生体リズムからみた「うつ」—数学モデルからのアプローチ
著者:
小林敏孝
ページ範囲:P.1367 - P.1374
I.はじめに
うつ病はその成因によって心因性うつ病,神経症性うつ病,内因性うつ病に分けることができる。ここでは内容を簡潔にするために内因性うつ病に限って話を進める。うつ病の睡眠に関する研究はDiaz-Guerreroらが1946年にうつ病患者の睡眠脳波を記録したものが最初である5)。彼らの研究によると,うつ病患者の睡眠は①睡眠中に出現する睡眠徐波の振幅が正常者と比較して低いこと,②中途覚醒が多いこと,③入眠が困難なこと,④早朝覚醒が目立つことが主なる特徴であると報告している。その後,睡眠ポリグラフィー技法の確立により1960年代から1970年代にかけて多くの研究が行われたが,Diaz-Guerrero(1946)の研究を越えるものは出なかった3,7,18)。1970年代から1980年代にかけてうつ病患者のREM睡眠と徐波睡眠に関する興味ある所見が多く報告された1,6,8,14,15,19,22)。この中でもREM睡眠潜時の短縮は何人かの研究者によって追認されている1,6,15,22)。1980年代に入るとうつ病の時間生物学的研究が盛んになり,睡眠—覚醒リズムに伴う体温やメラトニン,コルチゾールに代表される多くの生化学物質の日内変動をうつ病患者で検討する研究が精力的に行われるようになった16,20,24,25)。その結果,睡眠—覚醒リズムに対して体温等の日内リズムの位相が健常者に比べて前進していることが見いだされ,うつ病の位相前進仮説がWehrとGoodwin(1981)によって提唱されるようになった25)。
このように,うつ病の生物学的な研究は睡眠と生体リズム論的なアプローチで飛躍的に進歩し,特に最近では高照度光パルス療法なる治療法まで開発されるに至った17)。しかし,うつ病にみられる睡眠異常や生体リズム異常の成因に関する理解はまだ十分とはいえない。そこで,うつ病の病態像を生物学的側面から理解するために,本稿では疑似うつ状態実験と数学モデルという二つの新しい方法論を駆使してうつ状態あるいはうつ病にみられる睡眠異常と生体リズム異常の成因の推定を試みた。