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雑誌目次

論文

精神医学31巻8号

1989年08月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科医に必要な内科学

著者: 渡辺昌祐

ページ範囲:P.792 - P.793

 近年,医師の増加と共に,精神科医も次第にその数を増しつつあることは大変喜ばしいことである。精神病院に勤務する精神科医も都市部以外の地域を除き,ここ数年次第に充足されてきているように思われる。
 先日,筆者の教室員が勤務させていただいている旧友の某病院長が来訪され,当方から出張したY君(卒業後3年目)の活躍ぶりにおほめの言葉をいただき,大変快い気持ちになった。

展望

認知療法

著者: 大野裕

ページ範囲:P.794 - P.805

I.はじめに
 認知療法Cognitive Therapyとは,人間の認知の過程に焦点を当て,その歪曲部分を修正することによって症状消失をはかる一種の短期精神療法であり,抑うつ状態,不安性障害,恐慌障害等の精神科疾患に対するその効果が注目を浴びている。とくに,米国では数多くの臨床研究が積み重ねられ,うつに対する認知療法,対人関係療法Interpersonal Psychotherapy47),薬物療法の効果の比較研究がNIMH主導で行われ,生物学的志向性が非常に強まってきている1988年のアメリカ精神医学会(APA)総会でも認知療法のシンポジウムが開かれて好評を博し,それを受けてAPAの年間のまとめであるAnnual Review 1988年版で特集17)が組まれている。さらに,1989年にはロンドンで第3回国際認知療法学会が開かれることを考えると,この治療法を紹介することは,わが国の精神医学の発展のためにも意義があると考える。

研究と報告

精神分裂病の情報処理障害と陰性症状

著者: 高橋和巳 ,   池沢明子 ,   加藤雅紀 ,   増井寛治 ,   岡本克郎 ,   山田寛

ページ範囲:P.807 - P.814

 抄録 精神分裂病の情報処理障害を表す指標として,単純反応時間のパラダイムに出現するRTX現象(reaction time crossover pattern)と変動係数の異常を取り上げ,これらと陰性症状の関連を調べた。対象はICD-9により残遺分裂病と診断された患者30名および性,年齢をマッチングした正常対照群20名である。従来よりRTX現象は過程分裂病患者の60〜70%に,高危険児群の30〜40%に出現すると言われているが,我々の研究でも患者群の70%(30名中21名)に観察された。陰性症状との関連ではRTX現象(+)群は(-)群に比較して,陰性症状評価尺度の主観評価項目を除く25の下位項目のうち23項目で高得点を示し,このうち特に快感消失・非社交性の項目群で有意差を示した。また,患者群は全員が変動係数の異常を示し,この指標はさらに陰性症状の得点との関連が強かった。最後に,2つの情報処理指標と分裂病の自閉性及び重症度の関連について考察した。

慢性精神分裂病患者における病棟内のくつろぎ場所

著者: 横田正夫 ,   依田しなえ ,   町山幸輝

ページ範囲:P.815 - P.821

 抄録 8年以上長期入院の慢性精神分裂病患者56名を対象に,病棟内のくつろぎ場所を言語的に場所名をあげさせる方法(再生法:研究1)と病棟の見取図上に印をつけさせる方法(再認法:研究2)とで検討した。研究1と2のいずれもくつろぎ場所を自由に報告させる自由報告条件,ついでいずれの場所が最もくつろげる場所であるかを選択させる強制選択条件より構成された。これら研究1と2は6カ月の間隔をあけて実施された。その結果,ほとんどの患者(研究1 87.5%;研究2 94.6%)がひとつ以上のくつろぎ場所を報告し,そして最も報告数の多かった場所は自分の病室であった(研究1 42.9%;研究2 62.5%)。また,研究2の強制選択条件でくつろぎ場所として自分の病室をあげた患者のうち研究1でも同じ場所を報告したものは48.5%であった。以上のことからかなりの患者は自分の病室でくつろぎを体験しているが,それは長期にわたって安定せず変動しやすいものであることが知られた。

リチウムとカルバマゼピン併用療法時の脳波所見とその臨床的意義

著者: 原田豊 ,   岸本朗 ,   浜副薫 ,   水川六郎 ,   杉原寛一郎 ,   久葉周作 ,   杉原克比古 ,   小林孝文

ページ範囲:P.823 - P.831

 抄録 感情病圏内の疾患にてリチウム・カルバマゼピン(Li-CBZ)併用療法を受けている症例36名について,その安全性を調べるために,脳波検査を施行し,検討した。
 ①Li-CBZ併用時,異常脳波所見の認められたものは36例中31例(86%)であり,徐波化は30例(81%)に,発作性律動異常は9例(25%)に認められた。②併用時の脳波異常出現率とCBZの1日量との間に有意の関係(p<0.05)を認めたが,血中Li濃度やLiの1日量については有意の関係は見出されなかった。③α帯域波の所見としては,併用前の脳波所見と比較して,頻度の減少,振幅の増大,出現量増大がみられた。④併用時にみられる脳波異常はLiとCBZ,とくに後者によってもたらされる徐波の出現が強く反映されたものと思われ,α帯域波の変化についてもLiとCBZの相加的な影響が表れているものと考えられ,相乗的もしくは各々単独の脳波所見からかけ離れた所見は観察されなかった。

Diphenylhydantoinによると思われるAkinetic Mutismの1例

著者: 明石俊雄 ,   大沼悌一

ページ範囲:P.833 - P.838

 抄録 Diphenylhydantoin(PHT)の慢性中毒によると思われるAkinetic mutismの1例を報告した。症例は5歳時てんかん発作が初発し,Lennox症候群として治療を受けていた男性で,PHTの長期服用歴がある。33歳時精神運動性興奮を抑制する目的でレボメプロマジン50mgが筋注されたが,その後急性の小脳性失調症状が出現した。若干の寛解を示すも,結果的には不可逆的経過をたどり,無言,嚥下障害,痛覚脱失,両便失禁,などを主症状とするいわゆる寝たきりの状態に陥った。経過中,PHTなどの抗てんかん薬の血中および髄液中濃度は常に正常範囲内であった。PHTは現在でも最もよく使われる抗てんかん薬の1つであり,本例のごとき症例は稀ではあるが無視できない。PHTのCNSにおける副作用報告例と比較しつつ,その原因について考察した。

小脳歯状核グルモース変性を呈した遅発性ジスキネジアの1剖検例

著者: 種田雅彦 ,   伊藤ますみ ,   山下謙二 ,   安田素次 ,   木村直樹 ,   駒井澄也

ページ範囲:P.839 - P.844

 抄録 症例:82歳,男性。31歳時,幻聴・関係被害妄想が出現,精神分裂病と診断され,以後入院が継続していた。59歳時より系統的薬物療法を開始。77歳時より舌の捻転を主体とする遅発性ジスキネジアが出現。82歳時,肺炎にて死亡した。
 中枢神経系の剖検所見では,大脳皮質・白質・基底核には特異的所見は認められなかった。小脳ではPurkinje細胞に著変はなかったが,歯状核神経細胞は,胞体の萎縮及び軽度腫大のほか,胞体周囲に軽度嗜銀性の微細顆粒状・小斑状・リング状構造が多発し,グルモース変性の所見を呈していた。

TRH単独欠損症に肝性脳症を合併した1例—TRH-T及びTRHアナログ(DN-1417)による治療効果を中心として

著者: 坂元俊文 ,   竹下久由 ,   加藤明孝 ,   高須淳司 ,   川原隆造 ,   挾間秀文 ,   石飛和幸

ページ範囲:P.845 - P.852

 抄録 肝性脳症の経過中に,TRH単独欠損症の合併が発見された1女性例を経験した。症例は56歳女性,ウイルス性肝炎による肝硬変に伴い,意識障害を背景とした活発な幻覚・妄想状態を呈し,加療により意識障害は改善したが,その後断続的に出現する幻聴及び二次性妄想などが認められた。本症例に対して,TRH-T 24mg/日を途中1週間の休薬期間をおいて,1カ月間連続投与したところ,投与1週間後より,中止後も1カ月間にわたり良好な経過であった。その後の症状再燃に対して,TRHアナログ(DN-1417)を投与したところ,TRHには劣るものの同様に症状改善傾向が認められた。

四丘体槽クモ膜嚢腫を伴う入浴てんかんの1症例

著者: 本橋一夫 ,   諏訪克行

ページ範囲:P.853 - P.860

 抄録 四丘体槽クモ膜嚢腫と推定されるspace occupying lesionを伴う入浴てんかんの1症例について,臨床・脳波・CT・脳血管写所見を報告すると共に,発作誘発試験を行って誘発因子を分析し,発作発生機序にも言及した。
 発作型は複雑部分発作で,二次性全般化する場合がある。誘発因子としては,温覚刺激・触覚刺激・生理的高体温や激しい運動による代謝性変化が必要で,視覚刺激の有無に左右される。入眠時脳波で,右側頭頂部から後頭部にかけてsmall spikeを伴う徐波がみられ,発作時には,高振幅徐波が全般性に出現した。VAGで,四丘体と小脳虫部の上部に嚢腫によるmass effectが認められ,本例が視覚刺激に過敏性を有していることから,四丘体のうち上丘が発作発生機制に関与しているものと推察された。

失行および失書を主徴とする1例—神経心理学的,脳局在の検討

著者: 横井晋 ,   堀口裕

ページ範囲:P.861 - P.867

 抄録 54歳の女子,右利き,52歳頃より記銘力障害が著しくなった。入院精査の結果,神経心理学的に構成失行,観念運動失行,失書が著しく,これとともに時計,地誌,方位の失認が認められ,ゲルストマン症状群として手指,左右に若干の障害があり,失算が目立っていた。文字の読みは可能ながら文章の読みはやや困難であった。神経学的には一般動作がやや緩慢であること,右視野の欠損,左視野の狭窄がある以外に特に異常はなく,脳波は一般的徐波化を認め,CT scanにより左上側頭回,縁上回,角回に低吸収域があり,その他後頭葉鳥距溝の左右皮質領域に,また右内包の一部に小梗塞巣がみられた。
 失書,時計,地誌,方位の失認について文献例と比較検討し,これら症状は患者にみられたゲルストマン症状群,身体図式の障害が背景となっていることが推測された。人の書字,模写,構成行為を考える上で,その機構としての図式を提案した。

中国残留日本人孤児帰国者子弟にみられたCapgras症候群—引き裂かれた自我

著者: 橋村金重 ,   岡田理之 ,   加藤光彦 ,   清水博 ,   渡部多聞 ,   宮本宣博

ページ範囲:P.869 - P.874

 抄録 中国残留日本人孤児が永住帰国に際し,日本に連れ帰った息子にみられたCapgras症候群について報告した。その成立機転として,日本政府により迫害されるとの妄想が関与していると考えられる。症状,発症年齢を考慮すると,基礎疾患は精神分裂病と考えられた。抗精神病薬に反応し,替え玉妄想の対象となった家族との頻回の面会および外出の経験の後,妄想は急速に消失した。本例は,中国残留日本人孤児の子供が帰国後まもなく発症したという点において,広く文化摩擦という状況の関与した精神障害として捉えることができる。今後我が国において増加が予想される中国残留日本人孤児及びその子弟の永住帰国における精神衛生上の問題という観点から若干の考察を加えた。

岐阜県飛騨地方における精神障害の推移—精神病院初回新入院患者の30年間の統計

著者: 加藤秀明 ,   白河裕志 ,   広瀬靖雄 ,   須田圭三

ページ範囲:P.875 - P.881

 抄録 須田病院(岐阜県飛騨地方に存在する単科の私的精神病院)へ初めて入院した初回新入院患者を,開設以来現在までの30年間にわたってその推移を検討し,以下の結果を得た。
 1)総数の変化は少ないが,30歳代以下が減少し,70歳代以上が増加している。2)減少しているのは精神分裂病,進行麻痺,人格障害である。3)増加しているのはアルコール症と老年期痴呆である。4)てんかんと精神発達遅滞はやや減少しているが,一定数の入院はある。5)その他の疾患には大きな変化はない。

短報

発熱を伴う昏迷状態を繰り返し炭酸リチウムによる再発予防効果を認めた1症例

著者: 橋詰宏 ,   岡野寿恵 ,   井上新平 ,   須藤俊次郎 ,   須藤浩一郎

ページ範囲:P.883 - P.885

I.はじめに
 我々は,周期的に発熱を伴う昏迷状態を繰り返した症例に対し,炭酸リチウム(以下リチウムと略す)が再発予防に有効であった症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

Pure amnesic syndrome 2症例—言語記銘における連想機能の役割

著者: 深谷仲秀 ,   千田光一 ,   高須俊明 ,   野上芳美 ,   後藤昇

ページ範囲:P.887 - P.890

I.はじめに
 健忘症候群はKorsakoff症候群とpure amnesic syndromeの2つに分類可能で,後者は,ほぼ純粋に記銘力障害を呈し,作話や他の高次機能障害がないと定義される6)。実際に純粋に記銘力障害のみを呈する例はまれと考えられるが1,3,4),我々は2例のpure amnesic syndromeを経験した。記憶に関する神経心理学上の特徴を明らかにする目的で,数種類の神経心理学検査に加えて,我々が工夫した記銘力検査を行い,その障害の病態を検討した。また,画像上の病変より,両者に共通する責任病巣についての考察を行った。

抗てんかん薬を服用中のてんかん患者における骨塩量—dual photon absorptiometryによる測定

著者: 上地弘一 ,   小椋力 ,   勝山直文 ,   大田豊 ,   乗松尋道 ,   吉川朝昭

ページ範囲:P.891 - P.893

I.はじめに
 抗てんかん薬の有害反応(副作用)として,骨軟化症,くる病など骨に対する影響が報告されている2,4)。そしてこれらの骨変化に関連する検査所見として血清カルシウム・リン・アルカリフォスファターゼの異常が知られている6,7)。しかしその出現機序,出現頻度などは不明である。
 著者らは,新しい骨塩量の定量法として注目されているdual photon absorptiometry(以下DPA法と略記)を用いて,抗てんかん薬療法中のてんかん患者の骨塩量を測定したので,その結果と服用した抗てんかん薬,血清カルシウム値などとの関係について述べ,本法の有用性について考察したい。本法を用いて抗てんかん薬療法中のてんかん患者の骨塩量を調べた報告は著者の知る限りわが国ではない。

動き

「第11回日本生物学的精神医学会」印象記—新しい刺激が求められる生物学的精神医学

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.895 - P.895

 第11回日本生物学的精神医学会が3月24,25日の両日,東京・平河町にある日本都市センターにおいて開催された。一般演題数は118題で口演がA,B会場であわせて78題,ポスターも2会場に分かれて40題であった。この他に第一日目の午後に教育講演が行われ,また二日目の午前にシンポジウムが行われた。分野別に発表内容をみると,臨床研究が76題(64%),基礎的研究が42題(36%)であった。
 臨床研究を方法論別に分類すると神経生理・神経心理学的手法を用いた研究が36題(48%),神経化学・精神薬理的手法を用いた研究が26題(35%),臨床的検討・疫学,遺伝学的検討その他が14題(17%)であった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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