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雑誌目次

論文

精神医学32巻2号

1990年02月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学卒後教育について

著者: 小泉準三

ページ範囲:P.116 - P.117

 この数年来,大学医学部,医科大学,医学会,医師会,厚生省等で医師の卒後あるいは生涯教育の重要性が強調され,それに伴って専門医,認定医,指導医,登録医等各種の資格制度が発足し,またこれらの制度の検討もなされているが,更に医学の各専門領域でそれぞれその内容などについての見直し等の論議がなされているのが現状である。
 精神医学の分野では,昭和63年7月に精神保健指定医制度が精神保健法に基づいて発足した。しかし,この指定医制度にもその内容等に検討を要する若干の問題点はあると思われるが,この制度のいかんにかかわらず,将来精神科臨床医となるための基礎となる最も重要な卒後数年間の臨床研修をいかにすべきか,すなわち各種の精神障害の的確な診断と治療および社会復帰等精神医学の幅広い基本的な臨床能力をしっかりと身につけた優れた精神科医をどのようにして育成するかが最も重要なことと思われる。

展望

分裂病者の不気味体験—臨床精神病理学の原点をふまえて

著者: 諏訪望

ページ範囲:P.118 - P.128

I.はじめに—この主題の背景としての精神病理学的立場
 分裂病の精神病理を主題とする場合には,まずいかなる立場で論を進めるかを明らかにしておく必要がある。ここでは,全く日常の臨床精神医学の基盤の上で,すべての精神科医に共通の言葉を用いて論述することにしたいと思う。そのためには,臨床精神病理学の立場でいわゆる記述的現象学に準拠することになるが,しかし同時に,新しい方向性の模索も当然試みられなければならないであろう。
 いうまでもなく,精神病理学は精神医学の基盤であり原動力である。また精神医学は医学,つまり疾病の予防と治療を目的とする科学の一分野であり,しかもつねに個々の人間をとりわけ生理・心理・社会的な全体的人間像としてとらえることを必要条件としている。したがって精神病理学においては,一方では科学と,他方では哲学とのかかわり合い方がつねに明確に意識されていなければならない。Jaspers6)は「精神病理学総論」の「精神医学と哲学」という項目で,「精神病理学はそれが科学に止まる限りにおいてのみ純粋である」ことを強調しながら,明晰な哲学的思考方式の必要性を説いている。そこでは,精神分析学の非科学性,非哲学性が指摘されているばかりでなく,精神病理学と実存哲学とのかかわり合い方についても厳しい批判がなされ,もしも実存哲学的思想が精神病理学的認識の手段に利用されるならば,それは科学的誤謬であるとさえ断じている。

研究と報告

自己愛人格障害をめぐって—亜型分類の試み

著者: 渡辺智英夫 ,   佐藤章夫 ,   近藤三男

ページ範囲:P.129 - P.137

 抄録 自己愛人格障害と診断される14例を取り上げた。自己愛人格障害という診断名をわが国において使用するのが妥当であるかどうか,またその定義はどうであるか。さらに従来の診断との鑑別上の問題,および関連について言及した。さらに14症例を対比してみて,3つの亜型に分類することが可能であることを示した。それは理想化タイプ,中核タイプ,挑戦タイプであり,それぞれの特徴と治療的戦略について考察した。
 また自己愛人格障害の発症に関する機序を,メカニズム,コンフィギュレイションという概念を使用して若干考察した。

心気症の精神療法への一寄与—その「不運」と「悲劇」に着目して

著者: 市田勝 ,   近藤三男

ページ範囲:P.139 - P.145

 抄録 心気症者は自らを「身体疾患にかかっている不運な者」として受け入れてもらうことを他者に執拗に要求する。この訴えの後半部分である「不運」に着目することは彼らの話を精神療法的に聞いていく上で有用である。
 この考え方はKohut, H. の共感を重視した自己愛人格障害の患者の治療の一技法として位置付けることができる。特にKohutの‘Tragic Man'という考え方が我々にとって示唆的である。

転居後に発症した幻覚妄想状態の1例—文化摩擦をめぐって

著者: 仲谷誠

ページ範囲:P.147 - P.153

 抄録 本論は,30年以上都市部で暮らした女性が,農村部に転居したことを契機として幻覚妄想状態に陥った1症例を報告し,文化摩擦をめぐる病態の特徴について若干の検討を加えた。
 患者の妄想世界に出現する他者は,分裂病において出現するような,何をするかわからない無気味な超越的他者ではなく,農村社会の志向性を体現する経験的個別的他者であった。つまり,患者が精神病状態において体験した事柄は,生活様式の違いから,周囲から妬まれているのではないかという病前の葛藤がより尖鋭化したものと考えられる。

精神分裂病の再燃予測因子に関する研究—発病後10年以上の外来患者における観察

著者: 堀彰 ,   永山素男 ,   島田均 ,   島薗安雄

ページ範囲:P.155 - P.161

 抄録 臨床的・生物学的指標を評価・測定し,その後1年間の経過を観察し,どの指標が再燃予測因子となるかprospectiveに検討した。罹病期間が10年以上で外来通院中の精神分裂病患者のうち,経過観察中に病状悪化のために抗精神病薬を増量した例を「病状悪化群」(16例),それ以外を「病状安定群」(22例)とし,事前に評価・測定した指標を比較した。(1)九大式精神症状評価尺度得点,三大学法行動評価表得点では,両群に有意の差はなかった。(2)抗精神病薬投与量(chlorpromazine換算)では,両群に有意の差はなかったが,抗精神病薬血中濃度は「病状安定群」で有意な高値を示した。(3)血清cortisol濃度は「病状安定群」で有意な低値を示した。(4)抗精神病薬血中濃度と血清cortisol濃度の間に有意な相関はなく,両者はそれぞれ独立して再燃予測因子となると考えられた。

精神分裂病患者の病前行動特徴(第2報)—通知表による分裂病患者とその同胞および感情病患者の行動評価の比較

著者: 増井寛治 ,   岡崎祐士 ,   原田誠一 ,   高桑光俊 ,   佐々木司 ,   熊谷直樹

ページ範囲:P.163 - P.170

 抄録 小中学校時代の通知表を資料として精神分裂病患者21人とその同胞21人および感情病患者11人を比較し,分裂病患者により特徴的な病前行動特徴の同定を試み,感情病患者の病前行動特徴についても調査した。方法は前報で報告した行動項目一覧を用いたが対象に感情病患者が加わることで結果的に新たに9つの行動項目の追加が必要であった。前報と同じ評価基準で,盲検的に行動項目の評価を行い3群間で比較した。その結果,分裂病群は「責任感がある」などの7つの教師による肯定的評価項目で他の2群よりも有意に少なく,「緊張が強く場に溶け込めない」などの3つの否定的項目で他の2群よりも有意に多かった。これらは,分裂病患者にかなり特異的な病前行動特徴と考えられた。感情病群は他の2群と比較して4つの肯定的項目と4つの否定的項目に有意差があり,いずれも感情病群に多く認められた。これらの項目は下田の執着性格の行動的標識とされている記述に類似していた。以上の有意差を認めた項目の有無で得点化すると,分裂病患者と感情病患者の分布はかなり明瞭に分離した。

短期反応精神病の精神科救急病棟における臨床的検討

著者: 林直樹

ページ範囲:P.171 - P.179

 抄録 本研究では短期反応精神病(DSM-III-R)の43例(男22例,女21例)が調査された。その結果,全例に何らかの発病契機,心因が認められ,この疾患群に心因反応の側面のあること,病相期間が最長15日とごく短く,その病像は激しい情動や不安,および意識障害の特徴を伴っており,多くの点で分裂病の典型像と異なることが示された。この調査対象は異常情動群(D群:興奮,錯乱を示すDe群と寡動が主徴のDr群),幻覚妄想群(P群:急性妄想状態を呈するP1群と夢幻様状態を示すP2群)とに分類された。さらにそれらはD群;前駆期から焦燥感などの気分変調が多く認められ,女性,若年者に多く,未熟な感情優位の反応傾向を認む,P1群:強い不安が前駆し病相期体験に病前の不安,葛藤の内容が反映される,敏感や自信欠乏などの性格傾向が発病と関連づけられうる,P2群:睡眠不足,疲労など身体的負荷を含む広い範囲の負荷で発症し,病相期の体験内容,性格,心因などの間の関連性が乏しい,などと特徴づけられた。そしてこれらはそれぞれが異なる病態からなり,多種の要因が複雑に関与して成立しているものと推定された。

補綴による下顎前方固定の睡眠時無呼吸症候群に対する治療効果

著者: 坂本哲郎 ,   朱雀直道 ,   山鹿憲 ,   安武りか ,   小鳥居湛 ,   中沢洋一

ページ範囲:P.181 - P.186

 抄録 5例の睡眠時無呼吸症候群(SAS)に対し,prosthetic mandibular advancement(以下PMA)による治療を行ったところ,acetazolamide(以下AZM)とほぼ同等の効果が認められた。
 PMAとはprosthesis(補綴)によって,下顎を3〜5mm前方に引き出すことにより,上気道の閉塞を軽減または予防する方法で,1984年にMeier-Ewertらによって提唱されたSASの新しい治療法である。PMAにより,5例平均で無呼吸出現数は367.2回から226.0回,無呼吸指数は64.1から32.3,無呼吸出現率は50.8%から22.9%と著明な改善を認め,その効果はAZMとほぼ同等のものであった。一方,睡眠に対しては,AZMより大きな改善効果をもたらし,いびきに対しても著明な効果を認めた。また,安全性も高く,患者への負担も比較的軽いなど,PMAは長期の使用にも耐えられる有用性の高いSASの治療法のひとつと思われる。

脳挫傷後の多彩な精神器質性症候群に対してインシュリン・ショック療法が著効を呈した1例

著者: 岸本年史 ,   竹林和彦 ,   北村博 ,   寺田誠 ,   山岡一衛 ,   飯田順三 ,   平井基陽 ,   井川玄朗

ページ範囲:P.187 - P.191

 抄録 症例は受傷時17歳右利き男性,昭和59年7月初の脳挫傷後重篤な意識障害が続いた。意識回復後は疎通性がなく,発動性の低下,拒食を含む前頭葉性拒絶症,超皮質性運動失語などの一連の精神症状を呈し,TRH,sulpiride等を投与したが効果はなかった。Carbamazepine投与にて接触性はわずかに改善したが,摂食を拒否する前頭葉性拒絶症などの症状は固定し,やむなく昭和61年1月より,インシュリン・サブショック療法を行ったところ,食事を摂る,意欲が出現するなど発動性も回復し,簡単な単語の自発言語も出現した。この療法を契機として退院可能となるなど著明な効果を得た。通過症候群から移行したところの精神器質性症候群および,インシュリン・ショック療法について若干の考察を加えた。

短報

喫煙婦人の精神健康

著者: 渡辺登

ページ範囲:P.193 - P.195

I.はじめに
 喫煙は身体諸疾患の危険因子5)である一方,タバコに含まれるニコチンは興奮と鎮静の相反する薬理効果をもち,ニコチン低用量で大脳皮質の覚醒度を高め退屈を緩和し,高用量で自律神経系の活動を低下させ不安と緊張を和らげる1)。そのため,タバコによる身体的有害性の強調にもかかわらず,喫煙防止は必ずしも円滑に進んでいない。
 ところで,興奮や鎮静などの喫煙効果を求めてタバコを吸い続ける成人の精神健康はどのような状態にあるのだろうか。従来より,喫煙者には神経症的傾向を認める6,9),あるいは認めない3,13)との結果があり,一定していない。このたび,家庭婦人の喫煙状況と精神健康を質問紙法によって調査する機会を得たので報告し,検討を加えてみたい。

てんかん非治療下での強制正常化現象を呈した1例

著者: 三辺義雄 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.196 - P.198

I.はじめに
 てんかん患者において幻覚,妄想,強迫行為など多彩な精神症状が出現し,この時脳波上のてんかん性律動が消失し,背景脳波も律動異常が消失してα律動となる現象を1953年Landoltは強制正常化現象(forced normalization)と名付けた1)。彼はこの現象が抗てんかん剤非投与下でもみられることを指摘しているが,最近の報告例をみると抗てんかん剤投与下の場合が圧倒的に多く,非投与下の例は稀である5)。非治療下での本現象の検討はてんかんと精神症状のantagonism7)を追究する上でも重要と考えられる。

リチウムと錐体外路症状

著者: 児島克博 ,   寺岡巌 ,   藤井薫

ページ範囲:P.199 - P.202

I.はじめに
 近年,躁うつ病の長期lithium carbonate(以下,lithiumと略す)療法中に錐体外路症状を呈した症例が報告されるようになった1〜3,6〜11,13,14)。しかし管見の範囲内では本邦での報告例はみあたらない。
 我々は,lithium治療中の入院・外来患者の錐体外路症状の発現頻度を調査し,21例中1例にこれを認めた。この1例について抗パーキンソン病薬投与,およびlithium減量による治療を試み,錐体外路症状に対する効果の観察を行ったので報告する。

ミアンセリンに炭酸リチウムを追加投与することにより寛解に至った老年期うつ病の2例

著者: 寺尾岳 ,   谷幸夫 ,   一井貞明 ,   安松信嘉

ページ範囲:P.203 - P.205

I.はじめに
 老年期のうつ病に対し三環系抗うつ剤を投与すると,その抗コリン作用により重篤な精神症状や身体症状が生じることを稀ならず経験する。特に,せん妄が生じたために治療継続が困難になることがあり,中枢性抗コリン作用をいかに少なくしつつ治療するかが重要な課題である。さて,四環系抗うつ剤の1つである塩酸ミアンセリン(以下,ミアンセリンと略す)は抗コリン作用の少ないことが特徴である。しかし,効果の点で三環系抗うつ剤に劣る印象は否めない。一方,抗うつ剤に抵抗性のうつ病に対して炭酸リチウム(以下リチウムと略す)を併用する方法が知られている3,4,7,9)。先行投与した抗うつ剤にリチウムを追加することで抗うつ効果の増強を期待するわけである。
 著者らは,ミアンセリンにリチウムを併用することにより寛解に至った老年期うつ病の2症例を経験したのでここに報告する。

言語自動症と大脳優位性

著者: 兼本浩祐 ,   河合逸雄

ページ範囲:P.207 - P.209

I.はじめに
 言語自動症は精神運動発作として以前は総括されてきた発作形態と深い関係を持つ症状であるが3,4,6),それを主題とした論文は多くはないい2,4,9〜11)。その中では,Koernerら9)が深部脳波を用いた研究を通して,最も積極的に言語自動症と右側発作起始の密接な関連を主張している。しかし,従来の研究においてはJanz6)が指摘しているようにSerafetinidesら11)の言語自動症の五つの類型の中に本質的に発作の一部である狭義の意味での言語自動症と反応性の言語自動症(発作が到来することに対する恐怖やもうろう状態から正常意識に戻る途上にみられる見当識再獲得のための質問など)とが区別されないままに言語自動症として一括されていることに着目した研究はない。従ってこの点をふまえて言語自動症の局在症状としての価値を再検討することには意味があるものと思われる。

紹介

ラテンアメリカにおける自殺と他殺の動向—メキシコとプエルトリコの事例から

著者: 角川雅樹

ページ範囲:P.211 - P.216

■はじめに
 ラテンアメリカ諸国における自殺(Suicidio)の動向に関して,日本ではあまりよく知られていないと思われる。一方,諸外国と比べて他殺(Homicidio)が非常に少ない日本では,自殺が他殺との比較のうえで論じられることもほとんどない。
 筆者は,ラテンアメリカにおける精神保健の諸問題に関心を持つ一人であるが,今回,とくに,メキシコとプエルトリコの事例をもとに,上記のテーマについて考えてみることにしたい。

動き

「第8回世界精神医学会議」報告—注目を集めたソビエト再加入までのポリティカル・ドラマ

著者: 寺嶋正吾

ページ範囲:P.217 - P.218

 記録によると1977年開催の第6回世界精神医学会議(ホノルル)の登録者は3,500人であったとされているし,前回のウイーン会議(1983年)は4,000人,今回のアテネ会議は受付で聞いたところによると,70カ国から5,000人をはるかに超える数の参加者があったということであった。学会は1989年10月12日から19日までであった。手にしたプログラム集の厚さが3.5センチ,抄録集の重さが2キロ,発表論文に打たれている番号は3,237番まであるのだから,いかに巨大な祭典ともいうべき華やかな国際会議であったかお分かりいただけると思う。「情緒障害の生物学的研究の進歩」,「精神障害の国際分類」など大きなテーマについて参加者全体を対象にしたプレナリー・セッションが7日間で14回開かれた。そのほかにフリー・シンポジウムが112のテーマにつき,また各分科会のシンポジウムが40のテーマについて開かれた。さらに「新研究」というセッションが38回開催された。またフリー・コミュニケーションが134,生物学的精神医学から精神分析,さらに診断・分類からリハビリテーションにまでテーマの分かれた特別セッションが50,スポンサード・シンポジウムが18,ワークショップが17,ポスター供覧が59回(500題の発表),ビデオ供覧が11回開かれた。これで約3,200題を処理するのであるから,プログラム委員会のご苦労が察せられた。
 我が国からの参加者も多く,登録した参加者は180名で,発表演題は24題であった。日本からもう少し積極的に学会発表がなされることが望ましいように思う。ちなみに日本精神神経学会はその会員数からいえば,アメリカ精神医学会に次いで70会員学会のうちのナンバー・ツーの大きな学会に今や成長しているのである。

「第2回日本総合病院精神医学会」印象記

著者: 黒木宣夫

ページ範囲:P.219 - P.219

 第2回日本総合病院精神医学会が,京都府立医科大学精神医学教室の中嶋照夫教授を会長に1989年11月11日,京都堀川会館にて開催された。
 第1回学会は東京で開催され,学会設立の出発として特別講演とシンポジウムが主体に行われたため今学会は初めて一般演題を応募することになった。事務局の話では一つの会場で事足りると考えていたが,実際には一般演題40,シンポジウム演題5と予想を大きく上回り,急拠二つの会場を準備したとのことであった。参加者も前回の160名から今回は190名と多数参加され,1984年に本学会の前身であるGeneral Hospital Psychiatry研究会(関東地区)発足当初から現在までの経緯を知っている学会員にとっては,非常に感慨深い学会であったと思われる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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