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再帰性発話をめぐる諸問題(1)—その失語学と精神医学的意味について
著者: 波多野和夫1
所属機関: 1国立京都病院精神神経科
ページ範囲:P.336 - P.343
文献購入ページに移動およそ言語の障害に関心を持つ者で,再帰性発話recurring utterance(以下RUと略す)を知らぬものはあるまい。近代失語学がBroca(1861)の報告をもって嚆矢とするならば,その幕を切って落したのは「タン」氏のRUであったと言える。その研究史は,Jackson(1879)によるこの語の定義と共に始まるが,現在に至るまでのその研究文献の少なさは,むしろ驚嘆に値するのではないだろうか。「失語学や神経心理学の教科書の多くがこの興味深い失語現象に言及しないのはさらに奇妙ですらある」(Poeckら,1984)。何故か。おそらくその最大の理由は,失語研究の中核的地位を常に占拠していたのが,「Wernicke-Lichtheimの失語図式」に象徴される連合心理学的局在論であったからである。「古典学派の伝統をつぐ失語学は現在でもなお知性主義的傾向が支配的で,その対象領域もほとんど言語の知性面に限定され,感性言語は軽視されている。言い換えれば知性言語の考察にふさわしい素材が選ばれているに過ぎない」と慨嘆したのは,もう40年も昔の小林八郎(1951)であった。この「伝統的思想」を現代に代表するGeschwind一派の「離断症候群」学説も,RUの問題に対してはほとんど何も語るところがないようにみえる。様々な中枢とその連合路が存在するとしても,それでは一体どこの「離断」によってRUの発生が説明出来るのであろうか。以下にみる通り,この領域の数少ない研究者達は,Jackson,Critchley,Alajouanineを始めとして,ジャクソニズムに依拠したり,何らかの言語学の立場に立脚するということはあっても,いずれも連合論には冷静な距離を置いていたのである。
本論ではまず失語学の枠内でRUを展望し,後半にその精神医学的意味と関連を検討する予定である。
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