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雑誌目次

論文

精神医学31巻1号

1989年01月発行

雑誌目次

巻頭言

ぼけてゆく

著者: 山田通夫

ページ範囲:P.4 - P.5

 私には,sleep inducerをかねて,就眠時にごく軽い本を読む習慣がある。
 たまたま,その中の1冊にRichard Buchmanの『痩せゆく男』(原題は“Thinner”)があった。主人公の弁護士は肥満で悩んでいるが,あることを契機に「とめどなく痩せてゆく」という恐怖にとりつかれるのがテーマである。肥満が罪悪のように受け止められているアメリカ社会への風刺をこめたものである。

特集 サーカディアンリズム—基礎から臨床へ

企画に当たって

著者: 高橋三郎

ページ範囲:P.6 - P.6

 医学の歴史は技術革新の歴史でもある。すなわち,新しい科学技術の開発が医療のエポックをつくって来たといっても過言ではない。そして,ここ20年で急成長し,社会のシステムさえも変える影響力をもつ分野といえば,半導体の開発に導かれたコンピュータを挙げることができよう。
 病院内でのコンピュータ利用は,処方,医療費計算など実務的なものばかりでなく,例えば,このシンポジウムで取り上げた時間生物学にも入り込んでいる。特に,大量で単純なデータを処理しなければならない時間生物学の研究はコンピュータの発達と共に進歩してきた。

サーカディアンペースメーカー—仮説と現実

著者: 井上慎一

ページ範囲:P.7 - P.14

I.はじめに
 生物の内部環境及び外界への行動は,程度の差はあっても,皆昼夜変動を繰り返している。この現象の基礎には,24時間を測っている体内時計と呼ばれるものが存在していることがようやく多くの人に認識されはじめている。体内時計の知識は広い応用範囲を持っているが特に医学の分野でも体内時計の性質をうまく用いることができれば,健康の増進や治療の効率化に結びつくことが期待されている。
 基礎生物学としてのサーカディアンリズムの研究は1960年から70年代にかけて活躍したPittendrighとAschoffというこの分野の巨人の業績に負うところが大きいし,今もって彼らが作った枠組みに照らしてものを考えている。この論文ではPittendrighとAschoffの枠組みをまず説明し,現実の生理学的研究からそれがどこまで検証され,どこから未知のままで残されているかを私なりにまとめてみた。驚いたことにまとめてみると,神経生理学の実験手段によって実証された事実ははなはだ少なく,PittendrighとAschoffの空想は既に遥かに先にあることを思い知らされることになった。逆に言えば,既に無条件で信じていることでも実験的証拠は乏しく,改めて検討する余地のある概念も少なくない。

視交叉上核神経の神経伝達機構

著者: 柴田重信 ,   植木昭和

ページ範囲:P.15 - P.23

I.はじめに
 近年,動物の日周リズム(サーカディアンリズム)の発生源すなわち体内時計の局在場所を探す研究が進められてきた。視床下部の前方に位置する視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:SCN)の電気刺激や破壊さらにこの神経核への薬物の微量注入実験からSCNは動物の種々の行動やホルモン分泌などのサーカディアンリズムの発生源として非常に重要な脳部位であると考えられている(総説13,14,17,38)。そこでSCNに体内時計がある証拠を著者の研究結果も含めて示すとともに,この体内時計に係わっているであろうSCN神経の伝達機構について述べる。

サーカディアンリズムの同調機構—ラットにおける同調と周期に影響を及ぼす因子

著者: 高橋清久 ,   大井健 ,   高嶋瑞夫 ,   杉下真理子

ページ範囲:P.25 - P.32

I.はじめに
 体内時計はそれ自身が自律的に発振機構を持つとともに,環境サイクルに容易に同調するという特性を持っている。これはいわゆる位相反応曲線にみられる位相変位機能を備えていることによるものであり,生物の持つ環境適応への重要手段と考えられる。これと同じ同調機構がヒトにも存在するか否かはまだ明らかではないが,このような同調機構の異常によって生ずると思われる,種々の病的状態に関する報告が徐々ながら増している1〜9)。かかる観点から同調機構の基礎的な解明は臨床上からも重要であろう。我々はこれまでラットを用い,その同調因子,周期に影響を与える因子の解析などを行って来たので,それらのデータを中心にして,同調機構に関する要因について述べる。

ヒトのサーカディアンリズム—光同調機序

著者: 本間研一

ページ範囲:P.33 - P.40

I.はじめに
 ヒトの睡眠覚醒や深部体温,ホルモン分泌にみられる24時間リズムが,24時間に近い周期をもつ内因性の振動機構(生物時計)に支配されていることは広く認められている。しかし,この比較的長い周期の生体振動がいかにして発現するのか,24時間周期の外部環境にはどのようにして同調しているのか,またリズム同調に関与する環境因子(同調因子)は何か,という問題については不明な点が多い。
 一般にサーカディアンリズムの解析は,環境の周期性を取り除いた条件(恒常条件)下で,フリーランリズムを対象として行われることが多い。しかし,ヒトの機能を恒常条件下で解析することは必ずしも容易ではない。ヒトの場合,恒常条件を得るためには光や温度の他に,社会的環境も一定にする必要があり,実際には社会的接触を絶つ隔離実験を行わなければならない。

感情障害における生体リズムとその解析法

著者: 山田尚登 ,   下田和孝 ,   辻本哲士 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.41 - P.49

I.はじめに
 うつ病は,周期的かつ反復的発症,早朝覚醒,気分の日内変動などの臨床的特徴から,生体リズムの異常が推定され,これまでに睡眠,体温,ホルモン分泌,尿中電解質排泄など,種々の生理機能の日内リズムが観察されてきた。しかし,これらの多くは,リズム異常を感情障害の随伴症状あるいは二次的な症状としてとらえようとするものであり,最近のように,生体リズムの異常そのものが病態発生機序に関与しているという積極的なものではなかった。さて,近年の時間生物学の進歩により,感情障害の原因としていくつかのリズム異常仮説が提唱され注目を集めているが,これらには問題点も多々あり統一された見解が得られていない。
 ここでは,これまでに提唱された代表的な感情障害のリズム異常仮説を紹介し,それらの問題点,特に測定法や解析方法における問題点を中心に概説し,さらに我々の深部体温を用いた結果を踏まえ,感情障害におけるリズム異常に関し論ずる。

季節性感情障害と光パルス療法

著者: 浅野裕

ページ範囲:P.51 - P.59

I.はじめに
 人間が,夜になると眠り昼間は起きて活動する睡眠覚醒パターンなどの生体リズムは自然界においてはごく普遍的な現象であり39,40),精神医学の分野においても55),特に時間生物学の領域にあっては54),これら生体リズムの基礎的理解を深めることが重要と思われる10,65)
 本稿においてはまず,生体リズムに及ぼす光パルスの効果,これら光パルス療法の季節性感情障害および大感情障害に導入された背景,光パルス療法の効果に関する最近の知見を総説する。

睡眠覚醒リズム障害とその治療

著者: 太田龍朗

ページ範囲:P.61 - P.67

 過去10年間に,生体リズムの異常に起因するとされる睡眠・覚醒障害の存在が確認されるようになり,「睡眠・覚醒スケジュール障害」として新たに登場してきたことはよく知られている。米国の睡眠学会と睡眠障害センターがまとめた睡眠・覚醒障害の診断分類は,現在見直し作業が始まっているものの,この10年専門家の間で繁用されてきた。「睡眠・覚醒スケジュール障害」はその分類の4大項目の1つに加えられている。表1に示すように,この睡眠・覚醒リズム障害はさらに2つに分けられ,いわゆるJet lagや交代勤務などによる一過性のものと,長期に固定的に続く持続性のものに大別されている。本稿で筆者が述べるものは,この第2群に属する持続性睡眠・覚醒スケジュール障害のうち,近年その病態生理が次第に明らかになり,かつ治療の方法が工夫されつつある3つの症候群である。

研究と報告

慢性覚醒剤中毒の臨床—知見補遺

著者: 藤森英之 ,   坂口正道 ,   中谷陽二

ページ範囲:P.69 - P.78

 抄録 本邦には覚醒剤中毒に関する論文は無数にあるが,著者らは頻回の再燃を繰り返し慢性の経過をとる覚醒剤中毒4例について,精神症状の遷延化のなかで,病的体験の諸相,意識状態,感情障害と人柄の変化を取り上げ検討した。1)慢性例では急性期の自己の行動が見透かされ露にされ,外部からの干渉や侵害といった体験(専守防衛体勢)から非体系的な誇大妄想(自我肥大感)への体験変遷がみられ,2)いくつかの感覚領域に同時に幻覚の出現する共感幻覚,直観像,時に域外幻覚が問題になり,幻覚や錯覚相互の相即不離の体験野が存在し,3)慢性覚醒剤中毒ではBonhoefferの外因反応型の経過にみる意識障害はほとんどなく,覚醒剤大量注射,飲酒,心因性ストレスなどによる急性一過性の意識レベルの変容の可能性が示唆され,4)覚醒剤中毒例の遷延・慢性化例では,感情状態と人柄の変化の両者が緊密な関係にあることを強調した。

母親殺害事件を惹き起こしたAnorexia Nervosaの1例

著者: 田宮聡 ,   池沢明子 ,   齊藤正彦 ,   堀田直樹 ,   金子嗣郎

ページ範囲:P.79 - P.86

 抄録 Anorexia Nervosaに罹患した26歳の女性で母親を殺害した症例を報告した。
 本症例は,患者14歳の時に腹痛に対する恐怖からの不食という形で発症し,患者の身体・精神症状,指導性のない父親・過保護な母親といった家庭内力動などの点から典型的な症例であった。患者の病前性格には,自己中心的・わがまま・未熟といった傾向が認められた。また,母娘間の両価的感情結合が特に顕著であり,母親に対して甘えと攻撃性の両価的感情を抱いていた患者が,その極限状態において,母親の拒否的な態度に怒りを覚えて殺害行為に及んだものと推察された。

難治性てんかんに対する塩酸フルナリジンの付加療法

著者: 高橋剛夫

ページ範囲:P.87 - P.92

 抄録 難治性てんかん13例(平均年齢36歳)に塩酸フルナリジン(FH)10mgの付加療法を行い,平均7カ月間経過観察した結果について報告した。発作回数が75%以上抑制の著効が1例,50%以上抑制の有効が3例,25%以上抑制のやや有効が5例,25%未満抑制の不変が4例であった。やや有効の2例では発作波も減少し,脳波上の改善もみられた。副作用として眠気が6例,体重増加が7例に認められた。塩酸フルナリジンは強力な抗てんかん薬とはいい難いが,その付加療法によってある程度効果が期待される有用な抗てんかん薬と考えられた。

精神病急性期における血清CPK高値について

著者: 宮本典亮 ,   百溪陽三 ,   東雄司

ページ範囲:P.93 - P.99

 抄録 急性精神病118名を対象として,CPKをはじめとする種々の血清酵素活性を測定し検討した。高CPK活性を示す患者の頻度は32.2%,男女比に関しては男43.4%,女23.1%と有意に男性患者に高頻度であった。疾患別では,精神分裂病圏29.3%,躁病33.3%と両者に有意差を認めなかった。精神分裂病圏では,緊張型分裂障害,分裂病様障害,分裂感情障害に高頻度であった。状態像との関係では活動低下や緩徐な動き,常同症,緊張病性運動等の症状を示す患者で高CPK活性を認めた。
 高CPK活性を示す患者では,同時にアルドラーゼ,GOT,LDHの活性の上昇を認め,高CPK活性の持続時間は大部分の患者では2〜4週間で正常に復した(85.7%)が,一部の患者では症状が改善するまで持続した。電撃療法はCPK活性に影響を与えなかった。また,高CPK活性を示す15.8%で,その経過中に円形脱毛症が観察された。

短報

過呼吸により3Hz全般性両側同期性棘徐波結合が誘発されたspike-wave stuporの1例

著者: 山岡功一 ,   加藤雄司 ,   山内惟光

ページ範囲:P.101 - P.103

I.はじめに
 Petit mal statusの概念は1945年Lennox9)の発表以来注目され,spike-wave stupor,ictal stupor,absence statusあるいはpetit mal statusなどの名称で呼ばれ,今なお混乱している。このように多種の名称が使用されているように臨床像,脳波所見,基礎疾患なども多様で,小発作類似の症例は極めて少ない。
 我々は発熱中に強い意識障害と3Hz全般性両側同期性棘徐波結合の連続がみられ,意識回復後に過呼吸により同様の脳波所見が誘発された症例を経験したので報告する。

動き

第29回日本児童青年精神医学会印象記

著者: 大原健士郎

ページ範囲:P.104 - P.104

 第29回日本児童青年精神医学会は,10月21日,22日の2日間にわたって,福岡市の「ももちパレス」において開催された。この学会は,明後年に京都で国際会議をもつことになっており,例年になくかなり盛り上がった雰囲気に包まれていた。学会に先立ち,前夜祭がもたれたが,村田豊久会長の直接の上司である西園昌久教授による「日本人がエディプスコンプレックスをいかにしてのりこえるのか」と徐澄清中華民国精神医学会理事長による「気質特徴と児童精神医学」という2題の講演がまず会員を魅了した。
 この学会の特徴を思いつくままに列挙すると,以下のようになる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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