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雑誌目次

論文

精神医学30巻6号

1988年06月発行

雑誌目次

巻頭言

死と隣り合わせの精神科医

著者: 中田修

ページ範囲:P.604 - P.605

 昨秋,徳島大学神経精神医学教室の生田琢巳教授からいただいた,同教授が書かれた論説によると,数年前に徳島県の非常に熱心な精神病院長が,精神病患者の家に往診して,入院を説得しているあいだに,その患者によって殺害されたという。また,2,3年前に,新潟県の精神病院の外来医師が通院中の精神分裂病の患者によって殺害されたことがある。わが国では,精神科医が入院中の患者によって殺害されることはあまり聞かないが,外国でときどきあるらしい。
 私は長年,犯罪者の精神鑑定に従事して来たが,本当に身の危険を感じたことはごく稀である。鑑定の場合,私どもはたいてい拘置所の取り調べ室で被鑑定人と一対一で面接を行う。被鑑定人が心の奥底まで打ち明けるには,一対一の面接が非常に有益である。一対一で面接するといっても,いざというときはベルを鳴らすと刑務官がかけつけてくれる。ところで,私の今までの経験で,身の危険を感じたのは,せいぜい7〜8回ぐらいと思われる。これに対して総面接回数は1,000回以上になるのであろう。したがって,鑑定の面接中に身の危険を感じる頻度は0.5%程度であろう。

展望

自閉症の長期予後(2)

著者: 中根晃

ページ範囲:P.606 - P.615

Ⅵ.わが国での追跡研究
 わが国での自閉症の最初の報告例は昭和27年の鷲見72)のものである。この年は奇しくもオランダのvan Krevelen, A. によるヨーロッパでの最初の報告のあった年である。この鷙見の症例がその後どのような経過をたどったかは若林の著書78)で知ることができる。予後調査についても比較的早期から行われており,黒丸38)は1966年の国際学会で3歳以前に発病した30例についてgood 3例,fair 5例,poor 22例と報告している。これらの症例はKannerの基準での幼児自閉症6例,Mahlerの小児共生精神病3例,その他DespertやBenderの児童分裂病17例,牧田のいう器質性疑似自閉症と心因性疑似自閉症がそれぞれ11例および3例となっており,そのうち幼児自閉症ではgood 1例,fair 2例,poor 3例となっているが,こうした区分は当時,自閉症症状を示す子どもに試みられた類型化であって,ほぼ全例を自閉症とみなして差支えない。牧田(1974)44)は海外で行われている追跡調査を紹介したあと,10年以上経過した自験例4例について,すべてが病的状態が続いており,2例は通院中,2例は在宅で通学可能の状態に達しておらず,また,比較的適応が良いが,sympathy,empathyを欠く女子中学生2例を経験しているとしているが,この年代はまだわが国では障害児全員入学の制度が本格化していないことを考慮する必要があろう。
 昭和50年になると若林ら76)によって名大精神科23年間の受診者で16歳以上の年齢に達した56例のうち消息の明らかな34例(最高年齢25歳,20歳以上のもの6例)についてgood 3例,fair 6例,poor 21例,事故死4例と報告されている。なお,この研究は引き続き現在でも行われている。沢田,辻ら(1977)65)は小学校情緒障害学級の教育のあり方を検討する目的で,金沢大学医学部附属病院精神科を受診して自閉症と診断された者のうち12例を選び,中学,高校の年齢での対人関係,言語,行動,感覚,固執性の5項目について調査し,詳細な記録を記している。昭和53年には東京の堀之内小学校情緒障害学級の10年間の在級した生徒42名の予後調査の報告71)がある。同校は昭和44年にわが国最初の情緒障害学級が開設された小学校で,3名が就職,4名が高校,2名が養護学校高等部,9名が施設収容ないし病院に入院中,1名が死亡,あとは小学校,中学校に在籍となっている。また,玉井らによる国立特殊教育研究所の追跡調査73)ではgood 6,fair 7,poor 18とされている。

内因性精神病の生化学(2)

著者: 大月三郎 ,   秋山一文

ページ範囲:P.616 - P.625

Ⅲ.躁うつ病
 1.躁うつ病の生化学的研究の動向
 躁うつ病のカテコラミン仮説,セロトニン仮説の基になったのは,抗うつ薬の薬理作用であろう。今日では,三環系抗うつ薬に代表される抗うつ薬の治療効果はその主な急性薬理作用であるモノアミンの再取り込み阻害では説明できないと考えられている。その主な理由として,①抗うつ薬の投与開始から臨床効果発現までに2,3週間要すること,②モノアミンの再取り込みを阻害するcocaineは抗うつ効果がないこと,③臨床効果のある抗うつ薬でモノアミン再取り込み阻害能を有しないものがあることなどがあげられる。抗うつ薬の抗うつ効果の作用機序の研究焦点はモノアミン受容体機能に関するものに移っている。
 躁うつ病の病態にかかわる生化学的変化についても,単純なモノアミンの増減だけを問題にする研究方向は体液研究の成果の不一致などより既に限界であり,受容体の感受性の変化を取り上げていく動向にある。研究手段もかつての体液中のモノアミン及びその代謝産物の測定から,血小板の受容体や神経内分泌学的試験(Dexamethasone suppression test(DST),TRH Test),中枢受容体に選択的な薬物負荷後に神経内分泌的反応を測定することにより間接的に中枢受容体の感受性をとらえようとする方法などに変わりつつある。冒頭にも触れたように,このような臨床的研究を行う際に注意しなければいけないことは疾患の生物学的異種性である。躁うつ病では,単極型うつ病と双極型うつ病との間で遺伝負因,初発年齢,治療への反応性に相違があるといわれ,生化学的変化もそれぞれの型に対応するものを区別していく必要がある。

研究と報告

脳手術後の意識障害を背景に反響書字を呈した1例

著者: 波多野和夫 ,   浅野紀美子 ,   立岡良久 ,   森宗勧 ,   山村邦夫 ,   寺浦哲昭

ページ範囲:P.627 - P.633

 抄録 聴覚性並びに視覚性反響書字の1例を報告した。症例は多発性脳動脈瘤破裂の術後の意識障害を背景に反響書字の出現を見た。反響書字は視覚性反響書字と聴覚性反響書字の両方が観察された。本例に見出された精神神経症状のうちで,意識障害,変形過多,超皮質性感覚失語,反響言語,過剰書字の5症状に注目し,これらの要因が反響書字の出現に関与した可能性を検討し,反響書字を種々様々な形を取り得る反響症状一般の中の一形式として,他の反響症状との関連において理解することが重要ではないかという趣旨を提言した。

ウェクスラー記憶尺度の日本語版研究—分裂病患者と正常者との比較

著者: 木場清子 ,   中村美智子 ,   平松博 ,   山口成良 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.635 - P.642

 抄録 Wechsler Memory Scaleを日本語に翻訳,一部修正したものを,正常者40人(男20,女20)と分裂病患者30人(男19,女11)に実施した。正常群では,年齢層が同じ外国の被検者に比べてわれわれの群が視覚再生で高く,自己・最近の知識で低い傾向を認めた。分裂病群の得点は,われわれの群が外国の2報告の中間的な値を示した。正常群と分裂病群を比較すると,いくつかの下位検査で分裂病群のほうが有意に低く,特に物語の再生(論理的記憶)では正常群の約1/2の得点にすぎなかった。これらの結果と最近の分裂病の神経心理学的所見を参考に,分裂病における有意味刺激の情報処理の欠陥を指摘するとともに,従来の「分裂病—左半球障害説」について若干の考察を加えた。日本版WMSにおける設問の変更および記憶指数の適否は,今後の標準化研究によって正されるべき課題であることを指摘した。

精神分裂病患者の血清中の単純ヘルペスウイルス1型に対する抗体について

著者: 堀田直樹 ,   鳥羽和憲 ,   内田清二郎 ,   荻野忠 ,   加藤伸勝

ページ範囲:P.643 - P.648

 抄録 精神分裂病患者243名と対照群314名の血清中の単純ヘルペスウイルス1型(HSV 1)抗体を中和法で測定し,その陽性率及び平均抗体価を比較した。陽性率は加齢に伴って増加し40歳台以上では精神分裂病患者でやや低い傾向を示し,陽性者のみの平均抗体価もやはり加齢に伴って徐々に増加し,精神分裂病患者の全年齢群で対照群よりやや高値を示したが,有意差は認められなかった。さらに精神分裂病群を病型別に細区分して対照群と比較したが,有意差は認められなかった。
 次いで,精神分裂病とウイルスとの関連について文献的に考察を加えた。

短報

てんかん精神病における抗けいれん薬血中濃度についての1考察—寛解を経験した症例を中心に

著者: 原純夫 ,   横山尚洋 ,   原常勝

ページ範囲:P.649 - P.652

I.はじめに
 抗てんかん薬血中濃度測定の臨床への導入はてんかん発作そのものに対する薬物療法を進歩させたばかりでなく,抗てんかん薬と精神症状との関連を考察させるきっかけとなった。その中毒症状がさまざまな精神症状の背景に存在しうることは諸家により指摘されているところであるが,血中濃度との関係において抗てんかん薬の向精神作用についても注目されている。著者らは慢性持続性に精神病状態を呈するてんかん患者(狭義のてんかん精神病)を経過観察中であるが,その中で寛解を経験し,精神症状出現して間もなくと消失後の両時期に抗てんかん薬血中濃度測定をしえた6例(7エピソード)につき若干の考察を加えて報告する。

多剤乱用を伴ったブロン依存症の1例

著者: 小林一弘 ,   牛見豊 ,   鈴木康夫

ページ範囲:P.653 - P.655

I.はじめに
 近年,若年層から青年層に,薬物依存,乱用者が増加しており,社会問題となっている。中でも鎮咳剤SS-BRON®(以下ブロン)については厚生省が行政指導に乗りだし,日本薬剤師会は自主規制措置をうちだしているが8),乱用を防止できないのが現状である。今回,我々は多剤乱用から離脱症状を呈する程の重篤なブロン乱用に至った症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

Sulpirideが有効であったphenytoinにより誘発されたoral dyskinesiaの1例

著者: 瀬尾崇 ,   元村直靖 ,   今津好秀 ,   堺俊明

ページ範囲:P.656 - P.658

I.はじめに
 Phenytoinは抗けいれん薬として広く用いられている。てんかん治療における血中濃度は10〜20μg/mlが適当とされ,これを越えると中毒症状がでやすいといわれている。中毒症状としては,小脳失調,眼振,構音障害,意識障害などがよく知られているが,稀にdyskinesiaなどの不随意運動を示すことが報告されている15)。今回,我我はphenytoinによって発症したと思われるoraldyskinesiaの1例を経験したので報告する。

動き

ベルン大学児童・青年精神医学講座開設50周年記念シンポジウム

著者: 清水將之

ページ範囲:P.659 - P.660

 1987年,ベルン大学の児童・青年精神医学講座が開設されて50周年を迎え,これを祝って「児童及び青年に対する精神療法的アプローチ」と題する記念シンポジウムが同地で開催された。シンポジウムの内容を報告する前に,この講座の歴史を簡単に紹介しておきたい。
 独立した児童精神医学講座を持たぬ日本の精神科医にとって,50年という歴史はただちには信じ難いところであろう。ベルン大学の精神医学教室は1868年に現在地Waldauに成人精神障害者の収容施設が設立されたところから出発している。1937年,当時の精神医学教室主任教授であったJakob Klaesi(持続睡眠療法の創始者として知られる)は,教室の1部門としてWaldauの地(現在も,広大な土地に荘麗な600床の病棟や新しい研究室,講堂を備え,精神医学教室と州立精神病院を兼ねている)に児童精神医学観察病棟を設立した。1922年には,班にzurich大学精神科に児童病棟が設立されていたという。このシンポジウムの冒頭で本講座の前任教授W. Zublinが講演したところによれば,初期は施設も治療スタッフも極めて貧弱で,入院児童も若年進行間麻痺から16歳の妊娠女子,痴愚から平均以上の知能者まで雑多な子どもが収容されていたという。その後次第に設備,人員は改善され,機構的にも独立してゆき(ドイツ語圏諸国における精神医学教室の構成については,精神医学大系IA & C,飯塚礼二教授の解説を参照されたい),病棟医長のArnola Waeberが初代の児童精神医学講座の教授となった。Waeberの定年退官に伴い,Walter Zublinが1961年に教授に就任,1986年の定年退官までに,教室発展のために多くの改革を行った。その中には,時代の要請に対応して講座名に「青年」の1語を加えるとか,病棟のIttingenへの移転,新築(1987年完成),旧病棟を12〜16歳の青年のための危機介入施設へ転用,院内学校の開設,ベルン市内に外来診療施設(Poliklinik)の開設,同じく市内の2ヵ所("Albatros"と"Liebegg")に共同住居(ハーフウエイ・ハウスのようなもののようだ)の開設,などが含まれている。1986年,Zublinの後任として,R. Remppの愛弟子Gunther KlosinskiがTubingenから着任して現在に至っている。

精神医学関連学会の最近の活動(No. 3)

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.661 - P.670

 日本学術会議は学問の全領域にわたる科学者の集まりであります。わたくしは昭和60年7月にこれの会員に任命され,その後,この会議がずい分いろいろな活動をしていることを知りました。その1つに研究連絡委員会(研連と略します)による活動があります。この研連は医学(第7部)領域で37あり,その1つに精神医学研連があります。
 精神医学研連は,大熊輝雄,笠原嘉,高橋良,楢林博太郎,西園昌久,鳩谷龍,森温理の各氏とわたくし(委員長)の8人の委員で構成され,東洋医学の大塚恭男氏にオブザーバーとして加わっていただいています。研連の仕事としては,研究体制推進に関する検討,シンポジウムの開催その他のことが多く行われていますが,わたくし共の研連としては,まず精神医学またはその近縁領域に属する50余りの学会・研究会の活動状況を簡単にまとめてお知らせすることを考えました。これによって専門領域の細分化による視野の矮小化を防ぎ,ひいては精神医学の健全な発展に資したいという趣旨であります。読者の皆様のお役に立てば幸甚と存じております。

シンポジウム 地域ケアと精神保健

東京都における地域精神保健医療活動の歴史と現状

著者: 蜂矢英彦

ページ範囲:P.673 - P.677

 必ずしも地域精神保健活動を背負ってきたとも言えず,また常にその第一線にいたと言い切ることもできない私が,このシンポジウム「地域ケアと精神保健」を司会し,その歴史と現状を語るのに適任かどうかには問題があるかもしれない。しかし,昭和30年代後半からの地域精神衛生活動への胎動を体験し,最近の18年間は病院精神医療を外から見る立場で,地域活動に参画しつつその発展を見詰めてきた一人ということでお許しをいただく。
 私自身の地域精神衛生・医療活動の経験は,沖縄県の先島(宮古・八重山群島)での実践に始まる。沖縄が本土復帰する前の昭和42年12月から翌年3月までの僅か3ヵ月間,短期間で交替する派遺医としての仕事に過ぎず,先島の精神障害者にとってどれだけ役立ったかは疑問だが,私にとっては,その後の精神科医としての方向を左右するほどの鮮烈な体験であった。

地域ケアの展開と支援システム

著者: 外口玉子

ページ範囲:P.679 - P.692

 地域精神保健活動の前提は,1つには一定地域に対する精神保健サービス提供の責任性の確立,2つには地域内においてケアの継続性を保障し得るシステムの確立である。その実現のためには,従来の発想の見直しと転換とが求められ,伝統的な臨床サービスとは異なった新たな視点とアプローチを生みだしていかなければならない。しかしながら,わが国においては,地域内支援の充実の必要性が主張されて久しいにもかかわらず,その研究報告は少なく,実践に根ざした知見の集積が急務である。本論においては,新たな援助の枠組の確立をめざし,筆者らによる保健所を中心とした地域精神衛生活動の試みに基づき,地域ケアの展開過程を分析し,支援システムの再編成に向けて提供されたケアについて,検討を加えた。

地域ケアとグループアプローチ

著者: 増野肇

ページ範囲:P.693 - P.699

 筆者は,過去10年間,栃木県の精神衛生センター長として精神衛生活動を行ってきた。最後の2年間は今市保健所の所長も兼務することになったが,一般の保健における精神衛生の重要さということにも気づかされた。そして,地域活動をすすめるに当たっては,グループというものが大切であり,問題ともなるにもかかわらず,グループに対する考え方や技術が必ずしも十分とはいえないことに気がついた。
 筆者は,慈恵医大で森田療法を学び,一方でサイコドラマに取りくんできた。サイコドラマをはじめた初声荘病院は,"治療共同体"の理念で運営されていた病院である。そしてそこでCaplanの"予防精神医学"と出会い,それを三崎保健所の嘱託医として実践してみた。それが登校拒否をかかえた教師達に対する集団コンサルテーションであり,アルコール問題連絡協議会である。ヨーロッパから帰国したばかりの斎藤学氏と出会ったのもそのときである。

疾患モデルの限界と地域ケア—アルコール依存症の場合

著者: 斎藤学

ページ範囲:P.701 - P.708

 筆者はここ10数年,アルコール依存の症候論の明確化に努め,「アルコール依存症」という疾患概念を提案してきた6)。しかしこうした模索の末にアルコール問題を「疾患—治癒」のモデルでとらえることに対する深刻な疑問にたどりついてしまった。アルコール依存症の症候論の基盤には飲酒行動上のコントロール喪失という概念があるが,これの生物学的病因となると未だにブラック・ボックスの中にある。またアルコール依存症をアルコール依存という連続的な過程の中でとらえようとすると,その境界(疾患定義)は曖昧なものにしかなりえず結局,「社会がそれを決める」という事例性の霧の中に霞んでしまう。それに薬物依存というものは本質的に再燃(relapse)のありうるものであるから,アルコール依存症という症患には治癒像というものを想定できず,これが「患者」を悩ませたり,絶望させたりすることになる。
 こうした無理を承知で疾患モデルに固執する必要はないのではないか。むしろ「嗜癖・習慣—行動修正」という別のモデルに即して,他の嗜癖行動と同列に薬物依存一般をとらえ直してみてはどうか,というのが最近の筆者の考え方である。筆者のいう嗜癖行動とは不適切な習慣(癖)が悪循理するようになった状態をいい,薬物依存のみでなく,ギャンブル癖,盗癖,不適切な摂食習慣(拒食,過食,習慣性嘔吐など),吃音,仕事やセックスにおける不適切な習慣(ワーカホリズムと怠業,セクソホリズムと性行動回避,窃視癖など)がこれにあたる3)。更にこの中には対人関係上の不適切な習慣,夫婦,親子関係の一定の歪み,そこからもたらされる配偶関係困難,登校拒否,家庭内暴力,乳幼児虐待が視野におさまってくる7,8)。つまり,習慣モデルに即してアルコール依存をみることにより,アルコールというagentを越えて種々の行動障害とのつながりが見えてくるという利点がある。

精神障害者の生活権をめぐって—精神保健と地域ケアの視点から

著者: 滝沢武久

ページ範囲:P.709 - P.713

 私の場合,財団法人全国精神障害者家族会連合会の事務局(通称全家連)という立場が示すように,自分の身内に心病む者を抱えている家族の生活体験と,職業として精神障害者の医療,社会復帰機関に勤務した後,より多くの社会復帰の制度や施設づくりこそ重要なポイントだと考えて活動したソーシャルワーカーとしての体験を含めて論じたいと思う。私がまず神奈川県の3保健所のソーシャルワーカーとして,当初具体的な公衆衛生行政の現場で「精神衛生」思想の普及啓蒙という業務にかかわったとき,個人的な動機としては精神病(中心を精神分裂病・躁うつ病)の社会復帰援助活動の展開を考えつつも現実的には保健所の業務遂行上,まず職員間の業務分担と人間関係から,乳幼児の発達相談や結核予防法35条の強制入所の患者の面接,そして老人相談に及ぶ広くかつ多くの心理,精神衛生の面で職業体験をする機会を得た。我が国では,「精神衛生」とか「精神保健」という概念は非常に曖昧で正体不詳の感じを持つが,我が国の精神医療対象の中核を占める精神病の社会復帰活動に焦点を絞り直したとき,私はここで「地域ケア」=「コミュニティ・ケア」とか,「治療共同体」概念と出会ったのである。したがって,私の論点は精神障害者に対する社会復帰援助,または退院者の地域における生活をめぐる諸問題を中心に意見を述べることになるのをお断りしておく。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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