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雑誌目次

論文

精神医学31巻9号

1989年09月発行

雑誌目次

巻頭言

総合病院精神科の設置を望む

著者: 松本啓

ページ範囲:P.902 - P.903

 数年前から役職上,県や市などの地域医療についての会合に出席することが多くなった。その際,私が感じることは,これらの会合へは役職という立場での出席なので,これらの席上で話題となる一般診療科中心の話は,一応抵抗なく受けとることができるが,立場を変えて,精神科医としてみると,会合で取りあげられる総合医療や地域医療などの中に精神医療の問題はほとんど含まれておらず,いつも枠外扱いにされているように感じられる。したがって,多くの場合,会議の委員の顔ぶれをみても精神科医を余りみかけない。21世紀の医療の最大の課題は老年医療対策であることは論をまたないところであり,それは心身両面の健康を保持することに主眼が置かれなければならないと思う。我々精神科医と同じく,医学生時代に精神医学の教育を受けたはずの医師の会合でさえ,ほとんど精神医療や精神衛生については別扱いであるから,医師以外の人々の会合では,まず話題となることはない。近い将来に,国民の多くは80歳以上まで生きることになるであろうし,そのようになれば,痴呆老人が国中にあふれるようになることも架空の話ではなくなるように思われる。したがって,精神医療を抜きにしては片手落ちであり,今から精神医療を含めた総合的な心身両面からの医療対策をたてていかなければ,手遅れとなるであろう。
 他方,我々精神科医にも問題がないわけではない。もっと自分の殻から抜けだして,一般診療科と協調していく姿勢を示す必要があり,精神科だけは別だという感覚を精神科医自身が捨て,身体疾患を取り扱う一般診療科と協調して,積極的に総合医療や地域医療などに参加するように努めなければならない。

展望

神経症の臨床遺伝学的研究

著者: 佐藤新 ,   飯田眞 ,   佐久間友則 ,   佐藤哲哉

ページ範囲:P.904 - P.917

I.はじめに
 おそらく多くの精神疾患は,単独に環境だけが作り出すものでもなければ遺伝のみで規定されているということもなく,遺伝と環境の複雑な相互作用gene-environment interactions74)によって,はじめて我々の前に現れてくる。例えば飯田(1983a)35)は次のように記す。
 「氏か育ちか」という言葉が示すように,人間の個人的特徴を決定するものが,親から子に伝達される遺伝物質であるのか,個体に作用する環境条件であるのかをめぐって,これまで絶え間なく,二者択一的な論争が繰り返されてきた。

研究と報告

大麻精神病の6例

著者: 徳井達司 ,   米元利彰 ,   岩下覚 ,   樋山光教 ,   稲田俊也 ,   三村將 ,   鈴木義徳 ,   川口毅 ,   川井尚 ,   栗原和彦

ページ範囲:P.919 - P.929

 抄録 大麻の長期乱用による大麻精神病の6例を経験したので報告した。発病にいずれも連続大量使用かTHC高濃度の製品を使用しており,発病の契機に心理,状況的要因の関与が目立った。病像的には中毒性精神病の特徴をもち,無動機症候群,幻覚妄想状態が全例に認められた。これに意識変容,知的水準低下,気分欲動の変化,衝動異常,観念湧出,散乱等が加わり,組み合わさって経過した。精神病体験の持続は治療開始後1〜3カ月であったが,その間病状の改善は動揺を示し,フラッシュバックの挿間もみられた。陽性症状が消褪しても無動機症候群は多かれ少なかれ残遺するのが常で,3カ月以上経過後も完全に回復に至らない例もみられた。施用者の生活状態や臨床的所見から,場合によっては慢性人格障害に移行する可能性も示唆された。

双極型躁うつ病の躁状態における殺人未遂の1例

著者: 中谷陽二

ページ範囲:P.931 - P.937

 抄録 双極型躁うつ病の躁状態で殺人未遂を行った1精神鑑定例を提示し,従来報告例が少なかった躁病者の暴力犯罪について考察した。症例を性格,病像,対人関係の側面から検討し,犯罪機制との関連を明らかにした。症例は40歳の主婦。発病は19歳で,非定型病像に始まって次第に定型的な躁とうつの循環が規則的となり,中間期が不明瞭となる。躁病相の経過中,冷淡となった愛人に対して脅迫的に関係維持を強要し,拒絶する相手に故意に車を衝突させた。1)性格像は外向性,社交性とともに熱中性,落ち着きのなさ,自己中心性が著しく,マニー型の特徴を示す。2)躁病相の病像は爽快一高揚と刺激一易怒性の両面性をもつ。3)対人関係様式と犯罪機制:他者を支配,独占しようとする対人関係を「暴君的依存」ととらえた。依存性が脅かされる状況において刺激一易怒性の亢進,攻撃的一好争的行動の尖鋭化が生じ,依存関係の破綻を直接契機として犯行がなされたと考えられた。

神経心理学的検査による分裂病性痴呆とアルツハイマー型老年痴呆の比較

著者: 中川敦子 ,   鳥居方策

ページ範囲:P.939 - P.945

 抄録 いわゆる分裂病性痴呆と老年痴呆の異同を検討するため,長谷川式痴呆診査スケールによりほぼ同程度の知的機能の低下を有すると判定された慢性分裂病者群ならびにアルツハイマー型老年痴呆患者群に対して,概念形成・推理,絵画配列,およびRavenのColored Progressive Matricesの3種類より成る問題解決課題,ならびに記憶課題により構成される我々独自のテストバッテリーを施行した。その結果,老年痴呆群においては記憶障害が目立つのに対し,いわゆる分裂病性痴呆では問題解決能力の低下が比較的高度であることがわかった。なお,両群における問題解決能力の低下の差異を最も有効に検出するためには,至適の課題難易度が要求されるように思われた。また,老年痴呆患者の問題解決能力の低下には記憶障害がかなり関連するのに対し,分裂病者の問題解決能力の低下は記憶障害とはほぼ無関係であると判定された。

小児自閉症評定尺度日本修正版(CARS-JM)—その信頼性および妥当性

著者: 栗田広 ,   勝野薫 ,   三宅由子

ページ範囲:P.947 - P.954

 抄録 Schoplerらによって開発された小児自閉症評定尺度(Childhood Autism Rating Scale,CARS)の日本修正版(CARS-JM)を,167人の発達上の問題を有する16歳以下の子供に施行し,評価者間信頼性と6種類のDSM・皿診断カテゴリーを外的基準とした分類および判別妥当性を検討した。2人の独立の評定者によるCARS-JMの評定は,15の下位領域得点と総得点でほぼ十分な評価者間信頼性を示した。またCARS-JMの総得点は,6種類のDSM-Ⅲ診断カテゴリーの間で,知能指数以上に十分な分類および判別妥当性を示し,また自閉性の全体的評定との間でも十分な併存的妥当性を示した。CARS-JMは原版と同様な有用性を有し,幼児自閉症とその近縁の発達障害の臨床的診断の資料として,またスクリーニングや経過の追跡などにも使用可能と思われた。

精神分裂病における挿話性病理現象の症候学について

著者: 佐藤田実

ページ範囲:P.955 - P.964

 抄録 発作性挿話性の現象を呈する多数の症例を基にして,この現象の症候学的特徴とその概念規定について検討して,考察を加えた。症例収集の際は,症状が発作性に出現し,患者が自己違和的な構えを取ることを条件とした。対象は分裂病65症例,非分裂病4症例であった。発作の精神症状の中では,知覚性症状が一番多いが,その他狭義の思考障害,陽性・産出性症状,感情性症状などがあり,多様であった,また,発作に急性錐体外路症状が随伴した症例は42%あった。そして,発作性挿話現象は,抗精神病薬の減量により,症状内容には関わりなく,消退した。
 精神症状に伴う錐体外路症状が見逃されやすいこと,本現象の全貌を把握する症候概念が従来なかったこと,本症候の定義は,症状内容よりも発作性,自己違和性を条件にすべきであること,本現象は分裂病に特異とはいえず一つの症候群であることを考察し,最後に,本現象の成因論などについて述べた。

作話の質問表による研究—作話における聴覚・言語的連想の脱抑制について

著者: 兼本浩祐 ,   兼本佳子 ,   濱中淑彦

ページ範囲:P.965 - P.970

 抄録 12人の臨床的に作話症状を示した患者をMercerら(1977)の質問紙を修正した28項目からなる構造化された質問表及び修正三宅式記銘力検査を用いて検査した。その結果,作話症状は,見当識及び健忘症状の程度とは比例せず,更に近時記憶に属する事柄に関する質問が最も作話を誘発しやすかった。また,近時記憶と関連する問いに対して最も高い率で作話症状をみせた3人の被検者が共に修正三宅式記銘力検査において他の被検者には観察されなかった聴覚・言語的な誤りをおかしたため,この所見の意味について考察を加えた。発生的により新しいとされる意味的結合(Piaget,1923)が,発生的により古いとされる聴覚・言語的結合を抑制できなくなることが,作話発現になんらかの意味をもっている可能性を示唆した。

慢性分裂病患者にみる基底症状と「病に対する態度」について

著者: 近藤重昭

ページ範囲:P.971 - P.978

 抄録 リハビリテーションの観点から,慢性分裂病の欠陥について,G. Huberらの手法を用い,欠陥の患者主観体験である基底症状と「病に対する態度」の関連を考察した。基底症状の中では直接的マイナス症状と認知性思考障害のカテゴリーに属するのが多かったが,基底症状自体は患者人格から遠く,疾病非特異的で,ヨソモノあるいは障害するものの性格をもち,体験内容も共感が得やすい。社会復帰は欠陥をいかに克服し,自己調整するかにかかるともいえるが,それには基底症状を障害として自覚し,克服の行動様式を多様化すること,また習得した行動様式を普遍化し,新しい状況での実行振替えができなければならない。この推進役が疾病意識であり,しかも基底症状の段階が疾病意識獲得の体験基盤となり得るのである。以上から,リハビリテーションには精神力動的操作に加えて,欠陥を基底症状(基底体験)から把え直し,疾病意識を醸成する個別的学習が必要であろう。

治療経過中に特徴的なSPECT像を呈したてんかん精神病の1例

著者: 窪田孝 ,   地引逸亀 ,   山口成良 ,   辻志郎

ページ範囲:P.979 - P.986

 抄録 左前頭側頭部の脳器質性変化を原因として発症した,てんかん精神病の症例を報告した。精神症状の発現機序として,左前頭側頭部にみられる発作性異常波より,temporolimbic systemのてんかん原性脳機能異常が考えられた。症状は意識レベルの低下を背景とした幻覚妄想,錯乱,興奮,汚言といった精神症状と,尿失禁,歩行障害,右手運動拙劣といった神経学的症状がみられた。SPECTによるrCBFの測定で治療経過により経時的な変化が得られ,左limbic systemのみならず,左半球の広い脳部位の機能障害による症状が考えられ,治療後に特徴的な関連脳部位でのrCBF低下が認められた。
 CBZによる治療が著効を奏したが,これは精神病様症状に対して,CBZの抗てんかん作用も含めたlimbic systemに対する特異的な作用機序によるものと考えられた。

鎮咳感冒剤および抗ヒスタミン剤依存を示した1症例—鎮咳剤依存形成に関する薬理学的考察

著者: 前田潔 ,   新谷猛

ページ範囲:P.987 - P.990

 抄録 鎮咳感冒薬と抗ヒスタミン剤依存の1例について報告した。この症例は偶然,この二つの薬を同時に服用することによって各々を別々に服用した場合に比べて,はるかに強い効果が得られることに気づき,疲労をとる目的で常用量の6〜12倍を連用していた。連用を中断すると激しい倦怠感,発汗,嘔気,めまいが7〜10日続いた。この症例の依存形成の過程から,社会的に大きな問題となりつつある鎮咳剤ブロンの依存形成について考察した。鎮咳剤の乱用はほとんどブロンによって生じており,他の鎮咳剤との配合の違いが,連用される理由と考えられた。特にクロルフェニラミンがジヒドロコデインやメチルエフェドリンの作用を増強することによって,依存形成を促進するのではないかと考えられた。

短報

無脳梁症を伴ったてんかんの1例

著者: 鶴紀子

ページ範囲:P.993 - P.996

I.はじめに
 近年,磁気共鳴画像Magnetic Resonance Imaging(MRI)の出現により,これまで難しかった脳梁の形態がそのまま描き出され6),CT所見での第Ⅲ脳室高位所見と併せて,脳梁の異常を容易に認めうるようになって来ている。
 脳梁無形成がありながら,神経学的所見や知的欠陥を認めない例の報告4,9)もあり,神経心理学的検査でも離断脳症候群をさほど認めない症例9,10)も報告されている。

トルエン吸引により誘発された口腔内セネストパチーの18歳男子例

著者: 藤本臤三

ページ範囲:P.997 - P.999

I.はじめに
 奇異な身体の異常感覚を執拗に訴え続け,しかも単一症候的に経過する1群をセネストパチーと呼んでいるが,その疾患的位置づけや成因については十分明らかにされていない。セネストパチーのなかでも口腔内に現れるものは,何らかの動きを伴いやすく,かつモノマニーとして経過するものが多いことから,本来のセネストパチーに近いものとして注目される。
 今回,トルエン吸引が誘因となって発症した口腔内セネストパチーの1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

急性ジストニアにより顎関節脱臼を起こした1症例について

著者: 山本桂子 ,   山本節

ページ範囲:P.1000 - P.1002

I.はじめに
 向精神薬の副作用の一つに急性ジストニアがあげられる。これは急性〜発作性の運動亢進や緊張異常を生じるもので,主として背部,頸部,口部に起こることが多く,斜頸,後弓反張,舌の強制突出,開口不能,眼球上転発作,喉頭けいれん等がみられる1)ことは比較的よく知られている。
 今回我々は,急性ジストニアにより顎関節脱臼を起こした1症例を経験した。急性ジストニアによる顎関節脱臼については欧米での報告はみられるが本邦ではあまり知られていない。予防法についての考察を加えて報告する。

動き

「第85回日本精神神経学会総会」印象記

著者: 中根允文

ページ範囲:P.1004 - P.1005

 昭和44年5月の第66回金沢学会総会から,ちょうど20年を経過して記念すべき第85回の本学会総会が約1,300名という多数の参会者を得て,山口成良会長の世話で5月18日から20日までの3日間金沢市にて開催された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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