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雑誌目次

雑誌文献

精神医学31巻11号

1989年11月発行

雑誌目次

巻頭言

女子医学生と精神保健

著者: 伊崎公徳

ページ範囲:P.1124 - P.1125

 欧米でも昨今医学教育上,特に女子医学生に関する話題が多い。そこでわが国の現状を考えつつ最近の2・3の報告を読んでみた。
 まず,女子医学生の増加は世界的傾向である。本学を含め,似た状況下にあるわが国の国立新設医科大学の数字では,10年前の約15%が今年度には30%前後に増えている。制度が違うので,同じ比較はできないが,米国でも女子医学生は増加しているという。1987年のAAMC(Association of American Medical College)の報告によれば,医科大学志願者の中の女性は,ここ10年間で26%から37%に増えている。その年の女子医学生数は全体の34%,レジデントでは28%を占めていた。しかし,志願者総数は減少傾向にあり,男子の場合,1974年が最高で33,912人あったのが,1987年は17,712人と半減している。女子では1984年がピークで12,476人だったのが,1987年は10,411人となった。

展望

病的嫉妬に関する精神病理学的研究の流れ

著者: 田中雄三

ページ範囲:P.1126 - P.1137

Ⅰ.序論
 「嫉妬」とは何かと改めて考えてみるとき,おそらく万人が体験しているであろうこの感情に対して,何らかの明快な説明あるいは定義を下すことは困難なことに思われる。嫉妬は,ひとつの持続した情念,感情の世界の事柄であるから,それを言語化することは容易ではない。
 広辞苑によると,嫉妬は,(1)男女感のやきもち,りんき,(2)優越者をねたみ憎悪する感情,ねたみ,そねみ,と説明されている。しかし,このように説明された嫉妬からは嫉妬が本来内在させている生々しい感情は伝わってこず,むしろ古今東西の文学作品の中の男女の心理描写のうちに嫉妬の実体が見事に浮き彫りにされている場合が少なくない注1)

研究と報告

側頭葉てんかん患者にみられた精神症状と側頭葉切除術の影響—Maudsley Hospitalにおける若年手術例に関する検討

著者: 斎藤正彦

ページ範囲:P.1139 - P.1147

 抄録 Maudsley Hospitalにおいて側頭葉切除術を受けた難治性側頭葉てんかん,20例について発作間欠期の精神症状の予後を調査した。20例のうち12例が術前または術後に何らかの精神症状を呈していた。症状の内訳は性格障害5例,神経症症状3例,小児期の行動障害2例,精神分裂病様症状1例,側頭葉切除後間もなく衝動行為を伴う不機嫌状態を頻回に繰り返す特異な精神症状を呈するようになったもの1例であった。調査時点で精神症状治癒5例,遷延6例,死亡1例であった。精神症状の発現には側頭葉てんかんに特異的な障害よりも,出生時仮死や熱性けいれんといった一般的な脳の器質的障害をきたすと思われるエピソードが強く関与していることが示唆された。側頭葉切除による脳の器質的変化は,多くの症例において精神症状に質的変化を及ぼしていなかった。発作のコントロールの程度,患者の性格傾向などが精神症状の予後を決定する上で重要な因子になると考えられた。

側頭葉てんかんのMRI

著者: 沼田陽市 ,   上妻明彦 ,   緒方明 ,   宮川太平

ページ範囲:P.1149 - P.1155

 抄録 30症例の側頭葉てんかんにMRIを施行した。その結果,異常所見の有無から全例を正常群と異常群に大別した。さらに異常群を脳に萎縮がある群とない群に二分し,萎縮がある群は側頭葉に萎縮がある群と側頭葉以外に萎縮がある群に分けた。そして発病年齢,罹病期間,発作型,脳波像,既往歴などの臨床的な特徴について正常群と異常を示した群を比較検討した。その結果,異常群は18例であり,そのうち萎縮のある群が13例と最も多かった。これらの異常群では罹病期間が長い,複雑部分発作と二次性全般化発作の併有が多く単一発作はない,一側性の棘波焦点が多い,既往歴を有するといった特徴がみられた。また一側の側頭葉に萎縮を認めた9例のうち6例で萎縮側と棘波の焦点側が一致した。MRIは側頭葉てんかんの器質的原因の検索に有用であり,MRIでの側頭葉の萎縮所見とてんかん病態との間には一定の関連があるものと思われた。

側頭葉てんかん患者の開瞼時眼球運動—発作波焦点側との関連性を中心にして

著者: 中島一憲 ,   小島卓也 ,   松島英介 ,   大林滋 ,   上杉秀二 ,   大沼悌一 ,   大高忠 ,   島薗安雄

ページ範囲:P.1157 - P.1164

 抄録 側頭葉てんかん患者にみられる開瞼時眼球運動の特徴を発作波焦点側との関連性から検討することを目的とし,側頭葉てんかん患者46名を対象として,発作間歇期の脳波を用いて発作波の焦点部位別に3群に分け,開瞼時眼球運動の検査を行った。また,その結果を慢性分裂病患者50名,正常対照者50名の結果と比較した。右側焦点群では正常群とほぼ同等の結果が得られたのに対して,左側焦点群では,右側焦点群と比べて明らかに異なり,分裂病群の値により近い結果が得られた。このことから,側頭葉てんかん患者において,発作波焦点側によって視覚的行動に相違がみられることが示唆された。またこの結果は,分裂病様の精神症状を示す側頭葉てんかんの症例は,脳波上,左側頭部に発作波焦点を持つものが多いという従来の知見と精神生理学的に関連するものであると考えられた。最後に眼球運動と抗てんかん薬との関係についても考察を加えた。

恐怖症・強迫神経症治療の新しい試み—皮膚電気刺激による制御法

著者: 山下剛利 ,   藤本臤三 ,   石村栄作 ,   久保一弘

ページ範囲:P.1165 - P.1173

 抄録 1)恐怖症・強迫神経症に対する行動療法の評価は高まりつつあるが,まだ多くの弱点を有している。著者らは微弱電気刺激による痛覚刺激を頭頂または手掌に当てながら,イメージまたは現実場面において不快感を誘発し,それに耐えさせるという簡単な方法を考案した。1回30分,週2回,約6カ月間の治療で約80%の著効を認めた。
 2)3症例を通して,著者らの治療法の治療機転について検討した。その結果,弱い痛覚刺激によって,恐怖症に伴う自律神経症状が急速に消褪し,強迫観念についても症状消褪と同時に合理的な思考が浮上するという結果を得た。また,強迫行為を伴う例では不快感の出現は弱いが,治療継続により症状が階段状に解消されていくことがわかった。

事象関連電位P300成分と精神分裂病の陰性症状

著者: 緒方明 ,   葉山清昭 ,   岡田久則 ,   上妻明彦 ,   沼田陽市 ,   宮川太平

ページ範囲:P.1175 - P.1182

 抄録 事象関連電位P300成分と精神分裂病の症状との関連を検討した。検討対象は,DSM-Ⅲのschizophrenic disordersを満足し,立津の対人反応障害が認められ,P300が同定され得た25症例である。対照には正常者25症例を用いた。課題にはoddballのparadigmを,症状評価尺度にはBPRSとSANSを用いた。統計にはSpearmanの順位相関を使用した。
 分裂病者では対照に比し有意に潜時が延長していた。P300成分と陽牲症状には相関は認められなかった。潜時と陰性症状には正の相関があり,潜時が延長しているものほど陰性症状が強かった。振幅は潜時より陰性症状との相関が低かった。「働きかけに対する視線の動き」を評価項目として設定すると,この項目が潜時の延長と最も正の相関が強かった。このことは,働きかけに対する目を中心にした顔の表情の動きに重きを置く「対人反応」とP300成分の潜時との関連を示唆した。

性格と習慣の形成に及ぼす異民族間養子の影響—中国残留孤児の場合

著者: 江畑敬介 ,   曽文星 ,   箕口雅博 ,   江川緑

ページ範囲:P.1183 - P.1189

 抄録 中国大陸において戦後42年間余を過ごして帰国してきた中国残留孤児25人とその配偶者である中国人を含む家族を面接した。日本人孤児は,人生のほとんどを中国人の中で生活し,言語,生活様式,社会適応など多くの点で「中国人」として成長し,外見的には中国人とほとんど判別し難くなっていた。しかし家族面接してみると,ほとんどの日本人孤児は,容貌上の特徴に加えて,「日本人的な」表情,身振り,動作を保持していたので,日本人孤児をその配偶者である中国人から判別することはかなり容易であった。さらに日本人孤児の配偶者である中国人の報告によれば,日本人孤児25人中21人が何らかの日本人的な特徴を保持していたと考えられる。その中で,対人関係についての特徴は,離別時年齢が3歳以上の孤児の場合,とくに女性孤児の場合により多く保持されていた。気質,ある種の習癖および味覚は,離別時年齢が2歳以下の場合にもよく保持されていた。

殺人を反復した47, XYY個体の1例

著者: 風祭元 ,   南光進一郎 ,   小沢道雄 ,   中野明徳 ,   功刀浩

ページ範囲:P.1191 - P.1198

 抄録 15歳と30歳の時に,いずれも了解し難い薄弱な理由で殺人を反復し,染色体検査の結査,47, XYY核型を有することが確認された30歳男性の精神鑑定の所見を報告した。
 本例は正常な高学歴の両親のもとで裕福な環境で育てられたが,15歳の時に2歳年下の少女を殺害した。矯正施設を出所後は,ほぼ正常な社会生活を送っていたが,サディズム,フェティシズムなどの性倒錯傾向があり,30歳の時,酩酊して22歳の男性を絞殺する2回目の殺人を行った。知能は正常,高身長(185.7cm)以外には神経学的,内分泌学的に異常を認めなかった。

精神医療受療中の患者に関する「患者調査」に基づく基礎的推計

著者: 藤田利治

ページ範囲:P.1199 - P.1206

 抄録 精神疾患についての衛生統計に関しては,これまで在院患者についての分析がなされて精神医療にまつわる問題が指摘されてきた。しかしながら,外来患者に関する衛生統計については妥当な検討がなされてこなかった。そこで,昭和59年の「患者調査」に基づき,入院および外来受診中の精神疾患患者数に関する統計を整理した。
 「患者調査」に含まれていた精神疾患による56,364人の患者データから,入院患者は33.7万人,外来患者は101.1万人と推計された。さらに,入院および外来患者に分けて,傷病分類,診療費支払方法,性,年齢階級,地域ブロック,病院・一般診療所,診療科目,病院種類病床規模の別に有病数あるいは単位人口あたりの有病率の推計値を示した。これらの推計値の妥当性を他の衛生統計との関係から吟味しながら,推計結果についての記述・考察を行った。

戦後のわが国における自殺死亡率のcohort分析

著者: 佐藤哲哉 ,   佐藤新 ,   小林慎一

ページ範囲:P.1207 - P.1215

 抄録 戦後のわが国における自殺死亡率のcohort分析を行った。男性15〜29歳,女性15〜39歳では,より新しいcohortほど低い自殺死亡率を示し続けるというcohort effectが認められた。男性30〜54歳,女性40〜49歳では,1970年を境に全てのcohortでほぼ同時に自殺死亡率の上昇が認められた。青年期と中年期の自殺死亡率の間には,一定の相関を認めることができなかった。55歳以上では,男女共より新しいcohortほど低い自殺死亡率を示し続けるという現象がみられた。青年期における自殺死亡率のピークは,男性の近年のcohortでは消失していたが,女性では消失していなかった。これらから,自殺死亡率に対するcohort effectの意義は若年層に最も強く中年期には消失してしまう可能性,近年の中年期の自殺増加はcohort effectよりも社会的要因によって強く規定されていること,近年個人が青年期危機を通過する過程が男女間で相違している可能性を指摘した。

短報

緊張病症状を伴う治療抵抗性精神分裂病に炭酸リチウム投与が有効であった1症例

著者: 野田恭平 ,   渡辺義文 ,   榎田雅夫 ,   樋口輝彦 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.1217 - P.1220

I.はじめに
 リチウム塩が精神科臨床に導入されて40年の間に,様々な疾患に対するその治療経験が集積されてきた。特に情動障害を伴う各種疾患や,精神分裂病を含む疾患での感情の障害,興奮性,易刺激性などの随伴症状に対するリチウムの効果が確認されている一方で,精神分裂病そのものに対する有効性については否定的な意見も多い7)
 今回,私たちは,初発時には抗精神病薬が有効であったが,約9年の寛解期を経て再発した時点では抗精神病薬に反応せず,入院中,治療抵抗性の緊張病性興奮や昏迷を繰り返した精神分裂病患者で,炭酸リチウム併用により,症状の顕著な改善をみた例を経験したので報告する。

脱力様発作が頻発した脳循環障害の1例

著者: 佐々木青磁 ,   千葉茂 ,   宮岸勉 ,   高橋三郎 ,   竹井秀敏

ページ範囲:P.1221 - P.1224

I.はじめに
 老年期において運動障害や意識障害などが反復性に認められる場合には,一過性脳虚血発作や症候性てんかんなど種々の病態の存在を考える必要があるが,その鑑別は必ずしも容易ではない。最近我々は,約10年間の長期にわたって脱力様発作が頻発し,その原因として脳の動脈硬化を基盤とする一過性の脳循環障害が考えられた1例を経験したので報告する。

紹介

—精神分裂病の最近の話題・2—精神分裂病の薬物療法における薬物特性

著者: 大月三郎

ページ範囲:P.1225 - P.1229

■はじめに
 精神分裂病の主要な治療薬である抗精神病薬は化学構造は異なっていても,共通した薬理学的作用として抗ドーパミン作用を持つことから,精神分裂病と脳内ドーパミン機能との関連が推定されている。中枢におけるドーパミン受容体にはアデニール酸シクラーゼ抑制系あるいはこれと連鎖しないD2受容体と,アデニール酸シクラーゼ促進系であるD1容体が区別されている7)。抗精神病薬の奏効する症状は主として急性期の幻覚妄想状態であるが,従来この作用はD2受容体遮断作用によるものとされてきている。しかし,最近では特異的なD1遮断薬やD1作動薬が開発されたことに伴って,D1受容体の機能についての関心が強まってきている。また,精神分裂病の様々な症状に対して,抗D2用を比較的純粋にもつ薬物と,抗D2作用に加えて抗D1作用を持つ薬物あるいはドーパミン以外の神経伝達物質,例えばノルアドレナリンとかセロトニンなどへの拮抗作用の強い薬物などで効果に差異があるかどうかを知ることは,臨床上重要な意義を持っている。
 一方,抗精神病薬は副作用の多い薬物であるが,なかでも遅発性ジスキネジアや遅発性ジストニアはいったん発症するとなかなか改善しない副作用であり,注目を集めている。その発症機序については不明なところが多く,また,研究を始めたばかりの段階であるが,これらとの関係が推察されるものの1つに薬物のもつシグマオピオイド受容体への親和性がある16)

動き

「第1回精神科遺伝学国際会議」印象記

著者: 南光進一郎

ページ範囲:P.1231 - P.1231

 1987年2月Egelandらは感情障害と5番染色体短腕末端部の遺伝子との連鎖を認める衝撃的な報告を行った(Nature 325;783,1987)。ひき続いて,88年11月Sherringtonらは分裂病においても11番染色体長腕近位部の遺伝子との連鎖を認める報告を行った(同誌 336;164,1988)。急速に進歩する分子生物学の方法が精神医学においても適応され成功した点で,これらの研究成果は生物学的精神医学研究史上画期的なものであった。
 このような時期にあって第1回精神科遺伝学国際会議は,Cambridge大学Churchill Collegeにおいて1989年8月3日から5日までの3日間,T. J. Crow(Northwick Park病院臨床研究センター主任)を会長として行われた。この期間中会場となった講堂はまさに白熱した討論と学問的熱気にみちあふれ,知的興奮のるつぼであったといっても過言ではなかった。会議の参加者は主催者の予想をはるかに上まわる30カ国三百数十名(日本からの参加者は,世界生物学的精神医学会会長福田哲雄教授,産業医大阿部和彦教授,大阪医大堺俊明教授ら10数名)にも達した。その大多数は20代後半から30代にかけての研究者で,精神科遺伝学における世代の交代をまざまざとみせつけられた。演題はポスター(79題)とスピーチ(87題)に分かれていたが,分裂病,感情障害に関連した演題の約3分の2はDNA連鎖研究で占められ,かつての家系研究,双生児研究など,臨床遺伝学的研究はまったくの片隅においやられていた。また連鎖研究との関連で再び細胞遺伝学が脚光をあびつつあるとの印象を受けた。

映画評

映画「バラの刻印」を見て(SHE DANCES ALONE)

著者: 長谷川泉

ページ範囲:P.1215 - P.1215

 20世紀最高のソビエトの天才舞踏家ニジンスキー(1890〜1950)の前半の輝かしい舞台歴と,後半生30年の精神病院生活という人生の明暗を濾化しての不可解な世界が,当のニジンスキーの娘キラや名監督,名優たちによって展開されていた。病める天才を扱う精神病院内部の対応も,世紀末の諸事象を暗示して参考になった。
 ニジンスキーを完全な映画にする企ては,有名なヴィスコンティが乗り出して倒れた後も,何人もの監督がその遺志を生かそうとして果たせなかった。今回はロバート・ドルンヘルム監督が,ニジンスキーの娘キラと組んでの妄想を生かしている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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