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雑誌目次

論文

精神医学30巻3号

1988年03月発行

雑誌目次

創刊30周年記念特集 精神医学—最近の進歩 第1部 巻頭言

二つの願い

著者: 懸田克躬

ページ範囲:P.246 - P.246

 「精神医学」誌が発刊後30年を迎えると知らされ,古い昔のことになるが,口火を切った故井村恒郎教授の驥尾に付して計劃に参画,新雑誌の性格などについて議論しあったときのことどもを感慨ぶかく思い起した。当時のわが国では,精神医学関係の雑誌は学会誌としての精神神経学雑誌がひとつあるのみで,その内容も内村祐之先生が創刊20年の記念誌に,当時の学会誌の「内容は学位論文風のものが多くて,臨床医家に必要な知識の啓蒙や綜説のようなものは非常に少なかった」と書いておられる通りで,大学の教室を離れて,精神病院に出て精神医療の第一線に身を挺している人たちにはなじみにくいものであった。この間のことについては,以前に本誌に短い文章をのせたことがあるので繰返さない。このような大学の教室を離れた人々にも,自由に現実の医療の場での経験について投稿もし,知見の交換もできるようなフォーラムを設ける必要があるとの熱い思いが胸の中にあったのだった。誌名を英文ではClinical Psychiatryとしたのもその心意気であった。このわれわれの企劃には,話をもちこまれた医学書院側もはじめは,採算の面からであろうが,なかなか腰が重かったが,遂に踏み切ってくれたのであった。これを成功させなければと深い責任を感じたことを覚えている。幸にこの企劃は成功した。時とともに読者層も拡がって行ったことにも現われていたと思う。編集会議も活発で,互いに遠慮をせぬ楽しいものであった。
 ところで,先日,訪ねてきた若い友人に最近の「精神医学」についての感想を求めたところ,貰った返事は思いがけないものであった。創刊の頃のものはNervenarztなどを意識していたものと思うが面白かった。しかし,最近のものは余り面白くないし,自分の病院の医局にも揃えてはあるが,余り読まれているとは見うけられない,というのであった。年月とともに,創刊当時とは学会の空気も変り,編集方針も変っているし,類似の雑誌もいくつかあるという事情もあるのかもしれない。また,他の雑誌名をあげて同じ問いをしてみれば,やはり,同様な返事がもどってきたかも知れないとも思うが,勉強家として知られた友人の答えであっただけに考えこまされたことは事実であった。

履歴現象と機能的分離—その後の10年

著者: 臺弘

ページ範囲:P.247 - P.254

Ⅰ.まえがき
 「履歴現象と機能的切断症状群--精神分裂病の生物学的理解」という論文42)は,本誌の創刊20周年記念号に掲載されたものであったから,もうじき10年が経過しようとしている。編集委員会からの要望は,この間の研究をまとめて欲しいということであったので,ここに提起された諸問題がその後どのように発展させられたかを辿ってみたいと考える。これは総説ではなくて,個人的な色彩の強い概観である。この論文の末尾に,「本論文は,分裂病の生物学的研究が,他の領域の研究におとらず魅力的で将来性に富むようになることを願って書かれたものである」と述べられている。執筆当時を振り返ってみると,その頃の我が国の精神医学の研究では,表面的には,社会・心理学的,人間学的な関心が強くて,生物学的関心を持つことは時代遅れで反動的であるかのようにさえ言われていた。これは,同じ時期にアメリカの精神医学が生物学的方向に転回を果たしたのと対照的で,まことに日本的な現象であった。例えば,一時期,多くの大学の研究室では生物学的研究が止まり,またこの論文に関係のあることを言えば,再発予防から発した「生活臨床」47)は患者を体制に順応させる操作技術であるとして非難する人々がいた。挿話的なことでは,1974年に,Ingvar, D. H. 18)が局所脳血流の研究から,慢性分裂病者の前頭葉に血流低下hypofrontalityがあるという注目すべき発表をしたのについて,わが国の精神医学界は,臺論文での指摘まで,ほとんど関心を示さなかった。分裂病の生物学的研究の再興した現状を省みて感慨なきを得ない。近年,我が国の分裂病研究斑による2つのシンポジウム17,32),アメリカでのTarrytownカンファレンス30)の内容に,それをうかがうことができる。
 ある仮説や見解がその後の研究に意味を持ちうるのは,歴史の転換点に発表されることと関係があるようである。「履歴現象」論文もそのささやかな例と言えるかも知れない。

精神医学と神経病理学

著者: 猪瀬正

ページ範囲:P.255 - P.263

Ⅰ.まえおき
 「精神医学」の創刊30周年を記念して,「精神医学—最近の進歩」と題する特集号が計画されたとのこと,まず慶賀の意を表するものである。
 私に与えられた標題は,形態学ということであったが,但し書きとして,書くことの内容は随意でよろしいと付加えられていた。編集者の御配慮を有難いと思う。本稿の標題にあるように,神経病理学としたのは,それが今の私の主な活動分野の一つであるからである。

国立精神・神経センター設立の経緯

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.265 - P.273

I.はじめに
 昭和61年10月に発足した国立精神・神経センターの設立は,後述のように,直接的には昭和47年の「心身障害予防研究所(仮称)に関する懇談会」の開催とそれに続く一連の動きに結びつくものである。しかしこれが国立武蔵療養所を主要な母体としてできたことについては,同療養所が早くからセンター構想をうち出していたことと関連があると思われる。そこで,まずこの構想のことからふれることにしたい。

わが国の精神医学の曙

著者: 岡田靖雄

ページ範囲:P.275 - P.282

はじめに
 わが国の精神科医たちは精神医学史にどう対しているのだろうか?こうとえば,歴史の重要性をとかれる方もおおいだろうが,実際に歴史についてふれられているものをみると,わが国で精神医学史の基本的事実についても共通の確認ができていないことをしばしば感じるのである。そのような共通の確認の基盤として,詳細な精神医学通史が必要なのだろう。今回の特集は最近10年間の進歩をまとめるということだが,現状では展望のようなまとめはあまり有益ではあるまい。
 上記の精神医学通史のいわば素描としては,わたしが最近かいた"精神障害者の歴史"12)があるのでそれをみていただきたい。ここでは,わが国の精神医学の初期事情について,いくつかの知見をのべ,結びとして,精神医学における歴史の意義についてかんがえてみよう。

精神保健法をめぐって—諸外国との比較

著者: 高臣武史

ページ範囲:P.283 - P.290

まえおき
 昨年秋精神衛生法が改正され,精神保健法が国会で成立した。法の施行は政省令が整備される今春以降と予想されている。今回の改正については賛否両方の立場からすでに多くの人たちが意見を発表しているし,諸外国の状況についても紹介されている。私は近年外国を訪れていないし,その実情を知らないので,今回のテーマで執筆する資格がない。それでいったんは固辞したが,昭和60年度から2年間厚生省の特別研究費をうけて,精神保健研究所員ばかりでなく,各都府県の精神衛生センターや公私立病院,大学等の精神衛生学,臨床精神医学,刑法学,社会学,社会福祉学等の専門家と,法をどのように改正すべきかを学際的に討議したし,中央公衆衛生審議会精神衛生部会の一員として,今回の改正に関与したので,執筆することにした。
 今回の法改正は周知のように,いくつかの精神病院入院患者に対する不祥事件が国内外からの批判を機縁として行われるようになった。したがって入院形式や患者の人権問題,社会復帰や社会福祉についての法の見直しが緊急の問題となった。またどのような治療をどのような患者に行うべきかも論じられ,法の定義も問題となった。しかし時間的な制約もあったためか,法改正は精神保健法と名をかえる程の大改正ではなく,部分改正で終ってしまった。以下それらの点について考えてみたい。

遺伝子工学と精神医学

著者: 堺俊明 ,   米田博

ページ範囲:P.291 - P.297

1.はじめに
 近年,分子生物学ことに遺伝子工学は急速な進展をみせ,臨床医学においても様々な影響を与えている。すなわち,DNAを直接操作することによって,従来は不可能であった出生前診断や保因者の同定が可能となり,また治療面でも遺伝子治療の可能性が論じられるようになってきた。さらに,遺伝子工学の手法を用いた医薬品の開発が盛んに行われ,一部は実際の臨床場面でも使用されるようになってきた。
 精神科領域については,従来より臨床遺伝学的研究によって,いくつかの疾患の発症に遺伝要因が関与していることが明らかにされている。ことに,先天性代謝異常や変性疾患は,その遺伝形式が明らかにされているものも多い。また,精神分裂病,感情障害等についても,その遺伝形式について論議されている。しかし,発症に直接関係する病的遺伝子をとらえること,すなわちその染色体上の正確な位置や構造については,ほとんど解明されていない。そこで,Gusellaらは,DNA分析の手法を用いた遺伝子レベルでの研究を初めて行い,その結果,ハンチントン舞踏病の病的遺伝子が4番染色体上に存在することを報告した。その後,感情障害,アルツハイマー病等についても,DNA分析によって遺伝子レベルでの病因の解明が行われるようになっている。ここでは,最近相次いでDNAレベルでの研究報告がなされるようになった疾患のうち,ハンチントン舞踏病,感情障害,アルツハイマー病を取り上げ,その研究結果を紹介すると共に,これらの研究で用いられたDNA分析や連鎖研究の方法について述べる。

Transmissible dementia

著者: 立石潤

ページ範囲:P.299 - P.305

1.はじめに
 かつて初老期痴呆症に分類されていたクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)が遅発性感染症であることが明らかにされて以来,“transmissible(virus)dementia―感染性痴呆”という言葉が使われるようになった1)。これにはアルツハイマー病(AD)を中心とする変性型痴呆の一部にも感染性のものがあるかもしれないとの仮説も加味されている。
 しかしあらゆる脳炎では中枢神経症状として痴呆を呈しうる。とくに亜急性〜慢性に経過するウイルス脳炎や,潜伏期間が長く,神経系を侵す遅発性ウイルス感染症が問題になる。これに属する疾患として麻疹ウイルスによる亜急性硬化性全脳炎(SSPE),パポーバウイルスによる進行性多巣性白質脳症(PML),風疹ウイルスによる進行性風疹脳炎などが挙げられ,AIDS(エイズ)もこれに含まれよう。エイズは免疫不全による全身疾患であるため,病変が単一の臓器に限局するというSigurdssonのslow virus infectionの定義2)に反するが,最近問題になっているAIDS-dementia complexは原因ウイルスの脳への直接侵襲が好発することを示している。これらの脳炎では痴呆や多彩な精神症状以外に,意識障害や神経症状を伴い,痴呆のみで終始することはない。このうち痴呆が前景に立ち,感染の危険性の強いエイズとCJDを中心に述べる。

カルバマゼピンの感情障害にたいする治療効果と予防効果—研究の経過と最近の発展

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.307 - P.318

I.はじめに
 カルバマゼピン(carbamazepine,以下CBZ)は抗うつ薬イミプラミンに似た構造をもつ三環系化合物で,1960年代に抗てんかん薬として開発された。CBZは最初主に複雑部分発作(精神運動発作)に有効であるとされてきたが,全般強直間代発作,混合発作にも有効であり,てんかんに伴う精神障害や性格障害の治療にも応用されてきた。ところが1970年代になってから,CBZが感情障害(affective disorders,躁うつ病)の躁状態およびうつ状態の治療,および躁うつ病相発現予防に有効であることがわが国の研究者によって発見され,その後十数年を経た現在ではCBZの感情障害にたいする治療効果,予防効果は世界的に認められ,感情障害の治療にひとつの新しい領域を加えつつある。
 本稿では,この方面の研究の歴史の概略をふり返り,最近の問題点に触れてみたい。

睡眠障害をめぐる諸問題—老年者の睡眠障害を中心に

著者: 山口成良 ,   古田寿一

ページ範囲:P.319 - P.324

I.はじめに
 昭和60年度のNHKの国民生活時間調査33)によれば,平日の睡眠時間の国民平均は7時間43分となっている。また,同じ時期に行われた意向調査による成人の睡眠充足度についての結果では,25%が「やや,睡眠不足」であり,5%が「かなり,睡眠不足」と答えている。実に,成人の3人に1人が睡眠不足を感じているわけである。また,年齢については高齢になるにしたがい睡眠障害が増加する傾向が認められており,今後,急速に人口の高齢化が進むなかで睡眠障害に対する適切な対応が望まれるところである。
 人間の日常生活のなかで,夜間の睡眠と日中の活動とは表裏一体の関係にあり,相互に影響しあっている。このことから,最近では睡眠障害は睡眠覚醒障害(sleep-wake disorder)としてとらえられてきている。この10年間における睡眠覚醒障害をめぐる動きを老年者に関する話題を中心に述べてみたい。

摂食障害

著者: 野上芳美

ページ範囲:P.325 - P.333

I.はじめに
 わが国で摂食障害が本格的に取り上げられたのは,梶山79),石川ら78),下坂88)の論文が相次いで発表された今からおよそ30年ほど前のことであり,「精神医学」誌創刊の時期と偶然だが前後している。摂食障害はこの30年間に頻度,病態,治療法などにかかわるさまざまな変遷を示してきた。本稿では限りある紙面でこれらを偏りなく展望することは困難であるし,また筆者の守備範囲にも限界があることとて,ここでは二,三の論点に絞って述べることにしたい。

研究と報告

外来慢性難治てんかん患者に対するcarbamazepineによる単剤治療の効果

著者: 上杉秀二 ,   小島卓也 ,   松浦雅人 ,   宮坂松衛

ページ範囲:P.335 - P.344

 抄録 発作未消失の外来慢性てんかん患者に,carbamazepine単剤治療を行い,良好な治療成績が得られたので報告する。対象は26例で,平均年齢35.6歳,初発年齢平均17.3歳。全例が部分てんかん(24例が複雑部分発作,2例が単純部分発作から二次性全般発作に移行)だった。〈結果〉(1)CBZ単剤治療に変更前の薬物の種類は平均2.4剤で,脳波は正常が2例,境界が2例,軽度異常が15例,中等度異常が6例で,てんかん波は13例に見られた。(2)CBZ単剤増量の治療により,著明改善が16例(62%)(うち発作消失は9例),改善が1例(4%),不変が9例(34%)で,悪化はなかった。(3)脳波の変化は,改善が4例,不変が21例,悪化が1例で,脳波改善は発作改善例に多かった。(4)CBZ平均投与量は655.6±255.1mg/day,11.5±5.2mg/kg/day,平均血中濃度は10.1±3.1μg/ml。(5)出産時障害,脳脊髄膜炎とその疑いの既往,CT異常および発作性自動症を有する例では,治療成績で不変が多かった。(6)部分てんかん(特に複雑部分発作)の大半の症例は,血中濃度モニターによる充分量のCBZ単剤治療で,発作が抑制されると考えられた。

Mianserinの向精神作用に関する定量脳波学的研究

著者: 山本幸良 ,   磯谷俊明 ,   岡島詳泰 ,   斎藤朱実 ,   本多義治 ,   南良武 ,   福井安治 ,   斎藤正己

ページ範囲:P.345 - P.353

 抄録 第二世代の抗うつ薬であるmianserin(MSR)の臨床作用特性を解明するために,零交叉法による定量的脳波分析を行い,更にその結果をクラスター分析を用いて他の抗うつ剤の脳波変化と比較した。対象を6名の健常志願者とし,MSR 10mg及び20mgを単回投与後1,3,6時間の脳波記録を分析した。その結果,MSR 10mgはthymoleptic型の傾向を持つpsychostimulant型の変化を示し,その抗うつ効果は精神賦活効果を主とすることが,MSR 20mgはamitriptylineに類似した典型的なthymoleptic型の変化を示し,その抗うつ効果は鎮静作用を伴う気分高揚作用であることが示された。
 クラスター分析では,特にMSR 10mgで他の抗うつ剤に対して独立したクラスターを形成する傾向があり,またMSR 20mgでは特に低用量の他剤に対して異なったクラスター化を認めて,その臨床効果の独自性が示唆された。

奇妙な精神症状を呈した脳血管性痴呆の1例

著者: 松岡清恵 ,   小鳥居湛 ,   野中健作 ,   坂本哲郎 ,   加藤一郎 ,   稲永和豊

ページ範囲:P.355 - P.360

 抄録 特異な強迫症状を呈し,頭部CTやMRI検査にて興味ある所見を認めた脳血管性痴呆の1例を経験した。器質性脳疾患に認められる強迫症状の責任病巣として,前頭葉を挙げるものが多いが,本症例では臨床経過,頭部CT-MRI検査,脳波所見などを考慮すると,意識野の狭窄を伴い,従来の完全癖がこうじたものと考えられる。また,CT上で認められた淡い両側脳室前角周囲の低吸収域がMRI(SE像)において高信号域を示すという特徴ある所見を認め,これは深部白質の不全軟化巣を示していると考えられる。白質病変を知るのに,MRI検査はCT検査以上に鋭敏であり,Subcortical arteriosclerotic encephalopathy(SAE)またはBinswanger病の疾患的位置付けや生前診断をする上で極めて有力な情報を提供するものであろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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