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雑誌目次

雑誌文献

精神医学31巻10号

1989年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神分裂病の神経病理学

著者: 宮岸勉

ページ範囲:P.1012 - P.1013

 Kraepelin, E.(1899)が早発痴呆(dementia praecox)を一つの疾患単位として記載して以来,精神分裂病(以下,分裂病)の疾患概念の確立,遺伝生物学,神経化学,神経生理学,精神薬理学,心理学,あるいは治療学等々の分野で数多くの研究が間断なくしかも精力的に行われてきた。しかし,今日でも「分裂病とはどのような病気か」という問い掛けに明確な答えをだすことは難しい。したがって,医学生をして「精神科の病気(分裂病)は,原因も治療法もよく分かっていないので取りつきにくい」などと慨嘆させることになるのも,残念ながらその通りであろう。加えて,分裂病の神経病理学に関してもやはり多くの研究報告があるにもかかわらず,この疾患の本態にふれると考えられるような知見は見当たらない。
 ところで,私が精神科医になって間もなくのころ,ある先輩から「分裂病の神経病理を研究テーマにしてみてはどうか」とすすめられたことがあり,その後,今日に至る約30年間このことが常に頭の片隅にありながら,どこから手をつけてよいのか雲をつかむような思いがしたり,一方では,「Geisteskrankheiten sind Gehirnkrankheiten.,Griesinger, W.」という言葉に,うまく表現できないような魅力を感じたりしてきた。それはそれとして,CTスキャンを用いた分裂病研究における最近の知見が,Griesingerの立場を支持し始めていると憶測するのは軽率に過ぎるであろうか。

研究と報告

深夜に見られる過食症状について

著者: 高木洲一郎 ,   成田洋夫 ,   畠山秀丸 ,   宮田正子 ,   浅井昌弘 ,   保崎秀夫 ,   伊藤洸 ,   横山尚洋 ,   今坂康志 ,   久場川哲二

ページ範囲:P.1014 - P.1019

 抄録 深夜の過食症状について,症例を提示し考察した。症例は深夜の過食に関する訴えのあった12例で,全例が女性。年齢は14歳〜31歳で,いずれもDSM-Ⅲ-Rによるbulimia nervosaの診断基準を満たす。深夜に見られる過食症状には以下のようなタイプがある。①過食中のことを本人はほとんど記憶していないもの。②夜間睡眠中,中途覚醒し過食するもの。過食の記憶は存在するが,不確実なことがある。これには完全に覚醒後行うものと,まだもうろうとした状態から始めるものがある。③昼夜逆転の生活の結果,過食が深夜の時間帯になったもの。④夜間に始まった過食が延々と数時間続き,深夜に及ぶもの。深夜の過食行動に限ってみれば,睡眠リズムの調節,生活指導などにより,症状は比較的短期間で改善する。

覚醒剤精神病における妄想主題について

著者: 坂口正道 ,   中谷陽二 ,   藤森英之

ページ範囲:P.1021 - P.1029

 抄録 覚醒剤精神病でみられた妄想主題に焦点を当てながら,分裂性体験との差異について若干の考察を試みた。その際妄想の持つ自—他関係性の病理を発達論的視座から重視し,妄想主題を3群に分類して次の結果を得た。
 ①身体の病理と表現できるような「体感」妄想が多いものの,身体そのものの変容や存立が問われることはない。セネストパチー的被影響感も稀薄で自己所属性や身体図式が喪失・解体することもない。

単回吸引により惹起されたマリファナ精神病の1例

著者: 橋本俊明 ,   砥川弘美 ,   谷矢雄二 ,   西島久雄

ページ範囲:P.1031 - P.1036

 抄録 マリファナ煙草1本を吸引したことにより酩酊状態と急性中毒性精神病を呈し,その後に不安,強迫,発動性低下,現実感の喪失,不眠などの神経症としての諸症状が出現し,遷延したと考えられた1症例を報告した。本例を通してマリファナ使用に関して個人の感受性と環境因子の重要性について触れ,単回吸引でも酩酊状態や急性中毒性精神病などの即時的影響だけでなく,精神症状が遷延する可能性があることを指摘するとともに,常用者にみられる無動機症状群をはじめとする遷延性の症状にも心因性の要因を考慮する必要があると考えた。
 本例のように極少量の機会的吸引例で精神病状態を呈する例があるということは,常用者のみならず好奇心に誘われてあるいは友人に誘われてなどという軽い動機で吸引する者に対してもマリファナ使用に関して警告を発するものである。

医師用および患者用CPRG抑うつ症状評定尺度の因子水準における比較

著者: 吉野祥一 ,   鈴木尊志 ,   辻本英夫 ,   大野京介 ,   長尾圭造 ,   赤埴豊 ,   奥田治 ,   前久保邦昭 ,   川北幸男

ページ範囲:P.1037 - P.1045

 抄録 医師用と患者用のCPRG抑うつ症状評定尺度を用いて,うつ病患者125症例を評定して得られたデータに,階層的主成分分析を適用し,各尺度ごとの潜在因子と,尺度間での因子得点間相関を同時に算出し,因子水準での関連性を探索した。医師用尺度の第I〜V因子は,「抑うつ・抑制症状」,「妄想様観念」,「精神的不安」,「身体症状」,「心気症状」と解釈され,患者用尺度の第1〜6因子は,「悲嘆」,「自信喪失」,「心配」,「身体症状」,「疲労感」,「活力減退」と解釈された。因子得点間相関行列では,医師用と患者用尺度のはじめの5因子が各々対応して中程度以上の相関を示し,因子解釈の対応とほぼ一致した。一方,患者用尺度の第6因子の「活力減退」は,医師用尺度のどの因子ともほぼ無相関で対応するものがなかった。この結果に対し,精神病理学的観点から検討を加えるとともに,方法論的問題についても論じた。

転換型ヒステリーとコタール症候群を呈した初老期うつ病の1例

著者: 江頭和道 ,   一井貞明 ,   阿部和彦

ページ範囲:P.1047 - P.1053

 抄録 高度の疲弊の後の抑うつ状態から,転換型ヒステリー発作およびコタール症候群へ発展した初老期女性の1例を示した。コタール症候群の症状としては,自傷・自殺の明らかな徴候を確認できなかった他は,うつ病性不安,神に呪われたという妄想,痛覚脱失,否定観念群,不死妄想を認めた。この中で否定観念群は,ヒステリー性の自己催眠状態において出現した。ヒステリー症状,不死妄想,拒食・拒薬が,主に精神療法的接近により消失した後には,抑うつ状態が前面に現れた。この抑うつ状態には,マプロチリンと炭酸リチウムによる薬物療法が奏効し,寛解に至った。本症例の発症機転として,ヒステリー症状とコタール症候群が,うつ病性の亜昏迷状態を共通の基盤として生起し,潜在的な脳器質性要因は亜昏迷状態を強める形で関与する可能性があると推定した。

睡眠相遅延症候群の時間療法(Chronotherapy)

著者: 伊藤彰紀 ,   太田龍朗 ,   粉川進 ,   岩田宗久 ,   寺島正義 ,   岡田保

ページ範囲:P.1055 - P.1062

 抄録 睡眠相遅延症候群と診断された成人男女3例に対して時間療法(Chronotherapy)を行い,治療前後と治療中の各睡眠について睡眠ポリグラフィーと直腸温連続測定とを施行した。症例はいずれも青年期以後に通常の時間帯における就眠困難と覚醒困難を呈し,社会生活に障害を生じていた。
 治療前,夜間に睡眠をとらせた場合のポリグラフィーでは睡眠潜時・REM潜時が長く,睡眠前半に中途覚醒が頻回または長時間にわたって認められた。直腸温リズムも遅延して固定していた。これらの異常の程度は,各症例の臨床上の重症度・社会的な障害の程度とよく相関していた。治療後では睡眠潜時・REM潜時の短縮・正常化が認められ,睡眠効率も改善した。また直腸温リズムの遅延も是正された。しかし一方で容易に再度の遅延が起こる傾向がうかがわれ,時間療法のみによる治療では長期の維持に限界があるのではないかと考えられた。

複雑部分発作重積が疑われた1症例

著者: 山口修 ,   佐藤譲二 ,   中山和彦 ,   北原達基 ,   大石雅之 ,   森温理

ページ範囲:P.1063 - P.1068

 抄録 30分前後持続するもうろう状態を主徴とし,その脳波所見より複雑部分発作重積が疑われたてんかんの1例を報告した。
 患者は27歳の男性で,過去に非定型亜急性硬化性全脳炎に罹患し,その残遺症状としてもうろう状態が頻発するようになった。発作間欠期脳波では,中側頭部の焦点性棘波に加え,3Hz前後の棘徐波結合が出現した。一方発作時脳波では,中側頭部の散発性棘波とともに前方優位に出現する高振幅徐波群の相が大部分を占めたが,この相を挾んで中側頭部の焦点性棘波が5秒前後連続して出現する相が数分おきに繰り返された。また,この持続するもうろう状態以外に短時間の意識減損発作も確認された。

抗精神病薬によるウサギの陰茎勃起

著者: 長沼英俊 ,   藤井薫

ページ範囲:P.1069 - P.1072

 抄録 抗精神病薬の陰茎勃起作用についてウサギを用いて調べた。chlorpromazine,levomepromazine,haloperidolを筋肉内投与し,これらの抗精神病薬に以下のことを認めた。(1)陰茎勃起作用がある。(2)陰茎勃起の程度および持続時間は投与量に依存する。
 抗精神病薬の陰茎勃起作用が抗精神病薬のα-アドレナリン遮断作用に関与しているのではないかと考えた。

短報

人工透析療法の経過中に精神病状態を呈した2症例

著者: 灘岡壽英 ,   東谷慶昭 ,   佐川勝男 ,   矢崎光保 ,   十束支朗

ページ範囲:P.1073 - P.1075

I.はじめに
 人工透析は,慢性腎不全の治療法として急速に普及してきたが,同時に透析を受ける患者において種々の精神医学的問題が認められるようになってきた1,2)。我々は,今回,透析療法の経過中に,皮膚寄生虫妄想や幻聴という精神病的症状を持つようになった症例を各1例経験したので,若干の考察を加えて報告する。

紹介

—精神分裂病の最近の話題・1—精神分裂病の発病,経過および治療と家族内の要因

著者: ,   岡崎祐士 ,   道辻俊一郎 ,   中根允文

ページ範囲:P.1077 - P.1083

■はじめに
 私はこの論文で3つの点について述べる。それは精神分裂病患者の家族内における人間関係が精神分裂病の発病可能性と関連するか否か,家族内の関係のあり方によって発病後の短期経過を予測できるか否か,そして,家族レベルへの働きかけによって分裂病の短期経過を変えうるか否かの3点である。
 論述の理論的基礎は,素因—ストヒス・モデル(Rosenthal,1970)にある。このモデルによれば,ある個人の分裂病に対する脆弱性は,ある種の生物学的素因と,成長期および発病前後の生活ストレスの衝撃との関数的総和によることが示唆されている。したがって,この生物学的素因と集積された生活ストレスとの相互作用効果を述べることにする。また,このモデルは分裂病の経過を考える上でも有用である。発病後には脆弱性が存続し,それがストレスと作用し合って,再発をも左右すると考えられるからである。

シンポジウム 精神障害者の責任能力

精神障害者の責任能力に関する基本理念を今日的視点で整理,検討(序)

著者: 加藤伸勝

ページ範囲:P.1086 - P.1087

 本シンポジウムは東京都精神医学総合研究所創立15周年を記念して開催されたものであるが,精神障害者の責任能力の問題は古くて,かつ新しい課題である。

責任能力論と治療観

著者: 中谷陽二

ページ範囲:P.1089 - P.1096

I.はじめに
 久しく模索されていたわが国の精神科医療の改革は,精神保健法の実施を契機に新たな段階に入り,今後それに付随して様々な現実的課題が浮上すると予想される。そのひとつは,法を犯した精神障害者の刑事責任能力の問題であろう。人権保護と開放化のもとで,精神障害者に対してより多くの市民的権利と社会生活の機会が与えられるが,そうした医療の理念に照して,責任能力の基準も再検討を迫られる。そして,これは司法精神鑑定の専門家だけの関心事ではありえない。なぜなら,患者の触法行為に直面して治療者がいかなる態度を選択すべきかという意味において,医師個人の治療観や医師患者関係の根幹が問われることになるからである。このような問題意識は本来,精神科臨床に携わる人すべてに共有されて然るべきものである。
 ところが責任能力をめぐる議論の積み重ねは,限られた専門家のあいだを除いて,これまできわめて不十分であった。戦後まもなく内村16)は,精神医学界で責任能力論が等閑視されていることに触れ,「わが国の現状はまことに遺憾」と憂えたが,そのような無関心さは近年いっそう強まっているようにすら感じられる。新しい医療情勢のもとで精神障害にかかわる法的諸問題が重要性を増しているが,そのなかで責任能力論と触法障害者の処遇の検討は非常に立ち遅れているといわざるをえない。

最近のわが国における責任能力判定の傾向

著者: 中田修

ページ範囲:P.1097 - P.1102

I.はじめに
 精神病の人,知能の低い人,年齢的に幼い人などが,通常人が行えば罰せられるような行為を行っても,罰せられなかったり,刑が軽減される。これはわが国でも外国でも,大昔から行われている習慣であり,法律でもそのように規定されている。その訳は,このように,精神が障害されたり,精神の発達が未熟な人は,自らの行為の是非善悪を判断したり,判断に従って自らの行動を制御する能力が失われているか,著しく減退していると考えられるからである。この,行為の是非善悪を判断したり,判断に従って行動を制御する能力は,法律的には刑事責任能力,あるいは単に責任能力といわれている。そして,この能力が失われている場合には,責任無能力と,わが国の刑法では心神喪失といわれている。責任能力が著しく減退している場合には,限定責任能力と,わが国の刑法では心神耗弱といわれている。責任無能力のときには,無罪が言い渡され,限定責任能力のときは原則として刑が軽減される(わが国の刑法では必ず刑が軽減される)。
 それでは,どういう精神の障害や精神の未発達の場合に責任無能力あるいは限定責任能力と認定されるのか,という具体的な問題になると,なかなか難しい事情がある。ここでは精神の障害の場合だけを取り上げる。私どもにとっては,このような判定の際に,なるべく単純明快な原則があれば,非常に望ましい。今日では,コンピューターがめざましく発達し,複雑な計算も容易である。それでも簡単なことに越したことはない。たとえば,精神病であれば,それだけで責任無能力であるということになると,どんなに単純明快であろう。

精神科医における「鑑定人」と「治療者」

著者: 西山詮

ページ範囲:P.1103 - P.1110

I.はじめに
 これまで刑事司法精神鑑定といえば,責任能力の問題がその主要な部分を占めていた。たしかに,責任能力の有無の判断によって,ただちに人の有罪・無罪が決定されるのであるから,この問題が重要でないわけはない。しかし,筆者は少し前から,精神鑑定のこうした実体法的な側面のほかに,鑑定の手続法的な面にももっと注目しなければならないと考えるようになった。
 責任能力の精神鑑定は,血痕や傷痕の鑑定と違って,鑑定人が被疑者や被告人をいわば丸ごと調査するのであるから,その際,侵してはならない被鑑定人の権利に留意するほか,通常の診療とは異なった信頼関係の形成に配慮しなくてはならない。そうすることがまた,鑑定人たる精神科医について自己反省する機縁にもなるのである。

精神障害犯罪者の処遇—医療的処遇か刑事政策的処遇か

著者: 加藤久雄

ページ範囲:P.1111 - P.1117

I.はじめに
 昨年7月1日施行の新精神保健法は,その施行とともに新たな問題点を投げかけている。とくに,「精神に障害をもつ者」が犯罪を行った場合,同法によって取扱うか,それとも諸外国でみられるような刑事法的取扱いをするかという点については大変深刻な状況になっているといえよう。けだし,同法は,この点に関して,旧法を何ら変更するものではなく,むしろ,旧法時代の運用状態をそのまま追認し,医療現場の治療上の具体的な疑問に何ら答えることなくスタートしたからである1)
 私は,長年,刑事法の視点から,重大な犯罪(たとえば,殺人,放火,強盗,強姦,重傷害,さらに幼女などに対する重い強制わいせつなど)を行った上,さらに,通常の精神病院での取扱いの難しい精神障害者に対しては,刑事司法のルールに則り,とくに裁判官によるスクリーニングを経て,何らかの特殊病院(病棟)または施設において治療ないし処遇を行うべきであると主張してきた2)

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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