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雑誌目次

論文

精神医学30巻9号

1988年09月発行

雑誌目次

巻頭言

精神保健指定医の不思議?

著者: 佐々木勇之進

ページ範囲:P.946 - P.947

 昨年の9月「精神衛生法」が改正され「精神保健法」として成立した。
 私は,福間病院開設(昭和30年)以来,「精神病院といえども自由入院が原則である」と確信していたので,終始賛成の意向を示したのである。

特集 世界の精神科医療の動向

アメリカ合衆国の精神科医療—ニューヨーク・精神分析的精神医療と精神薬理学的精神医療との関係についての動向

著者: 竹友安彦

ページ範囲:P.948 - P.962

〔序文〕
 この小論が扱うのは「精神分析的精神医療の動向」そのものでもなく,また「精神薬理学的医療の動向」そのものでもなく,更に両者を相加的に列記したものでもない。むしろ両医療の「関係の動向」である。そしてこの「関係」は単に1980年代中頃に,偶然同時的に相並んで展開している二つの文化的な収穫(つまり両方の医療)の間の相関関係を医学史家が医療実践の外側から考察して記述するという類のものではないのである。むしろこの「関係」は,究極的に,およそ精神医療の実践に携る者の全てが,心の隅に感ずる問題,つまり精神医療の根本にある課題に触れるものである。それは言わば,意味の追求の次元と脳研究の次元という相異なる二つの次元にそれぞれ発展する知見をどう関係づけるべきかという関心に連なるものなのである。
 この小論で報告しようとすることは精神分析的精神医療と,精神薬理学的医療との間に言わば新しい対話が既に始まっており,その対話は上述の精神医療者全ての究極的な関心に触れているという消息を伝えることである。もちろん上述の二つの次元の知見をどのように統合できるかということについての解決が始まったというのではない。しかしこれら二つの次元の知見を含む展望が精神医療の実践の基礎に求められ,またこのような展望への関心が,従来のようにどこか心の隅に隠れているのでなくて,医療者が直面し語り合うべきこととして考えられるきざしをこそ,筆者は現下の精神医療の最も注目すべき動向と考えるのである。

アメリカ合衆国の精神科医療—カリフォルニア州の精神医療

著者: 西山正徳

ページ範囲:P.963 - P.969

I.はじめに
 米国の精神医療は,カリフォルニア州も含めて法律的にも行政的にも大きく3つの体系に分けられている。
 第1は精神分裂病を主な対象とする一般精神医療で,1950年代からニューヨーク州をはじめとして各州で強制入院に関する法律が整備され,主として強制入院患者の人権の保護が確保されてきている。その一方では,1964年頃から始まった脱入院化運動に伴って,あいついで州立精神病院が閉鎖され,また地域精神保健センター設置法(Community Mental Health Centers Act)により地域サービスの充実が図られてきている。

アメリカ合衆国の精神科医療—ハワイの精神科医療の動向

著者: ,   浅井昌弘 ,   甲斐睦興

ページ範囲:P.971 - P.976

I.はじめに
 ハワイがアメリカ合衆国の50番目の州になったのは1959年である。ハワイ州はアジア大陸と北米大陸の中間にあり,太平洋の真ん中に浮ぶ6つの島からなっている。人口は約100万人であるが,そのうち約80%がOahu島に集中している。人口の約25%が白人,23%が日系人,20%が混血ハワイ人,11%がフィリピン系人,5%が中国系人である。日系人や中国系人は1868年頃からサトウキビ畑の労働者として移民して来たもので,現在では四世や五世の世代になっている。ハワイ州は米国本土の諸州と比較して,より一層多民族社会の特徴が強くなっており,地理的にも文化的にも東と西の架け橋となっている。

カナダの精神科医療—地域精神医療におけるボランタリー団体の発展

著者: 井上新平

ページ範囲:P.977 - P.984

I.はじめに
 「バンクーバーの街には,アメリカの大都会にみられる精神障害者とおぼしき多くの浮浪者が極めて少ない」というのが,この都市に来た人たちの一般的感想のようである。このような感想がカナダのすべての都市に妥当するものか,はっきりとしたことはわからないが,カナダの精神医療を象徴しているように思われる。
 1960年初頭にはじまったアメリカのいわゆる「脱精神病院化運動」,地域医療の促進は,数年後にカナダにも及んだが,カナダでは徐々に大規模精神病院の縮小,総合病院精神科の拡充と入院日数の短縮化,精神衛生センター等地域医療機構の新設による患者の早期発見と継続医療の体制的保障,及び地域における住居やリハビリ施設等の諸支持機構の新設などを実現しつつ現在に至っている注1)

イギリスの精神科医療

著者: 北村俊則 ,   池上直己

ページ範囲:P.985 - P.991

I.はじめに
 諸外国の精神科医療を論ずる場合には,まず対象国の社会文化的背景を概観し,ついで医療システムの枠組を理解しなければならない。そこで,はじめに前者についてイギリスは日本と著しく異なる点が二つあることを指摘する必要があろう。その第1は階級制度,第2は人種問題で,いずれも90%以上が中流意識をもつ「単一民族国家」とは正に対照的である1)
 イギリスの階級制度は厳然と存在し,各種世論調査でも国民の所属階級意識は中産階級と労働者階級にほぼ二分されている。社会を規定するうえで,この両者の相違のほうが,少数の上流階級の存在よりはるかに重要な要素である。階級は職業によって決まるが,逆に職業によって国民に対照的な2つの生活パターンがある。中産階級には個人的な立身出世,労働者階級には集団としての生活権の保障が基本にあるといえよう。こうした生活信条の相違が,話し方を含めた衣食住のあらゆる面において国民を分断している。

スペインにおける最近の精神医学の趨勢

著者: ,   浦田実 ,   高橋良

ページ範囲:P.993 - P.998

 医学の専門分野として,科学的な精神医学の発展は,ごく最近になってからである。しかし狂気に関する文学,哲学,宗教的な研究と同様に,社会的援助への医学以外からの関心は,数世紀以前からみられる。
 中世において,病院や保護収容所に精神障害者が収容されていたことを示す資料がある。スペインにおける精神医学の歴史を語る際に,Mercedaryの修道士Fray Gilabert Jofreの名が必ず出てくる。1409年,彼は,狂人や患者が危害を及ぼしたりあるいは迫害を受けないように,特殊な施設を作った。American Journal of Psychiatry, May 1945に発表された,Peter Bassoeによる"精神医学の発祥地としてのスペイン"という論文の中で,著者は前記の施設が世界で初の精神病院であったと述べている。

研究と報告

相貌認知の障害や視覚的記銘障害などを呈した右後頭葉梗塞の1臨床例

著者: 鈴木利人 ,   大福浩二郎 ,   白石博康 ,   小泉準三 ,   能勢忠男

ページ範囲:P.999 - P.1006

 抄録 症例は60歳の男性である。右後大脳動脈領域の梗塞により急性期に遷延性の意識障害を呈したが,その後神経心理学的に視覚的および視空間的記銘障害,変形視(相貌変形視を含む),未知相貌に関する識別障害などが認められた。
 相貌認知の障害には,視知覚の障害と視覚刺激に関する記憶想起の障害などがあるといわれているが,本例は前者に属すると思われた。本例の特徴は,変形視に相貌変形視を認め,また非言語的視覚刺激では未知相貌の識別にのみ障害が認められたことであり,このことから右半球のみの障害でも相貌認知に関連のある障害を呈し,特にその役割は視知覚や認知の段階で重要と思われた。また熟知相貌の失認の成立には,さらに左半球の障害すなわち両側後頭葉の障害が必要ではないかと考えられた。

精神分裂病患者における認知的構えの固着

著者: 横田正夫 ,   高橋滋 ,   依田しなえ ,   岸芳正 ,   原秀之 ,   町山幸輝

ページ範囲:P.1007 - P.1014

 抄録 本研究では,精神分裂病患者の対人接触障害の背後に自己の視点を他者の視点に変換できない認知障害が存在すると想定し,これを検討するために現入院の期間が5年以上の慢性分裂病患者85名,正常者83名を対象に,「視点変換課題」検査を実施した。「視点変換課題」では3個の積み木を挟んで被験者と実験者が対面して座り,被験者は自己の視点からの積み木の見え(「見えの描画」段階),次いで実験者の視点からの積み木の見え「想像の描画」段階)を描画するように求められる。「見えの描画」段階において自己の視点からの見えを正しく描画した構成群は,分裂病患者では82.4%,正常者では100.0%であった。これら構成群の「想像の描画」段階において,分裂病患者では「見えの描画」段階の描画と同じ自己の視点からの見えを描画した固着群が多く(55.7%),実験者の視点からの見えを描画した変換群が少なかった(34.3%)が,これに対し正常者では変換群が顕著に多かった(88.0%)。この他者の視点からの見えを自己の視点からの見えと同じとする分裂病患者の認知的構えの固着(認知障害)は,WAISによって測定された知能とは関連しなかったが,BPRSの感情的ひきこもりと感情鈍麻の2項目で評定された陰性症状得点の高値と関連した。すなわち,認知的構えの固着は分裂病の対人接触障害(欠陥症状)と関連を有することが示された。

夫婦で罹患した皮膚寄生虫妄想

著者: 斉藤正武

ページ範囲:P.1015 - P.1021

 抄録 盲目の妻に発生した皮膚寄生虫妄想が夫にも感応した症例について,夫婦共に入院治療を行い,経過を観察した。夫婦は発症まで比較的孤立した生活を送っており,また発端者の妻が夫に比べ知的にも性格的にも優勢であるなど,folie à deux例で一般にみられる傾向を示していた。しかし,被感応者で視力健常な夫に"虫を見る"症状が現れるなど,夫婦には互いに協力して妄想を守り発展させる面がみられた。また,夫は入院後間もなく他者に対し心を開き症状も改善したが,そのような夫に対し妻は"2人だけの共同体"を守るため様々な試みを行った。しかしやがて,妻は夫を媒介とすることで現実的共同社会へと開かれ,それに従い妄想も消失した。以上の経過をもとに,folie a deuxでの両者の関係や被感応者の役割を考察し,またfolie a deux例の観察が,妄想という現象に対して何らかの示唆を与える可能性を述べた。なお併せて,皮膚寄生虫妄想の感応例を文献的に概観した。

抗精神病薬服薬中の精神分裂病患者の自律神経症状—心電図R-R間隔の変動係数(CV値)を用いた研究

著者: 藤井英雄 ,   鹿井博文 ,   牟礼利子 ,   堀康子 ,   水谷弘 ,   冨永秀文 ,   松本啓

ページ範囲:P.1023 - P.1029

 抄録 健康成人および抗精神病薬服薬中の精神分裂病患者の自律神経機能について,CV値を用いて研究を行った。その結果,精神分裂病患者のCV値は,健康成人のCV値に比較して,有意に低値を示した。精神分裂病患者の自律神経症状総得点値とCV値との間には有意な負の相関が認められた。精神分裂病患者の女性のCV値は,精神分裂病患者の男性のそれに比較して,低値を示す傾向があり,精神分裂病患者の女性の自律神経症状総得点値は,精神分裂病患者の男性のそれに比較して統計学的に有意に高値を示した。1日服薬量,服薬期間,推定総服薬量と,CV値および自律神経症状総得点値との間には,統計学的に有意な相関は認められなかった。たちくらみ,便秘,排尿障害および口渇に対するmecobalaminの効果は,有効以上で約3分の1,やや有効以上で約3分の2であった。また,mecobalaminの副作用は,全例において認められなかった。

短報

人格変化と不潔恐怖様症状を呈したTurner症候群の1例

著者: 由布信夫

ページ範囲:P.1031 - P.1033

I.はじめに
 我々は前に多彩な強迫症状を呈したTurner症候群の症例を報告した11)。今回,高等感情鈍麻,社会的未熟,自己中心的態度,易刺激性などの人格変化と不潔恐怖様症状を呈したTurner症候群の症例を経験した。本症例にみられた精神症状の特徴が前に報告した症例のそれに類似していたので報告する。そして,本症例の精神症状の発生機序がJackson, J. H. の階層理論2〜4)により理解可能であることを紹介する。

Clomipramine投与中にけいれん発作を生じた2症例

著者: 中村光夫 ,   福西勇夫 ,   森岡英五 ,   川西聖子 ,   久郷敏明 ,   早原敏之 ,   細川清

ページ範囲:P.1035 - P.1038

I.はじめに
 抗精神病薬,特にphenothiazine系薬物がけいれん閾値を下げ,けいれん発作を誘発することはよく知られている4)。一方,抗うつ薬により誘発されるけいれん発作については,本邦では報告例が少なく6,9),その重要性が十分認識されているとはいえない。
 最近我々は,clomipramineを服用中に強直間代性全身けいれん発作を生じた2症例を経験したので,若干の考察とともに報告する。

古典紹介

Walter von Baeyer:Über konformen Wahn—第2回 同形妄想について

著者: 大橋正和

ページ範囲:P.1039 - P.1050

 Riedel(1891)とKalmus(1902)は,両者別々に教師夫婦の同じ症例を発表した。Riedelは,夫が最初に発症し,妻が感応させられたと考えられる二重精神病(Doppelpsychose)として記述した。妻を夫よりも実際に長く観察したKalmusは,妻が最初に発症したと逆の結論に達した。両者の論文から,病歴の本質的データを次にまとめる。
 夫(M)の姉妹2人は精神病者。父は酒精嗜癖者,甥,姪の内の2人は精神薄弱。彼自身は,1845年に生まれ,高校教師をしていた。彼の精神構造はKalmusによると「御しやすい,感じやすい,柔軟」と特徴づけられる。精神的能力は「弱い」。1884年の結婚前すでに異常さが目立ち,後に現われる,全く混乱した状態の先駆けを思わせる「奇妙な小論文」(Riedel)を書いたりした。1886年11月,彼の同僚は「迫害妄想」の徴候によって,彼が非常におかしいのに気づいた。1892年,迫害観念のために,医師の診察を受けた。彼は,「風変りで,常軌を逸した言いまわし」で,自らの愁訴を話した。フリーメイスン団会員に迫害されており,それは自分が,古い貴族の家庭の非嫡出子であるためだと主張した。彼は,毎日の学校生活において,迫害されていると感じた。例えば,彼らは単に彼を怒らせるために,授業終了のチャイムを,非常に早く,あるいは非常に遅く鳴らしたりした,等々。フリーメイスン団会員は,路上で彼に会ったら,誰でもどこででも,彼をいじめるように頼んだ。教会を彼はもはや訪ねなかった,というのは,牧師は説教の中で彼に当てこすりを述べるからであった。彼は,数年来,別々の人から,はっきりしない,了解できない言葉を聞き,あるいは,彼の立場を圧迫するような,隠された深い意味を有する内容を聞いたと思ったことがあった。すでに16年前に教頭S. はこのような意味で,「これが事件になれば,多くの人が復活するのだが」といった。退職と禁治産。それからは,妄想思考を分かち合う妻と共に,路上で迫害者と思われる人から侮辱された。1895〜97年入院。彼は,「入院後妄想観念も妄覚も,口にしなかった。行動からは,異常さは全く見られなかった。これに対して,病的観念過程は,もちろんなお数カ月続いた。M. は,無口で,当てつけがましい質問は避け,人を信用できずに,遠慮勝ちになった。―2年後にはじめて病識が現われた。」(Kalmus)その後彼は,小さな出版社の事務職につき,いわゆる「治り」,妻が「不可能なこと」をいうので困るという洞察も見られた。この間同様に入院した妻が,1898年一時家に帰っている時,彼はもちろん,時々は再び彼女の妄想観念に同調する。

動き

わが子への医療拒否は児童虐待か?

著者: 池田由子

ページ範囲:P.1052 - P.1053

 精神衛生の立場から児童虐待の展望を本誌に書いたのは1977年であったが,その後児童虐待の存在は次第に知られるようになってきた。児童虐待の一つのタイプとして,保護の怠慢・拒否(neglect)があるが,これは捨て子や,親が子どもに必要な衣食住の世話や医療を与えないことをいう。このneglectの特殊な事例として「エホバの証人」派の信者である親が,子どもの治療に必要な輸血を拒否する事件が外国でしばしば報告されている。わが国でも同様の事件が起こったのは,1985年のことであった。
 「エホバの証人」(Jehovah's Witness)の本部は米国にあるので,私は当時米国の専門家たちにこのような事例への対応をたずねてみた。その代表的な回答は次のようなものであった。「精神的に責任能力のある成人が,生命に危険のある状態で輸血を拒否するときは,その人は拒否の陳述に署名をし,その結果がどうなろうともそれは自分自身の決定による。しかし,もし子どもや精神的に責任能力のない成人が,生命に危険があり,輸血が必要なのに,親や監護者がそれを拒むときは,医師はその必要性を宣言し,裁判所の命令を得て輸血を行い得る。その時裁判所は法的監護者として機能する」というものであった。当時,私の感じた疑問は,医療機関にまで達しない事例や専門家に気づかれない事例があるのではないかということであった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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