またはほぼ良好と判定されたが,9人(12%)はやや不良,または不良という結果であった。さらに,投薬量,臨床症状,呈色反応の3点に注目して経過を追ったところ,1回のみのテストからの判定に比べ,より正確な判定が可能であることが判明した。これらの中から数例の服薬不良を疑わせる症例が見い出されたが,そのうちのいくつかに関しては,主治医の対応によって症状の増悪を未然に防ぐことが出来た。
 このような結果から,新たな判定方式を導入したFPN-Forrest testは,服薬状況の客観的把握に有効であり,症状の増悪を予防する一手段となり得ると考えられた。

精神障害者に発生する多飲の臨床的諸特性—水中毒準備状態の早期発見に向けて

著者: 松田源一

ページ範囲:P.169 - P.176

 抄録 病棟内での観察から独自に多飲判別法を設定し,その臨床的特性を調査した。多飲者(群)は48例(19%)あり,精神分裂病の多飲発生率は19%,てんかんと精神遅滞では30%と高かった。検査値から10例(4%)の低Na血症者を抽出したがすべて多飲群に属していた。また多飲群では血清Na値,尿比重ともに正常が34例で多く,大概体液バランスが維持されていた。しかし低値成分(TCH,BUN,Na,Ug)と高値成分(A/G,LDH,K,CPK)で有意の差を示し,これは多飲の重症度に相関して特徴が顕著となっている。水中毒発生率は低Na血・非低比重尿が50%,低Na血・低比重尿が33%,非低Na血・低比重尿が25%,非低Na血・非低比重尿が15%だった。低Na血非低比重尿は水中毒の発生しやすい悪性多飲群として他の良性多飲群と区別しえる。さらに低血清Na値の重度多飲者は水中毒状態にあるものとして第一に予防処置の対象となる。これらの知見は入院精神障害者における多飲者の検出と分類,さらに水中毒の予防に有用と考えられる。

インターフェロン治療中,一過性の精神症状を呈したB型慢性肝炎の2例

著者: 廣田典祥 ,   浜田芳人 ,   川浪由喜子 ,   鈴木治徳 ,   高橋克朗 ,   内野淳 ,   古賀満明 ,   田島平一郎 ,   南野毅 ,   矢野右人

ページ範囲:P.177 - P.182

 抄録 インターフェロン治療中,一過性の精神症状を呈したB型慢性肝炎の2例を報告した。いずれも41歳の男性で,トランスアミナーゼの高値,HBe抗原陽性を認めたため,インターフェロン(Recombinant IFN-αA)の投与を行った。治療開始と共に副作用として,悪寒・発熱・頭痛・筋肉痛などインフルエンザ様症状が出現したが,それに遅れて次第に増悪する精神症状として不眠・不安・抑うつ・不穏・焦燥感・自殺念慮(企図)・思考散乱が生じた。治療終了後,情動過敏状態を経た後,しばらくして精神症状も消失し,安定を得て退院することができた。
 このような精神症状の発現には,インターフェロンの有する中枢神経毒性を考慮すべきであろう。インターフェロン療法の経過中,副作用として一過性の精神症状の出現には充分な注意が望まれる。

ブロン依存症の離脱後に意識障害を呈した1症例

著者: 吉川領一 ,   小片寛 ,   融道男

ページ範囲:P.183 - P.189

 抄録 市販の鎮咳去痰剤「小児用エスエスブロン液」の依存症により幻覚を含む精神症状が出現したが,離脱後に意識障害を起こし,脳波上にも持続性広汎性の徐波を呈した1症例を報告した。患者は29歳の男性で,ブロン液は約6年間乱用した。意識障害は離脱2日後に始まり,12日間にわたり軽度から中等度の意識混濁が続いたが,離脱4日後には意識消失発作を起こした。意識混濁の前半6日間は軽いせん妄の,後半6日間はアメンチアの色彩を呈した。本例の精神症状の発現にブロン液の成分中のmethylephedrineやdihydrocodeine phosphateが関与していることは間違いないが,これら単独では説明できない面があり,ブロン液の各成分の複雑な相互作用によって引き起こされたものと考えられた。また,意識障害もdihydrocodeine phosphateの離脱症状だけによるとは考えにくく,ブロン液の他の成分との相互作用の関与が推察された。

じん肺による肺性脳症

著者: 原田正純 ,   斉藤岬

ページ範囲:P.191 - P.195

 抄録 63歳の女性,ぜん息様症状で入院中に,徘徊,独語,失見当,健忘,物を廊下に投げすてるなどの夜間せん妄状態がみられ精神病院に入院した。症状は直ちに軽快したがじん肺症が発見され,著明な肺機能低下がみられた(%VCが37.3%,%FVCが36.0%,FEV1.0/VCPは23.9%,V25/身長は0.063l/sec,PaO2は56.0など)。O2吸入で良好な状態を保っている。本例は関西に出稼ぎに行き窯業に14年3カ月従事していたが,じん肺が見逃されて精神病院に入院した。
 同様に他にもじん肺患者で脳症状を呈するものが少なくない。75例中3例(4%)にみられた。第2例は脱力,全身の羽ばたき振戦,もうろう状態。第3例は失神発作,もうろう発作,抑うつ気分,起立歩行障害。第4例は全身脱力,もうろう状態,もの忘れなどがみられた。いずれもじん肺管理4の重症でO2吸入で効果がある。

幻覚妄想状態を呈した結節性硬化症の1例

著者: 牟礼利子 ,   榊敏幸 ,   藤井英雄 ,   森岡洋史 ,   松本啓 ,   鮫島秀弥

ページ範囲:P.197 - P.201

 抄録 幻覚妄想状態を呈した結節性硬化症の1例について報告した。主症状は幻聴,作為体験であり,妄想は体系化を示さず,感情面,行動面での障害は認められず,疎通性も良好であることから,結節性硬化症による器質性精神病であると考えた。また,結節性硬化症の分裂病様症状に関しては,以前は緊張病状態,人格解体が主として報告されていたが,近年は幻覚妄想状態を呈した症例のみがみられ,著明な人格解体を呈した症例も認められず,精神分裂病や他の精神障害と同様に,病像の時代的変遷が認められた。そして,この変化は,精神分裂病,神経症,異常体験反応,進行麻痺などにおいて認められる寡症状化,軽症化と同じ方向への変化である。これには薬物療法を含む治療法の進歩や,家族制度,親子関係,疾病感,生活環境,経済状況などを含む広い意味での社会文化的背景の変化などが関与しているものと考えられる。

短報

Haloperidolによると思われる薬物性肺臓炎を呈した分裂病の1例

著者: 佐藤武 ,   木谷崇和 ,   武市昌士

ページ範囲:P.203 - P.206

I.はじめに
 近年,薬物治療の著しい進歩があり,多種の薬物が開発生産されるに伴い,副作用の出現頻度が増し,副作用の種類と内容も複雑多岐にわたってきている。
 精神科領域においても,種々の臓器に及ぼす影響が数多く報告されているが,中でも呼吸器系の副作用については,本邦では従来あまり注目されていない。最近,抗うつ薬のdothiepinによる線維性肺炎の報告6)が英国の専門誌に掲載され,精神科領域においても薬物誘起性肺疾患の問題が取り上げられているが,抗精神病薬による薬物性肺臓炎の報告は,筆者らが調べた限りでは本邦並びに諸外国においてない。

睡眠時無呼吸症候群を伴った遷延性うつ病の1寛解例

著者: 盛口まどか ,   藤田基 ,   五十嵐文雄 ,   奥田正英 ,   伊藤陽

ページ範囲:P.207 - P.211

I.はじめに
 睡眠中の頻回の無呼吸を主症状とする睡眠時無呼吸症候群sleep apnea syndrome(SAS)は睡眠障害のほかに様々な身体症状,精神神経症状を示すことが知られている3,5,15)。精神症状の中で特に抑うつ症状は昼間の倦怠感や疲労感を伴ってSASの患者に良く見られると言われており7),これらに対しては非鎮静性の抗うつ剤が有効であり14,16),SAS自体も改善して来ると報告されている10)。一方,内因性うつ病では睡眠構造の異常が指摘されており9,13),臨床的にも睡眠障害が高率に出現する。特に遷延化したうつ病では頑固な不眠を訴えることが多い。うつ病の病因論からするとSASにおける抑うつ症状は興味深い問題であるが,うつ病にSASを合併したという症例の報告は少なく2,4,10〜12),両者の関連は明らかではない。
 今回われわれは遷延化したうつ病に睡眠時無呼吸不眠症候群Sleep apnea DIMS(disorders of initiating and maintaining sleep)syndromeを合併し,sleep apnea DIMS syndromeの治療によりうつ病相を離脱させ得た1男性例を経験した。うつ病遷延化の成因論と治療論において示唆に富む症例のように思われたので,若干の考察を加えて報告する。

精神分裂病様症状を繰り返した脊髄損傷の1例

著者: 三宅雅人 ,   井上和臣 ,   小林豊生 ,   岸川雄介 ,   中嶋照夫

ページ範囲:P.213 - P.216

Ⅰ.緒言
 脊髄損傷による四肢麻痺のため20年間にも及ぶ入院生活を続ける中で,数回にわたって精神分裂病様症状を繰り返した症例を経験したのでここに報告し,その精神病症状の発現を脊髄損傷にともなう持続的心理ストレス因との関連で論じることとする。

動き

国際精神医学・精神分析学史学会について

著者: 影山任佐

ページ範囲:P.217 - P.218

 現代臨床医学のなかでも年下の弟として生まれた精神医学(精神分析学)が自らの歴史を学問の対象とすることはどんな意味があるのだろうか。歴史を持つ程に成熟したと考えるべきなのか,または歴史的精神が自覚される過程には常に危機的状況認識が潜んでいるのだろうか。最近我が国でも諸外国でも関係者の尽力により,古典や名著の復刻版が相次いでだされ,原本では入手困難なこれらの書物が比較的楽に手元において,読めるようになった。また,我が国の精神医学史に対して目を向ける機運も事実盛んになりつつあるように思われる。現在は精神医学における歴史的精神のいわば大きなうねりのなかにあるといえるのではないのだろうか。ただ過去にも何度かあったと思われるこのうねりと今回の違いがあるとするならば,精神医学と精神分析が手を結び,国際的に交流,協力しあうという今回の新しい国際学会の誕生に,それは象徴されているように思われる。この学会については既にご承知の方も少なくないと思うが,先般会長のPostelや評議員のDelavenne両博士から,学会の日本への紹介依頼が筆者のもとにあり,彼らから送られた資料に基づき,概略的ながら,以下紹介させていただく。
 精神医学・精神分析学史に対する学問的関心の高まってきた現在,これを扱う諸学派の結合を保証する学会組織の必要性が認識された。このため1981年にフランス国内の組織として精神医学・精神分析学史学会が発足し,これを母胎にして1984年に国際学会が生まれた。

古典紹介

Friedrich Mauz:Die Prognostik der endogenen Psychosen[Georg Thieme Verlag, Leipzig,1930](第3回)内因性精神病の予後

著者: 曽根啓一 ,   植木啓文 ,   高井昭裕 ,   児玉佳也

ページ範囲:P.219 - P.227

第6章 特異的な過程の予後
 いずれにせよ明白であるのは,この患者が痴性化するのかどうかという質問は,「精神錯乱」の程度からは答えられない,ということである。その質問に,ベットサイドで捉える症候からのみ答えようとするならば,予後の推量は,とりわけ以下に述べる観点からなされなければならない。
 Kraepelinの70歳の誕生日を祝した論文の中でBleulerは指摘している。個々の症状において,それはどの程度身体的であるのか,それはどの程度精神的であるのか,ということを本来問題にしなければならない,と。この設問は,予後を知る上で,第一の課題であるようにさえ思える。ともかく身体的なものが分裂病性の症状に潜んでいるかどうかは,過程性の証明によって確定される--本来個々の過程の予後は,この証明によって始まるのであるが。だから私たちも同じように,手始めに過程性の特徴を呈示してきたのである。そうしてくる内に,過程の要因以外に,症状形成に確実に影響を及ぼす可能性があるその他の一連の要因をも知るに至ったのであり,従って,是非必要と思われることは,活動性の過程から生起する症状を利用して予後を知ることを,もう一度より広い観点のもとで吟味する,ということである。

特別寄稿

分裂病患者の社会適応のための技能訓練

著者: ,   ,   ,   ,   ,   ,   ,   ,   中込和幸 ,   福田正人 ,   平松謙一 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.229 - P.239

I.はじめに
 分裂病患者の治療及びリハビリテーションの方略は,分裂病の経過,転帰を説明,予測するモデルから導き出される。このモデルを構成する要素として,(1)生物学的行動学的な脆弱性,(2)環境内に存在する防御因子,増悪因子,ストレッサーの各因子,それに,(3)患者個人のもつ防御因子があげられる。概念的には分裂病は,ストレスに強く影響される,生物医学的な障害としてとらえられるのであり,それは患者の対処のしかた及び患者のもつ力量,環境からの支持の程度によって変わりうるものである。
 分裂病の患者毎の多様性,及び一人の患者についても時期の違いによる多様性を理解するためのこのモデルでは,生物学上,環境上,行動上の各レベルにおける決定因子間のダイナミックな相互作用が重視されている。ある時点における各要素のバランスに依存して,一過性の中間的な状態として精神生物学的な過荷重状態(overload)及び過覚醒状態(hyperarousal)が生じ,この状態は前駆症状やあるいはこの疾患を特徴づける陽性症状にさえ移行することがある。分裂病のこの多元的で相互作用的なモデルの図式を図1に示す。分裂病の症状,生活や職業における障害の期間及び重症度は様々である。また精神症状と生活機能障害の相関の強さも多様で,脆弱性,ストレス,防御及び増悪因子の間の相互作用や時間的経過によって変化する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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