icon fsr

雑誌目次

論文

精神医学30巻8号

1988年08月発行

雑誌目次

巻頭言

国試ガイドラインと卒前教育

著者: 十束支朗

ページ範囲:P.838 - P.839

 2月上旬には早々と卒業可否と専門課程3年生の進級の判定を教授会にはかった。このあと1・2年生の学年末試験の結果が各講座より出されるのを待って,彼らの進級判定を爼上にのせることで,私の2年間の教務委員長の役は任期が切れるのであった。このやれやれといった気持ちを抱いていだ3月の初め,厚生省からの医師国家試験出題基準(ガイドライン)改定案について医育機関アンケートが回ってきた。以前のガイドラインに少し手を加えた程度のものであろうと,高を括って「改定案」の頁をくってみて,その様子の違うのに驚いた次第である。アンケートは学部の総意をもって回答されねばならないので,早速教務委員会を開いて検討に入った。
 新しい改定案で目を見張ったことは,総論と各論にわけられていて,前者は医学・医療総論として各科の総論の部分をまとめ上げた内容である。「ガイドライン改定マニアル」によると,「……基本的臨床知識・技能をより重視するため各科の総論部分を統合し,また,社会的諸問題にも配慮した内容の医学・医療総論を導入する……」とある。すなわちいままでの各科のガイドラインの総論の項目をオムニバスとしてまとめたものが医学・医療総論である。各論は医学各論(内科,外科,小児科)および9科のそれぞれ各論からなっている。従来は,各科目のガイドラインと学問体系とはほぼ重なっていた。大学の各講座は自己の学問体系に固執し過ぎるため,総論部分が切り離され各科の統合された総論部分が作り出されると,ガイドラインにある各科各論と各科の学問体系との整合性に疑問と不安が生じてくる。しかし,ガイドラインは,実地に医師の任務を果たすのに必要な事項を医師国家試験の「妥当な範囲」と「適切なレベル」を目安として整理されたものである。卒前教育では,各科の学問体系を学生に教えることも必要であろうが,今回の改正案の総論部分にみられるような学際的,集学的な仕組みで学ばせることが,実地医師を養成するのには大切な方法であると思う。とくに卒後教育では専門に徹してしまうし,仮りに各科をローテイトするにしても,卒前教育において少なくともプライマリーケアの理念を植えつけるためには,医学・医療総論という形式で教育がなされるべきであろう。今回の案は,そのような意味で大いに参考になると思う。

展望

地域精神保健活動の現状と展望(2)

著者: 蜂矢英彦

ページ範囲:P.840 - P.847

(4)技術指導・技術援助
 かつて若菜145)が,「6本柱の中でMHC側が最も苦慮したのは技術指導・技術援助」と書いたように,今日でも事情はあまり変わらない。若菜が引用している「保健所とMHCは大局的にみて同程度の技術水準であり,もし,MHCに優位のものがあるとすれば,時間的,空間的なもので,単に精神衛生業務に対応できるというに過ぎない」という1971年当時の発言に筆者は必ずしも賛同しないが,精神衛生相談員にしても保健婦にしても,MHCと保健所との間で相互に異動があり,個人レベルではむしろ保健所に優れたベテランの活動家がいたりするのは当然であろう。しかし,精神保健専門職員ばかりの集団がこの業務に専念してなお,大局的に見て保健所と同水準にとどまるとすれば,そのMHCの存在価値もないわけで,質的・量的な改革が迫られていると解釈すべきである。
 長年にわたって保健婦ばかりで地域精神保健活動を担ってきた東京では,先述のように保健婦の技術向上を生み出してきたが,一方,一部には他職種に対して排他的な風潮も見受けられる。精神障害者は保健・看護技術だけでは片付かない多面的な問題を抱えていることが多く,また,女性職員だけですべてに対応できるものでもない。東京にも男子のPSW・CPが精神衛生相談員として配置される必要がある。こういった東京の場合などでは,まず,保健婦以外の視点を持つ職種がいることだけでもMHCの意味があるし,中部総合MHCがデイケア,ナイトケア等の現場を持っていることも役立つはずである。

老年期痴呆の構造と臨床類型(2)

著者: 室伏君士 ,   田中良憲 ,   後藤基

ページ範囲:P.848 - P.855

Ⅳ.血管性痴呆の構造と臨床類型
 脳血管障害による精神症状は,一般にはWieckによる機能精神病(Funktionspsychose)の通過症候群に一致する31)。これはいわゆる機能性精神病(funktionelle Psychose)の概念と異なり,脳の直接あるいは間接的な疾患過程により,各種の脳機能の低下で起こされる精神障害であるが,この多くは可逆性をもつ一時的な精神症状で,通過症候群(Durchgangssyndrom)と呼ばれている(表3,7号735頁参照)。脳障害(意識障害など)の後から,それが回復するまでに現われる症状で,このなかで,軽症および中等度通過症候群が,脳梗塞などの初期から中期にかけて,よく認められる。とくに中等度のものは,痴呆と見誤られたりする。
 これらは主として器質性変化によるものであるが,意識障害がらみあるいは要素機能の調節(抑制や脱抑制)や統合あるいは統御などの機能障害に由来するところが多く,したがって陽性症状なども目立って認められる。そして軽症のものは1〜3カ月以内,中等度のものは6カ月位のうちに回復するものが多い。この通過症候群はケアや薬などの治療によっても動きうる(治る)範囲のものである。

研究と報告

精神障害を呈した砒素ミルク中毒—被災者8例の臨床的特徴

著者: 水川六郎 ,   梅沢要一 ,   稲垣卓 ,   福田武雄 ,   山根巨州 ,   常松篤

ページ範囲:P.857 - P.864

 抄録 昭和30年に発生した砒素ミルク中毒事件から30年余りを経過したが,思春期,青年期を経た当時の被災者の精神障害については不明な点が多い。この点を明らかにするために島根県内における280名の認定被災者のうち,てんかん,精神遅滞を除く精神障害者8名について,その臨床的特徴を検討した。診断名は精神分裂病6名,躁うつ病2名で,全例に身体所見,知的能力,脳波,CT所見などには著明な障害を認めなかった。分裂病者のうち5名は発病以前に不安,心気,強迫などの神経症症状が認められ,4例は5年ないし10年を経過していた。分裂病発病後は幻覚妄想が治療により比較的早期に消失するのに対し,神経症症状は持続し,社会参加への障害となっていた。これらの症例では,砒素ミルク飲用による発育期の脳への障害や,幼小児期の身体的不調による不安感,自律神経の脆弱性が神経症症状形成に関与し,それらが分裂病症状を修飾したものと考えられた。

児童・思春期(18歳以下)発症の精神分裂病の状態像—昭和38〜42年と昭和56〜60年入院例の比較

著者: 弟子丸元紀 ,   金山寿一 ,   渡辺健次郎 ,   山本和儀 ,   山下建昭 ,   上妻明彦 ,   荒木邦生 ,   赤城藤孝 ,   松永哲夫 ,   首藤謙二 ,   倉元涼子 ,   宮川太平

ページ範囲:P.865 - P.875

 抄録 昭和38〜42年と昭和56〜60年の各5年間に当科に入院した,児童・思春期(18歳以下)発症の精神分裂病者(各30例)の状態像を比較検討した。変化のないのは発病年齢,遺伝負因および発病契機であった。変化が認められるのは発病状況で,急性例の減少,潜行性例の増加であった。また,症状では緊張病症状群の減少。異常体験では空想的幻覚・妄想,幻視の増加,および異常体験の活発な言語化が認められた。日常生活行動では,家庭内での親への反抗・暴力,自殺企図・wrist cutなどの行動化が増加していた。以上,緊張病症状群などの行動面の表出症状の減少からは,「寡症状化」ともいえるが,活発な異常体験の言語化,状況反応的に症状の増悪,行動化などからは,必ずしも「軽症化」とは言えず,むしろ,「神経症化」の傾向を示す例が増加していると考えられる。

精神分裂病患者における学習過程とP300成分—frequent P 300成分出現におよぼす方略教示の影響

著者: 福田正人 ,   永久保昇治 ,   中込和幸 ,   斎藤治 ,   平松謙一 ,   丹羽真一 ,   林田征起 ,   亀山知道 ,   伊藤憲治

ページ範囲:P.877 - P.883

 抄録 精神分裂病患者の方略学習過程とP300成分に代表される中枢機能との関連を検討する予備研究として,難易度の高い三音弁別課題遂行時の事象関連電位を記録した。対象は20歳代の精神分裂病患者5例。刺激は970Hz(1/6),1,000Hz(4/6),1,030Hz(1/6)の純音で,低頻度刺激音の一方を目標として反応を求めた。脳波はFz,Cz,Pzから単極導出した。正常者が採用する「中間音を基準として用いる」という方略の口頭での教示により,4例では,主観的には方略を採用できたにもかかわらず,課題遂行成績や反応時間の改善は認められなかった。また,健常者において高頻度非目標音に対して認められたCz優位のP300成分("frequent P 300成分")は,方略教示前後とも出現しなかった。一方,自ら方略を発見できた1例においては,方略の発見に伴い課題遂行成績の有意な改善,反応時間短縮の傾向が認められ,frequent P 300と思われる成分が出現した。

向精神薬による悪性症候群の臨床病理学的研究

著者: 岩淵潔

ページ範囲:P.885 - P.897

 抄録 悪性症候群(NMS)の22例(剖検3例)について検索し,病理学的所見,筋肉系異常,治療について述べ,さらに合併症として急性腎不全を指摘した。後遺症を残さず回復する回復可能群:自律神経系障害を中核として,錐体外路反応としての筋緊張亢進や意識水準の低下を認め,適切な治療により後遺症なく回復する定型的症例群。血清筋肉系酵素の上昇は必発したが,それは臨床症状の重篤度と相関せず,特異的な筋の組織学的異常もない。生検筋のskinned fiber法(6例中2例)やhaloperidolに対する収縮過感受性試験(6例中3例)で陽性を示した症例を認めた。なおnon-rigidity型NMSを5例,異なる系統の薬剤で再発した1例を認めた。回復不能群(4例):NMS回復後に不可逆的脳障害などを残遺する症例群。小脳失調のみを後遺症とした2例と,高度な小脳・錐体外路症状および筋原性筋萎縮を残遺した重症2例があり,後者の病理ではPurkinje細胞-小脳遠心路-視床系に選択的な系統崩壊を認め,同系もNMSの発症に関与している可能性が示唆された。

躁うつ状態に対するカルバマゼピン療法の検討—リチウムからの切り替え症例を中心に

著者: 久住一郎 ,   浅野裕 ,   加沢鉄士 ,   林下忠行

ページ範囲:P.899 - P.906

 抄録 躁うつ状態を呈し,Carbamazepine(CBZ)治療を受けた23症例について,病相経過,投薬内容およびCBZの安全性を検討した。
 23例中17例は,CBZ使用前にLithium Carbonate(Li)が使用され,うち13例でLiが中止された。意識障害,振戦などの副作用のためLiを中止された症例は,13例中9例であった。Liに十分反応しないためCBZが追加された症例は8例あり,追加後6例に効果が認められた。CBZ使用中,中止を要するような臨床症状の出現はなく,検査所見についても血液・電解質,甲状腺機能に異常は認められなかった。

妊婦の精神病に対する無けいれん電撃治療の有効性と安全性について

著者: 中島一憲 ,   守屋裕文 ,   正岡直樹 ,   渡辺嘉彦

ページ範囲:P.907 - P.914

 抄録 妊娠8カ月の精神病患者に対して無けいれん電撃治療を施行し,有効かつ安全であったので報告した。
 症例は23歳の女性,妊娠中に症状増悪した精神分裂病の患者であり,精神運動性興奮が強いため自傷行為や不慮の事故による早産の危険が予測された。まず薬物療法を開始したが,十分な効果が得られず,薬物が原因と考えられる胎児の中枢神経系抑制が胎児監視装置により確認された。そこで,産婦人科,麻酔科の協力を得て,母体および胎児の全身状態のモニタリングを行い,筋弛緩剤使用による全身麻酔下無けいれん電撃治療を手術室において施行した。通電直後,一過性の子宮収縮がみられたが,胎児側には著変を認めなかった。30週から32週にかけて計6回施行した結果,十分な鎮静化が得られ,36週で無事分娩を終了した。また,新生児に発育障害は認められなかった。最後に妊婦に対する電撃治療と薬物療法について考察を加えた。

短報

精神分裂病者の飲酒態度と発症による影響—4病院の調査から

著者: 福井靖人 ,   桑村茂宜 ,   川名明徳 ,   西井華子 ,   青木勇人 ,   石井軍司 ,   加藤能男 ,   柴田洋子 ,   増田登志子 ,   田中義郎

ページ範囲:P.915 - P.918

I.はじめに
 精神分裂病とアルコールの関係については,Bleuler, E. 2),Bumke, O. 3)らがその親和性を主張して以来様々な検討がなされてきた。我が国では,秋元1)がアルコール患者の5.8%に,植山11)は12.6%に精神分裂病の合併が認められたと報告している。しかし,今日なお両者の関係については明らかではない。
 額田5,6)らによると,我が国では年間酒類消費量,大量飲酒者数が共に年々増加しているという報告がなされており,分裂病者においても飲酒機会が増え,病的症状と関連した飲酒状況の変化には,関心が持たれている7)

diclofenacにより誘発されたリチウム中毒の1例

著者: 金谷俊則 ,   神田晃 ,   佐伯俊成 ,   熊田利郎

ページ範囲:P.919 - P.921

I.はじめに
 リチウムは,精神科領域では主に躁うつ病,とりわけ躁病の治療薬として広く用いられている。しかし,有効濃度と中毒域との範囲が狭いためリチウムの過剰投与の場合はもとより,種々の要因によってリチウムの血清濃度が上昇する結果,中毒症状をきたすことがある。なかでも相互作用により血清リチウム濃度を上昇させるような薬剤としてはサイアザイド系利尿剤,抗アルドステロン剤,プロスタグランジン合成阻害作用を有する非ステロイド性抗炎症剤(NSAIDs:Non-steroidal antinflammatory drugs)などが知られている4,7)。今回,我々は炭酸リチウムによる躁状態の治療中に,NSAIDsのひとつであるdiclofenac sodium(商品名:ボルタレン)を併用した結果,リチウム中毒をきたした症例を経験したので報告する。

古典紹介

Walter von Baeyer:Über konformen Wahn—第1回 同形妄想について

著者: 大橋正和

ページ範囲:P.923 - P.932

 妄想形成性精神障害の精神病理学(Psychopathologie der wahnbildenden Geistesstorung)についての研究は,どれも今日なお使用した基本概念の明確な命名を必要とする。というのは,妄想の本質と由来について基本的にはなお概念的明瞭性を欠き,ましてや一致が見られないためでもある。この点に関しては研究はまだ全く手探りの状態にある。われわれの試論も,本来的にはいわゆる「一次性」妄想体験(“primares” Wahnerlebnis)の問題を扱うのではなく「二次性」(妄想)加工(sekundare Verarbeitung)という特殊な形式を考慮するが,まず分裂病性妄想形成(schizophrene Wahnbildung)一般の基礎としての一次妄想(Primarwahn)の理論から入っていくのが不可欠である。
 異常なかたちで現われ,われわれの正常現存在の内実(Gehalt)注1)と相入れない意味連関の中で,精神病者の精神内界を洞察しようとするとき,われわれの了解意志はつぎの二方向を問題にする。

動き

アメリカの精神科治療,特に精神療法の現状について

著者: 黄崑瑝

ページ範囲:P.933 - P.938

 アメリカの精神医学あるいは精神科治療といえば,すぐに精神分析を連想する読者が少なくないと察せられるのであるが,実状は複雑で,分析といっても日本の読者が想像するものとかなり異なる。

第84回日本精神神経学会総会印象記

著者: 山口成良

ページ範囲:P.939 - P.939

 第84回日本精神神経学会総会は,本年5月11日から3日間,斉藤正己会長(関西医大教授),工藤義雄副会長主催のもとに大阪国際交流センターにおいて開催された。総会開催に先立つ10日に理事会,評議員会が行われ,新理事・監事が選出された。また,総会への理事会・評議員会からの提案議案としての「精神保健法に関する見解案」が審議された。
 学会第1日目午前中のシンポジウムⅠ「青年期の精神医学」(司会:大原健士郎・山崎晃資)では,清水將之氏,生田憲正氏,渡辺直樹氏,松本英夫氏によって,青年期精神医学の今日的課題としての境界例やうつ状態,摂食障害とパーソナリティー病理,不登校などの教育問題青年期前期に発症した精神分裂病などがとりあげられた。午後のシンポジウムⅡ「神経伝達物質:精神疾患および向精神薬との関連」(司会:山下格・融道男)では,融道男氏,野村総一郎氏,中澤欽哉氏,今津好秀氏,小山司氏,新井平伊氏,山脇成人氏より,精神分裂病脳のベンゾジアゼピン受容体から,抗うつ薬の脳内薬物動態や生体アミン受容体の変化,覚醒剤精神病・アルツハイマー型痴呆などにおける神経伝達物質の変化悪性症候群の発症機序など,臨床に直結した基礎的問題が討議され,学会に新風を吹き込んだ感が強かった。また,特別シンポジウムとして,「精神医療向上のための医療費体系を考える」(司会:工藤義雄・道下忠蔵)が行われ,最初に京大経済学部の西村周三教授の「精神科医療費の経済学的考察」という講演があり,老人の医療費,特に老人保健施設の医療費を精神科も参考にされるようにと力説された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?