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雑誌目次

論文

精神医学32巻3号

1990年03月発行

雑誌目次

特集 向精神薬の見逃されやすい副作用と対策

〔巻頭言〕向精神薬の副作用

著者: 山下格

ページ範囲:P.226 - P.227

 今では昔語りになるが,昭和44年(1969年)に身近かで患者の突然死を経験したことから,北海道内の精神科医の方々に同じ経験の有無をアンケートでお尋ねしたことがあった。その結果,29例もの報告が集められた。もちろん突然死は判定が難しいし,健常者にもしばしばみられるから,それがみな抗精神病薬によるものとは言えない。しかしひき続いて400〜500名の入院患者に繰り返し行った心電図検査では,循環器専門医によって半数以上に異常所見が見出された。幸い最も多いのは可逆性の洞性頻脈であったが,STの変化なども少なくなかった。また服用量が多く,服薬期間が長いほど,異常所見の出現頻度も高くなった。
 しかし当時の医薬品の能書(添付文書)の「使用上の注意」はまことにおおらかで,クロルプロマジンについても,老齢者では時に起立性低血圧が起こることがある,などと記されている程度であった。もっと現実に即した記載がみられるようになったのは,私の手許の資料に誤りがなければ,1952年ころからである。

抗精神病薬長期使用時の心臓機能,眼などの変化

著者: 小椋力 ,   国元憲文 ,   岸本朗

ページ範囲:P.228 - P.235

 抗精神病薬chlorpromazineが精神科領域で使用され始めてから,ほとんど40年が経過した。この間,多くの抗精神病薬が登場し,各種の副作用が見出され,副作用対策は向精神薬療法において欠かせない知識と技術となった。副作用のうち長期使用時に現れる心臓機能,眼,皮膚などの変化も既に早くから知られ,心電図異常については1960年代から1970年代前半でほぼ実態が明らかにされ,眼の角膜・水晶体の混濁についてもほぼ同じ頃に注目され,調べられており,その後,この領域においてとくに目新しい研究結果の報告はないように思われる。それは,実態がほぼ明らかになったことと,その研究結果が診療の場で生かされ,これらの副作用が減少した可能性がある。
 一方,他の著者が本特集で述べるような新しい副作用が気付かれ,それに注目するために,以前から知られている副作用に対する関心が多少とも低下した可能性はないであろうか。心臓機能,眼の角膜・水晶体の混濁などは,以前から知られていても自覚症状が乏しいために,見逃されていることはないであろうか。新薬は登場してきているが,これらについて長期間の影響は調べられているであろうか。抗精神病薬療法は長期化しやすく,すでに20〜30年間にわたって抗精神病薬を服用し続けている患者も存在する。これらの患者に対する長期服薬(超長期とでもいえるかもしれない)の影響はどうであろうか。加齢変化に長期服薬が何らかの悪影響を及ぼす心配はないのであろうか。以前から知られている副作用の出現機序は解明され,解決法が見出されたのであろうか。

抗精神病薬による遅発性ジストニア

著者: 原田俊樹

ページ範囲:P.237 - P.243

 遅発性ジストニアは長期間の抗精神病薬治療に伴う,稀ではあるが,極めて難治性の不随意運動である。多くは頸部や体幹の捻軸性筋緊張により持続性のジストニア姿勢をとり,さらに発作的にその筋緊張が強まって,そのため患者の苦痛感が極めて大きいものである。1973年,Keeganら13)によって初めてその存在が報告されたが,ちょうどそれとほとんど時を同じくしてわが国でも木下ら14)が遅発性ジスキネジアの中でもdystonicなタイプのものがあることを報告している。遅発性ジストニアは従来は遅発性ジスキネジアの一亜型で,その病態や治療も遅発性ジスキネジアに準ずるものと考えられ,さらにその頻度もあまり高くないことなどから,これまであまり注目されたことはなかった。しかし1982年,Burkeら1)によって42症例に及ぶ大がかりな臨床報告がなされ,極めてそれが難治性で,しかもその臨床的諸特徴は遅発性ジスキネジアとかなり異なることが指摘され,世界的に注目を集めるようになった。わが国においてもこれまでに2〜3例の症例報告はいくつか11,14,15)あったものの,症例を多く集め系統的な分析を行ったものは古郷らの報告16)のみであり,極めて重症の副作用でありながら,その頻度や病態はほとんど知られていなかったのが実情である。このような理由から,最近我々はこの遅発性ジストニアの実態調査を行い,その結果を既に報告している9,10)。本編ではその結果に文献的考察を交え,さらに治療によって遅発性ジストニアが完治した2症例を呈示してみたい。

抗うつ薬の循環機能障害

著者: 上島国利 ,   石福行人

ページ範囲:P.245 - P.251

 抗うつ薬の心機能に与える影響については,過量服用により様々な心機能障害が出現し,重篤な結果を招くことから,注目されてきた。常用量を服用している限りは,臨床的に問題となる副作用は少ないが,心疾患を持つうつ病や,老人に投与する際には,細心の注意が必要である。わが国の高齢化社会は急速に進行しており,老人うつ病の受診者も増加している。臨床家が,この問題に正しい認識を持ち,これらの患者に対応することが望まれている。
 本項では,現在最も使用されることの多い三(四)環系抗うつ薬に限って,その循環機能に与える影響を概観した。

抗うつ薬によるけいれん発作

著者: 福西勇夫

ページ範囲:P.253 - P.258

 抗うつ薬の投与中にけいれん発作のみられる症例を時折経験するが,chlorpromazine,zotepine等の抗精神病薬によるけいれん発作ほどよく知られていない。日常の臨床においても,抗うつ薬投与中にしばしばみられる,口渇,便秘をはじめとした症状に注意が払われがちで,けいれん発作は見過ごされやすい副作用の一つと言えるかもしれない。
 抗うつ薬投与によるけいれん発作の報告は,諸外国では比較的数多くみられており1〜11,14〜21,23,28〜33,35),M. Brooke(1959年)3)のimipramine大量投与によるけいれん発作の記載が最初である。その後も,同様の報告1,2,4〜11,14〜21,23,28〜33,35)は散見されているが,本邦ではまとまったデータは少なく,ここ数年になりいくつかの報告がなされているのが現状12,13,24,25,34)である。これらの一連の報告において1〜21,23〜25,28〜35),注目すべき点としては,抗うつ薬によるけいれんの出現頻度は比較的高率で,抗精神病薬の頻度と比べても大差がないことがあげられる。とくに,抗うつ薬の多剤併用,大量投与,他の抗精神病薬との併用時に,その頻度がより高値を示す傾向がみられている。精神科以外の領域においても,抗うつ薬投与の機会が増加傾向にある昨今では,抗うつ薬による副作用の一つとしての,けいれん発作を再認識する必要性があるのかもしれない。

リチウム及びカルバマゼピン長期服用時の副作用と対策

著者: 馬場信二 ,   渡辺昌祐

ページ範囲:P.259 - P.266

 リチウム(Li)とカルバマゼピン(CBZ)は感情障害に対して広く使用されており,どちらも維持療法のため長期間の服用が必要とされる。病状が安定していると副作用についても安心しがちだが,長期服用に伴う副作用発現の可能性は常に念頭に置くべきである。両薬物の総説や副作用の特集は多い7,16,22,27,34,36,37,49,70,72,74,75,77)。従ってここでは本特集の趣旨に沿って,主に長期服用時の副作用とその対策についてなるべく新しい報告を紹介することに重点を置き,比較的稀な副作用についても紹介した。

ベンゾジアゼピン系薬物による依存と記憶障害

著者: 石郷岡純

ページ範囲:P.267 - P.274

 ベンゾジアゼピン系薬物(BZ)は,その優れた効果と高い安全性から臨床医にとってきわめて使用しやすい薬物である。BZは,何らかの理由で大量服用しても生命が脅かされたり,重篤な臓器障害が生じることがほとんどないので,いったん投与され効果が認められると長期に投与され続けることが多い薬物でもあり,複数の医療機関から投与されていることもしばしばである。
 BZのこうした用いられ方が大きな問題としてとりあげられることは少なかったが,BZには比較的顕在化しにくいが,やはりいくつかの有害作用があり,ここではこの中から,依存と記憶障害についてとりあげて概観してみたい。

抗痴呆薬の副作用

著者: 中村祐 ,   武田雅俊 ,   播口之朗 ,   西村健

ページ範囲:P.275 - P.280

 近年,高齢者の増加に伴い,アルツハイマー病や脳血管性痴呆を中心とした痴呆性疾患に対する薬物療法の必要性が以前にもまして求められている。痴呆性疾患に対して使用されている薬物で痴呆症状を改善する薬剤という意味で抗痴呆薬という言葉が使用されるのであるが,現在のところ真の意味での抗痴呆薬は未だ開発されていない。しかしながら,高齢者にみられる種々の神経・精神症状に対して加療が試みられ,種々の脳循環代謝改善剤などの薬剤が投与されている。このような薬剤は非常に多数の患者に投与されており,またその大部分が高齢者に投与されていることにより他の種類の薬剤とは異なる副作用の現れ方が注目され始めている。このような事実を踏まえて本稿ではまず高齢者の薬物代謝の特徴について述べた後,現在使用されている脳循環代謝改善剤について報告されている副作用を記し,最後に現在抗痴呆薬として開発中の薬剤のいくつかについて考えられる副作用の可能性について考察を加えたい。

内科領域で使われる薬剤の副作用—とくに精神神経症状について

著者: 八木剛平 ,   渡辺衡一郎

ページ範囲:P.281 - P.289

 精神科医が身体疾患と精神疾患の合併症者に接する機会はますます増えて来た。アメリカでは1980年以降,それまで身体疾患の心理社会的側面に重点をおいていた“consultation-liaison psychiatry”が衰退に向い30),これに代わって1980年代後半から,合併症者の身体的治療をも積極的に行う“medical psychiatry”が拾頭して来たという12)。アメリカの場合には医療費の問題も強く影響しているといわれており,日本はまだこれほど極端な傾向にはないにしても,精神科医がかかわる合併症者の増加という背景には共通点があると思われる。この特集で内科領域の薬剤が取り上げられたのも,精神科医療のこのような動向と無縁ではあるまい。
 ところで精神科医が内科系薬剤について最も必要とする知識は,精神障害を起こすおそれのある医薬品に関するものであろう。それは第1に,身体疾患に併発した精神疾患の診療を依頼された際に,それがその時に使われている薬によるものか否かの判断を下す(つまり原因診断)にあたって不可欠である。第2に,精神疾患に併発した身体疾患を治療する際に,精神疾患を悪化させないような薬を選択するにあたって必要である。第3にそれは,新しい精神科治療薬の発見や精神疾患の生化学的理解のために役立つであろう。クロルプロマジンが精神科に導入されるきっかけになったのは,それが麻酔の前投薬としてはじめて用いられた際に,術前の患者が無関心状態になるという観察であったし,抗結核薬イソニアジドによる多幸症がMAO阻害型抗うつ剤発見の端緒となり,降圧剤のレセルピンによるうつ状態がうつ病の生化学的モデルとなったこともよく知られている40)

向精神薬および抗てんかん薬の催奇性

著者: 福島裕 ,   近藤毅

ページ範囲:P.291 - P.297

 今日の精神科薬物療法においては,数多くの向精神薬(抗精神病薬,抗うつ薬,抗不安薬,催眠薬,抗躁薬など)や抗てんかん薬が使用されている。これらのうち,抗精神病薬と抗てんかん薬は,通常,長期間の服薬が必要であり,その慢性型副作用や催奇性については,従来,特別な注意が払われてきた。一方,その他の向精神薬も,広く一般臨床科において,汎用される傾向にあり,したがって,それらの薬剤服用中の患者が妊娠する可能性とその薬剤の催奇性については常に念頭におかなければならない。
 一般的に,妊娠中の服薬継続の可否については,治療による利益と不利益との双方の面から考慮される必要があるが,その重要な判断規準の一つとして,胎児への薬物の影響の問題がある。たとえば,てんかん患者においては,服薬中止は発作頻度の増加を招来しやすく,それによって,かえって,妊娠の経過および胎児への深刻な影響を生じかねない。そこで,通常,てんかん患者では,抗てんかん薬に催奇性の危険はあるものの,妊娠中も服薬を継続することが求められるわけである。このようなこともあって,抗てんかん薬の催奇性については,比較的早くから関心がもたれ,多くの報告,研究がなされてきた。一方,向精神薬の中では,lithiumの催奇性が注目されている。しかし,その他の向精神薬に関しては,動物実験の結果や症例報告が散見されるものの,未だ一致した見解には達していないようである。

研究と報告

強迫的収集癖を主症状とした5歳児の1例

著者: 塩原順子 ,   小片富美子

ページ範囲:P.299 - P.305

 抄録 精神科において強迫症状を呈する幼児を診ることは少ない。また文献を調べた限りでは,その詳細な症例報告も少ない。
 我々は強迫的収集癖を主症状とし,多彩で重篤な強迫症状を認めた5歳男児を経験した。本例はほぼ最少年齢発症と位置づけられるが,強迫症状に対する抵抗の感情を初めとして大人の強迫症状と類似していた。発症要因として母の強迫性格の影響と,本児の不均衡な発達が重要と思われた。治療として従来の遊戯を含めた面接,母へのカウンセリングに加え,症状の激しさから行動療法(断行訓練),薬物療法(抗不安薬)を含めた多角的治療を要した。治療の結果強迫症状の軽減をみたが,今後も治療的かかわりを要すると思われた。

摂食障害と脳萎縮—anorexia nervosa,bulimia,正常対照の頭部CT像の比較

著者: 西脇新一 ,   切池信夫 ,   永田利彦 ,   井上佑一 ,   吉野祥一 ,   泉屋洋一 ,   川北幸男

ページ範囲:P.307 - P.313

 抄録 Anorexia nervosa 21例,bulimia 17例および正常対照21例について,頭部CT像を,視察法,線分法,面積法により比較した。視察法においては,anorexia nervosa群 14例(71.5%),bulimia群 10例(58.8%)が軽度〜中等度の萎縮と判定され,対照群で萎縮と判定されたのが2例(9.5%)であったのに比して有意に高率であった。線分法においては,anorexia nervosa群は,脳溝及び第3脳室拡大を,bulimia群では,脳溝の拡大を対照群に比し有意に高率に認めた。面積法による,側脳室/頭蓋腔内面積比(VBR)は,anorexia nervosa群では平均6.76,bulimia群では平均7.29で対照群の平均4.55に対し,それぞれ有意な高値を示し側脳室の拡大を示した。

季節性感情障害とその高照度人工照明療法

著者: 溝部裕子 ,   永山治男

ページ範囲:P.315 - P.322

 抄録 4例の季節性感情障害とそのうち3例に施行した高照度人工照明療法(光療法)の結果について報告し,同症および同症における光療法の作用機序について若干の考察を行った。4例中3例(症例1,2,4)は気分の障害に加えて,糖分やでんぷん質への飢餓carbohydrate craving,過眠,活動性の低下,社会的ひきこもり,仕事の障害など同症に特徴的な症状を示したが,他の1例はcarbohydrate cravingを欠いていた。光療法は3例中2例で有効,1例で無効であった。症例1は朝のみの照射では効果がなく,夕方の照射を追加することにより完全寛解した。退院後一時再悪化したが自宅における光療法の時間を調整することにより再び寛解した。症例2は当初より朝夕2回の照射を行い完全寛解した。症例3は朝のみの照射を10日間施行したが無効であった。症例4は自然寛解に近い状態にあり治療は行わなかった。

短報

多発性硬化症における急性精神病状態に対するdroperidolの使用経験

著者: 宇根本万 ,   宇高不可思

ページ範囲:P.323 - P.326

I.はじめに
 多発性硬化症(以下MS)は,脳・脊髄・視神経などの中枢神経系に多巣性の限局性脱髄病変が時間をおいて次々と生じ,複数の神経症候が寛解と増悪を繰り返す疾患である。最近我々は,MSの経過中に急性精神病状態をきたし,以後抑うつ状態に陥った症例を経験した。この急性精神病状態に対して,droperidol(以下DPD)の点滴静注投与により早期に症状の改善・消退を認めたので報告し,DPDの精神科救急における有用性に対する若干の考察を試みた。

情動的ストレス下に発症したてんかん性健忘の1例

著者: 三輪英人 ,   田中茂樹 ,   加藤知子 ,   岡田滋子

ページ範囲:P.327 - P.331

I.はじめに
 我々は,症状発現に情緒的ストレスの関与が大であったてんかん性健忘例を経験した。特異な臨床経過を呈したので以下に症例を報告するとともに病態に関する考察を行う。

動き

「第7回青年期精神医学交流会」印象記

著者: 山内惟光

ページ範囲:P.333 - P.333

 さる11月25日,デザイン博で賑わう名古屋において当交流会が開催された。2年前に今回代表世話人をしている鍋田恭孝講師が我々の教室に赴任し,彼を中心に思春期専門外来が開設され,不登校,家庭内暴力,思春期やせ症,対人恐怖症などを治療していく過程をつぶさに観察することができるようになった。この種の領域の専門性を痛感することとなり,今回,是非参加しようと考えたものである。
 演題は18題あったが,ヒステリー,強迫状態,不登校,摂食障害,境界例など多岐に渡っていた。特に,ヒステリーについては広義にみると5題あり,減少傾向に何らかの変化が生じてきたのかもしれないという印象を抱いた。そういう意味でいえば,目次レベルでの知識ではあるが,2〜3年前までのこの種の領域は,不登校と境界例の発表ばかりが目立っていたような印象をもっていたが,今回は古典的な病態ともいえるヒステリーや強迫の発表が多いのには驚かされた。この種の病理は一回転するものなのかもしれない。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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