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雑誌目次

論文

精神医学32巻10号

1990年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神保健法について—精神障害者の社会復帰施設,指定施設以外での収容禁止,行動制限,指定医をめぐって

著者: 菱川泰夫

ページ範囲:P.1034 - P.1035

 現行の精神保健法は,旧法の精神衛生法の改正手続きを経て,昭和63年7月に施行された。その法改正では,精神障害者の人権擁護のためとして,入院に関する諸規定が改められ,精神障害者の社会復帰促進のための施設についての規定が加えられた。しかし,その社会復帰促進のための規定はきわめて不十分であり,患者の人権を守るための入院の諸規定が新しく定められたものの,現実には,それらの諸規定が守られていなかったり,精神保健指定医(指定医)の役割が果されていないことがきわめて多い。

展望

分裂病の陰性症状

著者: 吉松和哉

ページ範囲:P.1036 - P.1048

I.はじめに
 近年,精神分裂病の症状をめぐって陽性症状と陰性症状とに分類することが,一つの時代を象徴するがごとくに脚光を浴びている。そしてそれは臨床的な次元にとどまらず,分裂病概念の歴史も含め,この病気そのものを問うことにつながる。ところで,特にこの問題が強い関心を惹くようになった契機として,Schizophrenia Bulletin誌11巻3号(1985)の「分裂病の陰性症状」特集41)の力が大きかったであろう。さらにこれより前,この問題に今日の視点を持ち込み,大きな関心を引き起こしたのはCrowであるが,彼はその1980年の論文17)において,分裂病の症状を二大別して症候群タイプⅠと症候群タイプⅡとし,それぞれに該当する症状を挙げながら,これに陽性症状と陰性症状の名を与えた。
 我が国では近年,諏訪72)がこの問題について懇切な解説を試みた。諏訪71)はそれ以前にも日本精神神経学会総会でこの問題を取り上げ,我が国の精神医学界に対し本題についての関心を喚起している。さらにこれ以前,岡崎と太田57)はCrowの説を中心としながら,本主題について内容の濃い紹介をし,自らの見解を述べている。ところが最近,たて続けにこの問題を特集した雑誌が現れた。すなわち,「精神分裂病における陰性症状」のシンポジウムを特集したBr J Psychiatry誌(Vol. 155,Suppl. 7,1989)や,また我が国の“精神科診断学”誌(Vol. 1,No. 3,1990)の「特集:陰性症状の意義と評価」である。特に前者にはそれまでの英米圏の学者に加えて,ドイツ語圏の学者が参加しており,その意義は大きいものと考える。

研究と報告

抗精神病薬投与中にビペリデン筋注の乱用が生じた6例

著者: 武藤隆 ,   融道男 ,   鈴木茂 ,   樋掛忠彦 ,   野沢征一郎

ページ範囲:P.1049 - P.1056

 抄録 biperiden筋注の乱用がみられた6例を報告した。乱用者は全て分裂病で,年齢は31歳から63歳で,男5人女1人であった。2例はpassive pleasureにとどまっていたが,2例ではactive pleasureとなっており,残りの2例はpassive pleasureからactive pleasureへの移行過程と考えられた。active pleasureの状態が認められる4例は若く(30歳台),うち2例で物質乱用歴,1例にアルコール飲用歴が認められた。使用されている抗精神病薬との関係は,passive pleasureでは力価の強い薬が引金となっているが,active pleasureでは関連がないように思われた。観察された精神作用は,6例すべてで気分高揚作用として集約されるものであり,psychedelic experienceを求めていると思われる症例はなかった。最高25〜30mg/日使用した例においても中毒性の錯乱状態を呈する症例はなかった。我々の観察の範囲では離脱症状は認められなかった。

下垂体腫瘍摘出術の既往をもち退行期に幻覚妄想を初発した2症例

著者: 梅野一男 ,   森本修充

ページ範囲:P.1057 - P.1063

 抄録 下垂体腫瘍摘出術の既往をもち,退行期に幻覚妄想を初発した2症例について報告した。両症例に共通する病歴・症候上の特徴は,1)前頭到達法による下垂体腫瘍摘出術を受けている,2)術後数年の正常な生活の後に,夜間に顕著な幻視で発症した,3)睡眠周期の異常を認めた,4)精神症状の内分泌学的な説明は困難である,5)両症例の受けた術式では上部脳幹への侵襲の可能性が高く,術後の精神症状の出現が多い,などであった。これらの事実から,今回の症例の呈した幻覚妄想を,脳脚幻覚症を代表とする一群の上部脳幹の障害による幻覚妄想と対比させながら,両症例の幻覚妄想の成立過程について考察を加え,一部退行期の幻覚妄想の成因についても推論を試みた。

脳卒中発症後のうつ病—その臨床精神医学的研究

著者: 植木啓文 ,   高井昭裕 ,   児玉佳也 ,   杉本直人 ,   若林愼一郎

ページ範囲:P.1065 - P.1071

 抄録 脳卒中による精神・身体的後遺症が消失し一応の社会復帰を果たしている時期にうつ病相が出現した3症例を報告し,病因,発病状況,精神科受診までの問題,治療と経過等について臨床精神医学的に検討した。
 これらの症例は,病因的には器質因性および身体機能障害に対する反応としての心因性は除外することができ,内因性うつ病様の病像を呈していた。発病状況としては,家庭・社会的役割を喪失するような事態が問題となっていた。抑うつ症状は正しく認識されるとは限らず,精神科的治療の開始までに長時間を要する場合がある。治療上,脳代謝改善剤を含めた薬物療法は不可欠であるが,脳卒中発症により変化した生活上の秩序の再構成,顕在化した葛藤に焦点をあてた精神療法的接近が必要となる。今後,人口の高齢化,脳卒中の軽症化等により,このような症例の増加が予想され,老年期精神医学およびリエゾン精神医学の立場からの対応が必要とされる。

慢性精神分裂病患者におけるZotepine投与による継時的脳波変化

著者: 鈴木英次 ,   宮本典亮 ,   百溪陽三 ,   東雄司

ページ範囲:P.1073 - P.1078

 抄録 17例の慢性分裂病患者に,thiepine系抗精神病薬であるzotepineを漸増療法にて経口投与し,その脳波変化と赤血球中及び血漿中zotepine濃度について検討した。
 zotepine投与中の脳波変化は,徐波増加群(6例),α波増加群(5例),不変化群(6例)に分かれた。

初発分裂病者の精神科施設初診までの経路について

著者: 富永泰規 ,   太田保之 ,   塚崎稔 ,   中根允文

ページ範囲:P.1079 - P.1085

 抄録 90例の初発分裂病者とその家族を対象にして,精神科施設受診経路を調査し,次のような所見を得た。
 1)対象症例の81%が精神科施設を初診するまでに,家族が単独で,あるいは家族が病者を伴って,何らかの援助機関と接触をもっていた。2)援助機関との接触の有無,精神科施設初診までの期間の長短,病者の症状に対する理解という3要因からの解析により,受診経路は次の3群に大別されることがわかった。すなわち,①分裂病発症早期に精神科施設を受診しながらも,病者の症状を精神疾患であると理解しにくい群,②精神科施設初診までに,ある程度の時間を要し,家族のみが何らかの援助機関と接触をもつ中で,精神疾患であるとの理解を深める群,そして,③分裂病発症後,精神科初診までの期間が長く,それまでに病者を伴って何らかの援助機関と接触をもっていたにもかかわらず,精神疾患であると理解しにくい群,という3群である。これらの所見に,若干の考察を加えた。

精神分裂病患者の病前の学業成績

著者: 佐々木司 ,   増井寛治 ,   原田誠一 ,   高桑光俊 ,   熊谷直樹 ,   飯田茂 ,   高橋象二郎 ,   岡崎祐士

ページ範囲:P.1087 - P.1094

 抄録 精神分裂病患者の病前の学業成績を検討するため,DSM-Ⅲの精神分裂性障害の基準を満たす患者とその同胞25組(50名)の小中学校時代の通知表を対比較した。患者の成績は同胞に比べ,小学校低学年では図工で有意に低く(p<0.05),算数,音楽で低い傾向が認められたが(p<0.1),小学校高学年,中学校では有意な差は認められなかった。ただし統計学的には必ずしも有意ではないが患者の成績は同胞に比べて全般に低めであり,特に小学校低学年でその傾向が強かった。また,患者同胞ともに男性の組に比べて,患者が男性で同胞は女性の組のほうが,患者の成績が同胞に比べて低い傾向がより強かった。科目内の小項目別に比較すると小学校低学年では図工のデザイン(p<0.05),絵画・版画(p<0.1),体育の技能(p<0.05)など器用さや表現力に関わりの深い分野で,患者は同胞に比べ劣っていた。これは神経心理学的検査や神経学的検査によって分裂病の患者やhigh risk児で認められている結果と同様の傾向を示すものだった。小学校高学年では国語の読解で患者の方が同胞よりも劣る傾向(p<0.1)が認められた。これは分裂患者で発病後に認められている認知・思考障害が既に小学校時代から存在する可能性を示唆するものと考えられた。

精神分裂病患者の病前行動特徴(第3報)—小・中学校時代の行動特徴と臨床事項との関連

著者: 高桑光俊 ,   岡崎祐士 ,   原田誠一 ,   増井寛治 ,   金生由紀子 ,   熊谷直樹 ,   佐々木司 ,   高橋象二郎 ,   飯田茂

ページ範囲:P.1095 - P.1102

 抄録 DSM-Ⅲの精神分裂性障害患者27人を対象として,小・中学校時代の通知表を資料として抽出した病前行動特徴と以下の臨床事項との関連を調べた。臨床類型(DSM-Ⅲの病型,生活臨床の生活類型,井上の3類型)・臨床症状(SCL)・経過(発病年齢,生活障害など)。その結果全般に,臨床事項に対して病前行動特徴は弁別的な関連は示さなかった。ただし,井上の経過による類型のうち寛解,再発をくり返す「再発型」とみなされる少数例や,『軽躁』,『不安』,『強迫』など一部の症状群は,一部の病前行動項目との関連を示した。それは,これらの類型や症状をもつものが病前から,独自の特徴をあわせもっている可能性を示唆するものと考えた。

脳血管性痴呆に類似の多彩な精神症状を呈したミトコンドリア脳筋症(MELAS)の1症例

著者: 黒田治 ,   関公一 ,   水谷喜彦 ,   佐藤猛 ,   堀田直樹

ページ範囲:P.1103 - P.1109

 抄録 37歳の時,けいれん発作で発症し,当初脳梗塞を疑われたMELAS(mitochondrial myopathy,encephalopathy,lactic acidosis and stroke-like episodes)の1例を報告した。
 低身長,頭痛,けいれん発作,失語や視空間失認などの巣症状からなる臨症床状と,頭部CTでの脳梗塞様の低吸収域,血中および髄液中の乳酸,ピルビン酸の高値,筋生検で観察されたragged-red fiberなどの検査所見よりMELASと診断され,coenzyme Q10 idebenoneの大量投与療法が行われた。本例では上記の臨床症状に加えて,感情障害,痴呆,人格水準低下,意識障害など多彩な精神症状が観察された。

脳損傷患者の持続的注意力の障害と主観状態,知的機能,及び日常情意行動の関連

著者: 坂爪一幸 ,   平林一 ,   金井敏男

ページ範囲:P.1111 - P.1119

 抄録 持続的注意力障害を臨床的に測定するために考案した等速打叩課題は,一定の速度(毎秒1回)での打叩動作を一定の時間(5分間)継続させるもので,10秒毎の打叩数を記録し,平均打叩数とSDを指標とした。注意の持続に障害があれば打叩速度の動揺が大きくなると考えた(坂爪ら,1986,1987)。本課題を用いて持続的注意力障害の具体的病像を明らかにするために,①主観状態,②知的機能,③日常情意行動との関連を検討した。結果は,打叩課題で困難を示した者では,①精神的・身体的不全感(疲労感)が強く,②心的負荷の大きい課題や継続的関心を要する問題に困難を呈し,③「意欲と注意」に関する行動に問題がみられていた。以上から,注意の持続力の障害は主観的・認知的・行動的側面の変調状態として反映されてくることが示唆された。

短報

REM睡眠に関連した異常行動を示した高齢者の1例

著者: 金英道 ,   倉知正佳 ,   本田徹

ページ範囲:P.1121 - P.1124

I.はじめに
 最近,高齢者において,夢中遊行に類似した異常行動を睡眠中に示す例が報告されている。Schenkら6)によれば,小児の夢中遊行がNREM睡眠中に起こるのに対し,高齢者のそれはREM睡眠中に異常行動を示すのが特徴であるとされる。このような症例では脳幹に病変を有するOPCAやShy-Drager症候群などの基礎疾患を認めることがある6,7)が,全く基礎疾患を有しないこともある3)。ポリグラフィー(以下,PSGと略す)による研究では,異常行動はREM睡眠中に起こり,その際のポリグラムは筋活動の抑制を伴わない非典型的なREM睡眠のポリグラム像4,8,9)を呈し,このような異常行動とREM睡眠の変容との関係が議論されている3,6,7)
 今回,我々は特に基礎疾患を認めない高齢男性でREM睡眠に関連して異常行動を示した1例に,治療前後にPSGを施行し,興味ある知見を得たので,報告する。

せん妄状態を呈したヨード中毒の1例

著者: 原富英 ,   前田久雄 ,   武市昌士 ,   上野哲哉 ,   伊藤翼

ページ範囲:P.1125 - P.1126

I.はじめに
 ヨードは,頻用される殺菌,消毒剤であるが,その使用に際して体内に吸収されたヨードにより,皮疹,嘔気,肝及び腎不全等の中毒症状が起こることが知られている6)。また中枢神経障害が生じることもあり,稀にせん妄を来すという報告もある6)。しかし頻用されているにもかかわらず,手術後に術創部に充填されたヨードホルムガーゼから吸収されたヨードによると思われるせん妄を呈した症例の報告はない。今回我々は,コンサルテーション・リエゾンにおけるせん妄の原因の一つとして貴重で示唆に富むヨード中毒例を経験したので,ここに報告する。

一酸化炭素中毒不全間欠型の1例—特に123I-IMP SPECTの所見について

著者: 黒川賢造 ,   地引逸亀 ,   小山善子 ,   山口成良

ページ範囲:P.1127 - P.1129

I.はじめに
 一酸化炭素中毒間欠型は比較的多いものとされており2),神経病理学的所見として広汎な大脳白質の脱髄と,淡蒼球の対称性壊死などが報告されている1,3)
 今回,著者らは一酸化炭素中毒間欠型(不全型)の症例で局所脳血流を反映する123I-IMP SPECTを施行し,上記の神経病理学的所見や無言無動症からなる重篤な臨床像に対応すると思われる,固有の所見を得たので報告する。このような一酸化炭素中毒症例のSPECT所見は本報告が最初と思われる。

有機溶剤乱用者にみられた尿管結石について

著者: 小泉隆徳 ,   竹崎徹 ,   金子誉 ,   佐藤章夫

ページ範囲:P.1131 - P.1134

I.はじめに
 有機溶剤乱用により精神並びに身体に生ずる諸所見について,これまでに数多くの報告がなされてきた。我々も身体所見のうち,特に尿所見について報告し,有機溶剤乱用者には血尿の出現が高率であることを指摘した3)
 今回は血尿所見を呈し腹痛を訴えた有機溶剤乱用者のうち,尿管結石を認めた2例について有機溶剤吸入と尿管結石生成との関連を検討した。尿管結石による腹痛に対し,2例とも鎮痛剤を乱用し,1例はペンタゾシン依存が懸念された。

資料

本邦における遺伝性歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)家系の地理的分布と,新潟県におけるDRPLAの有病率

著者: 稲月原 ,   熊谷敬一 ,   内藤明彦

ページ範囲:P.1135 - P.1138

I.はじめに
 DRPLA(Hereditary dentatorubral-pallidoluysian atrophy:遺伝性歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)は最近,遺伝性の中枢神経系疾患として新たに公認されるようになった疾患である。DRPLAは小脳失調,ミオクローヌス,てんかん発作,舞踏病アテトーゼ様運動といった神経症状の他に痴呆や分裂病様症状などの多彩な精神症状を呈し精神医学的にも無視できない疾患である11)。DRPLAに関する研究論文は圧倒的に本邦に多く,諸外国ではいまだ症例の報告がない。したがって現在までのところDRPLAは本邦に特異的に多い疾患であるといえる。本邦においてDRPLA家系の発祥地がどのような地理的分布を示すか,という問題は疫学的に興味のあるところである。本論文では,本邦におけるDRPLA家系の発祥地の分布と,新潟県におけるDRPLAの有病率について述べる。

動き

「第7回日本家族研究・家族療法学会」印象記—地道な定着と共に飛躍を

著者: 牧原浩

ページ範囲:P.1139 - P.1140

 この種の記事は,一般会員または会員以外の方が書くのが普通で,学会世話人の筆者が書くのは不適切であろう。そう思い,一度はお断りしようと思ったが,ある識者から,そういう立場からの印象記もあっていいのではないかと言われ,敢えてお引き受けした次第である。
 さて,学会は本年6月1日より6月3日にかけて,下坂幸三大会会長のもとに,東京順天堂大学,有山記念館で行われた。学会は盛況で,ぜひ発表していただきたい演題もいくつか辞退していただいたぐらいで,そろそろ2会場ぐらいを使わなければならない時代が訪れたなあというのが,まず最初の感想である。もう一つうれしく思ったのは,総会で,今後各地区から民主的な選挙により役員が選ばれるように決定されたことで,この会の設立に多少とも関係した者として,やっとこの学会も一人立ちできるようになったなあと感じたことである。

「第31回日本心身医学会総会」印象記

著者: 石津宏

ページ範囲:P.1141 - P.1142

 第31回日本心身医学会総会(会長中川哲也九州大学医学部心療内科教授)は,平成2年6月1,2日,福岡市において盛大に開催された。今回の学会で第1に指摘されるのは,名実ともに日本の心身医学の中心であり,本学会の事務局もおかれる九大心療内科教室の主催であること,本学会の生みの親である池見酉次郎初代教授の後継者の中川哲也教授が会長を務めたことで,いうなれば24年ぶりに里帰りした(昭和41年,池見教授が第7回総会の会長を務められた)本家本元における学会であったことである。それだけに準備に当った心療内科教室の燃え上がる熱意が感じられた素晴しい学会であった。学会の内容も充実したもので,会長講演,特別講演1題,教育講演2題,トピックス3題,シンポジウム2題,一般演題(口演,ポスターセッション)308題の多きを数え,会場はどこも多くの人でにぎわい,実のある討論が熱心に交されていた。
 当学会で特筆すべきは,会長講演において中川会長より,「心身医学の新しい診療指針(案)」が呈示されたことである。従来の「心身症の治療指針」(昭和45年,本学会医療対策委員会で作成)は,今日まで心身医学的な診療の啓蒙や普及に大いに役立って来たが,心身医学の進歩,発展,認定医制度の発足などのup-to-dateな状況に即応した大改訂が,今回20年ぶりに行われたものである。その内容は,単に心身症の治療指針ではなく,大きく心身医学全体を鳥瞰する診療の指針として,全体を包括したものとなっている。心身医学の概念,位置づけ,心身症の定義,診療医師の姿勢,診療の一般方針,心理・社会面の検査,心身医学的診断および治療法など多岐にわたって,きわめてクリア・カットに,しかもしっかりした内容でコンパクトにまとめられている。呈示された格調高いこの「(案)」は,今後多少の問題点の整理がなされて,まもなく学会の診療指針として,3000人会員の日常の診療や研究に活用されよう。世界的にも高く評価されると思われるこれは,21世紀へ向けて心身医学のさらなる発展の礎石となり,今後に大きな貢献をするものと考えられる。

「精神医学」への手紙

●Letter—触覚幻覚症taktile Halluzinoseそれとも皮膚寄生虫妄想Dermatozoenwahnなのか

著者: 伊東昇太

ページ範囲:P.1144 - P.1144

 「気が狂っている」Verruckt-heitことと「虫がわく」Ungezieferbefallという関係で別のいい方があり,einen Vogel habenはその一つでこれは鳥を飼っているのではなく「完全にいかれている」との日常用語で,さらにeinen Kafer habenは甲虫を持っているのではなく,いらいらして気のふれていることを指す。英語でも似た表示があり「鐘楼のこうもり」bats in the belfryとは気の変ることをいう。アフリカの黒人用語(Kisuaheli語)で神経質で,いらいらしている人を「彼は『まっかな蟻のズボン』rote Ameisen in der Hoseをはいている」という。
 蟻で気づくのが「蟻走感」Ameisenlaufenで,専門用語はパレステジーである。これはかゆいばかりか,うずうず,むしゃくしゃする意味で臨床的事実に一致する。虫も例外でない。「虫が頭にいる」Wurmer im Kopf habenとは気まぐれをいい,気の変わることの表示である。悪魔秡い,妄想を棄てさせることをdie Wurmer aus Naseziehenといい,このような文脈は精神病と毒虫が深い関係にあることを指す。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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