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雑誌目次

論文

精神医学32巻11号

1990年11月発行

雑誌目次

巻頭言

第12回国際児童青年精神医学会を終えて—講座の新設と診療科の独立への思い新たに

著者: 白橋宏一郎

ページ範囲:P.1150 - P.1151

 第12回国際児童青年精神医学会は,去る7月16日から20日までの5日間,国立京都国際会館において開催され,無事に終了した。47カ国から1322名の参加をみることができ,当初の予想を遥かに超えるものであった。いま学会が盛会であり,得るところが多かったという外国からの多数の便りを手にするとき,一応の成功を収めたといってもよいと思われる。そこで,学会の開催,運営にかかわった者の一人として,学会開催がもたらした意義を振り返ってみたいと思う。
 国際児童青年精神医学会にわが国が加盟したのは1969年のことであったが,1984年,香港における理事会で日本開催が正式に決定した。その背景に,第9回(1978年,メルボルン)以降,わが国からの積極的な参加も挙げられるが,1982年ごろからわが国の学会内部には国際学会の日本開催を提案しようという気運はあったのである。このような経緯で,1987年,日本児童青年精神医学会を主催母体として組織委員会の結成に着手されることになったが,翌年の4月,不幸にも牧田清志組織委員長(東海大学教授)が亡くなられた。舵取りを失った組織委員会の前途は多難で,日本児童青年精神医学会は国際学会を引き受ける確固たる肚をもっているのか,引き受けられる能力を現実にもっているのかといったことも問われるところとなった。このことは取りも直さず,日本児童青年精神医学会の歴史と使命をもえぐられかねない重責となったのである。

展望

「脳器質性」精神障害をめぐる諸問題—Capgras症状と器質性妄想症状群を中心に

著者: 濱中淑彦

ページ範囲:P.1152 - P.1162

I.はじめに
 「脳器質性」精神障害の問題は,いわゆる心身問題との関連を抜きにしては語ることはできないであろう。心と脳,身体が緊密に関連していることは否定し難い事実であって,古来いつの時代にも我我医師が日常の臨床の場で直接経験してきたことであるが,このような直接的経験の所与は極めて多種多様であって,知識論的検討を抜きにするならば,知の次元の混乱を招き思わぬ陥穽にはまるばかりであろう。このアポリアについてはいうまでもなく様々な見解(Blankenburg 1987,Degkwitz 1988)があるのだが,ここではBlankenburg(1982)に従って,少なくとも以下の8つの心身関係の様態を区別しておこう:1)心理学(精神病理学)的現象が身体的基盤によって説明される局面,2)主体が環境世界と関係をもつ場合の原点となる身体,3)感覚的経験の基盤としての身体,4)生活主体のアクチュアルなテーマ(苦痛,心気症,疾病否認)としての身体(情態性Befindlichkeit),5)主体の能動的行動Verhaltenの道具としての(超越された,アクチュアルなテーマでない)身体(身体の両義性ambiguite),6)主体の自己表出(身振り,表情など)の器官としての身体(ヒステリーなど),7)自己と社会(共同世界)の接合点としての身体(身振り,歩き方などへの社会的影響,大脳機制の文化的差異,反応性精神障害,心身症),8)パートナーとしての身体(脱緊張療法,運動療法など:身体から「学ぶ」)。
 さて,「脳器質性」精神障害の問題は,Blankenburgの知識論的区別に従うならば,原理的には,1)の次元の現象様態に属するものといえようが,実際の臨床例では他の領域の問題を無視しきることは困難であり,更に脳は決して独立不変のものではなくdependent variableだという指摘(Bakker 1984:ecology of the brain)をも顧慮する必要があろう。以下本稿では「脳器質性」精神障害をめぐる諸問題を,Capgras症状とその関連症状をたたき台として再検討してみたいと考える。

研究と報告

遅発性ジストニアの臨床経過と予後

著者: 原田豊 ,   岸本朗 ,   井上雄一 ,   水川六郎 ,   高田照男 ,   青山泰之 ,   挾間秀文 ,   浜副薫 ,   鎌田修 ,   杉原克比古 ,   杉原寛一郎 ,   西川正

ページ範囲:P.1163 - P.1171

 抄録 遅発性ジストニアを有する精神分裂病41名,その他3名,計44名(男性24名,女性20名)について調査を行った。遅発性ジストニア出現時平均年齢36.9歳,抗精神病薬投与開始からジストニア出現までの期間は平均8.3年であった。遅発性ジストニアを,抗精神病薬投与からジストニア出現までの期間が3年未満の持続型(n=22)と3年以上の遅発型(n=22)に分類し,比較検討した。持続型のジストニアは,少量の抗精神病薬で短期間に出現し,脳の脆弱性の存在が考えられた。一方,遅発型では,抗精神病薬増量が誘因となっていた。誘因となった抗精神病薬としては,ブチロフェノン系剤,プロペリチアジン,レボメプロマジンが考えられた。抗精神病薬の中止,減量によるジストニアの寛解率は,ジストニア出現から抗精神病薬中止,減量までの期間と関連し,治療開始年齢,治療期間,ジストニア出現時年齢とは関連はなかった。ジストニア出現時の治療指針を提示した。

抗うつ薬によって惹起されたミオクローヌスの3症例

著者: 福迫博 ,   長友医継 ,   上山健一 ,   松本啓

ページ範囲:P.1173 - P.1177

 抄録 抗うつ薬による治療を行った22例の躁うつ病の患者のうち,5例(23%)に静止性振戦を認め,そのうち3例(14%)にミオクローヌスを認めた。症例1では,maprotiline 1日量125mgにより上肢にミオクローヌスが出現し,入眠困難がみられたためにclonazepamを投与したところ,ミオクローヌスは軽減した。症例2では,clomipramine 1日量150mgにより上下肢にミオクローヌスが出現し,お茶をこぼしたり,つまずくなどの症状がみられ,脳波上,棘徐波複合が出現した。症例3では,maprotiline 1日量125mgにより上肢にミオクローヌスが出現し,書字の際に字がはねるなどの障害がみられた。全症例において,ミオクローヌスは抗うつ薬の減量や変更により消失した。

境界型人格障害の内的メカニズムの検討—ボーダーラインスケールと臨床体験からの分析

著者: 町沢静夫 ,   佐藤寛之

ページ範囲:P.1179 - P.1185

 抄録 境界型人格障害43名についての臨床経験及びその内32名のボーダーライン・スケールの反応の分析から彼らの内的メカニズムを検討した。Kernbergの主張するsplittingは確かに多くみられたが,特異的ではなかつた。また,Mastersonの見捨てられ感は特異的に境界型人格障害に認められた。次に23歳以上と22歳以下に分けてボーダーライン・スケールの反応率をみると,見捨てられ感は高年齢層のほうに多くみられた。したがって見捨てられ感は二次的症状である可能性が示唆された。このスケールの反応から年齢別に判別分析を行うと低年齢層では衝動性と自己同一性の障害の項目で判別力が高かった。高年齢では不安やうつ気分,見捨てられ感の項目で判別力が高かった。このことからこれらの気分は衝動性が年齢に従って内向してゆく結果だと考えた。

Bulimia Nervosaの既婚例について

著者: 笠原敏彦 ,   傳田健三 ,   田中哲

ページ範囲:P.1187 - P.1194

 抄録 結婚歴を有するBulimia Nervosaの9例について検討した。その結果は次の通りである。1)発病の心理機制では,結婚前発症例は美容上の目的による減量が契機となった例が多く,結婚後発症例では家庭生活上の問題や家族との対人的葛藤による心理的ストレス,出産後の肥満解消のための減量失敗などがみられた。2)症候学的には,発症年齢と知能テストの所見を除いて,食行動異常の内容,性別,精神症状や問題行動,身体症状や体重減少などの点で未婚例との差は認められなかった。3)結婚によって症状が改善に向かう例もあれば,逆に結婚生活の問題が食行動異常の誘因となっている例もあった。また,食行動異常が習慣化・固定化し,頻回の嘔吐や著しい体重減少を呈している例は難治であった。逆に,食行動異常が機会的・状況反応的で,情緒的に安定した結婚生活をしている例ほど,症状の改善が得られやすいと思われた。

クッシング症候群と甲状腺機能低下症を合併した症状精神病の1例

著者: 松口直成 ,   井田能成 ,   中沢洋一

ページ範囲:P.1195 - P.1199

 抄録 難治性うつ病あるいは精神分裂病として診断され,精神科的治療のみを受け続け,その後内分泌学的治療により精神症状の軽快をみた1例を報告した。症例は32歳の女性で,出産9カ月後にメランコリー型大うつ病と区別できない抑うつ状態で発症したが,長い間身体的変化には気づかれなかった。その後,感情の不安定性,精神運動興奮,錯乱,自殺企図,関係妄想,昏迷,発動性減退もみられた。3回目の入院中に甲状腺機能低下症,さらに副腎腺腫によるクッシング症候群の存在が発見された。甲状腺ホルモン投与および副腎腺腫摘出により,精神症状の著明な改善がみられた。一連の多彩な精神症状は内分泌精神症状群として解釈でき,両内分泌疾患がその原因と考えられた。内分泌疾患合併機序の一つの可能性として,出産後の副腎腺腫増大に伴って高コルチゾール血症が先に発現し,その下垂体に及ぼす作用により2次的に甲状腺機能低下を来たした可能性が考えられた。

周期性緊張病の13年間の経過について—症例報告

著者: 菅野智行 ,   熊代永 ,   中西重雄

ページ範囲:P.1201 - P.1206

 抄録 発病より約13年間にわたって経過を追えた周期性緊張病の1例を報告した。
 症例は,18歳時より著明な精神運動興奮が規則的な周期をもって繰り返すようになった。これらの周期性発病には抗精神病薬は無効であり,乾燥甲状腺末が著効を示した。以後約10年間,乾燥甲状腺末を規則的に服用し,病相の出現は全く認められなかった。しかし,28歳時に服用が不規則になったところ,18歳時と同様な精神運動興奮が再燃した。今回も甲状腺ホルモン剤(Levothyroxine)の規則的な服用によって病勢は消退し,現在(31歳)に至るまで病相の出現はみられていない。

幻覚妄想状態を呈したCockayne症候群の1例

著者: 斉藤正武 ,   村田志保

ページ範囲:P.1207 - P.1213

 抄録 幻覚妄想状態を呈したため33歳で受診,36歳で死亡したCockayne症候群と考えられる1女性例について,その精神症状の変遷を中心として報告した。症例にみられた精神症状は,初期には,対人接触などは良好であるものの,妄想知覚様体験や幻聴など,精神分裂病によるものと類似した体験を有していた。しかし,経過とともに訴えはまとまりを欠いた断片的なものへと変化し,また途中から幻視が出現するなど,次第に脳器質疾患としての特徴が顕著となっていった。Cockayne症候群は神経病理学的には脱髄性疾患と考えられているが,従来の報告は小児科領域よりのものが多く,病勢の進行が速く知能も白痴級にとどまる例がほとんどであった。その点,本例は知能障害が比較的軽度な成人例であったことが特徴といえ,これが生産的症状を呈す精神病像を発現せしめた基礎となっていたと考えられた。

一卵性双生児の一方にみられた精神分裂病の1例

著者: 岡村仁 ,   若宮真也 ,   山中敏郎 ,   更井啓介

ページ範囲:P.1215 - P.1220

 抄録 一卵性双生児の一方に発症した精神分裂病の1例を報告し,その発症に関与したと思われる要因について検討した。
 症例は17歳の女子高校生で,精神分裂病の発症をみたのは双生児の妹である。妹と姉の発達史,病前性格,生活史を比較した。その結果,妹のほうが出生時体重が軽かった。心理検査にみる両者の性格の基本構造は極めてよく似ていた。しかし,妹は高校進学後まもなく級友から“いじめ”を受けたのに対し,姉は友人関係などにも問題なく学校生活を送っていた。以上から,妹においては,元来敏感で自我が弱く,不安,恐怖を示しやすいという性格特徴を基盤として,“いじめ”という心理・社会的ストレスが発症に強く関与したと推察された。

発症後60年間経過した脳炎後パーキンソニズムの2剖検例

著者: 水上勝義 ,   牧野裕 ,   入谷修司 ,   浜元純一 ,   小林一成 ,   池田研二 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1221 - P.1227

 抄録 発症後60年というきわめて長期間経過した脳炎後パーキンソニズムの2剖検例を報告した。臨床的には2症例とも特有の性格変化とともに,パーキンソン症状や眼症状などの神経症状を呈したが,パーキンソン症状は末期にはきわめて高度にまで進行した。また神経病理学的には,本症例の病変分布や病理像は従来の報告とよく合致していたが,黒質の神経細胞脱落がきわめて高度である点と,炎症所見や進行性病変がほとんど認められなかった点が特異的であった。通常は長期にわたって認められる脳炎後パーキンソニズムの黒質における炎症所見や進行性病変は,本症例のようにきわめて長期間経過した症例においては終焉していることが示唆された。

強迫症状および直観像を呈した脳梗塞の1例

著者: 高橋滋 ,   横田正夫

ページ範囲:P.1229 - P.1235

 抄録 強迫症状を呈した脳梗塞の1例を報告した。症例は54歳の主婦で,右中大脳動脈の動脈瘤の破裂により,くも膜下出血が起こり,意識障害と左片麻痺がみられた症例において,発症後6カ月を経過してから強迫観念および強迫行為が出現した。軽度の痴呆がみられ,頭部CTにて右側の前頭・側頭・頭頂葉に及ぶ脳梗塞を認め,さらに臨床経過からも本例にみられた強迫症状は脳器質障害によるものと考えられた。また本例では直観像が認められ,強迫症状の特徴を示しており,強迫症状との関連について考察を加えた。

短報

文字の回転の認知障害を呈した脳腫瘍の1例

著者: 田崎博一 ,   大山博史 ,   華園寿英 ,   渡辺俊三 ,   斎藤和子

ページ範囲:P.1237 - P.1240

I.はじめに
 視覚的言語理解は,聴覚的なそれと同様,左半球優位の機能とされ,臨床的にも読字障害は左半球の病変によってもたらされることが多い。我々は,右側頭葉に発生した脳腫瘍が増大し脳梁後半部に浸潤するに及び,文字の音声的,意味的把握は保たれているにもかかわらず,その回転の認知が障害された症例を経験した。この症例の臨床症状を報告し,さらに視覚的言語理解における右半球と脳梁の機能について考察した。

強迫的多飲により高血圧を呈した精神分裂病の1例

著者: 宮本歩 ,   北脇公雄 ,   鯉田秀紀 ,   長尾喜八郎

ページ範囲:P.1241 - P.1243

I.はじめに
 精神病院入院患者において,強迫的多飲症が欧米では6.6%4),日本では10.87)〜19%6)認められたと報告され,強迫的多飲症の身体所見として,けいれん発作,意識障害,水腎症,尿失禁,嘔吐,心肥大,浮腫などが指摘されている1)。今回我々は,精神分裂病として入院後,9年目より多飲行動を認め,14年目より高血圧を呈した精神分裂病の1例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する。

遅発性アカシジアに対するクロナゼパムの効果について

著者: 國芳雅広 ,   有川勝嘉 ,   三浦智信 ,   稲永和豊

ページ範囲:P.1245 - P.1247

I.はじめに
 抗精神病薬治療開始初期に起こる急性アカシジアはよく知られた病態であり,その治療法もほぼ確立され臨床上特に問題となることはなくなってきている。ところが近年,抗コリン剤に反応を示さない慢性アカシジアや遅発性アカシジアと呼ばれる病態が問題となってきた。今回我々は遅発性アカシジアを起こした4例の精神分裂病に対してクロナゼパムを投与し著効を示したので,その経過を報告するとともに若干の考察を加えた。

動き

政治により変貌させられた米国の精神医療

著者: 佐久間もと

ページ範囲:P.1249 - P.1255

I.はじめに
 精神衛生,あるいは精神保健(Mental Health)は,精神障害者の社会復帰を最終目的とするために,精神医学そのものである。そして精神医学は,精神障害者の精神像と,その病的所見を見究めて治療する狭義の精神医学と,社会復帰手段によって治療を完結する精神衛生から成り立つ。つまり精神衛生は,精神医学という科学である。私はこれまで,精神医学は生命に関する科学として,科学の進歩と歩調を揃えて変遷し発展してゆくものと考えていた。少なくとも,精神障害者治療を生業としている精神科医の手により変貌,展開してゆくと考えていた。
 しかしこの考え方は,アメリカの精神医療を身近に見て,見事に覆された。現在のアメリカ精神医学は,政治によって変貌させられ,慢性精神障害に対する精神医学,とくに精神衛生が,従来の理論と方策を見失っている。

「第12回国際児童青年精神医学会」印象記—47カ国から,1,300名余が参集

著者: 若林慎一郎

ページ範囲:P.1256 - P.1258

 第12回国際児童青年精神医学会(International Congress of International Association for Child and Adolescent Psychiatry and Allied Professions,略称IACAPAP)が7月16日から20日まで,京都の国立京都国際会館にて開催された。
 この学会の第1回会議は,1937年,パリで開催され,世界大戦をはさんで不定期に開催されていたが,1954年のトロント会議以降は4年ごとに開催されるようになった。わが国の日本児童精神医学会は1969年よりIACAPAPに加盟し,最近では第9回(1978年,メルボルン),第10回(1982年,ダブリン),第11回会議(1986年,パリ)にそれぞれ50名から80名程度が参加し,論文発表をしてきた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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