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雑誌目次

論文

精神医学31巻2号

1989年02月発行

雑誌目次

巻頭言

向精神薬条約とわが国の取り組み

著者: 加藤伸勝

ページ範囲:P.112 - P.113

 依存性薬物乱用が国際的に大きな社会問題となっていることは周知の事実である。阿片等の国際規制は,1912年の国際阿片条約に発するが,その後大麻が取り上げられ,麻薬や大麻の製造,販売に関する国際間の規制に関し,1961年に「麻薬に関する単一条約」が締結された。この条約に加盟したわが国は,国内法も整備され,条約国では取締りの最もきびしい国の一つとなった。
 しかし,依存性薬物はこの条約に盛られている麻薬類だけではない。第2次大戦以後,数多くの中枢作用薬が開発され,精神疾患をはじめとする神経系障害の治療に革命的な発展がもたらされてきたが,そのうちの多くの薬剤に依存性が認められ,依存性薬物対策が重要課題となってきた。その代表が向精神薬であり,それらの乱用が諸外国で公衆衛生上及び社会上の大問題となっている。

展望

精神分裂病における言語新作(2)

著者: 森山成彬

ページ範囲:P.114 - P.122

Ⅳ.Bobon以降現在まで
 ドイツのSnellを言語新作研究の始祖とすれば,ベルギーのBobon, J. はその中興の祖といえる。彼はまず1943年の論文9)で,それまでの諸研究を総括したあと,言語新作を欠陥症状troubles déficitairesの優位なものと,反応的な障害troubles réactionnelsの優位なものに分けた。前者は言語中枢の器質的病変も示唆され,同時に機能的な障害としても,入眠時や心的興奮時の自動的な言語活動,曖昧な表現,記憶の保持と喚起の障害,情動障害などを示すものである。後者の反応的な障害の言語新作は,①消し難い強烈な妄想体験,②新しい概念を表出しようとする努力,③非病理的な言葉の改作,④言葉の魔術性への信仰,⑤想像の世界へ埋没する代償的活動,⑥遊戯的な活動,などの側面をもつ。
 Bobonが1947年に報告した症例10)は,無音の"e"を発音したり,r・t・er・ment・ancreなを語尾に加える。この患者に薬物を注射し半睡状態にすると,逆に言語新作の度合が減少することから,Bobonはこれらの遊戯的な言語新作が意志的なものであるとした。別な症例11)は「アクロバット的」な言語新作をし,日本語の話し言葉を〈evanes〉と称して,〈Jenefolenbette Serrntlesito〉を日本語だと主張する。この患者は5カ月で症状改善し言語新作をやめた。56歳の緊張病の男性例12)は,年月を経るに従ってparalogie→schizophasie→言語新作へと進展する。その言語新作は方言を組み合わせたもので,Bobonは戯れの機制を指摘した。Bobonはさらに1952年には自説を集大成して,言語新作の全体像を整理する13)

研究と報告

精神分裂病における陽性症状と陰性症状の相関—SANSとPSE使用による症状分析

著者: 染矢俊幸 ,   増井晃 ,   入谷修司 ,   藤井正也 ,   世一市郎 ,   飯田英晴 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.123 - P.130

 抄録 慢性精神分裂病患者101名を対象とし,精神分裂病における陽性症状と陰性症状の相関について検討した。陽性症状の評価には症状群チェックリスト(SCL)から8項目を選択して用い,陰性症状の評価には陰性症状評価尺度(SANS)を用いた。その結果,(1)SANSによる陰性症状の評価はこれまでの報告に一致して十分に高い信頼性を持つことが示された。(2)陽性症状,陰性症状ともに複数のグループに分けられたが,陰性症状間の内部相関は大であった。(3)因子分析の結果,情動鈍麻,意欲低下と快感消失,思考の貧困,幻聴・自我障害,陰性症状の主観的評価,注意の障害,妄想の7つの因子が得られた。陽性症状と陰性症状には負の相関は認められず,互いに独立であった。(4)陰性症状は,病型,適応,入院期間,治療形態,過去1年の就労歴,家族支持の有無と強い相関を示し,経過に重要な意味をもつ症状であること,患者のおかれている状況を反映していることが確認された。

慢性精神分裂病の陽性症状と陰性症状

著者: 北村俊則 ,   島悟 ,   加藤元一郎 ,   岩下覚 ,   神庭重信 ,   白土俊幸 ,   藤原茂樹 ,   生田洋子 ,   加藤雅高 ,   神庭靖子 ,   飯野利仁 ,   生田憲正 ,   宮岡等 ,   武井茂樹 ,   樋山光教 ,   越川裕樹 ,   柘野雅之 ,   千葉忠吉

ページ範囲:P.131 - P.136

 抄録 慢性精神分裂病の入院患者を陰性症状評価尺度(SANS),Brief Psychiatric Rating Scale(BPRS),Ward Behaviour Rating Scale(WBRS)を用いて評価した。主要な陽性症状と主要な陰性症状の因子分析からは陽性症状,陰性症状が独立した因子を構成していた。しかしSANSの25項目の因子分析からは「機能の量的低下の因子」「自己評価の因子」「社会活動の障害の因子」「機能の質的変化の因子」「注意の障害の因子」の5因子が認められた。陽性症状と陰性症状は独立した2群を形成しているが,陰性症状はさらにいくつかの亜群に分けられる可能性があると推論された。

外来精神分裂病患者の受療状況について

著者: 橋本俊明 ,   猪狩中 ,   金英雄 ,   石井一彦 ,   井上道雄

ページ範囲:P.137 - P.143

 抄録 1968年から1970年までの3年間に大内病院を初診した典型的な精神分裂病患者のうち受診歴のない141例を選び,初診後15年を経過した時点で,遡及的に,社会適応度,受療状況,生物学的要因,社会的要因,状況的要因などについて検討した。(1)初診から3カ月以内は外来治療の危機的時期である。(2)脱落には"治療関係の破綻"の他に,病状が回復し,漫然と通っている患者が,自ら中止するという場合も多いことが推察される。脱落後,医療との関わりが全く断たれないように,治療者側で中断の恐れがあることを意識して診療にあたるべきである。(3)長期間,寛解状態で外来通院をしている患者については,治療終結をすることも考えねばならないだろう。(4)初期治療を乗り越え,治療関係の破綻を防ぐためには,発病後早期に医療に結びつけるような地域的,組織的サポートシステム,外来施設の充実,外来治療の工夫,早期受診を促すような啓発活動が大切である。

デポ剤による分裂病外来治療—日仏地方公立精神病院での調査結果から

著者: 藤井康男

ページ範囲:P.145 - P.151

 抄録 地域受け持ち制(sectorisation)が実施されているフランスのバッサン公立精神病院のservice(BASSENS)とこのような制度を持たない山梨県立北病院それぞれで,経口抗精神病薬からデポ剤移行に伴う分裂病の外来維持成績を調査した。対象例は経口薬で2年半以上維持治療(平均経口期間はBASSENS9年4カ月,北病院8年7カ月)して,その後デポ剤によって2年半以上維持治療した症例(平均デポ療間はBASSENS9年10カ月,北病院6年6カ月)であり,症例数はBASSENS18例,北病院52例である。
 デポ剤への移行後,どちらの病院においても年間平均入院回数は有意な変化がなかったが,年間平均入院期間は有意に(P<0.01)減少した。従って,我が国でもデポ剤を用いた積極的な病院外治療を行うと,治療環境が優れている諸外国と同様な入院期間短縮効果を認めることが明らかになった。

抗精神病薬長期服用患者におけるAkathisiaの研究

著者: 阪本淳

ページ範囲:P.153 - P.161

 抄録 精神病院に入院中で,精神分裂病の診断で抗精神病薬を1年以上継続的に服用している患者88名を対象に,一定の診断基準を用いてakathisiaの調査を行った。その結果,16名が確診例または疑診例に該当した。確診例の4名(4.5%)には明確な下肢の落ち着きのなさの訴えと特徴的な静止不能運動を認め,akathisiaと診断した。下肢の落ち着きのなさのみを訴える者は9名,主観的な症状は訴えないが,特徴的な静止不能運動が観察された者は3名で,それらの12名を疑診例とした。これら16名のうち,15名は最近1カ月以内の増量や変更と関係がない定常状態でakathisiaの症状がみられた。akathisiaの出現頻度は女性で有意に高く(χ2=4.75,p<0.05),akathisia群と対照群との間では服用している抗精神病薬の1日服用量などについては有意差は認められなかったが,平均年齢(t=3.92,t<0.025)と服用年数(t=4.41,t<0.025)はakathisia群で有意に高く,高年齢,女性,抗精神病薬の服用年数の長い患者でakathisiaが多くみられる可能性が推測された。

女子中学生に集団発生した過換気症候群について

著者: 野口岩秀 ,   渡辺敏也 ,   小川俊樹 ,   永田俊彦

ページ範囲:P.163 - P.168

 抄録 栃木県内の1中学校における運動部女子生徒9名に集団発生した過換気症候群について報告した。本事例はいわゆる「集団ヒステリー」と考えられ,以下のような特徴を有していた。1)主にハンドボール部内で伝播していった。2)症状が3年生から1年生に一方向的に伝播していった。3)多くの症例で発症に運動が関係していた。4)症例では年齢に比較してもやや未熟・依存的なパーソナリティが目立った。5)続発者の1例ではヒステリー傾向が強く,他の生徒に与えた影響が多かった。6)事例の終息には学校の休みの期間が重要であった。
 以上より,従来の報告と比較して事例の成立には集団の要因と個人の要因の重なり合いがあり,特に集団要因としての部活動が重要であると思われた。また,事例の中での「個」の病理と「集団」の病理の相互作用について考察を加えた。

短報

ネフローゼ症候群の治療中に生じたステロイド精神病の1例

著者: 上平忠一

ページ範囲:P.169 - P.172

I.はじめに
 ステロイドによる精神障害について,長期にわたる臨床症状と経過の報告の数は少ない。私達は,今回,精神病の既往を持たない51歳の主婦で,ネフローゼ症候群(微小変化型)にステロイド剤(プレドニゾロン)を投与し,抑うつから幻覚妄想,寛解後に,意識障害及び神経衰弱状態,幻聴など多彩な症状を呈した後に,自発性低下,無為,無関心,自閉,人格水準の低下など精神分裂病様欠陥状態を示したステロイド精神病の1症例を報告し,若干の考察を行った。

抗うつ剤による悪性症候群の1例—悪性症候群の「意識障害」に関する所見と考察

著者: 山下公三郎 ,   江原嵩 ,   姫井成

ページ範囲:P.173 - P.175

I.はじめに
 悪性症候群を惹起する薬剤には,抗精神病薬,抗うつ薬,抗コリン剤,各種麻酔薬等が知られているが,今回我々は,中等量の抗うつ剤内服により,高熱,意識障害,錐体外路症状からなる典型的な悪性症候群症状を示した症例を経験したので,その経過を報告すると共に,悪性症候群における脳波所見について考察した。

電撃療法が有効であった薬物治療抵抗性の妊婦躁うつ病の1症例

著者: 前久保邦昭 ,   島田武 ,   元村宏

ページ範囲:P.177 - P.180

Ⅰ.はじめに
 周産期精神障害の中で,精神科治療が最も困難と思われるのは,人工流産が許されていない妊娠7カ月以降に病状が増悪し,薬物治療に抵抗性を示す症例ではないかと思われる。今回,我々は妊娠後期に躁病性興奮錯乱状態となり,薬物治療抵抗性を示したため,やむをえず電撃療法(electroconvulsive therapy:ECT)を施行し,健児を得た症例を経験したので若干の考察を加え報告する。

周産期より抗精神病薬治療を開始した精神分裂病の1例—患者および新生児のHaloperidol血中濃度

著者: 松本三樹 ,   高橋三郎 ,   宮岸勉 ,   笠茂光範 ,   帰山雅人

ページ範囲:P.181 - P.184

I.はじめに
 周産期の患者に対して抗精神病薬を用いる場合,薬物の胎児への影響について十分に配慮し,胎児の安全に留意すべきことはいうまでもない。しかし,選択薬剤および投与量が胎児に与える影響に関する参考文献は少なく,しばしば児の安全に不安を抱きながらも薬物治療を開始せざるを得ないのが現状である。
 今回我々は,妊娠後期に精神分裂病が再燃し,haloperidol(以下HPDと略)治療中に出産した1症例を経験し,さらに,約1年9カ月にわたって児の経過を観察する機会を得た。そこで,本症例およびその新生児のHPD血中濃度を中心に報告し,薬物の胎児への影響について若干の考察を加える。

抗精神病薬によって生じた遅発性ジストニアの1症例

著者: 宮永和夫 ,   米村公江 ,   加藤雅人

ページ範囲:P.185 - P.187

I.はじめに
 ジストニアは抗精神病薬の錐体外路症状として急性期に認められるものであるが,今回我々は抗精神病薬服用中に発症し,服薬中止後も1年以上にわたって持続した遅発性ジストニア(tardive dystonia)の1症例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する。

資料

秋田県内4医療機関にみる長期在院分裂病患者の実態—社会復帰の視点から

著者: 近藤重昭 ,   久場政博 ,   新山喜嗣 ,   玉川純雄 ,   水俣健一 ,   小木曽洋三 ,   七海敏仁 ,   檀原暢 ,   稲村茂 ,   林進 ,   湊浩一郎 ,   稲庭毅 ,   橋本誠

ページ範囲:P.189 - P.195

I.はじめに
 精神分裂病は慢性化しやすく,治療もまた長期化する。しかも慢性期の欠陥状態は薬物の効果が余り期待できない病態であることが経験される。したがって,慢性分裂病患者の社会復帰の可能性とその限界について検討しようとするとき,欠陥状態にある患者固有の自己調整力・適応力の様式を考えた治療的対応と患者と環境間の精神力動から病態を左右する外的諸条件を改善する処遇が問題となる。両視点は精神障害者の社会復帰対策にとっていわば車の両輪のごときものである。共同研究に際して,我々はこのことをまず確認し合うとともに,前提条件の一つとして共通の分裂病観に立つようにした(実際には,G. Huberグループの提唱する精神分裂病モデルを学習した)。本稿は長期在院分裂病患者を取り巻く外的諸条件についての報告に限られるが,患者をいかに処遇すべきかの評価は検者の疾病観に強く依存するからである。
 慢性分裂病を主にした長期在院患者の実態に関する報告はこれまでも少なくはないが,総じて静的な現状分析が多いように思う3,4,8)。これに対して,我々は退院を阻害する外的諸条件,退院可能な患者に必要とされる中間施設の様態,さらに医療費からみた長期在院の問題点など,より動的な分析を試みた。

動き

精神医学関連学会の最近の活動(No. 4)

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.197 - P.214

 日本学術会議は,わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達をはかり,行政・産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的として設立されているものであります。会員は210名から成り,3年ごとに改選されます。1988年7月から第14期の活動が始まっておりますが,わたくしは13期から引き続き会員をつとめております。
 学術会議の重要な活動の一つに研究連絡委員会(研連と略します)を通して科学に関する研究の連絡をはかり,その能率を向上させることがあげられます。この研連は医学(第7部)領域には37あり,その一つに精神医学研連があります。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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