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雑誌目次

雑誌文献

精神医学31巻3号

1989年03月発行

雑誌目次

巻頭言

向精神薬による薬原性精神障害

著者: 挾間秀文

ページ範囲:P.222 - P.223

 私が精神科へ入局した当時(昭和31年),精神科病棟における治療は電撃療法・持続睡眠療法・インスリンショック療法のいわゆる精神科特殊療法が主体で,そのほか日常用いる薬剤は抗てんかん薬・眠剤以外は,およそプロムカリ,抱水クロラールの水薬に限られていた。そしてごく少数の初発精神分裂病患者に対しクロルプロマジンが慎重に,というより半信半疑に用いられ,それらの患者の多くに多少とも錐体外路症状が認められていた。その後抗精神病薬,抗うつ薬の評価が決まり,精神科臨床一般においては続々と開発される向精神薬の使用に大胆となって,投与される薬物量は次第に増えていった。そのような風潮の中で,ある研究会の席上某先輩がこの種薬剤を長期間使用して,安全性は大丈夫かと警告された。若い私には忘れられない言葉であった。
 医療処置の結果生じる不具合な事態に対し,医原性という言葉が用いられるようになったのはそれほど昔のことではない。最近では特に薬物の功罪に強く関心が向けられ,薬原性という言葉もできて薬物療法が一段と厳しく検討されるようになっている。向精神薬も例外ではない。

展望

てんかんの精神病状態

著者: 清野昌一 ,   井上有史

ページ範囲:P.224 - P.236

Ⅰ.まえがき
 第2次大戦後のてんかん精神病の研究の歴史はおおむね次のように辿ることができる。516例の挿間性精神病を集計して,精神運動てんかんと中心脳性てんかんについて精神症状の特徴を分析したDongier18),強制正常化の現象を見いだし,側頭葉てんかんの精神症状の類型化を試みたLandolt50)の業績が1950年代の頂点である。1960年代には,Slaterら84)が69例のてんかん精神病の分裂病様状態を詳細に分析し,これらが非特異的ながらてんかんの病的過程,特に側頭葉の病変に基づくことを指摘した。さらにFlor-Henry25)は,てんかん焦点の側方性が精神症状を決定すると報告し,機能的なてんかん過程そのものを精神病の病態と考えた。1970年代前半には,Bruens10)がさまざまな病態仮説を検証して,てんかん精神病はmultifactorialに考えるべきだと提唱した。
 その後,現在までの10年余のてんかん精神病の研究がどのような展開をみたのか,その大筋を辿るのが,本稿の目的である。

研究と報告

自閉症と感情障害—抑うつ状態と軽躁状態を繰り返した年長自閉症の1例

著者: 小林隆児 ,   村田豊久

ページ範囲:P.237 - P.245

 抄録 思春期に入ってから強迫症状が出現し,さらには抑うつ状態と軽躁状態を繰り返した現在21歳になる自閉症者の1例を報告した。本症例は筆者らが幼児期から経過を観察しているが,10歳から強迫症状が出現し,次第に無気力になるとともに白日夢,制縛状態などを呈するようになり,さらには抑うつ状態と躁状態を繰り返すまでに発展していった。こうした症状の推移を思春期の精神発達の視点からながめると,思春期に入ってから次第に自立の欲求や性衝動が高まっていったが,自閉症児のもつ適応性の困難さ故に病的退行が促進されるとともに依存欲求が強まっていった。しかし,アンビバレントな心性が強く,強迫的防衛を繰り返しながら,対象喪失を繰り返す度に抑うつ状態を呈していたと推定された。さらに本症例で特徴的であったのは,強迫と抑うつが極めて密接に関連しながら推移していたことから両者の力動には密接な関連がうかがわれたことであった。

1診断困難例をめぐる日米診断アンケートの分析

著者: 町沢静夫 ,   ,   伊藤順一郎 ,   飯田真

ページ範囲:P.247 - P.253

 抄録 典型的な診断困難例を日本の13の大学,およびアメリカの2つの大学と1つの研究所(カリフォルニア・ロスアンジェルス校およびサンフランシスコ校,ニューヨーク州立精神医学研究所)の精神科医に依頼し,日米の診断を比較した。アメリカではうつ病と診断する率が高いが,日本では主に分裂病と診断され,うつ病の診断はほとんどみられなかった。これはアメリカでは妄想型うつ病,ないし精神病像を伴ううつ病という概念が定着しているのに比し,日本では認めない傾向にあるためと考えられた。

遷延性うつ病者に対する精神療法—森田療法を起点として

著者: 北西憲二 ,   中村敬

ページ範囲:P.255 - P.262

 抄録 遷延性内因性うつ病者に対する森田療法的接近の対象の特徴及びその治療戦略とそれを支える治療理念について述べた。
 対象群の中核は単相性遷延群の強迫的観念的傾向の顕著のものである。その性格は弱力優位のメランコリー親和型に強力性の混入が認められ,その相克が遷延化の一義的な要因であると考えられる。

初老期における強迫—恐怖症状についての一考察

著者: 高岡健 ,   太田泰郎

ページ範囲:P.263 - P.269

 抄録 初老期にみられる強迫—恐怖症状の精神病理学的意義について検討した。このためにまず「状況構成」(Tellenbach,H.)という概念を検討し,これを3つの段階に分けた。すなわち第1段階=いわゆる病前性格,第2段階=狭義の「状況構成」,第3段階=病的な「状況構成」の3つである。次に各症例について「状況構成」の諸段階を考察し,それぞれの段階に発症前段階,強迫—恐怖症状の段階,うつ状態の段階が対応していることを示した。最後に強迫—恐怖症状にとどまる症例とうつ状態へ至る症例との比較検討を,内的条件(自己領域)および外的条件(家族領域・職業領域)について行った。
 この結果,初老期の強迫—恐怖症状は,うつ状態を回避するための「状況構成」のある段階を形づくっていることが明らかになった。かかる考察は,同じ時期にみられるうつ病の問題を考える上でも重要な手掛りを提供するものといえる。

Gilles de la Tourette症候群の1例—汚言症形成の精神病理に関する一考察

著者: 鈴木幹夫

ページ範囲:P.271 - P.278

 抄録 34歳の離婚歴のある女性で,多発性チックと汚言症を示すGilles de la Tourette症候群の1例を報告し,症状形成に至る経過を詳細に検討して精神病理学的に考察を加えた。
 本症例では,9歳から11歳まで多発性チックの既往があるが,22歳までは症状は消失していた。22歳頃から運動性チックと音声チックが再び出現し,常習飲酒や家族への暴力などもあって精神科に入院した。汚言症の形成過程をみると,反響言語-常同言語の段階を経て無意識的な汚言症が出現したように思われ,同様に運動性チックの症状形成についても,反響行為-常同行為の段階を経て不随意運動が形成されたと考えられた。汚言症と「汚動症」とでも呼ぶべき不随意運動の形成過程には類似の精神病理が認められた。本症例の特徴として,感情的記憶処理の障害と,学習が却って負の効果を生ずる傾向が存在することが指摘され,これが本症例の症状形成に関与しているように思われた。

拘禁状況において憑依状態を呈した2症例

著者: 村田浩 ,   糸井孝吉

ページ範囲:P.279 - P.284

 抄録 最近私達は,憑依状態を呈した,拘禁反応の症例を2例経験したので報告し,その特徴について考察を加える。
 症例1は,殺人を犯すという追い詰められた状況で発病しており,憑依状態は,困難な現実からの一時回避という傾向が,強く認められた。症例2は,幻聴による苦悶状態が長期間続いた後,突然憑依状態に移行した症例である。憑依状態は,葛藤状況を解消するための手段,という側面が強いと思われた。

10年後に複雑部分発作が出現したキシロカインショックによる健忘症候群の1症例

著者: 山田茂人 ,   中村純 ,   古賀照邦 ,   西彰五郎 ,   稲永和豊

ページ範囲:P.285 - P.289

 抄録 喉頭検査のためキシロカインでうがいをした直後から全身けいれんを伴うショック症状が数日続き回復後も非可逆性の強い健忘症状のみを残して経過するうち,約10年後に左側頭葉に棘波を伴った複雑部分発作が出現した1症例を経験した。その症状は笑い発作及び自動症が主で,少量のcarbamazepineが発作の抑制に効果を示した。

長期経過中に混合性結合組織病を呈した精神分裂病の1例

著者: 浅見隆康 ,   丹野ひろみ ,   中安信夫 ,   町山幸輝 ,   石川治

ページ範囲:P.291 - P.295

 抄録 症例は36歳の女性。29歳で緊張型精神分裂病に罹患し,3回の入院歴がある。34歳で混合性結合組織病(MCTD)に罹患,皮膚科入院し,抗精神病薬・ステロイド剤服用中,軽度の意識障害を基盤とする躁状態を呈し,精神神経科へ転科した。躁状態はクロルプロマジンの大量投与にもかかわらずMCTDの身体症状と平行して推移し,5カ月で消退した。2カ月後には反応性と考えられるうつ状態(持続3.5カ月,クロルプロマジン+スルピリド)がみられた。本症例の躁状態が,既往の精神分裂病の再燃や治療に用いられたステロイド剤によるものである可能性について検討し,MCTD自体によるものであると結論した。また,既往の精神分裂病の病像がMCTDの身体症状に先行するものである可能性についても考察した。

向精神薬服用中の女子精神疾患患者の出産について

著者: 田中雄三 ,   土屋均 ,   浜崎豊 ,   挾間秀文 ,   梅沢要一 ,   宮本慶一 ,   松田明子 ,   有田茂夫 ,   小村文明 ,   西田政弘 ,   松下棟治 ,   土井清

ページ範囲:P.297 - P.306

 抄録 向精神薬服用中の女子精神疾患患者の出産について自家例を中心に検討した。対象は,精神分裂病圏10名(児16名),躁うつ病圏3名(児3名),神経症圏4名(児6名),計17名(児の総数25名)である。
 1)精神分裂病圏の10名は,計16回の出産をし,妊娠期間中少量〜中等量の抗精神病薬を服用していたが,児16名に奇形を認めなかった。また,1名を除いて全例満期産であり,低体重児は認めなかった。全例とも現在のところ心身の発達は正常である。2)躁うつ病圏の3名は各々1回の出産をし,妊娠期間中少量〜中等量の三環系抗うつ薬を服用していた。児3名中1名に出生後けいれん発作と両側耳介折れ耳を認めたが,以後の心身の発達は正常であった。全例満期産であり低体重児はいなかった。3名とも心身の発達は正常であった。3)神経症圏の4名は計6回の出産をし,妊娠期間中少量〜中等量の抗不安薬を服用していた。全例に奇形はなく,満期産で低体重児はいなかった。アプガールスコアは,やや低値を示したが,以後の心身の発達は正常であった。

病院デイケアの特徴と問題点

著者: 小林宏 ,   清水道生 ,   北条愛子 ,   須藤米子 ,   高橋昌代 ,   石田まり子

ページ範囲:P.307 - P.312

 抄録 病院併設のデイケアが増加してきているがそれには長所と短所がある。当院の併設デイケア,3年間の概要を報告し,次いでそこでみられたスタッフの意識の変化を述べる。当初,「遊び集団」,「デイケア病」などということで戸惑ったが,その後メンバーの主体性を伸ばすべく,スタッフはあせらず,見守ることの大切さを感じるようになって安定した。
 次に入院患者のデイケア参加についてであるが,この実施により退院を促進し,その予後も比較的よいこと,また更にそれによって病棟グループ活動など,病院全体を活性化する効果もみられた。

短報

シンナー・覚醒剤の複合フラッシュバックによる殺人未遂の1例

著者: 小林一弘 ,   大原健士郎 ,   大原浩一

ページ範囲:P.315 - P.317

I.はじめに
 古くから,催幻覚薬,例えばLSD,cannabisなどは,薬物摂取中止後に無症状期を経て,薬物摂取時と類似した現象に陥ることが知られており,flashback phenomenon(以下フラッシュバックとする)と言われている。近年では,穏和幻覚剤に分類される有機溶剤や精神刺激剤に分類される覚醒剤でも同様な現象が認められたという報告が多い。今回,我々はシンナーおよび覚醒剤の乱用歴があり,幻覚妄想状態で殺人未遂を犯した1例を経験したので,薬物依存症およびフラッシュバックという観点から検討を加え,犯罪との関連にも多少言及した。

紹介

フランスの精神医療—国際的な共同体運動・ラルシュ

著者: 太田博昭

ページ範囲:P.319 - P.325

I.はじめに
 フランスの精神医療といえば,これまでSectorisation(地区化)を中心とする地域精神医療が注目の的であった。1960年代に国家政策として本格化した"地区化"を,この国の表看板とするなら,その影に隠れてほとんど言及されることはなかったが,着々と発展しているもう一つの運動がある。地区化政策が軌道に乗り始めた1964年8月,1人のフランス系カナダ人Jean Vanierと精神障害者が2人,パリの北方約80kmにある小さな村,Trosly-Breuil(Oise県)に住みついた。これが後のラルシュ共同体の始まりである。
 Jean Vanierは精神科医ではない。カトリックの信仰は厚いが,神父でもない。カナダ・ケベック州に生まれ,旧仏植民地時代のケベック総督を家系に持つ彼は,哲学,歴史学を修めた後,フランス各地の精神病院を訪れ,障害者と親しく交わるようになる。前世紀から延々と続いてきた収容主義が,未だ,地区化政策による地域精神医療の流れに取って替わられる以前のこと。当時のフランスの精神病院ばかりでなく,世界中の施設を訪れて,そこで出会った信じ難い光景が,彼の共同体運動の深い動機になっている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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