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雑誌目次

論文

精神医学31巻5号

1989年05月発行

雑誌目次

巻頭言

激増する老年期痴呆をめぐって

著者: 宮坂松衛

ページ範囲:P.450 - P.451

 身近の同僚が家族と共に,年老いた親の介護に大変苦労しているのを見聞きすることが,最近とみに増えて来ている。私自身も3年ほど前,年老いた母を88歳であの世に送ったが,その前3年ほどは病院のベッドにねたきりの母を介護するのに,毎夜の附添いを含めて一家をあげて苦労をした思いがある。私の母は全く童女のようになって静かにねたきりであったので,まだまだ助かったが,徘徊・不穏など問題行動が加わるとご家族の苦労は大変なものと身に泌みて見聞きしている。老年痴呆の問題は,私自身の将来をも含めて,とても他人ごとには思われない。
 昨年の敬老の日(9月15日)の新聞発表と,最近の「厚生白書」や「国民生活の動向」によれば,日本の現在の「老人人口」(65歳以上)は,1,377万人であり,総人口の11.2%に当たる(そのうち85歳以上が101万人)。一昨年同時期が1,331万人,10.9%であったので,この1年間に47万人の増加をみ,またその前の1年間には46万人の増加をみている。この増加数は,実に,中型規模の県庁所在都市の人口に近く(例えば宇都宮市は約40万人),こうした都市の大きさに当たるものが老人によって毎年1つずつ増えて行くということは,考えてみれば誠に恐るべき現象と感じられる。またこの47万人の増加は,総人口の増加の89%に当たり,支えられるべき老人が支えるべき若年成人に比べて圧倒的に増えて行くことは,社会経済的にも大変な問題と考えられている。

展望

再帰性発話をめぐる諸問題(2)—その失語学と精神医学的意味について

著者: 波多野和夫

ページ範囲:P.452 - P.457

【ⅩⅠ】.RUの病変局在論
 全失語の病変局在を論じた研究は存在するが(例えば,Vignoloら,1986),RUに関する研究は少ない。
 Brunnerら(1982)およびWalleschら(1982)は「反復性言語行動」のCT病変部位について,Kornhuberら(1977,1979)の見解を継承し,特にその基底核との関連を研究した。彼らの定義する「自動症」と「RU」は,皮質病変だけでも基底核病変だけでも出現せず,ただ両者が組み合わさった時だけ,特に基底核とWernicke領野の両方を包含する病変例でのみ見出された。特にBroca領野については,それのみの病変でも,Broca領野病変に基底核病変あるいはWernicke領野病変を伴っても,「RUと自動症」は出現しなかった。彼らは基底核の「運動プログラム発生装置」(Kornhuber)としての役割とWernicke領野の代償不能な言語機能―Broca領野と基底核と補助運動野は言語機能に関して,その一つが損傷されると他の2者がその機能を代償するという仮説が提出されている(Brunnerら,1982)―との関連の中にRU発生機序を探索した。

研究と報告

入院森田療法中の危機と克服—2専門施設の比較

著者: 立松一徳 ,   北西憲二

ページ範囲:P.459 - P.465

 抄録 治療中の危機の現象を通して森田療法の治療過程を検討する試みとして,治療中断,放棄を考えた体験ないし入院中最も苦痛と感じた時期の体験に関するアンケート調査を慈恵医大,鈴木診療所の2施設において計105名を対象として実施した。
 その結果,両施設の間で軽作業期以降の危機とその克服の様相に顕著な相違を認めた。すなわち,慈恵医大においては,危機の内容として他患との対人的葛藤が中心となり,その克服には患者の内的な自己処理と共に治療者の因子が重要となることが多い。一方,鈴木診療所においては,作業を巡る葛藤が主となり,その克服に治療者が直接関与することは極めて少ない。この相違が,両施設の治療構造の差に基づくものであることを述べた。

森田療法における防衛処理の仕組みと治療構造の特徴について—箱庭療法との比較を通して

著者: 長山恵一

ページ範囲:P.467 - P.475

 抄録 箱庭療法の治療理論を援用しつつ,森田療法における防衛処理の仕組みと基本的な治療構造について論じた。精神分析の治療者は治療者・患者関係の中に転移という形で現れる患者の病理の破壊者でありながら,同時に他方では治療の場に安定した共感的雰囲気を醸し出す役割をも担っている。分析の治療者は心理的に相反するこれら二つの役割を自らの力で混乱なく区別し,処理していかねばならない。一方,箱庭療法や森田療法は箱庭とか作業といった道具を利用することで,上記の二つの治療的役割を無理なく区別し,患者の病理の解放や処理をそれら道具との「深いかかわり」の中で生起させようとする。森田療法は箱庭療法と同様,治療者が患者の病理を直接扱わないで済む分だけ,治療者が余裕をもって患者に接することができる。不問技法をはじめとする森田の様々な治療技法や構造は治療の場の共感的な雰囲気を安定的に保持し,患者を作業へと「深くかかわらせる」ようにシステマティックに組み立てられている。

カンナビス精神病と犯罪

著者: 滝口直彦 ,   石川義博 ,   大河内恒 ,   永江三郎

ページ範囲:P.477 - P.485

 抄録 カンナビス精神病下で窃盗を行った症例とカンナビス精神病下で暴力行為を行った症例について報告するとともに,従来わが国において議論されていなかった,カンナビス乱用と犯罪との関係について考察を加えた。
 文献的展望によれば,現在の時点では,カンナビスは攻撃性の発現や暴力犯罪とは無関係であるか,むしろ抑制するという説が有力である。しかしながら,カンナビス精神病など,ある特殊な状態においては,能動意識の低下から窃盗を行ったり,情性が欠如した中で攻撃性が昂進し,暴力行為を誘発する場合があることを述べた。また,以前わが国で発表されたカンナビス精神病の症例との類似から,カンナビスにも交差逆耐性が存在する可能性があることを述べた。
 今後,tetrahydrocannabinol(THC)を高濃度に含む特殊な大麻(シンセミラ)の流行と共に,カンナビス乱用が犯罪を引き起こす可能性が増加すると思われるので,注意を喚起したいと思う。

不良行為少年の有機溶剤吸引

著者: 渡辺登 ,   小松秀邦

ページ範囲:P.487 - P.494

 抄録 昭和57年から61年までの5年間に国立教護院へ入院した男子少年について,有機溶剤吸引少年と非吸引少年とに大別し,不良行為や家庭環境等を比較することによって,有機溶剤を吸引する不良行為少年の概略を明らかにしようと試みた。(1)入院少年270人(平均年齢13.6歳)のうち有機溶剤吸引が確認されたのは143人(53.0%)で,吸引開始年齢は平均で11.5歳であった。(2)吸引形態は集団吸引がほとんどで,吸引少年の91.6%は非行集団とかかわっており,非吸引少年より統計学的に有意に多かった。(3)入院少年のうち吸引少年の占める割合は59年の74.5%を最高として,年ごとに低下していた。(4)吸引少年は非吸引少年よりも自動車・バイク盗や恐喝,喫煙,飲酒などの不良行為を統計学的に有意に多くなしていた。(5)吸引少年及び非吸引少年とも実父母の揃っていたのが40%に満たず,養育態度や経済状態も不良であった。吸引少年は非吸引少年より兄姉の有機溶剤吸引が統計学的に有意に多かった。(6)不良行為少年たちが有機溶剤を吸引するに至った経緯について検討を加えた。

精神分裂病患者における家の認知

著者: 横田正夫 ,   高橋滋 ,   町山幸輝

ページ範囲:P.495 - P.502

 抄録 本論文では,精神分裂病患者における自分の家の認知を検討するために行った2つの研究を報告した。研究Ⅰでは,正常者27名を対象に,家の中のどの部屋で寝るかの描画(家の見取図)についてできるだけ多様な表現を求め,計9の基準となる表現パターンを得た。研究Ⅱでは,分裂病患者52名,正常者120名を対象に,同様の家の見取図をひとつ描画させ,得られた描画の主な表現特徴を研究Ⅰの表現パターンのいずれかに分類し,分裂病患者と正常者の両者の間で表現パターンの出現率を比較した。その結果,正常者ではほとんどが家全体(家表現)の平面図を描いたのに対し,分裂病患者ではそれが少なく,その分寝る部屋のみを独立に描く部屋表現が多かった。また,分裂病患者の家表現の平面図では家の枠組み内に自分の部屋のみを孤立させて描く特異な表現がみられた。このような部屋を独立あるいは孤立させる描画特徴は,全体を見渡して部分を統合的に位置づけることができないという認知障害を示唆する。さらに,分裂病患者の家表現の側面図では透視図あるいは平面図との混合がみられた。これは家の外部と内部をみる2つの視点が混在し視点の一貫性が保たれていないことを示し,現実世界と妄想世界を共存させる二重見当識に相通ずるもののように思われた。

抗精神病薬による「亜急性抑うつ反応」について

著者: 坂本暢典

ページ範囲:P.503 - P.510

 抄録 急性精神病からの回復過程で生じる,Postpsychotic depressionなどといわれるエネルギー水準の低下した状態の中から,抗精神病薬の副作用によると考えられる症例を取り出して検討した。その中で,ここで抗精神病薬による「亜急性抑うつ反応」と呼んだ,以下のような特徴を持つ,薬物の副作用による抑うつ気分の存在を示した。その特徴は①抑うつ気分に対する苦痛が強く,不安・寂しさを伴う。②この抑うつ気分は,抗精神病薬の投与開始後1〜3カ月目に,軽躁的状態にひき続いて,急激に生じる。③パーキンソン症状を中心とする錐体外路症状を伴う。④この錐体外路症状も,投与開始後1〜3カ月目に,錐体外路症状のほとんど認められない時期のあとに,急激に生じる。⑤これらの症状は抗精神病薬の中止や減量ですみやかに消失する。さらに,この亜急性抑うつ反応の症状を検討するとともに,他の成因によるPostpsychotic depressionとの鑑別についても論じた。

抗悪性腫瘍剤carmofurによる白質脳症と考えられた1例

著者: 生地新 ,   木村由里 ,   矢崎光保 ,   十束支朗

ページ範囲:P.511 - P.518

 抄録 経口的な抗悪性腫瘍剤carmofur投与中に重篤な中枢神経症状を示した39歳の女性の症例について,その臨床経過を報告した。
 症例は,乳癌の肺転移巣の切除5カ月後に,carmofur 600mg/日を投与され,投与50日後に異常行動を示し,1週間で寝たきりの状態となった。入院時の状態像は,睡眠覚醒リズムが保たれて,日中開眼しているにもかかわらず,呼びかけ等には反応がなく,広義の無動無言症あるいは失外套症候群と考えられた。CT上,白質のdensityの低下が認められ,特に側脳室前角周囲の低下が目立った。臨床所見とCT所見から,carmofurによる白質脳症と診断された。患者は,入院後,徐々に意志を示せるようになり,会話・歩行が可能となった。しかし,知能の低下が入院10カ月後にも残存し,前頭葉症状群と考えられる意欲の低下した状態も持続していた。その時点の局所脳循環検査では,脳全体の血流の低下が認められ,特に前頭部で低下が著しかった。

精神分裂病様症状を呈した46XX男性の1例

著者: 市川宏伸 ,   内山真 ,   岸邦和

ページ範囲:P.519 - P.525

 抄録 長期間にわたって,精神分裂病様症状を呈し,女性化乳房を有する,男子症例の染色体を調べたところ,46XXであった。臨床症状から,染色体が正常女子と同じで,両側睾丸を持ち,表現型が男子である症候群(46XX男性)と考えられた。精神症状は,これと身体所見が良く似ており,46XX男性との関連性が考慮されているKlinefelter症候群(染色体:47XXY)のそれと類似していた。この精神症状の基盤には,内分泌障害(身体的背景を持つ障害)が想定されており,これを示唆する1例として,性腺—下垂体—視床下部系の異常が挙げられている。Klinefelter症候群でみられる血中および尿中の性ホルモンの低値,睾丸の組織変性が,46XX男性でも知られており,本症例でも認められた。46XX男性では,精神分裂病様症状の報告はまだないが,Klinefelter症候群と同様の内分泌障害を持つ可能性があり,本症例の精神症状が,46XX男性に基づく特有のものと推測された。

親子に出現したspike-wave stupor

著者: 小畑信彦 ,   和田成治 ,   菱川泰夫 ,   湊浩一郎 ,   稲庭毅 ,   矢幅義男

ページ範囲:P.527 - P.534

 抄録 62歳の母と39歳の娘に類似の臨床症状と脳波所見を示すspike-wave stuporが出現した。両症例ともspike-wave stuporは30代後半に初発したものであり,1回の「発作」は2〜3日続き,極期にはほぼ無言無動となり,その間,脳波上は3Hz前後の棘徐波複合の連続が認められ,発作間欠期脳波では右前頭に限局する突発性徐波が出現するなどの類似点があった。
 娘には中等度の精神薄弱があり,学童期に初発したけいれん発作を合併しており,「発作」後にしばしば被害的内容の幻覚・妄想がみられた。母は普通の知能を持ち,他のてんかん発作を持たず,幻覚・妄想を伴っていなかった。娘では頭部CTによって著明な小脳萎縮が見いだされたが,母のCT検査では異常所見は見いだされなかった。母ではバルプロ酸によりspike-wave stuporが完全に抑制されたが,娘では有効薬剤は明らかにならなかった。これらが両者の相違点であった。

短報

銀杏中毒

著者: 野本文幸 ,   久保田文雄

ページ範囲:P.535 - P.538

I.はじめに
 銀杏中毒は,銀杏が東洋に分布することによるためであろう,本邦・中国・台湾での記述6,7,10)をみるのみである。患者は小児が多く,本邦の報告1〜5,8,9,11,15,18,19,21〜23,25〜27,29)では44例中10例(23%)が不幸にして死亡している。報告例は重症例が中心であろうから,高い死亡率は当然と考えられるが,それにしても看過できない数値である。
 近年,古来からの伝承「銀杏は食べ過ぎに注意すべき」との言葉も言い伝えられなくなってきた。これは一般人においても,小児やけいれんを対象に診療している精神科医にとっても問題であろうし,また,精神科救急診療の際にも心得ておくべき事柄である。しかし,銀杏中毒については周知徹底が不足しているのが現状であろう。

Neuro-Behçet症候群における髄液中Bradykininの検討

著者: 佐藤譲 ,   千葉茂 ,   福嶋隆一 ,   猪俣光孝 ,   宮岸勉

ページ範囲:P.539 - P.541

I.はじめに
 bradykinin(BK)は,炎症局所において過剰に産生されるchemical mediatorであり,末梢血管拡張,毛細血管透過性亢進,および疼痛惹起などの薬理作用を有するペプチドで,正常の血漿および髄液中には微量のBKが存在することが知られている1,4)
 BKの産生機序は,血液凝固系の反応と密接に関連しており,凝固第【Ⅻ】因子の活性化で生じたKallikreinが,KininogenからBKを遊離させることによって生成される。一方,産生されたBKは,分解酵素であるKininaseによって速やかに不活化されることが知られている1)。近年,BKの生成と分解に関与する酵素に対する阻害剤(EDTA,1-10-phenanthroline,Trasylol®,sogbean trypsin inhibitor,polybrene)を用いることによって,より正確なBKの測定が可能となり6),いくつかの病態の血漿中や髄液中のBK値が検討されるようになった2〜4)

古典紹介

Richard Asher:Munchausen's Syndrome ミュンヒハウゼン症候群

著者: 加藤佳彦 ,   飯田眞

ページ範囲:P.543 - P.551

 ほとんどの医者が出会っているにもかかわらず,それに関してほとんど記載されたことのないありふれた症候群についてここに述べる。この病気に冒された人は,あたかもあの有名なMunchausen男爵のように常に広範囲にわたっって旅行し,そしてその患者の話は男爵の話のようにドラマチックでありまた偽りでもある。それ故にこの症候群は男爵にちなんで名付けられ,彼に献呈されるものである。
 この症候群の患者は,もっともらしくそして劇的な話を伴い,明らかな急性疾患により入院する。けれども普通この患者の話は大部分が虚偽で作り上げられており,更に彼が驚くほど多くの他の病院を訪れ,だましたかが明らかになる。そして彼はほとんどいつも医師と看護婦に激しく苦情を呈した後,助言に反して退院するのである。この状態にとりわけ特徴的な点は,非常に多数の腹部の瘢痕である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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